また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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馬は畜産動物であり、それによって生活が成り立っているという人がいる事を忘れてはいけません。それに纏わる事象も、法や信用に触れない限り決して悪ではない
娯楽にしろ食にしろ、「いきる」という行為には必ず犠牲が必要となるのですから


【Ep.60】歪む

凄まじいな、という賞賛。

羨ましいな、という嫉妬。

それが、このレースに対し抱いた僕の感想だった。

すぐに、電話を手に取っていた。

 

「臼井さん!」

《早朝4時とは思えん威勢やな》

「そういう貴方はいやに落ち着いてますね」

《横の宮崎が全然喜んでなくてな。そういう空気ちゃうかってん》

 

え?宮崎氏が喜んでない?何故?他に何か懸念事項でも出て来たんだろうか。

 

《分からん、同着が確定した後もガッツポーズせずに溜息一つや……が、知らん事に言及したってしゃーないわ。お前が国際電話して来たんは、こんな事に時間費やす為ちゃうやろ》

 

……そうだった。宮崎氏には悪いけど、今はそれどころじゃない。

祝う以外の選択肢は、僕には無いんだ。

 

「臼井さん、本っ当に喜ばしいですね今回の結果!!」

《悔しいわぁ》

「えっ」

《非の打ち所が無くて文句言えへんの悔しいわぁ…!》

「おっさんがツンデレ拗らせるのは不味いですよ」

《冷静にマジレスするんちゃうぞ若造がッ!!》

 

いやぁ、ここは流石に褒めてあげましょうよ。スペシャルも、クロスも、何より生沿君も。

皆して、僕達の予想を遥かに上回って……殻を破ってみせたんですから!

 

「生沿君の騎乗は満点でした!スタートダッシュから序盤の位置取り、中盤の消耗低減や仕掛け所まで完璧!文句無し!特に言及したいのはスタート直後の混乱に乗じて全員のマークから難なく脱した所、流石は僕の弟子だと褒めてやりたいところですね!!」

《落ち着けや勇鷹、それ以上ボルテージを高めるな》

「次にクロスクロウ!かれこれ生沿君と一緒に長い付き合いになったあの馬ですが、馬体の仕上がりがもう言う事無いです!流石は臼井さん!」

《よよよよせやい》

「そして最後にスペシャル!まさかあそこで一皮剥けるとは、というか最早そのレベルすら超えた!よもやスズカの宝塚記念の時と同じ思いを味わう事になるとは思いませんでしたよ、スペシャルの覚醒に立ち会いたかったなぁ……!それもこれも臼井さんの調教あってこそで、」

《オイ待てぇそれ以上羅列するんやないで》

 

必死の制止を受け、僕の長文お気持ち表明が中断される。うんまぁ、自覚ある時点で止めるべきだったか。

でも、今回のレースはそれに値する素晴らしい物だから。

 

「僕の見立てが正しければ、生沿君とクロスはもう大丈夫です。今回のレースであの出来栄えなら、十全に海外でも活躍できる。というか多分GⅠ8勝ぐらいする」

《幾ら何でも見積り甘過ぎやろお前ともあろう奴が……正直、気持ちは分かるから何とも言えんが》

 

渋々ながら同意に、どうしようも無く気分が高揚してしまう。世間は今、クロスクロウに関して凱旋門凱旋門と騒いでいるが、多分本当に獲る。彼らのコンビが続くならば本当に獲れてしまう。僕達の届かなかった玉座を、彼らは容易に手にするだろう。

そして。

 

「上手くいけば、スペシャルだって」

《……本気か?》

「本気です。ペル*1は良い仕事をしてくれました、彼のお陰でスペシャルの()()()()()()()

 

最後の末脚の持続。あれは正しく更なる領域への突入で、ペルの見識が影響を及ぼさなければまず発現しなかった。僕だけでは無理だった。

僕が日本に戻れば、そんな彼の功績をスペシャルごと掠め取る形になってしまうけれど……主戦騎手は僕だからね、ごめんね*2

 

「ともかく、スペシャルは本当に()()()()()()事に特化した名馬だと今回判明しました。つまり人馬一体に対する高い適性、相性さえ良ければ練度関係無く即座に()()()()()。此方が踏み込めば踏み込むほどに、その深度は底を見せない」

《人間に育てられた出自が影響しとるんかなぁ》

「それは分かりませんが、スペシャルは今回のレースでその特性を発現させたのは確かです。ジャパンC以前ならまた違った結果になったでしょうが……叶うなら、僕以外の相性の良い色んな騎手を乗せて見識を吸収してもらうのがベストかと」

 

問題は相性の良い騎手を探すのがまず難易度高い事ですが、と付け加えるのを忘れない。奥分さんの始めたフリーランス制はこういう所でありがたいが、痒い所にはまだ手が届かないなぁ。

 

《……例えば?》

「生沿君」

《もう一回聞くで。正気か?》

「ええ」

 

本気だ。一年前の僕なら鼻で笑った論を、今僕は本気で唱えている。

 

