ウマ娘短編集   作:他人丼

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深夜テンションで書いたやっつけなSS


煙草の香りと珈琲の匂い

 月明かりが海を照らし、潮風が彼女のコートを揺らす。

 

「あなたは一体どこで何をしているんでしょうかね」

 

 彼女、マンハッタンカフェが1人呟く。

 

「もう何年も待ってますよ。そろそろ私も待ちくたびれました」

 

 誰かに語りかけるが返事は帰ってこない。

 

「もう卒業してから随分経ちますね……」

 

 ポケットからスマホを取り出し、トレセン学園を卒業した時の写真を見る。

 カフェと友人のアグネスタキオン、そして担当トレーナーが1人ずつ。

 

「もう待つのは今年で最後にします、だから今年こそは……」

 

 そういい、コートの中からタバコとライターを取り出す。

 

「あなたのせいですっかりハマってしまいました。だって、これでしかもうあなたのことを思い出せないんですから……」

 

 タバコをくわえ、手で風を遮り火をつける。

 一口吸って煙を吐き出す、そうして鼻で煙の匂いを感じる。

 

「あなたの香りがします……」

 

 あの人、彼女のトレーナーが好きだった銘柄のタバコ。

 彼はよくコーヒーを飲みながらこのタバコを吸っていたのを思い出す。

 

「せっかくのコーヒーの香りがと思っていましたが、これはこれでなかなかいいものですね……」

 

 カフェも同じようにタバコを吸いながらコーヒを飲む。

 

「ふぅー……」

 

 海からの風がコートとタバコの煙を揺らす。

 

「…………」

 

 そうして毎年同じように夜空を見上げながらトレーナーとの思い出を思い出すのであった。

 

 

 

 カフェが学園に入学した当初は気味悪がられ、常に1人であった。

 そういったことには慣れていたのだが、トレーナーすら近寄ってこないことが問題だった。

 トレーナーがいないとレースに出走することは叶わない、ウマ娘に生まれ、トレセン学園に入学できたのに走れないのが心苦しかった。

 そんな時に彼は現れた。

 

「君、マンハッタンカフェだろ」

「誰ですかあなたは……」

 

 髪はボサボサ、手入れを怠ったであろう無精髭、極めつけには学園内だというのにタバコを吸っている。

 不審者だと思った、しかしどうやら違うようで

 

「まあまあ、そんな気味悪がらないでくれよ。俺はこの学園のトレーナーで君をスカウトしに来ただけだって」

「スカウト……!?」

 

 驚いた、もう誰もスカウトなどしてくれず、このまま退学するか形だけの契約をし、1人で戦うかの二択しかないと思っていた。

 

「そうスカウト。もちろん名義を貸すだけじゃなくてちゃんとメニューを考えて君を最高のウマ娘にするつもりだ」

「信じていいんですね……?」

「もちろんだって! もし無理だったら禁煙してやるよ!」

「……?」

 

 禁煙してやる? それが約束にどう繋がるのかカフェにはわからなかった。

 

「あ、いや。俺ってタバコがないと生きていけない性分で友人との約束の時にこれを言うと信じて貰えるもんだから……」

「はぁ……そうですか……」

 

 勝手な人だと思った。

 そんなもの初対面で伝わるわけがないだろうと。

 しかし愉快な人だ、私が返事をしないからキョロキョロと辺りを見回している。

 

「ふふっ……これからよろしくお願いします、トレーナーさん」

「よろしく!」

 

 彼からはタバコのにおいがした。

 

 

 

 契約を結び、本格的なトレーニングを初めてからカフェの成長は凄まじいものだった。

 デビューしてから掲示板外はなし、更にはいくつかのG1でも好成績を残していた。

 しかしどうやっても勝てなくなる時期というのはやってくる。

 どんなに練習しても、どんなに足を早く動かしてもゴールが遠い。

 そんな時、彼が少し気分転換に出かけようと言ってくれた。

 

「というわけで駅に現地集合だ、俺は用事があるから済ませてから向かう。くれぐれも遅れないように」

「いつもあなたが遅れるんですけどね……」

「細かいことを気にしちゃいけない」

 

 彼はいつも平気で遅れてくる。

 5分10分なんて彼には誤差なのだろう。

 

