やられたやられたやられた!どうしようどうしようどうしようどうしようユタカさん!!!
「落ち着け、スペシャル!!落ち着くんだ!」
『そんな事言ったってええええ』
逃げなんて出来ないよ僕!?まだあと半分もあるのに、ずっと先頭で風を切り続けるだなんて…力尽きるに決まってるじゃん!!
『下がる!?いやでももうちょっとで進出し始めるところなのにブレーキなんてしたら垂れちゃう!前?だから逃げなんて無理だってば!』
「スペシャル、お願いだから…」
『大変だぁぁぁぁ!!!』
押し戻してくる向かい風!固い芝に取られる足!!刻一刻と削れていく体力!!!このままだと不味い本当に不味い、でも解決方法が何一つ思い浮かばない!
「……許せよ…っ」
クッソおおお動け僕の頭、動け!動いてよぉ!今動かないとだめになるんだ!負けちゃうんだよ!!!
ンぬおおおおおおおお……!!!
\ヒュインッ/
——ひえっ。
耳元で、鋭く空気が裂かれる音。右視界に一瞬映った影、遅れて肌を撫でたかすかな風。
…、
「悪かった。目は醒めたかい?」
『あ、ありがとうございます。なんとか』
びっくりしたぁ。どこも叩かれた感触とかは無いから、多分顔の横でムチをくるっと回しただけ。なのに流石はユタカさん、それだけであんなに鋭く風を切るなんて。頭真っ白になったけどね!
でもそのお陰で、また集中し直せた……!
『よーし、
「問題はそこなんだよね…」
ユタカさんもまだ特に何も思いついてない感じでしたか。ですよね、実際打開するにしても厳しい状況ですし。
ふと後ろをちらりと見れば、スカイの視線。うわぁ、すっごい悪い顔してる。
「後ろを縦峰くんたちが逆マークして来てる。これは逃れられないぞ」
『先行に戻るのは無理そうですか…』
「いや、戻せる」
『え!この状態から戻れる走法があるんですか!?』*1
またまたビックリしてみれば、鞍上から肯定の返事が返ってきた。
「単純な話、位置なんて関係無く先行のペースを維持すればいいんだ。レースから一頭での調教に変わったと思おう」
『なるほど……』
確かにいつもの
……そう簡単な話じゃない事は、分かってる上で。
(ユタカさん、強張ってる)
当たり前だ。想定外の逃げ、掛かりというハプニング。それを受けて、それでも最善を求めて必死に考えてくれてるんだから。そのうえで、僕を元気付ける為に虚勢を張ってくれたんだ。
そんなユタカさんの想いに、応えたい。
(意識を、研ぎ澄ませ)
なら、他に出来る事は?それを考えてくれるのがユタカさんで、実行するのが僕だ。
(何を求められても、即応できるように!)
ペースを保ちながら、全てに対する準備を。最後まで、ゴールまでこの先頭を守れるように……!!
考えろ。ここから巻き返す方法を。
セイウン陣営にペースを乱される事は充分予想していたし、もちろん対策だって腐るほど考えてきた。だが幾らなんでも、ハナをこんな地点であっさり譲られるなんて想定外の更に外だ。
「生沿君に師匠面している場合じゃないな…!」
息入れてる間に先陣押し付けられて負けちゃいました、なんて言ったら面目丸潰れにも程がある。というか、彼は僕を目標に頑張ってくれているんだぞ。こんな負け方で、路頭に迷わせたら申し訳が立たない。
生沿くんだけじゃない。何よりも君にだ、スペシャルウィーク。
先ほどの見せ鞭、実は本来なら鞭で打っても反応が悪い時に用いるテクニック。要は馬を意図的に掛からせてスパートを促す、この場では本来悪手の択だった。だが君は、即座に僕の意図を理解して落ち着いてくれたね。
(本当に、
こんなにも“理解”してくれる馬は初めてだ。同調度は流石にスズカには敵わないけれど、彼と僕が合うのは“誰より前へ”という気性が共鳴したから。一方でスぺは、性格的にはそこまで合致しないのに
何度でも言おう、こんな馬は初めてだと。人間によって育てられた期間が長い事が、やはり大きな影響を及ぼしているのだろうか?
