前のレースからは、時間が流れるのが本当に早く感じた。それぐらいドタバタと、色んなことが押し掛けたから。
まず、クロが
……なんだか妙なハイテンションな気がしたけれど、元気ならいっか。
次に、マンボ。
『アーッ。マンボ、エル
『そっかぁ、気を付けてね。クロ達をよろしくね』
『リョーカイ。デモソノ
『うーん……まぁ、それは僕達の問題だし』
ありがとう、と律儀に報告してくれたマンボに感謝。でもそうなると、キングはともかくグラスやスカイと話す機会は減っちゃうなぁ。いや、今までがマンボに頼り過ぎてたんだ。これが普通だと割り切って……
『トイウワケデ、ガールフレンドニ、ヒキツグ』
『えっ』
え?
『コノコ、ガールフレンド。シーラ!』
『エーッ、シーラデス。ヨロシクデス』
あれよあれよという間に、マンボの隣に降り立ったもう1羽の
『
『ガンバッテ
『そ、そう。ご苦労様』
そっかぁ、ガールフレンドかぁ。マンボも隅に置けないなぁ。と思って現実逃避気味に聞いてる内に話は進み。
『ダカラ、コッチデノ
『マカサレター!
なんかすごい方向まで発展して。
いや、ちょっと……
『理解が追いつかない……!』
『アーッ。
『いるよ普通に!?』
主に君のお陰でね!と言うのを忘れない。実際、僕達とグラス達の絆がここまで深まったのは他ならないマンボのお陰だから。
でもそっかぁ、ガールフレンドかぁ。僕にも出来るのかな、いつか。
……なんでグラスの顔が思い浮かんだんだろ?
えーい!グラスは同性だ!それにグラスよりもクロの方が好きだし!!考え直せ僕!!!
『ドウシタキュウニ』
『ウラヤマシイ??』
『ごめんちょっと落ち着く時間ちょうだい!』
『『アッハイ』』
で、最後に。これは前述の二つの複合。
『クワワラナクテ、ヨカッタノカ?』
『うん。もう、言いたい事は言い終わってるから』
マンボもシーラちゃんが、最後にクロ・エルに向けて皆からの送別の言葉を集めていたらしい。過去形なのは、僕が断った時点で全員分が終了しているから。
僕とクロは、もう
だったら、他の皆にもっと伝言の機会を譲った方が良いかなって。
『
『シーラ!?』
『あははっ!良いよマンボ、的を射てるもん』
全く、『日本を任せる』だなんてさ。無茶振りして来るクロもクロだし、任されちゃう僕も僕だよ。我ながら損な立ち回り。
『……
『いいよ。覗き見してるみたいで情け無いじゃん』
それに、と言って外を見る。白み始めた空、バタバタ動く人間達。1日の始まり、つまりは。
『もうすぐ
『……モット、
『そりゃ寂しいよ。マンボは違うの?』
『
ほら。寂しくない訳が無い。身体の半分にすら思えた相手が遠く離れた場所に行くんだもの。
でも、その事ももう伝えてるし……それ以上に。
『託されちゃったからね』
『クロが就いてた座を継ぐんだ。だったら当然……っ』
『ッ!』
『僕もまた、最強でなくちゃいけないでしょ!』
その為にも、クヨクヨしてる時間なんて無い!強くなる為の行動なら、とことん飛び込んでしゃぶり尽くすようにモノにしなきゃ!
『これ以上、クロにも、グラスにも!』
『アワワワワッ』
『ヒュッ…』
『置いてかれない為にも、ねっ!!』
自分に言い聞かせるように、腹から声を轟かせる。よーし、やる気が噴き出してきたぞ!
クロは
『
見上げた空、流れていく雲。その中を、ニンゲン達が作った“ヒコウキ”が裂いていくのが見えた。
あの中に乗って往くであろう君の勇姿に、何度でも誓おう。
何度でも、何度でも。
『アーッ……
『あっ、ごめん』
『アイエエエ……
エルコンドルパサー
クロスと一緒に行ってくるデェス!海の向こうの奴らの首と、クロの首を持って帰ってくるから楽しみにしてるデスよー!?