 やはりというかなんというか今回も彼は遅れてきた。

 しかしこの日はいつもと違い、待っても待ってもこない。

 

「かれこれ30分以上は待ってますよ……それにしても何も無いところですね」

 

 トレーナーが待ち合わせに指定したのは田舎も田舎、ド田舎だった。

 後ろを見れば山があり、前を向けば海が見える。

 しかしそれだけしかない。

 民家も見えるが一軒一軒の間は数十メートルも離れていて、道路も舗装はされてはいるがボロボロ、奥の方に商店街らしきものが見えるが人の気配はあまりない。

 そんなところにトレーナーはなんの用事があるというのだろうか。

 

「気分転換と言ってましたが気分転換ができるようなものなんてあるんですかね……」

 

 見た限りでは海と山と民家くらいしかない、これでどう気分転換すればいいのか。

 そして問題がもうひとつ。

 

「というか遅すぎないでしょうか……」

 

 駅に着いてからもう50分は待っている。

 流石に疲れてきたし、どうも寂しい。

 

「トレーナーさんにとって私はどうでもいい存在なんでしょうか……」

 

 1人というのは良くない、嫌なことばかり思いつく。

 こんな日に限ってお友達も静かなのだから全く嫌になる。

 

「あと10分待って来なかったら帰りましょうか……」

 

 そう思った矢先

 

「あー……ごめんカフェ、待った?」

 

 声がした方を振り向くと。

 タバコをくわえ、レジ袋をもち、バツが悪そうに頬をかいているトレーナーいた。

 

「…………」

「いや、これには理由があってだな……」

「返答によっては許しませんよ……」

「実はだなぁ……」

 

 そう言って手に提げている袋から何かを取り出す。

 

「これ買いに行っててさ、やっ気分転換する時には自分の好きな物いるだろ?」

「缶コーヒーですか?」

「そうそう、カフェよく飲んでるじゃん」

 

 取り出したのはなんの変哲もない缶コーヒー、それはわたしがよく飲んでるものだった。

 しかし好きだからかと言われればそうではなく、どこにでもあり値段も高くないので飲んでいるだけだった。

 

「それがなぜ遅れた理由に?」

「いやぁ、見てのとおりここド田舎だから買うのに隣町まで行ってたんだよな」

「はぁ、そうですか……」

 

 勝手な人だ、けど私のことを思ってしてくれたことだと考えれば嫌ではなかった。

 

「優しいんですね」

「だろぉ〜? よく言われるんだよな」

「ふふ、ほんとに面白い人」

 

 何故だろう、この人と話すとどうも心がポカポカとする。

 ひとつ原因に心当たりがあるがきっと勘違いだろう、今はそう思うことにした。

 

「それじゃあ行こうか」

「行くとは……?」

「いや、気分転換しに来たんじゃん俺ら」

「ああ、そういえばそうでしたね。待ちくたびれてすっかり忘れていました」

「いや、まぁ……うん、車で来てるから早速出発しよう」

 

 誤魔化すようにタバコの火を消し、車へと向かう。

 車に入ってみると中は片付いていたがタバコの匂いがしていた。

 嫌、という訳では無いが少し気になる。

 

「窓、開けてもいいですか?」

「ん? ああ、タバコの匂いか。すまんすまん」

「別に嫌というわけではないのですが酔ってしまいそうで……」

「いやいや、配慮してなかった俺が悪いよ」

 

 そう言って窓を開けてくれた。

 こういった気遣いはできるくせになぜ待ち合わせには平気で遅れてくるのだろうか。

 

「ほんと、勝手な人……」

「何か言った?」

「別に何も」

 

 二、三言葉を交わしただけで沈黙が訪れる。

 2人とも黙ったまま車が走ること数十分経つが、さすが田舎、目的地に一向につかないし車ともすれ違わない。

 ただただ気まずい空気が車内に流れる。

 

「あのー、まあなんだ、そういう時期もあるよな、うん」

「私が勝てないこと……ですか?」

「まあ、そのことだ。別に俺の指導が悪いわけでも君の努力が足りない訳でもない、どこか噛み合わない歯車が別々に回っている感じがするんだ」

「つまりお互い空回りしていると……?」

「まあ、そんな感じ。なにか1個だけ歯車が足りない、俺らを噛み合せる歯車が見つかればいいと思って今日君を誘ってみたんだ」

 

