花粉が辛い時期です
「あー寒い寒い」
仕事ですっかり帰宅が遅くなり秋も終わり最近めっぽう寒くなってきて冬を感じさせるような気温の中1人寂しく帰宅する。
あまりにも寒いので気温を調べてみると一桁でなんなら手が痛い、というか感覚が薄い。
体の芯まで冷えている、家に帰って暖まりたい。
幸い先日こたつを出したところでそこで暖を取りながら食べれる暖かい晩御飯。
そう、アレしかない。
「鍋だ、今日は鍋にしよう」
鍋、それは和の心。
古来より日本人に愛されてきた名前だけではなんのことか分かりようのない食べ物。
水炊き寄せ鍋ちゃんこ鍋、どれも捨てがたいがとりあえず買い物をしながら考えるようにしよう。
最近は便利な世の中になったもので電子決済とは素晴らしい技術である。
なんせかじかんだ手でお金を出さなくてもいいのだ。
お金を払う時以外スマホをだすだなんてとんでもないくらい寒いのだ。
それはそうと買いすぎてしまったかもしれない。
一人で食べるには多い鍋の材料、そして大量のアイスクリーム。
寒いのになぜアイスを、と思うかもしれないが冬にこたつで食べるアイスは形容するのが難しいくらいに美味いのだ。
そんなことを思っているうちに家に着く。
震える手で何とか家の鍵を出そうと悪戦苦闘していると、誰かが中から鍵を開け出迎えてくれた。
「おかえり、トレーナーくん」
「え、ああただいま」
出迎えてくれたのはアグネスタキオン、俺の担当ウマ娘で良く言えば飽くなき探究心、悪く言えば傍若無人、そんなウマ娘。
「さあ早く入りたまえ。今日は鍋だろう? カセットコンロと鍋は出しておいてあげたから早く食べようじゃないか」
「気が利くな、ありがとう」
「まあそれくらいしかやれることはなかったしコタツから出れなかっただけなんだがね」
「タキオン、それは君は悪くないよ。コタツを作り出してしまった人類が悪いんだ」
「あれは人もウマ娘もダメにする悪魔の兵器だよ」
靴を脱ぎコートを脱ぐと、タキオンがそれを受け取り「そんなことはいいからさっさと飯を作れ」という無言の圧をかけてきたので着替えもそこそこに鍋の材料を準備し始めた。
「トレーナーくん、今日は何鍋だい?」
「キムチ鍋。寒かったし材料が安かったから」
「えー!? あんまり辛いのは嫌だからな!」
「そこまで辛くしないよ、辛くないってことは無いけど」
「ふぅん……ま、辛かったらそのときは君が調整してくれたまえ」
そう言い残しタキオンはコタツへと戻り、幸せそうな顔で鍋の準備が終わるのを待っている。
その点俺は冷たい床に素足である。寒い。
早く準備を終わらせてコタツへ向かわないとおそらく凍死してしまうので急いで準備を進めた。
「ほらタキオン、鍋置くからどいて」
「ん〜?」
ある程度煮立たせた鍋をコタツの上のカセットコンロに置くために両手を伸ばして突っ伏しているタキオンにどいて欲しいのだが一向に動く気配がない。
「ほら、どかないと火傷するから」
「はぁ、しょうがないねぇ……」
のそりのそりとナメクジのような動きで座り直す。
やはりコタツは生物をダメにする。
「う〜ん、やはりコタツというものは生物をダメにするねぇ……」
「全くもってその通りだな、コタツで寝たら風邪をひくのはわかっているけど布団に向かう気力が奪われることもあるんだよな」
「ほんと、困ったものだねぇ」
「まあここまできたらもうどうしようもないよな。ほら、用意できたから食べよう」
「いい香りだねぇ、少し辛そうなのがいただけないが」
「仕方ないだろ、キムチ鍋なんだから」
いただきます、声を揃え程よく煮立った鍋を食べ始めた。
「トレーナーくぅ〜ん辛いよぉ〜」
「結構まろやかにしたつもりなんだがなぁ……」
まろやかというか、これでもかというくらい辛さを抑えて野菜の甘みが感じられる程になっているのにタキオンは舌を出してヒィヒィ言いながら食べている。
「ふむ……熱いことでさらに辛さが際立っているのかもしれないねぇ……トレーナーくん、冷ましておくれよ」
「それくらい自分でやってくれよ」
「それは出来ないねぇ、なぜなら辛さで舌が痛くて息を吐くとヒリヒリするんだよ」
「それくらい我慢して自分でやりなさい」
「ふぅ〜ん、君が辛くしすぎたせいでこうなっているというのに……ああ! なんてことだ! 私の事を思いやってくれるモルモットくんはもうどこかへ消えてしまったというのだろうか!」
「わかった! わかったから!」
あまりにも大げさに言われるので、いたたまれなくなってしまい結局冷ましてあげることになってしまった。
ふーふーと息を吹きかけて十分に冷ましたあと器に戻し返そうとしたのだが、コタツに手をしまったので食べさせてくれと言われた。
「流石にそれは怠けすぎだからダメだ」
「ケチなこと言わないで食べさせておくれよぉ〜」
「ダメなものはダメ!」
「いーやーだ! 君が食べさせてくれよー! はーやーくー!」