………ちなみに、多分“性格の合致”が極限の域を突き抜けたのが生沿君とクロスクロウ。もうあのレベルは僕にもよく分からない。
それはともかくとして、だ。
(逃げと掛かりの消耗を抑えるには…)
探せ。スペシャルを手繰りながら、記憶の書庫を
クリークの
ライスシャワーが窓葉さんと見せた
なら僕自身の持っている技術なら。
やはり僕が見てきた過去の馬の経験から、合致する領域を探し出してスぺに発揮させる。これしか無い。だがここで問題なのは、クリークとライスシャワー以外に、消耗を補填できそうな領域が存在しない事。
「フーッ、フーッ、ブフーッ…!!」
コーナーに差し掛かるが、スペシャルの限界が近い事は鼻息ですぐに分かった。だがそれでも懸命に走ってくれている、なら俺に諦めは許されない。
もう少し耐えてくれ。必ず、必ず……
あ。
これだ。
一つだけ、あった。
でも。
でも、これは。
『はっ、はっ、はっ、はぁ…っ!!』
やっと、やっと終盤。
終盤なのに、まだゴールが遠い。疲労が、思ってたよりも重い…!
《スペシャルウィーク手応えが悪い!スタミナ切れか!?》
『逃げって、こんなに、キツいの!?』
クロ、皐月賞の時もこうだったの?こんなに辛い戦いを、どう勝ち切ったのさ?
『さぁ、ここから先が——』
『っ…!!』
『——オレの独擅場だよッ!!』
不味い。ご飯はおいしいけどこの展開は不味い。
菊花賞を勝った、逃げのプロが来る。
《ここでセイウンスカイがスパート、一気に畳み掛けてきた!!》
『まだ、だっ!!』
『おやおやスぺ君、無理はするモンじゃないですよ~?』
分かってて言ってくるあたりが嫌らしい。逃げの消耗を一番把握してるからこそ、押し付けてきたクセに。
余裕を持って加速してくるスカイに対し、口に出すのも億劫な恨み言を内心に吐き捨て、せめて直線までリードを保とうと無理やり前に出た。ごめんねユタカさん、ペースを保ってる場合じゃないんだ……!
「いや、これで良い!正解だ、スペシャル!!」
『信じる、よ…!?』
走る、まだ終われないから。辿り着きたい場所まで、その先だけを見つめて疲労を度外視するんだ。それしか無いなら、とことんまでだ!
あともう少し、もう少しで直線……
『待っていたんです、この時を』
『!!』
『えっ…!?』
《第四コーナーも半ば──メジロブライトも四番手三番手、やはり三強の激突か?!スペシャル尚も苦しい!》
そんな…これは、キツイって!
ブライト先輩が来る、もうすぐそこまで来てる!?
『噓でしょ?!後ろは完全に総崩れだった筈なのに…!!』
『容易かったですね、大外さえ回ってしまえばそんなもの。中距離ならともかくこのレースのような超長距離なら、その程度のロスなど誤差……』
『うわーっ年の功だー!!』
『
『……っ!!』
他の
(でも、信じてるんだ)
ユタカさん。頼む。
お願い…!
「———スペシャル、良いか」
…来た!待ってました、ユタカさんの作戦!!
『ユタカさん、指示を!』
『……』
『ユタカ、さん?』
と思ったら様子がおかしい。謎の沈黙を前に僕が再び問おうとしたら、その寸前にやっと口を開いて。
『駄目かもしれない』
『…えぇーっ!?』
とんでもない事を言い出した。
そりゃ無いよ、そんなの有り得ないよ!絶対なんかあるって、ここから勝つ方法!だって僕とユタカさんだよ!?
『…ああ。あるには、ある』
ほらー!流石はユタカさん、引き出しは無限だi……あ、キツイ。もう内心の余裕すら取り繕えなくなってきた。
『やっぱり、駄目だ…こんな状態のスぺに、
何言いだすのさ。走りが何だ、ボクの状態が何だ。
勝つんだろう、ユタカさん。その為に来たんだろ!?
『……せろ』
『え…?』
やばい、なんかイライラしてきた。
もういい。
全部ぶっちぎりたい。嵌めてきたスカイも追ってくる先輩も、何もかも全部。その先で、クロとグラスと栗毛さんに目にモノ見せてやるんだ。
だからさ、ユタカさん。
『僕に、
「っ……!」
……………。
ふぅ。はぁ。大丈夫。
何が心配なのかはよく分かんない…いや嘘、多分僕の怪我を心配してくれてる事は分かるんだ。
でも、大丈夫だから。僕はユタカさんの勝利への判断を信じてるから。
だからユタカさんも、僕の丈夫さを。
『僕を、信じてよ』
「————後悔するなよ」
その一言を境に、ユタカさんの空気が変わった。姿勢が変わった。それを、待ってた。
手綱を
ん?