 なかなかに訳の分からない例え方をされた、やはりこの人は勝手な人だ。自分が分かれば他人もわかると思っている節がある。

 

「この何も無いドライブに、ですか?」

「いやいや、これが本命じゃないよ。君に見せたいものがあって、それを見にいって気分転換するのが本命だよ」

「この辺に気分転換できるようなものなんてあると思いませんが……」

 

 どこを見ても何も無い、強いて言うなら木があるくらいだろうか。

 

「もうそろそろ着くよ、そこに行けばきっと気分転換になる」

「本当でしょうか……」

 

 そうしてまた会話がなくなって数分、ようやく目的地に着いた。

 

「よし、到着した」

「ここ、ですか……?」

 

 車を降りると辺りにあるのは海と堤防、そしてポツポツと建物があるだけだった。

 ちらほら人も見えるが決して多いとは言えない。

 

「すいません、何も無いようにしかみえないのですが……」

「まあそうだろうね、でも割と色んなものがここにはあるんだよ」

 

 そう言いながら車を降りて、手招きでトレーナーはカフェを呼ぶ。

 そして少し歩いてひとつの建物の前に着いた。

 

「駄菓子屋さん……?」

「そ、駄菓子屋さん。 昔通ってたんだよな、ここ」

「昔に通っていたと言うことはここはもしかして……?」

「ま、察しの通り俺の生まれ故郷。 ここならよく知ってるし、なんか気分転換になるものもあるかなって」

 

 そんな話をしながら2人は駄菓子屋に入った。

 内装はというと、ごく普通の駄菓子屋で変わったものはないもない。

 10円の味が続かないガム、割り箸が付いたねり飴、なにかのタレにつけられた魚のすり身を薄くしたもの。

 店内を見て回っているとトレーナーから声がかかる。

 

「カフェ、なんか欲しいものはあった? あったら遠慮なく言ってくれよ、奢るから」

「え……その、いいんでしょうか……」

「いいよいいよ、買い込んでもそこまで値段は高くならないし、何よりこう見えても俺結構稼いでるんだよ」

「それではお言葉に甘えさせていただきます」

 

 そう言って気になるものを片っ端から小さい買い物カゴいれていき、最後にはカゴをもう2つほど用意しなくてはならなくなった。

 

「そういやウマ娘って食べる量が桁違いだったな……」

 

 薄くなってしまった財布をカバンにしまいながらそんなことをトレーナーは言った。

 好きなだけ買っていいと言ったのは向こうだ、少しくらいいいだろう。

 なにより今からどこに行くか知らないが、おそらく道中にコンビニも無さそうだし、トレーナーが買ってきたものはもうあまりないし、多少多いくらいがちょうどいいのだ。

 そうして駄菓子屋から出てしばらく歩いているとトレーナーが話を切り出す。

 

 

「俺さ、夢があるんだ」

「夢、ですか……?」

「まあ、そこまで大きいものでもないんだけどね」

「どのような夢かお聞きしても……?」

 

 恐る恐るといった感じで聞いてみる。

 まあ、向こうから切り出してきているので言い渋ることはないと思うが、なんせこのトレーナーだ。可能性を否定できない。

 

「さっきも言ったけどここって俺の故郷なんだよ、それで見た通り何も無いし人も多い訳でもない」

「まあその通りではありますね……」

「でもね、たまにウマ娘が走ってたりもするんだよ、たぶんトレーニングの一環でね。 どこの誰だか分からないし、どんなレースに出てるかも知らないんだけど」

「はぁ……」

 

 それのどこが夢に関係あるのか分からない。

 そういった顔でカフェがトレーナーを見つめていると恥ずかしそうに言葉を続けた。

 

「俺はそんな娘達のためになにか出来ないかなって考えて、いつかここに喫茶店でも作りたいなって思ったんだ。 ウマ娘達が安心してトレーニングができて、栄養補給もできるようにサポートできるような喫茶店をね」

「そんな夢が……」

「まあ、大した夢でもないけどね」

 

 海を眺めながら潮風に吹かれ、自重するようにトレーナーは言う。

 確かに大したことではないかもしれないが果たして彼のようにしっかりとした未来を見据えてる人がいるであろうか。

 