「生沿君はずっとクロスクロウに寄り添って来ました。心理的にも物理的にも……つまりそれは、隣の馬房かつ調教の多くを共にしてきたスペシャルともその距離を縮めている可能性が高い」

《そうかぁ?》

「前にそちらの調教助手から“生沿君がクロスクロウ越しにスペシャルと話してたよ。馬語を俺も教わりたい”と聞きましたよ」

《待てや初耳》

 

例えそうでなくとも、生沿君は僕のスペシャルへの騎乗を無茶苦茶観察・研究していた。調教にしろレースにしろ、スペシャルに最も近い騎手といえば、僕を除けば間違いなく生沿君がトップに来るだろう。

何より生沿君は、クロスクロウに染まり切っているとはいえ2年目の新人。まだ馬に対する固定観念が定まっていない分、スペシャルの癖も柔軟に受け入れれるかも知れない……という観点もある。

これが、僕の結論。

 

「という訳で、次のレースでは生沿君に乗ってもらいたいですね」

《………》

「彼が海外遠征さえしていなければッッッ」

《良かったー俺がツッコむまでもなく気付いとったー》

 

いやぁ、なんて不運!なんて巡り合わなさ!!スペシャルと生沿君が、お互いに新しい領域を手に入れる瞬間を見たかったなぁ!!!

見たかったなぁぁぁぁっ!!!!

 

《天才騎手がそんな簡単に壊れとんちゃうぞアホ》

「相変わらず手厳しい……で、件の生沿君は?」

《今馬道に入って見えんくなったわ。迎えに行くとこやで》

「よろしくお願いします」

《お願いされたわ》

 

 

 


 

 

 

あーキツい。

キツい。ヤバイ。

 

「ごめんクロ、ちょっと降りるわ」

『へ?あ、うん、え?大丈夫?』

 

正直大丈夫じゃない。かも。

ツー…と鼻から垂れる、若干の粘度を持った液体を拭いながらそう思った。紅い。

 

『鼻血じゃねぇか!どこか打ったのか!?医者〜!メディーック!!』

「待て待て、じき止まるっすから」

『しかしなぁ……!』

 

心配性だなぁ、お前は俺の父ちゃんか兄かっすか。それぐらい頼もしいし、慕ってるっすけど。

でも何だこれ、なんでこんなクラクラして鼻血出るんだ?もしかして、クロも今こんな状態なんじゃ?

 

「クロ、体調大丈夫か」

『俺は全然。体調より心境の方がヤバイ、お前の心配でヤバイ』

「だから大丈夫だってば。ほら、止まった治った」

『ホントか?気分悪かったら言えよ?俺も走り方変えるとか出来るし』

「それが一番ダメだろ」

 

冗談はよしてくれよ、俺も皆もお前の走りが大好きなんだから。それを俺単独の為に捻じ曲げたら、ここに居る意味が無い。

 

「お前こそ、不調があったら隠さないでくれよ?俺の体調管理は俺自身の仕事だけど、馬の体調管理は俺達人間の仕事なんだから」

『でぇじょうぶだ、問題無い。というか不思議なくらい苦痛が無い。おんなじ走りをしたダービーだと熱中症で死ぬ思いしたのに、そういうのマジで全然無くて逆に怖ぇ』

「……まぁ、健康なら何よりだけどさ」

 

ダービーから今日この日までに心肺機能が進化したのか、それとも他の何か要因があるのかは知らない。でも、クロが苦しくないならそれが一番だ。

っとと、どうも調教助手さん。ちょっとクロお願いするっす、俺インタビュー行ってくるんで。

 

『無理すんなー!水飲めー!!冬だけど脱水症状は怖いからなー!!』

「オーケーオーケー!」

 

いやホントに父ちゃんか!ってぐらい心配して来て、思わず笑ってしまった。あーもう、これじゃ親離れならぬ馬離れを心配されちゃいそうだ。側にいると居心地が良い分、尚更。

 

「お前に慮られたままじゃ、胸張って相棒って言えないからな!」

『一人前を気取るのは良いけど、それは汚部屋をなんとかしてから言えよー?俺も人の事言えないけどさー』

「何で知ってんだよ!?」

 

もう、全く締まらない。半人前の自分にはお似合い、かな?

けどな。楽しいんだ、お前に乗って走るの。

嬉しいんだ。お前の背で、お前と一緒に歓声浴びるの。

 

(それを、海外でも)

 

お前と栄光を、掴んでみせる。

 

 

 


 

 

 

「前から思ってたけど、やっぱ会話してるよなぁお前ら」

 

助手さん、手綱どーも。念のため言っとくけど、これから研究所行きとかは流石にやめてね?