口をあーんと開け、餌をねだる小鳥のような顔でねだってくる。
そんなタキオンを見ていると少し悪戯心が湧いてしまう。
俺はおもむろに辛さ調節用の豆板醤の瓶の蓋を開け、スプーンにこれでもかというくらい盛り付ける。
「わかった、じゃあコレもつけていっぱい食べさせてやるからな」
「ま、待ちたまえ!」
盛りに盛られた豆板醤を見るやいなやタキオンは恐ろしい速さで器を奪い、自分で食べ始めた。
「うん、うん、ちょうどいい熱さだね」
「それはよかった」
「それにしても君、流石に酷すぎると思うよ」
「誰のせいだと思ってるんだ」
しばらくの間頬を膨らまし、明らかに不満そうな顔でぶつくさ文句を言われたが、軽くあしらいながら鍋を食べ進めた。
「「ご馳走様でした」」
あれほどあった具材ももう無くなり、底の方にうっすらと汁が残るだけになった鍋を前に、二人で手を合わせる。
「ふ〜、美味しかったねぇ」
「あんだけ辛い辛いって言ってたくせに」
「それとこれとは別だからねぇ」
満足そうな顔でそう言いながらもぞもぞとコタツに潜り込む。
そんな彼女を見ながら洗い物をしているとあることを思い出す。
「そうだ、アイス買ってきてるけど食べるか?」
「ああ、そういえばそうだったね。私にはチョコのやつをくれたまえ」
「はいはい」
洗い物の途中だったが、キリのいいところで置いておき冷凍庫からアイスを取り出してコタツへ向かう。
色々買ってあったが、チョコでコーティングされた6個入りのアイスと大福をモチーフにしたバニラ味のアイスを持ってきた。
「ほら、チョコのやつ」
「コタツで暖まりながらアイスなんとも贅沢だねぇ」
「だなぁ〜」
いそいそと蓋を開けて1口大のアイスを口に放り込み、満足そうに微笑むタキオンを見ながら自分も1口アイスを食べる。
「ん〜甘くて美味しいねぇ〜! おや、どうしたんだい? そんなに見つめて……欲しいなら一つあげようか?」
「いや、いいよ。美味しそうに食べるなぁ〜って思ってただけだから」
「ふぅん……まあいいさ」
そう言いながらパクッと最後の一つを食いに放り込んだ。
俺も二つ目兼最後の一つを食べようとしたとき、タキオンがなにか言いたげな顔でこっちを見てきた。
「どうした?」
「いやなに、それを一つくれないかと思っているんだが」
「いやあげるわけないだろ、最後の一つなんだし」
戯言だと無視して口に運ぼうとした、がしかし腕が動かない。
いや、それどころかタキオンの方に向かって勝手に手が動いていく。
「おやおや〜? まったく、くれるなら最初からくれればいいものを……」
「いや違う! 腕が勝手に動いてんだって!」
何がなにやら分からず半ばパニックになりながら腕を見ると、よく見た事があるしっぽが見えた。
「タキオン! ほんとダメだから! これの1個は2分の1だからダメだから!!」
「いやはやこんな優しいモルモットを持って私は果報者だねぇ」
必死に抵抗するがウマ娘のパワーにはかなわないし、タキオンは気にせず口を開けアイスを口に運ぼうとする。
「うぉぉぉぉぉ!!!!」
「あー……んっ!」
もう片方の腕も使い抵抗したが焼け石に水、結局アイスはタキオンの口の中へと消えていってしまった。
「あー……俺のアイス……」
「ん〜! 甘くて美味しいねぇ〜」
泣きそうな自分に対しタキオンはこれでもかというくらい満足そうな笑顔になっている。
「ま、さっきのイタズラのお返しさ」
「それにしては返しが大きすぎるだろ……もっかい買ってくるか……」
コタツから出るのは少々辛いがこの際仕方ない、腹を括りもう一度コンビニへ行くことにした。
「私の分も買ってきてくれたまえよ!」
「はいはい……あっコタツで寝るならなんか羽織っとけよ」
「わかっているとも」
もう既に溶けきったアイスのようにコタツに突っ伏しているタキオンをそう言い残し、家を出た。
「あぁ、コタツが恋しい……」
家から出た瞬間にもう帰りたくなったがあいにくとそうできない理由があるのでとりあえずコンビニへ向かう。
「えーっと……たづなさんの番号は……これか」
いつも使っている携帯とは別の、緊急時以外は使用しない連絡専用の携帯を取り出す。
「『夜遅くにすいません、相談したいことがあるので時間ある時連絡ください』と、これでいいかな」
文章を打ち込み送信し、携帯をしまおうとした瞬間携帯の着信音が鳴る。
『もしもし、どうされましたか?』
「こんな時間にすいません、もしかしてお仕事中でしたか?」
『ええ、まぁ……先日のタキオンさんの件で……』
「あぁ……申し訳ないです……」
おそらく先日の爆発事件についてだろう、うちのバカがすいません。
『いえいえ……今日に限ったことじゃありませんので……それで相談というのは……?』
「いやぁ……あの……」
すいませんたづなさん、面倒事もう1個増えそうです。
「担当バが遠隔でスマホの情報を抜き取り、自宅の合鍵を無断で作成し、勝手に家に忍び込んでいた件なのですが──」