「素晴らしい夢だと思いますよ……」

「そうかな……うん、まあそうだな。 俺は素晴らしい人間だしな」

「ふふっ……」

 

 さも当然のように彼が言うものだから少し笑いがこぼれてしまった。

 そうすると彼は嬉しそうにこちらを向いて

 

「あ、今笑っただろ」

 

 とイタズラをした子供のように微笑みながら言われた。

 

「あの、別にあなたの夢がおかしいからとかそういう理由ではなく……」

「ああいや、そうじゃなくて……なんというか……」

 

 頬を指で掻きながら、少し照れくさそうに口を開く。

 

「君の笑顔なんて久しぶりに見たなって……そう、思ったんだ……」

「あっ……そう、ですか……」

 

 そんなことを考えていたなんて思ってもいなかった。

 そういえば最後にこの人の前で笑ったのはいつだろうか、随分長い間笑っていなかった気がする。

 

「私、そんなに笑ってなかったでしょうか……」

「まあ、結構な間ね」

 

 そういえば私は最近レースで楽しいと思って走っていただろうか。

 思い返してみると心にあったのは苦しい、悲しいだけだったような気がする。

 

(そう……だから勝てなかったんですね……)

 

 苦しいことを無理にしていても勝てるはずがない、昔は走ってるだけで楽しかったのに今は余計なものが絡みついている。

 

「あの、トレーナーさん」

「どうした?」

「先程話してた夢、もっと聞きたいです」

 

 なぜだか分からないがもっとこの人のことを知りたいと思った。

 

「まあ別にいいけど……そうだなぁ、もし喫茶店を作ったらそこでなにかウマ娘たちのためになるような事がしたい。さっきも言ったとおり栄養補給もだし、他にも簡単な指導書も置いたりしてみんなが成長できるような。そうだ、もし一緒に店をやってもいいってウマ娘が居たらいいな。そうしたら一層いい店になる」

 

 目を輝かせながら夢を語る彼を見て、微笑ましく思うと同時に少し胸に違和感を抱いた。

 

(今トレーナーさんが思い描いている夢の中に私はいるのでしょうか……)

 

 ああ、気づいてしまった。気づかなくて良かったのに、愚かにも気づいてしまった。

 一体この気持ちを理解したとしてどうすれば良いのだろうか。

 私はウマ娘、彼はトレーナー、指導者と担当。

 それ以上でもそれ以下でもないのに。

 そんなことを考えていると彼が心配した顔で語りかけてくる。

 

「カフェ、大丈夫か? 顔色が優れないようだけど……」

「っ……いえ、少し考え事をしていたので……」

「なるほど? そうだ、せっかくだし店を開こうとしてる場所でも見にいくか?」

「そう、ですね……行きましょう……」

 

 そうしてしばらく歩くと見晴らしのいい海岸に着いた。

 

「ここ、ですか……?」

「うん、ここなら砂浜もあるし、見晴らしのいい車通りの少ない道路もあるからトレーニングしやすいなって」

 

 確かに言ったとおりトレーニングには最適な場所ではある。しかし一つ問題がある。

 

「こんな所に……来ますかね……」

「あー……まぁ、うん。きっと来るよ。SNSで宣伝すればきっと……」

 

 全くそんなことを考えていなかったといった顔でトレーナーは言う。

 そんな顔がどこか愛おしくてまた、笑みが零れてしまう。

 

「ふふ、そうですね、きっと来ます。私はトレーナーさんの夢を応援しますよ」

 

 そういうとギョッとした顔でこちらを見てきたので、なにか失礼があったかと思い戸惑う。

 

「あの……なにか失礼なことでも言ってしまったでしょうか……」

「ああいや、先に言われちゃったなって……」

「先に言われた……?」

「うん、俺が君の夢を応援してるってここで言おうと思ってたんだけど先に言われたからさ……」

 

 また恥ずかしそうに頬を指で掻きながら彼は言う。

 

「あの、すいません……」

「いや、謝らなくていいよ。もうそんな言葉も要らないくらいに、君にはやる気が出てるみたいだしね」

「え、あっ……」

 

 そう言われると今日までずっと心の中にあったモヤモヤが綺麗になくなっていることに気づいた。

 

「あの、トレーナーさん……ありがとうございます……!」

「いいよ、君の夢を叶えるのが俺の仕事だしね。日も暮れてきたしそろそろ帰ろうか」

「そうですね……」

 