なんかこれ、どっかで見た覚えあるな。
ああ、そっか。
これ、栗毛さんの走りだ。
その出来事が起きたのは、本当に唐突だった。
気が付けば、目の前に黒鹿毛君。急に出現したとしか言いようが無くて、夢なのかどうかも定かじゃなくて、でも現実でない事だけは確かで。
それでも私が安心出来たのは、どことなくユタカさんの存在をこの世界に感じたから。
『栗毛さん』
黒鹿毛君が言う。歩み寄ってくる。
…かに思いきや、走り出して向かってくる。
『……そう』
直感で分かった。この仔は今、私の走りを必要としてるんだって。
拒む事なんて何も無い。ユタカさんを栄光に連れて行ってくれるのなら、何だって差し出そう。
さぁ、黒鹿毛君。
『持って行って』
こちらからも
『違うッ!!』
バチン、と。
『え』
弾かれた、と気付いたのは。
ギラギラと熱い炎を瞳に燃やす黒鹿毛君。
その凄絶な笑みに慄いたのと、同時だった。
『
真っ赤な炎。星が空を落ちるとき、放つ赤くて熱い焔。
夜空を灼き、私の原野をも焦がす火焔。
綺麗だと、そう思った。
『
見惚れさえした。
後をついて来た、可愛い後輩はもういない。
弾いた手とは逆の掌を此方に向け、激しく求めてくる彼は。
立派で恐ろしく、頼もしい“ライバル”なのだと。
激情のままに、私の胸に押し込まれる掌。それを、私は。
『うっ……ああああああっ!!!』
『えっ——!?』
両手で掴み、より一層引き込んだ。
私の胸を貫く、黒鹿毛君の手。覚悟していた痛みは無く、ならば残るのは覚悟のみ。
私の中の熱い物を掴んだ黒鹿毛君に向けて、私は微笑んだ。けれどきっと、興奮に引き攣った表情だと怒っていたように見えたかも知れない。
『私の答えは変わらない』
『何、を』
『持って行きなさい、黒鹿毛君。ただし——』
そう。
交換条件だ。
『あなたの走りは、私の物にさせてもらうから!!』
手首を握る私の掌、そこに注ぎ込まれる無尽蔵の力。私のどこにこんな力があったのか疑問でならない。
とにかく、譲らない。逃がさない。離さない。渡さない。
君の炎が、私の心に火を点けたんだから。
『奪いに来たのなら、こっちからだって!』
それが、対等なライバルって事でしょう?
ねぇ!
『
『ッ…望むところだ、
なんだっけ、これ。
確か…そうだ。
お互いの尻尾を噛んで喧嘩する蛇。
今の僕達、あの蛇みたい。
なんて言ってたっけな。あの蛇の名前。
うり…うる……うれ………
そうだ。
“ウロボロス”、だ。
身体が動いていた。
もう、自分の意志による物かどうかも分からない。
唯々ひたすらに、前を求めて走っていた。
『『———はぇ?———』』
「「……嘘だろ……」」
乗ってる二人の姿も、塵のように紛れて後ろに消える。
《……!?スペシャル伸びた、えっなんで伸びた!?まさか、まさかこれは拓勇鷹!まさかこれは、あの日曜日の続きなのか!!!結局三強、だが結果は最早呆気なく!!》
\\\わぁあぁぁ……ッッ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!///
ニンゲン達の声援すら、陽炎に揺れて消えて。
「スペシャルの、景色?」
ユタカさんと共に、空を見上げた。
燃える星が降り注ぐ夜空を、炎に照らされた草原から。
その中を、駆け続けながら。
身体に火が点いて、止まらない。
凄く熱くて、凄く暑くて。
気持ちが、良かった。
《伸びる、伸びた、逃げた!サイレンススズカ!逃亡者の無念を秋から受け継ぎ、
今スペシャルウィーク春に咲く───!!》
天皇賞・春【G1】 1999/5/2 | ||||
---|---|---|---|---|
着順 | 馬番 | 馬名 | タイム | 着差 |
1 | 3 | スペシャルウィーク | 3:14.1 | |
2 | 10 | メジロブライト | 3:15.0 | 5 |
3 | 8 | セイウンスカイ | 3:15.0 | ハナ |
4 | 11 | シルクジャスティス | 3:15.9 | 6 |
5 | 2 | ステイゴールド | 3:16.0 | 1/2 |
スペシャルが勝った瞬間。俺の心は凪いどった。来たる嵐を待ち構えながら。
ただ静かに、でも嚙み締めるように。感情をためて、ためて……
「……~~~~っ、」
とうとう堪え切れなくなり、拳を掲げ、叫んだったんや。
「ぃヨッッッッシy「ぃやったぁーーー!!!」
訂正。雄叫び失敗したんや。盛大な音圧にすっ転びながら。
それもこれも、この……
「凄いですね凄いですよ凄く凄い*2です白多さん!!スペシャルウィーク圧勝しました!!!」
「あ、ああ。応援してくれてありがとう、宮崎ちゃん」
「いえ此方こそ、ありがとうございました!」
スペシャルの関係者の輪に当然のように潜り込み、その馬主である白多氏と当然のように絡みに行っとる宮崎娘。お前や、お前!