いやぁしかし、スペも生沿も成長したわぁ。マジびびったわぁ、ビビり散らかしたわぁ。スペに至っては領域2段重ねしてくるし、何?最悪の世代?黄金世代だったね。

生沿に関しては、最初に会った頃のオドオドっぷりはどこへやら……って感じ。男子三日会わざれば刮目して見よ、とはよく言ったもので。

 

(んで、ここから俺はいよいよ海外ルートだっけか)

 

一応エルも一緒に来るとは聞いてるし、マンボも随伴してると本鳥から報告受けてる。となれば、俺が後やるべきなのは自分の体調管理と皆への挨拶回りだな。それも結局マンボ頼りだが。

 

(改めて考えると、やっぱ不安だよ)

 

スペが一人前ならぬ一馬前になったのを見せてくれた事で、心残りとかはもう全く無い。それどころか、あんな立派な弟分を持てたという誇りにすらなってる。

だから後は、本当に自分自身の問題というわけで……俺、マジで海外に通用すんの?なんかもう修羅場のイメージしか無いんだけど。

俺の前世の時代でも、米GⅠを日本馬が勝ったらお祭り騒ぎとかそういうレベルだったよな?それより前の時代なんだから、格差はもっと酷い筈だよな。

 

……うぅ〜〜〜ん!怖いぞぉ!!

何だろう、この心許なさ!本当に俺で良いのか!?根拠も無く何かに縋りたくなってるんだが!

 

『芦毛、芦毛、芦毛に赤目……あっ』

 

なんか悩みを、いやいっそ悩みでなくともちょっとした思い出とかを共有出来る誰かと駄弁りてぇな!ちょっと現実逃避したい、それぐらい許して欲しい。黄金世代の皆みたいな距離激近の奴らじゃなくて、程よい遠さとか軽く突き放してくれる、そんな感じの都合いい相手に……いねぇな(正気)。

 

『いた…いた!!』

 

サイレンススズカ先輩は秋天の印象が強過ぎて話すどころじゃないし、ステイゴールド先輩は普通に怖い。程々な相手ってのがホントにいねぇ。

まぁしゃーない、切り替えてこ。良き友人には恵まれてんだから、足るを知るとしまsy

 

『クロスクロウー!!』

『うわぉびっくらこいたぁ』

「ん!?威嚇!?!!?」

 

違うぞ助手さん、なんか喧嘩腰じゃない。大きな嘶きで呼ばれてビックリしたけど、落ち着こうや。

 

『クロスクロウ!お前、クロスクロウだよな?!』

『如何にも俺がクロクロですが、何用で?』

『ずっと探してた!用があるわけじゃないけど、スッキリした!!』

 

ズコーッ!とひっくり返りたくなる衝動を必死に我慢。なんでいなんでい、それじゃ驚き損じゃぁねぇかこちとらァ!

 

『そうかぁ、お前かぁ!カルマが言ってたの!』

『……ん?』

 

ちょっと待て。今何つった?

カルマって、まさか。

 

(あん)ちゃん、フレアカルマ君と知り合い?』

『ああ!隣の馬房だった!』

 

…えっ!ええええ!?

マジか、マジかぁ!思わぬ縁と出会っちまったよオイ!!

 

「立ち止まっちゃった…」

「ウチの馬がすいません」

「いえこちらこそ」

 

ごめんね助手君、ちと我慢してくれたまえ。色々と確認しなきゃいけない事が出来たんでな。

 

『毛色は?』

『栗色。目は?』

『黄。体の大きさは?』

『俺よりちょっと小さい。性格は?』

『せーのっ』

『『自分をオイラと呼ぶ田舎っ子』』

 

……うわー!間違い無ぇ、俺の知ってるフレア君だわ、やったー!!

 

『アイツ、お前とのレースを本当に楽しそうに話してて。気になってたんだ、どんな奴なのか』

『そりゃありがてぇ、アイツにとって良い思い出になってたんなら』

 

フレア君との激戦は今でも覚えてる。なんだかんだで鍛えてた俺のスパートに悠々ついて来やがった、勝てたのはマジでマグレと言って差し支えない才能の塊。それでいてあのノホホンっぷりは、ギャップで記憶に嫌が応にもこびり付くってモンで。

 

『アイツ今どうしてる?元気にしてるか!?』

 

あんな素晴らしい足を持ってんだから、未勝利で燻って終わりなんてあり得ねぇ。あれから見てないけど、俺とは別路線行ったのかな?短距離?マイル?それともダート?アイツならどこでだって輝けそうだからなぁ…!

 

『アイツなぁ、あの後別れちゃって。どこに行ったか分かんないんだ』

『うーんそっかぁ。残念』

『あっ、でもヒントならあるかも!ニンゲンが、カルマの名前を出して何か言ってた!』

 

おっ!?そりゃ良いな、俺なら人間の言葉分かるし。もしフレア君の居場所が分かったら、マンボに頼んで伝言して貰おっかなぁ。

 

『んーとな、えーっとな』

 

ええい、早よ思い出してくれ!待ち切れないんじゃ!頼むわ!!

 

『そうだ、これだ!』

 

さぁ、言え!!アイツはどこにいる!

 

 

 

 

 

『サクラニク、って言ってた!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
今回のスペの騎手

*2
テヘペロ


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