 すっかり日も傾いて夕焼けが海を照らしている。

 

(仕事、ですか……)

 

 最後の言葉が胸につっかえてしまった。

 

 

 

 あの日から憑き物が落ちたようにレースに勝てるようになった。

 トレーナーさんのいうところの歯車が見つかったのだろう。

 それでも負けるレースもあった、けど次に向かって頑張ろうと思えた。

 そして、あの日から2人でお出かけすることが多くなった。

 ただなんとなく街を歩くだけだったり、どこか遠くへ遊びにいったり。

 そうして月日は流れ、明日私はトレセン学園を卒業する。

 

「トレーナーさん……いますか……?」

 

 コンコンと扉を軽くノックし、返事を待つ。

 

「入っていいよ」

 

 返事を受け、扉を開けて彼の居る部屋に入る。

 これからすることを思うと心臓の鼓動が止まらない。

 彼が座っている椅子の隣の椅子に腰掛け、しばらく沈黙する。

 

(話しかけたいのに言葉が、出ません……)

 

 お友達が早く早く、と急かしてくるがそれどころではないのだ。

 心臓の音が彼に聞こえないようにするのに必死で言葉が出てこない。

 

「あー、そういや明日で卒業だね」

「えぇ……そうですね……」

「色々あったよな。怪奇現象が起きたり、何故か買った覚えのない人形が机に置いてあったり」

「あの、すいません……」

「いやいや、楽しかったから気にしてないよ。うん、楽しかった、から……」

 

 楽しかった。

 この言葉が私と彼の関係があと少しで終わってしまうことを強く実感させた。

 

「あの、トレーナーさんはあの日の、私に夢を教えてくれた日のことを覚えていますか……?」

「え、ああ……まあ覚えてるよ……」

 

 彼はいつもと同じように恥ずかしそうに頬をかく。

 今しかない、そう思いまっすぐ彼を見つめて想いをぶつける。

 

「あのとき話してくれた店を手伝うウマ娘は、私ではだめ、でしょうか……」

「えっと、それはどういう意味……?」

 

 困ったような顔でこちらを見つめてくる。

 やはりこの人は勝手だ、人の気など知らないで、でも人一倍私を見てくれる。

 そんなところが私は、

 

「好きなんです。あなたのことが好きなんですよ。待ち合わせにはよく遅れるし、服からはタバコの匂いがするし、予定を変えて混乱もさせる」

「えっと……イメージ的には最悪じゃ……」

「そうじゃありません。あなたを待つ時間が、あなたから漂うタバコの匂いが、あなたに振り回されるのが、心地よくてずっと、ずっと一緒に居たいと思えるくらいに好きなんです」

 

 ああ、言ってしまった。

 顔が酷く熱い、きっと真っ赤になってしまっているんだろう。

 

「えーっと……どうしようか……」

「そうやって困った時に頬をかくのも大好きで、愛おしくてたまらないんです……」

 

 静寂がトレーナー室を包む。

 1分だろうか、それとも1時間だろうか、どれくらい時間がたったか分からなくなった時にゆっくりと彼が口を開く。

 

「明日、卒業式が終わったら、あの日と同じ場所で待ち合わせしよう。そこで、返事してもいいかな」

「あの、もしかしてそれは……!」

「カフェ、俺だって恥ずかしいんだ。1日くらい猶予をくれ……」

 

 遠回しのOKサイン。

 正確にはまだOKはされていないのだがこれで断るのはありえない。

 いくら常識に疎い彼といえどそこはしっかりしていると確信している。

 

「では、明日あの場所で待ってます……」

「……君が待つことは前提か」

「だって、あなたはいつも遅れますから」

 

 

 

 卒業式が終わり、私は急いで駅に向かった。

 友人のタキオンさんに夕食を一緒にどうかと誘われたが、焦っていた私はトレーナーとの予定があると言って断ってしまった。

 そうしたらニヤニヤと茶化すような笑みを浮かべてきたので顔を赤くして逃げるように去ったら。

 

「頑張りたまえよー!」

 

 と応援された。

 頑張るも何ももう結果は決まったも同然なのだ。

 でも、そんなことを言ってくれる友人が居て嬉しくもあった。

 

