ユタカさんが私に乗る。それだけで気分が高揚した。
あの頃みたいに。
「今日もよろしくね、スズカ」
分かる。ユタカさんの言いたい事が分かる。あの頃みたいに。
嬉しい。
「僕もだよ。さぁ、焦らず行こう」
そう咎められても、貴方を乗せた私は止まらない。前へ前へと、体が求める。
ああ、これもあの頃と同じだ。
「……始めるか」
『!!』
少し離れた場所に立ってるニンゲンさんへ、ユタカさんが合図した気配。いつも通りの、スタートの合図。
駆け出した。エアグルーヴと競った、
風を切る。視界を流れていく事象が徐々に、線になって後ろに流れていく。加速していく。
ウッドチップを踏み締める感覚が、ひたすらに心地いい。
(──もう少し)
あと、もう少し。
(そうだ、もう少しだスズカ)
そうだよ。ユタカさん。
(あと、一歩)
それで、また辿り着けるんだ。
恋焦がれたあの世界に。
ずっと夢見たあの領域に。
(またユタカさんと、入れるんだ……!)
《さあ期待に応えて拓勇鷹とサイレンススズカ早くも先頭!》
そう思うと、一層足に力が入った。これだ、これだよこの感覚!これを待ってた!
朝焼けの光が大地を照らす!これは幻覚?それとも現実?どっちでも構わない!!
《早くも9馬身程の差をつけて、サイレンススズカと拓勇鷹が行く!これだけ引いても後ろが見えない!?》
(いける!)
(いけっ───!!)
聞こえる、あの日のニンゲンの声が。歓声が!
あの日の続きを、今!!
《ここでクロスクロウスパートだ、上がって来た、まだ半分も過ぎてないぞ!》
クロスクロウ君との、あの走りを───
《56秒台!56秒台です、これは伝説的なタイムだサイレンススズカッ───
あ。
あ、ぁ。
『ぅあ、あっ……!!』
いや、ゃ、やだ!!痛いのいや!やめて!もうやめて!!!
ユタカさん、どこ!どこ!?怖いよ、寂しいよ!置いてかないで!!
「スズカっ、僕はここだ!」
ユタカさん!ユタカさぁん!!うわぁぁぁぁっ……!
「ここに、いるから………っ!」
ああ、ぁ……は、ぁ、あっ…!
ユタカさん、いる。私の上に、いる。良かった、良かった、良かったぁ……!!
たづな、引かれた。止まらなきゃ。もう今日はおしまいだ。
左脚、ある?あるよね?ある、あった!
『はぁ、はぁ、はぁ』
やっとの思いで止まる。私の足には怪我なんて無く、健康体そのもの。それで間違いない。
その筈なのに。
「ごめんな。ごめんな、スズカ。また無理させてしまった」
ユタカさんの想いが分からなくなってる。また逆戻りだ。
振り出しに、戻された。
「勇鷹君、無事か!サイレンススズカは!?」
「大丈夫です!しかし、すみません。今回も駄目でした」
「責める訳が無いだろう。元より分の悪い挑戦である事は承知の上だ」
さっきユタカさんが合図してたニンゲンさんが駆け寄ってきた。彼らが何を話してるのか、知る由も私にはない。自分の事なのに、どこまでも無力感が募る。
私が走れさえすれば、それできっと全て解決するのに。
「しかし……着実にマシにはなってきてるんだがなぁ」
「スパートを掛けようとすると、あの日の痛みをフラッシュバックしてしまうようです。人馬一体もそこで途切れてしまって……」
「道は遠いな」
足が竦む。あの
それさえ無ければ、それさえ無くなってくれれば良いのに……!
「ごめんなぁ、スズカ。本当にお前を想うのなら安全に種牡馬入りさせるべきなのに、俺は」
「俺達がそれを選ばず、君は選べなかった。それが全てだろう、勇鷹君」
「分かってるんです。だからこそ、彼に夢を見た僕達には……」
謝らないで。申し訳なく思わないで。お願いだから。私はまだ走りたいんだから。
その一心で、降りたユタカさんに鼻を擦り寄せる。お願いだから、そんな顔をしないで。
どうする。どうすれば良い。
また走る為にはどうすれば良い?
『クロスクロウ君……!』
君なら、どうする。私ですら救えた君なら、すぐにでも走り出せる?
