また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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コロナは陰性ですた


【Ep.63】寄辺!

たったか、すったか、ぴょいっとな。と日経賞(レース)を勝ち。オレは意気揚々と、自分の馬房(へや)に帰宅した。

 

『んっん〜。勝つのはやっぱり気持ちが良いですなぁ』

『ご機嫌だね』

『いやぁセイちゃんは天才ですから!』

『見事に調子に乗ってる』

 

隣の方との会話に更に気を良くしながら、水をグビグビ。あー、生き返る。こうやって精つけて行かなきゃ。

んーと、確か次のレースが……“天皇賞春”で、スペ君との対戦だったかな?

 

『なんで分かるの?』

『物知りな友人が、海外行く前に教えてくれたんですよ』

『ああ、よく話してるクロスクロウ君か。好きだねぇ』

『嫌いですけど?』

『こわっ』

 

好きな訳が無い。何だよ海外って。またオレを放って行くのかよ!!!

次の有馬までには帰るって!!そんな事が言い訳になると思ってんの!?!!?

 

『勝つぅ…絶対に勝って服従させてやるぅ……屈辱でのたうち回るような真似させてやるぅぅぅ!!!!』

『その為に努力するのは別に良いんだけどさ。具体的に何をさせるかって決めてるの?』

 

はい?そりゃあアレですよアレ、ええと。

こう……うん、その。えっと。

 

 

 

………。

 

 

 

『何も思いつかない……』

 

うわぁ、なんてこった!えっどうしよ?何しよう、何させよう!?セイちゃん、ここにきて何の明確なビジョンも持ってない事が発覚しちゃいました!!!

 

『配下にする?そんな程度で済む怒りじゃない!一生好きな相手に会うな?それはやり過ぎ!!あああもうどうしたら良いかなぁぁぁぁぁ!』

『変なスイッチ入っちゃったよ』

『いっその事クロさんが牝馬だったら“オレのモノになれ”とか言えたのになああああ!!』

『しかも更に変な方向にショートしてる?!』

 

くっそぉ、クロさんに辿り着く前にグラス君にお礼参りしなきゃいけないのに!スペ君とキングを打ち破らなきゃいけないのに、こんな事に惑ってる暇無いのに!

 

『くっそぉぉお!!クロさん、ここにいないのにオレを困らせるなんてぇぇぇええええぇぇ!!!』

『もしかしなくても完全に八つ当たりだね?』

 

ええい、一先ずこの件は度外視!無視です無視、クロさんの事なんて無視ー!!

……あー。

 

『はー……スペ君は良いなぁ』

『取り敢えずもう寝るね。おやすみー』

 

クロさんとずっと一緒に走って、悔いなんて無いんだろうな。不安とかとは無縁なんだろうな。

 

『今、どうしてるんでしょうなぁ』

『エーッ、ドーシテルンデショーネー?』

『うわぁビックリしたシーラちゃんですか』

 

 

 


 

 

 

『こんなんじゃダメだぁ〜〜〜!!』

『うおっ……!』

 

凄い気合いと気迫で、スペが俺を追い抜いていった。相変わらず見上げた力量、しかし何だこの余裕の無さは?

 

『ぜひゅー、こひゅー、もいっかい』

『落ち着けスペ。明らかに限界だぞ』

『まだ出来るもん!!』

「なんか入れ込んで調教強度上がっちゃった……」

「今日はもうやめますか。調子自体はめちゃくちゃ上向きですけど」

『まだやるもんー!!!』

 

ニンゲン達も困惑したようで、それでもスペは帰宅に対して抵抗。これは……

 

『何か悩んでるのか』

『ギクッ』

『そう言うのは早めに言ってくれ。お前がクロから日本(ここ)での最強を任されたというのなら、それと同様に“お前の無事”を託されてるんだから』

『……むー』

 

文句言うなよ、俺だって最強の座をクロから継ぎたかったというのに。まぁ、レースでお前に勝って示せば良いだけの話だけれど。

 

『………前のレースでビビっちゃったんだ』

 

すると、スペはそう言い出した。ビビった?何に?