 そうして電車を乗り継ぎ、目的の駅に着いた。

 事前に連絡を取って時間を決め、約束の時間の5分前には到着した。

 待ち遠しい、早く彼に会いたい。

 その想いで胸がいっぱいだった。

 

 

 しかし、約束の時間から30分経過したというのに彼がは一向に来ない。

 きっと、あの日と同じように待たせて居るのだろう。

 彼のロマンチックな一面を知れて少しウキウキした。

 

 

 1時間がたった、彼は一向に来ない。

 きっと渋滞にでも巻き込まれているのだろう。

 彼は向こう見ずなところもあるので、渋滞なんて頭になかったのだ。

 

 

 2時間がたった、彼はまだ来ない。

 連絡をしても一向に返事が返ってこない。

 きっと待ち合わせ場所をあの海辺の所に居るのだろうと思い、そこへ向かった。

 

 

 3時間がたった、夢を話してくれた場所にも彼はいなかった。

 きっと、入れ違いになってしまったに違いない。

 

 

 4時間がたった、彼はどこにも居ない。

 きっと、きっと……

 

「トレーナー……さん……」

 

 だめだ、もう言い訳が思いつかない。

 涙が溢れ出し、道路の隅に座り込んでしまった。

 何故、どうして、もしかして鬱陶しいと思われてしまったのか。

 それともなにか事故が起きて巻き込まれてしまったのだろうか。

 はやく、早く会いたい。

 

 

 5時間がたった、雨が降り出したが彼はまだ姿を見せない。

 今日のためにお化粧もして、普段は着ないようなオシャレな服を着てきた、でも全部無駄になってしまった。

 化粧は涙で崩れ落ち、服ももう汚れてしまっている。

 

「トレーナーさん……トレーナーさん……」

 

 呪文のように呟くが、一向に返事は無い。

 

 

 6時間がたった、雨の音しか聞こえない。

 何がいけなかったんだろう。

 私は何を間違えたのだろう。

 何をすべきだったのだろう。

 答えは一向に出ない。

 出るのは涙と嗚咽だけ。

 

 パシャ、パシャ

 

 雨の中を誰かがこちらに向かって走ってくる音が聞こえる。

 

「……トレーナーさん!」

 

 やっと来た、待たせすぎだ、と思って顔を上げると、そこのは傘を持ったタキオンさんとそのトレーナーが居た。

 

「カフェ……その、なにがあったんだ……?」

「ああ、タキオンさん……タキオンさん……私、わたしぃ……」

 

 傘をさした友人の胸で私は泣いた。

 

「トレーナーさんが、トレーナーさんがぁ……」

「カフェ……」

 

 こんな状態の私を見て何があったのか大まか予想がついたのだろう。

 

「カフェ、よく聞くんだ。君のトレーナーは君を捨てたわけじゃない、これは確実だ。けど彼は急に消えてしまったんだ」

 

 言ってる意味がよく分からない。

 

「別に怪奇現象だとかそういうたぐいではないと思う。軽く調べたが彼は確かにここに向かっていたんだ、君へのプレゼントを受け取って。だが途中で彼の車が事故にあったようで……」

 

 そこからの記憶はあまりない。

 気づけばベッドに横たわっていた。

 どうやらタキオンさんがホテルまで運んでくれ、寝ていたようだ。

 目が覚め、気分が落ち着いてから話を聞いた。

 要約すると、彼はあの日私へのプレゼントを受け取って約束の場所へ向かった。

 しかし向かっている途中で事故に会い、そのまま消息不明になったということだ。

 しかし何故か私には確信があった。

 彼は決して死んでいない、と。

 

 

 

「そう思って何年も待っています……」

 

 今までの事を思い出してしまった。

 短くなったタバコからユラユラと煙が天に向かって伸びている。

 あの日と何ら変わらない星空に煙が吸い込まれる。

 

「これが最後の1本……これを吸い終わったら私はあなたを忘れるでしょう……だから……」

 

 早く会いに来て欲しい、そう思いながらタバコに火を付けた矢先に、背中の方に気配を感じた。

 

「や、カフェ。今年もかい?」

「タキオンさん……」

 

 後ろに居たのは友人だった。

 まあ、期待はしていなかったが。

 

「今年で最後、この1本で最後ですよ」

「そう、か……」

 