というか大体なんやねん、その馴染みっぷりは!ここはスペシャルウィークの関係者以外お断りの場やぞ!?
「何食わぬ顔で付いて来たのをテキが気付かずに『そこで何やっとんねん、はよ入ってこい』と招き入れちゃったのが始まりですよね?」
「……なんかもう振り回されるのが日常になってて…事態の異常性に気付かんかってん……」
「お労しや臼上」
「指銃」
「ゴフゥ」
口だけは達者な助手の鳩尾に貫手を叩きこんだ後、すぐさま宮崎娘の首根っこを引っ掴んで馬主から引き剥がす。オラッ不満そうな顔すんな!飴ちゃん上げるから!!
「すいません、白多さん!コイツにはあとでよ~く言って聞かせますから、堪忍を」
「いえいえ。最終的に彼女を受け入れる判断をしたのは私ですから。それに、こんなに可愛いお嬢さんに自分の持ち馬の勝利を喜んでもらえるのは純粋に嬉しいので」
「いやぁそんなそんな」
「調子乗んな」
「あやっ」
流石に年端もいかん小娘にガチ暴力を振るったら色々不味いので、ここは関西ならではハリセンによる一閃。スパンとええ音こそするがノーダメなんが玉に瑕やわ、ほれ見ぃ懲りずにヘラヘラと困り笑いしよって…
「笑うな、お前無駄に愛嬌あるから大体許されてまうやろが」
「えっそうなんですか?」
「この無自覚がぁ……!」
アカン、斗真さんはともかくマジで雄馬と美鶴の宮崎一家は俺の天敵や。関わるんやなかった、ああでもそうしたらクロスを育てられへん。ままならへんにも程があるやろぉ…!!
ん?どうしましたか白多さん、そんなコソコソと手招きして。
「臼井さん。彼女は本当に宮崎雄馬の娘なので?」
「ええ、信じ難い事に」
「あの溌溂さで、ですか……」
耳を寄せて聞こえてきたのは、小さいながらも驚愕に満ちた声。ああ、やっぱりあんたもそう思うてましたか。
宮崎雄馬と言えば、あの仏頂面から放たれる経済的な辣腕や。損失を出すと判断した提携相手や子会社は即時切り捨て、しかし時折慈悲を見せて見逃したかに思えば後に待つ大発展に必ず一枚噛んどる先見性。稀にトチ狂った出資をしては高確率で大当たりを引いてえげつない利益独占をし、元からそこそこデカかった宮崎商事を化け物に育て上げよった。歯向かったライバル業者を見てみぃ、悉くが吸収されてゴマ擦っとるか存在から消されたかの二択やぞ。
それで本人がどうかと見てみれば、記者会見とかのメディア露出ですらほぼ無言。取材は受けず、口を開いたかに思えば、出てくる言葉は最低限のテンプレート社交辞令だけときた。それもあって、宮崎雄馬個人に対する世間の印象は「会社には経済支えられてるから感謝してるけど、あの人なんか怖い…怖くない?」の一択やったなぁ。クロスが出てくるまでは。
まぁ、競馬関係者からはまた違う印象なんやけど。悪い方向に。
「でも不思議なのが…雄馬氏の娘ではなく“斗真さんの孫娘”として見ると、納得してしまうんですよ」
「それはどちらかというか“雄馬だけが変”という話では?」
「臼井さん、その…もう少し手心というか」
いやまぁ事実ですし、という言い訳をしながらも思う。あの愛嬌は確かに斗真さんも持っとった物やったな、と。
それに絆され、集い、馬を通じてそれぞれ皆が彼と杯を交わした。嘘偽りのない応援をくれる彼に応えようと、誰もが切磋琢磨に汗を流した。ええ思い出やった、あの日々は。
……あきまへんわ。これ以上話してたら泣いてまう。
「話変えましょ。スペシャルウィーク号の今後のプランについて提案があります」
その瞬間、全てが変わったように引き締まる空気。あの宮崎娘ですらも……ってオイ待てぇまだ居座ってるんやないで。ここから先は機密事項や。
「いや、良いですよ。所有馬のファンは無下にしたくないですし、ね」
「白多さん……!」
ってあー!白多さんオトされとるがな!あー!!アンタ、トウさんには確かに若い頃に世話になったらしいけど、だからって孫娘を甘やかす事で恩を返すのは色々違うがな!あー!!!