キングヘイロー
いってらっしゃい。寂しくなってしまうな
セイウンスカイ
海の向こうっていうのがどんな世界なのかは知らないけど、体調とか気を付けなよ〜?調子崩して本番間に合いませんでした、なんて笑い話にもならないしさぁ
エルコンドルパサー
心配
グラスワンダー
エル。ハイテンションが過ぎて所々間違えてますし、本当に大丈夫な馬は寂しさに耐えられずにマンボを連れて行ったりはしないんじゃないでしょうか?
エルコンドルパサー
ケッ──!?グラァス、それは言わないお約束デスよー!!
グラスワンダー
しかし、エルの言う事もその通りです、クロは大丈夫なんですか?
エルの言う通り、私の故郷とは違う場所に行くのなら、此方から気の利いたアドバイスも出来ないのがもどかしいですが……ママを紹介出来ないのも残念ですし
キングヘイロー
グラスの言う通りだ、クロ。お前の方はどうなんだ
俺達の仲だし、寂しいなら今のうちに吐き出しておけよ
セイウンスカイ
そうですよぉ、こっちは言いたい事いーーーーっぱいあるんですからぁ
クロスクロウ
……スマン。色々と考えたい事とか、言っておきたい事を纏めててさ
まず俺に関してだが、大丈夫だ。なんとかなるなる。するする
セイウンスカイ
そんな事言って、無様な負け方したらタダじゃ済ましませんからね。それは俺だけじゃない、エル君に対する侮辱でもある
俺たちに負けるまで、お前に敗北は許されない
グラスワンダー
スカイさん。気持ちは分かります。分かりますが、それをクロに押しつけてどうするつもりですか?
声援だとしても、もっと言い方がある筈です
キングヘイロー
ストップ!お前達、そこまでだ!
許してやってくれグラス、スカイ自身も自分の感情を制御するのに必死なんだ。クロも気を悪くしたらすまないな
クロスクロウ
たはは……いや、元はと言えば菊花をすっぽかした俺が悪いんだ、いいよこれぐらい。皆気にしないでくれ
分かってるさ、俺は負けない。お前らに示した最強そのままに海外行って、そのまま帰ってきてやるよ。待ってろ
エルコンドルパサー
ちょちょちょ待って!待つデス!最強なのはありがたいデスが、海外行ってる間にエルがそれを奪い取るデスからね!?
残念でしたネースカイ-サン、クロは先にエルが貰うデェス!!
セイウンスカイ
あーっ、ズルだ!クロ、ホントに負けたら許さないからな!?
……頑張れよ
キングヘイロー
デレた!?スカイが!!!
グラスワンダー
ふふっ。私もカッとなってしまい、申し訳ないです
クロを慕う気持ちは同じですものね
セイウンスカイ
うるさーい!!!
エルコンドルパサー
あーもう無茶苦茶デェス。という事でシキリナオシに改めてメッセージを言うデェス。
グラス!エルは今度こそクロスに勝って、アナタが追うべき背中になってみせマスからね!!
スカイ-サン!こんな形で“チャンス”は先に頂きますが、アナタもまたライバル。クロとのミツドモエ、楽しみにしてマスからネ?!
キング-サン!今までアナタと戦った事は無いデスが、その分期待も膨らみマァス!次会う時、幻滅させないでくださいヨー!
クロスクロウ
……ま、俺も言いたい事はあるんだけど、大体エルに言われちまったな。補足する形でやらせてもらうか。
キング、スペをよろしく。アイツ気張り過ぎてずっこけるタチだから、そこん所を支えてくれるとありがてぇ。
アイツが凹んでも、お前なら導けるだろうし。頼むぞ
スカイ。俺を意識してくれるのはありがたいけど、ライバルは俺だけじゃない。お前、まだ
俺が帰ってくるまでは。
グラス。
………。
…うん、お前の事だ。俺との再戦のために張り切ってくれてるんだろうけど、ともかく自分を追い詰め過ぎず、息災でいてくれ。お前と走るのは嬉しいけど、その所為でお前が苦しむのは嫌だからさ。
よし。じゃあ最後は、全員に向けて一言だけ!