 なんとも言えない空気が私たちの間に流れる。

 暫くして沈黙に耐えきれなくなったのか、タキオンさんが話をしだした。

 

「最近私は興味深ことを見つけてねぇ」

「はぁ……」

 

 大方なにか実験の役に立つようなことを見つけたのだろう。

 

「ウマ娘はときに想いの強さで奇跡を起こす、といったことがあるといわれていたが、それに関することで大きな発見があったんだよ」

「なるほど……?」

「まあ理論を説明するには時間が無いから私がこのことを発見した経緯を話そうか。そう、私は色々な研究機関を回ってなにか想いの強さが肉体に影響を及ぼすかどうかを検証していたんだ。そこで興味深い人物に出会った」

「…………」

 

 あまり興味がないが気を紛らわすために話をしてくれているのだ、黙って聞いていよう。

 

「私がその人物を見つけたのはほんの数日前で、なんとつい先日まで数年間植物状態だったというのに、もうリハビリが行えるくらいには回復していたんだよ!」

「そうですか……」

 

 数年間植物状態でそこまで早くリハビリができるようになるとは、専門知識がない私でも充分すごいことだと理解出来た。

 

「それで彼の主治医に話を聞いたら『目が覚めてから彼はとても錯乱していました、何せ数年間眠っていた訳ですからね。そして驚いたことにその後すぐに身体を起こしたんです。あなたにもわかるでしょうが、はっきりいって有り得ませんよ。そうして理由を聞いたら、何やら待たせている人が居る、数年も待たせてしまっている。彼女は俺を待つのは好きだと言っていたが流石にこれ以上待たせたら愛想をつかされてしまう。寝てる間に彼女のお友達に起こされた、急がなくては。そう言ってベッドから立ち上がりました、その後2、3歩歩いただけで倒れてしまいましたけどね。今ではもうここまで回復しています』なんて言われた。つまりこれは想いの力だと思わないかい?」

「そう、ですね……?」

 

 どこか聞いた事のある、見た事のあるような人物像が頭の中に浮かんだ。

 

「あの、タキオンさんその人って……!」

 

 彼の匂いがした。

 安っぽい缶コーヒーと私が吸っているタバコと同じ匂い。

 

「君も興味があるだろうと思ってその人物を連れてきたんだが……会うかい?」

「えぇ、えぇ!」

「そうだろうね。おっと、車に忘れ物をしてしまったかなぁ? 少し席を外すよ」

 

 タキオンさんが去っていくと入れ替わりによく知っている、あの人がこちらへ向かって歩いてきた。

 

「あー……ごめんカフェ、待った?」

 

 タバコをくわえ、杖をもち、バツが悪そうに頬をかいているトレーナーいた。

 

「…………」

「いや、これには理由があってだな……」

「返答によっては、許しませんよ……」

「実はだなぁ……」

 

 トレーナーは理由を話てくれた。

 あの日少し遅れてしまって車を飛ばしていたらタイヤが滑って事故にあってしまい、重症を負った。

 なんとか病院に向かうことはできたが身分証明などは全て無くしてしまい、どこの誰だか分からないまま深い眠りに落ち、先日まで眠ってしまっていたということだった。

 

「あの、本当にすまなかった……何年も待たせてしまって」

「そうですね、すっかり待ちくたびれて今年で待つのをやめるとこでした」

「なぁ、カフェ……」

 

 いつもと同じように頬をかきながらトレーナーは言う。

 

「その、あの日の返事なんだけど……」

「はい……」

「ぜひ、手伝ってくれないか……?」

「そうですね……どうしましょうか……」

 

 少しイタズラをしてしまった。

 

「あ、えっと、あれ……?」

「ふふ、冗談ですよ」

「たちが悪いなぁ……」

「私は何年も待ったんだからこれくらいは許されてもいいでしょう」

「ごもっともです……」

 

 しばらく2人で見つめあって、私は答えを出す。

 

「もちろんです、というかそうじゃないと許せませんよ」

「そう、だよな」

 

 1本、また1歩お互いの距離が近づき、胸と胸がくっついてしまう。

 

「トレーナーさん……」

「どうした?」

「大好きです!」

 

 少し背伸びをしてそっと口付けをする。

 

 心地のいい煙草の匂いと珈琲の香りがした。

 




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