 

『先輩の馬達の、圧力に』

『それは……当然の事だろう』

『最強の馬が?そんなんじゃ、ダメだよ』

 

そう断言するスペの目は暗い。一体何があったのか、もっと詳しく踏み込む必要がありそうだ。

 

『そんなに酷いビビり方をしてしまったのか』

『揺さぶりを掛けられて、焦って。まんまと調子を崩されたんだ』

『……でも、勝ったんだよな?』

『このザマじゃ、クロに顔向けなんて出来やしない』

 

なるほど。つまり。

 

『自覚してなかったんだ。()()()()()()()()()()()()を』

『標的にされて、怖かったんだな』

 

今まで挑戦者側だった。俺達は、クロという大ボスへ挑む勇者だった。

これからは違う。もうクロはいない。

ボスの座は、俺達が──スペが引き継いでしまった。

 

『追われる怖さを、思い知っちゃった』

 

その痛みを、スペは知ったんだな。

 

 

『───うーん』

 

……しかし、困ったな。俺はまだ()()を知らない。追われるような大した成績なんて積めてないから、何も良い事を言ってあげられなさそうだ。というか寧ろスペから教わりたいぐらい。我ながら情けない話だ。

 

『キング、いいんだよ。これは僕の問題だから、君が悩まなくても』

『いいや、悩ませてもらうぞ。俺の名はキング、その名に相応しい頂点を目指してるんだからな』

 

それに、同じ栗東(ばしょ)に住んでる仲間が悩んでるのを見捨てたらそれこそ“王者”の名折れだ。そう思いながら、俺はしばし考え込んだ。

……で、出した結論が。

 

『自分の為に、というのをもっと意識するべきなのかもな』

『自分?』

『ああ』

 

疑問に対し、首肯で返す。

 

『ニンゲンの為、クロの為……お前が他者の為に走れる奴だって事は十も承知だよ。それによって引き出される力があるのも、知ってる──俺が、他ならないそれで差を付けられた側だし』

『え、えっへん?』

『だが結局、走るのは()()()()だろう』

 

スペの顔が引き締まった。これは他ならない俺にも言える事だから、自分にも言い聞かせないとな。

 

『“自分”がそこに無いと、やっぱり揺さぶられても仕方がない。スペ、自分が走る理由を見つめ直すんだ』

『う〜ん……言いたい事はわかった、けど』

 

しかしスペは上手く飲み込めない様子で。それはそうだろう、俺がお前だったらすぐに受け止められる自信も無い。

だったら。

 

『先輩に頼ってみたらどうだ?』

『……!!』

 

ハッ、としたように顔を上げるスペ。手応えあり。

 

『ここの所ずっと、俺達は同期同士、とりわけクロ相手に頼り合ってばかりだった。だがよく考えてみれば、同じ厩舎(すぐ近く)には先に走ってる先輩方がいっぱいいるじゃないか』

『あっゴメンそっちとはあんまり話さない』

『ズコーッ』

「うわぁキングが躓いた!?」

「っぶねぇぇぇ!!!」

 

じゃあ何だよさっきの手応えは!?思わずクロみたいによろけちまったじゃないか!

……まぁ俺はともかくとしてだ。

 

『それでも、案外近くに頼れる存在っていうのはいるものだ。いつもの仲間だけでなく、そっちから新しい観点を取り入れてみよう』

『新しい、観点……』

『先輩でも、ニンゲンでも。たまには“外”に触れないと、な』

『………』

 

……ったく、世話の焼ける。正直言うとライバルに塩を送りたくないんだが。

早く帰って来いよ、クロ。お前の役目だろ?

 

(憂いなくお前と競いたいんだ、また)

 

まだお前が発って、日も経ってないのに。

もう待ち遠しいんだよ、その日が。

 

 

 


 

 

 

先輩。

僕にとって、クロ以外に頼れる、先輩。

そんなの、一頭(ひとり)だけ。

 

『エーッ、スペシャル、スペシャル。コンニチハ』

 

ああ、シーラちゃん。良い所に。

もし良ければ、知っているならだけど。今からいう馬を探して、伝言を頼みたいんだ。

 

『エーッ、イーヨ!ダレ?』

 

ありがとう。その馬は、栗毛で、大逃げ馬で、僕と同じくユタカさんに乗られてる───


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