また走りたいんだ、またあの世界に行きたいんだ、またユタカさんと入りたいんだ。
また、あの景色を見たいんだ。
帰り着いた馬房で、独り左回りしながら思い耽るしか出来ない。ここの所ずぅっと、同じ事の繰り返ししか出来ていない。もう
私の心は、痛みへの恐怖に囚われたまま。こんな情けない姿じゃ、エアグルーヴに顔向けなんて……
そう嘆いた、その時だった。
『エーッ。アナタ、クリゲノセンパイ?』
『!?』
窓から、声。見れば1羽の鳥。
今のって、もしかして君が……?
『私は見ての通り栗毛だけれど……栗毛の馬なんていっぱいいるよ』
『デモ、ユタカガノッテタノ、ミタ!タブン、アナタノコト!』
ユタカさんと私の関係を知ってる?言っちゃ悪いけど、何で鳥がそんな事を。
混乱している内に、追撃するように彼(彼女?)は告げた。
『スp……クロカゲクン、サガシテタ!デンゴン、アル!!』
……?
クロカゲクン?
くろかげ、くん?
──えっ。
『黒鹿毛君を知ってるの!?』
『エーッ、ウン!クリゲノセンパイ、アイタガッテタ!!』
黒鹿毛君。ユタカさんを通じて出会った仲間、でも僕が領域に入れなくなってから会えてなかった。
そんな彼とまた会えるかも知れない機会、逃す訳にはいかない。
『教えて!お願い!!』
『エーッ、マッテ!デンゴン、アルッテバ!』
デンゴン?ああ、もしかして伝言って事?
それはごめんなさい、焦り過ぎた。
『聞くよ。言って』
『エー、リョーカイ。クロカゲクンハ……』
そうして始まる、久方振りの交流。
孤独感と無力感に打ちひしがれた私にとって、それは正に救いで。
それと同時に、色んな事に対する転機となっていく。
黒鹿毛
お久しぶりです!お元気ですか?
最近、夢でも走りでも会えてなくて心配してたんですが、この伝言を聞いてるって事はシーラちゃんが見つけてくれたって事なので安心しました!
もし、シーラちゃんを介した伝言に気が向かなかったら言ってください
栗毛
久しぶりだね、黒鹿毛君。私は元……うん、元気だよ。急に話せなくなってごめんね
この鳥、シーラちゃんって言うんだ。彼に伝言してもらう事に異論は無いよ、私もまた君と言葉を交わしたかったから
黒鹿毛
本当ですか!良かったぁ……
……早速ですが、実は教えて欲しい事があって。良いでしょうか?
栗毛
良いよ。私も君に話したい事あるし、まずはそっちからどうぞ。
黒鹿毛
ありがとうございます!では───
───栗毛さんは……恐怖を、どうやって飲み込んだんですか?
恐怖?飲み込んだ?
私が、いつ?
『エーッ、クリゲサン?ダイジョブ?』
『……っ!』
シーラちゃんの声で我に返る。そうだ。分からないなら聞き直さなきゃ。
栗毛
恐怖を乗り越えてなんてないけれど。黒鹿毛君は、なんで乗り越えてると思ったの?
黒鹿毛
え?だって先輩ですし、あんな凄い逃げが出来るし、追われる事なんて屁でもないんじゃないかって……もし違ったなら、その、すみませんでした
───いや、その通りだ。
まだ黒鹿毛君に偉そうに物を言ってたあの時、私に恐怖なんて無かった。クロ君に追われたのだって、怖いというよりスリルで楽しんでいた。
そうか。黒鹿毛君は怖がってるのか。追う側から追われる側になったんだろう、だから。
その気持ちを、私に聞きに来たんだ。
だったら、せめて。
栗毛
黒鹿毛君、会い方は覚えてるよね?
私達の片方がユタカさんと走って、片方が寝ている時。
黒鹿毛
はい!そうしたら、夢で会えるんですよね
栗毛
次にユタカさんに乗ってもらう時を、待ってて。もしくは私が乗られる時を。
何を伝えられるかは分からない。
でも、今の私の姿に、走りに、何か答えがあるなら。ヒントになれるなら。
見せてみようと、そう思ったのだった。
あとライトハローさんに……その…ふふっ
下品なのでこれ以上はやめておきますね