「……ええい、ままよ。単刀直入に言わてもらいますがこの臼井、僭越ながらスペシャルを海外に行かせたいと考えとります」
「「「………!」」」
もう“溜め”も何も気にせんと言ってまえ。宮崎時空から逃れる労力が惜しい。
コレに関して、何か質問がある人は?
「……はい」
「おう助手」
「俺もその件初めて聞いたんですけど、そう思い至った根拠は何ですか?」
「AJCCから重賞三連勝、何よりも春天。ハッキリ言うで、少なくとも今のスペシャルは国産馬最強や、文句無く」
3200mを実質逃げ切り勝ち。それも菊花賞のセイウンスカイと違い、想定外の状況から地力で勝ってポテンシャルを見せつけた形やった。もちろん他にも要因が重なったのは把握しとるが、それらを踏まえた上でも格別の実力やと断言したる。
「……馬主としては、太鼓判を押して貰えて嬉しい限りです。が、肝心の勝つ見込みとしてはどれ程でしょうか」
「実を言えば未だ未知数なんですわ。しかし、
「奴?」
「……もしかして」
宮崎娘が気付いた。そらそうやろな、お前の意識から一瞬たりとも奴の存在が消えた事無いやろ。
なぁ、オイ。
「スペシャルとクロスクロウが、お互いにいい影響与え合ってんのは周知の通りでしょう。そしてスペシャルが単独で充分な経験を積んだ今、ジャパンCでの覚醒を得たクロスと再び会えれば……」
「きっと凄い事が起きますよ、きっと!!スペちゃんとクロなら!!」
はっ、応援してくれるんかいな美鶴の小娘。今ばかりは感謝したる、ほら。
……げっ、頭撫でてしもうた。やめやめろ、無邪気な笑み見せるんやない!
「…こうなってしまえば、私たちも賛成せざるを得ませんね。頼みますよ、臼井さん」
「白多さん……!」
「しかし、一つだけ条件が。私としてはもう少しスペシャルウィークに国内で冠を取って欲しい、彼の活躍をこの国で見たい。よって、宝塚記念での勝利を海外遠征の前提として貰って良いでしょうか」
「ありがとうございます!私としてもそのつもりやったんで」
実はスペシャルに関してまだ把握出来てない事が一つだけあって、ズバリ適正体重。スペシャルはよく食う分よく動き、それ故に体重増減が凄まじいので「どの体重の時が1番ポテンシャルを発揮する」のかがこの時分になってもまだ判明してへんのや。
だがコレまでのデータから、ある程度信頼性のある仮説は立てられとる。それを、宝塚記念でテスト的に運用してみて、当然のように勝って
「『クロス以外との格付けは済んだ』とか宣いよったエル陣営も向こうです。リベンジ出来るよう、全力を尽くさせてもらいますわ……!」
さぁて、となるといよいよ宝塚は負けられんな。まぁ大丈夫やろ、今のスペシャルは明らかに最強やし。そのままライバルのいない環境を蹂躙して、海外の奴らに牙剥いたれ。
スペシャルウィークにクロスクロウ、今俺の厩舎は最高潮の絶好調や。負ける気せぇへん、無敵やし!!
「あの、臼井さん」
あ?何や、宮崎娘。
「ライバルは、いますよ……?」
……へ?
要約:景色を紅蓮に染めてでも(先頭はあげませんっ(覇王色))