お前ら!
その後、キング君からは『お前達こそ!』というエールを。
スカイ君からは『余計なお世話ですよーだ!ベーッ!!』という反発を。
それぞれ受けて、伝言は終わりを告げました。エルの快活な笑いが聞こえてくるような、和やかな会話でした。
……ただ。
ただボクは。
クロの言葉の詰まり方に、引っ掛かる物を感じて。
『何かあったんですか?』
気持ちよく送り出さなきゃいけないのに、そう聞いてしまいました。
こういう時に出しゃばるものではないのに、と頭では分かっていても出てしまう。そんなボクに対し、それでもクロは笑って『ノープロブレム!』とわざわざボクの故郷の言葉で答えてくれて。
あったかいな、って。
やっぱり、一緒にいたいなって。
だからこそ、悩みがあるのなら歩み寄りたくて。
『クロ、お願いが───』
でも、もう時間が無い。マンボ達に無理もさせたくない。何より、ボクがクロに抱くこの感情を理解しきれないまま、それに従って不用意に近づくのは礼を欠く気がして。
『───いえ。なんでもありません』
言いかけた願いすら留めてしまう。ボクはそんな、とんだ臆病者でした。
『そっか。また頼みたくなったら言ってくれな』
いつでも応えるから、って。そう伝えてきたアナタの笑顔が、すぐそこに見えるようでした。
クロ。ボクは、ね。
『また、“アメリ”って呼んで欲しいんです』
貴方だけが知る、貴方だけのボクの呼び名。
それをまた聞けたら、この感情の正体が分かる気がするから。
夕焼けの時分。暗い空へと消えて往く、ニンゲン達の作った
それが引いた一直線の雲を見上げて、ボクはやっと願いを口にしました。もう届きませんが。
『クロは年末──有馬記念には帰って来ると言っていた。ならボクは、そこに全霊を捧ぐまで』
貴方が討つに足る怪物であれるように。その為にも、自分の体を疎かには出来ない。
さぁ、1日ももう終わりです。一抹の寂しさを堪える為にも、今日はもう寝るとしましょうか。
……ん?
『羽音?』
ぱさ、ぱさ。そんな、マンボのそれよりも軽い羽ばたきの音。その正体は、すぐさま窓に足を付けました。
『シータ、ちゃん?』
『エーッ、シーラ、デス』
ああ、すみません。素で間違えてしまいました。
でも何か用ですか?一応確認しますが、クロとエルとマンボはもう行ってしまったんですよね?
『エーッエーッ、ウン。マンボタチ、
ほらやっぱり。でも、なら何故そんな「初仕事に伝言持ってきた」という感じに気概に満ちてるんですか。
『クロスカラ、グラスダケニ、デンゴン、デース』
『えっ』
するとシーラちゃんは、信じ難いことを言って。
クロからボクだけに、このタイミングで?どうして?
『
『──!シーラちゃん、返信を!』
『モウムリ』
『っ………!!』
当然の返答に殴られたように感じながら、弾かれたように空を見上げた。一筋の雲は風に
『………どうして?』
どうして、謝ったんですか。
どうして、ボクだけに送ったんですか。
どうして、返事出来ないタイミングで言ったんですか。
一体何に、貴方は謝ったんですか?
貴方の消えた空に、ボクはただ想いを馳せる事しか出来ませんでした。
今なら分かる。
こんな阿呆に。
察したようなポーズだけして、何一つ分かっていなかった愚図に。
踏み込む勇気すら無い駄馬に。
凍えゆく貴方の、最後のSOSへ応えられない無能に。
何か打ち明けられるだなんて、そんな訳が無かったんですね。
ごめんなさい。
許してください。
ボクにこそ謝らせて。
謝らせてよ。