『一着はアグネスタキオン! URA優勝はアグネスタキオン!』
歓声が聞こえる。
自分の担当が、アグネスタキオンがURAで優勝した。
「長かった、長かったなぁ……」
トレーナーとして最後の3年間。
何十年もトレーナーをした中でも一番濃かった3年間がもう終わる。
「あぁ、上手く見えない」
タキオンがこちらに手を振るが目が霞んで見えない、そして足元もどこかおぼつかない。
ちらりと腕時計を確認する。
「ライブが終わるまであと30分程度か、もう時間があまりないな……」
あと30分程度で全てが終わる。
トレーナーとしての人生が、タキオンのトレーナーでいられる時間がもう、終わる。
「ライブの前にタキオンの所へ行かないと」
最後の激励をしなくては、そう思い彼女の元へ向かった。
「トレーナーくんだろう? 入りたまえ」
扉をノックするとそう返事が返ってきたのでゆっくりと扉を開ける。
「タキオン、おめでとう」
「ああ、ありがとう。しかし君はどうした、顔色が優れなようだが……」
「なんだか疲れてしまってね」
「ははっ、そうかそうか。もしかして私の走りに感極まりすぎたかな?」
「まあ、そんなところかな」
何を喋っていいかお互い分からず、少しの間沈黙が続く。
「ねぇ、タキオン」
「なんだい?」
「もう最後だし、君に伝えたいことがあるんだ」
「……ぜひ、聞きたいねぇ」
最後、これが私がトレーナーとしてタキオンに送る最後の言葉。
「タキオン、君が僕の最後の担当で本当によかった。光ったり、よく分からない夢を見たり、実験されたり色々あったけどこの3年間はとても素晴らしかった。ありがとう、タキオン」
「あぁ、私もとても楽しかったよ。それにしても深刻な顔だなぁ、今生の別れの言葉でもあるまいし」
「確かにね、でも伝えたかったんだ」
「ふぅん……」
呆れた、しかしどこか満足そうな笑顔でタキオンはこちらを見つめる。
「さて、そろそろライブ開始の時間だ。私は会場へ向かうとするよ」
「うん、行ってらっしゃい」
そうしてタキオンはライブ会場へ向かい、私も観客席のほうへ向かった。
激しいライト演出と共にライブが終わる。
部屋に戻ろうとしたその時だった。
「あれ……?」
視界が歪み、その場に倒れ込む。
どうやら時が近いみたいだ。
「だめだ、まだ早い」
なんとか起き上がり、前に進もうとするが足が思うように動かない。
「どうせ今日で最期だ、神がいるならあと少し許せ」
動かない足に喝を入れてゆっくりと部屋へ向かった。
やっとの思いで部屋に着いた。
なんだ、神もたまにはいいことをするじゃないか。
「ごほっ……」
口から血が吹き出す。
幸いタキオンはまだ帰ってきていないので、今後もう使うことの無い服で血を拭った。
あぁ、目が霞む。
意識を手放してしまいそうだ。
「トレーナーくん、いるかい?」
タキオンの声が聞こえ、部屋の扉が開かれる。
「やっぱり居たね、私の最後のライブはどうだったかな?」
「最高だったよ」
息が切れそうなのを必死に我慢する。
「そうだろうそうだろう」
彼女は笑顔でこちらを見ながら深く、何度も頷いた。
「まあ、ほとんど君のおかげだがね」
どこか悲しそうな表情をしながら彼女は微笑んでくる。
思い返せば彼女は研究ばかりして、他のことはあまり手をつけていなかった。
なんとかそこを私が改善したのを今でも覚えている。
「色々あったな、この3年間」
「そうだねぇ……私がカフェのカップを割ってしまって怒らせたりとか、実験室が火事騒ぎを起こして生徒会に呼び出されたりもしたねぇ……」
「はは、それでいつも一緒に謝りにいったね」
「カフェの件は私が悪いにして、火事の件はあの方法では火事になって成功しないという画期的なデータが出ただけだなんて言ったら、ルドルフくんに怒られてしまったのはよく覚えてるよ」
自嘲するように笑う彼女の姿はとても和やかで、これで最期と思うととても悲しくなってきた。
「でもまあ、一番思い出に残ってるのはやっぱり、君と出会えたことかな……」
「……僕もだよ」
しんみりとした空気が2人の間に流れる。
タキオンが私の目を見つめては恥ずかしそうに逸らす。
その行為を何回か繰り返した時だった。
「そうだ! トレーナーくん、君に渡したい物があるのだよ!」
「またなにかの薬かい?」
「ご名答。と言いたいとこだが、残念ながらそうでは無い」
「君が薬以外のものを渡すなんて、明日には槍でも降るんじゃないだろうか」
「全く、私をなんだと思っているんだい? 君に渡すものはまあ、その……なんというか……ただ純粋なプレゼントというか……」
「そうなのか、それじゃあありがたく受け取ろうかな」
「当たり前だろう。少々待ちたまえ、鞄の中に入っているから取ってくるよ」
そう言って彼女は立ち上がり、後ろの机にある自分の鞄を取りにいった。
楽しみだ、そう思った瞬間にその時は訪れてしまった。
「っ……!」
ぐらりと視界が歪み、胸に激痛が走る。
なぜ、今なんだ。
あと少しでいいのに、彼女が笑ってこの部屋を出てくれるまででいいのに何故、なぜいまなんだ。
「まあプレゼントというのはねぇ、君と私は紅茶の趣味が合うから少し高級な茶葉を取り寄せてね。あとティーカップも一緒に買ったのだが……」
タキオンが照れくさそうに何かを話すが、言葉が遠くに聞こえ、徐々に姿が見えなくなっていく。
体が椅子から崩れ落ちる。
思考もすることさえ、もう苦しい。
「私も同じティーカップを買ってお揃いになってしまうのだが君さえ良ければ……トレーナーくん……?」
どさりと椅子から落ち、タキオンが慌てて駆け寄り、私を抱き抱える。
「あ……ぐ……」
「おい! トレーナーくん! しっかりしろ!」
「たき……おん……」
「そうだ、救急車! 救急車を呼ぶから待っていろトレーナーくん!」
「待っ……て……」
救急車を呼ぼうとタキオンは私を寝かせて電話をかけようとするが、なんとか力を振り絞り彼女の腕を掴んでそれを止める。
「ええい離せ! このままでは死んでしまうぞ! 話なら後にしてくれ!」
「も、う……いいん、だ……」
「そんな……そんなことがある訳……!」
助けようとするのを私は首を横に振り止め、彼女はそれを受け入れたくないと涙を流しながら同じように首を振る。
「私の……せいだ……私が実験と称して君に薬を飲ませたのが原因だ……トレーナーくん、待っていろ今すぐ助かるように薬を調合してくるから……! 謝って許されることではないが今すぐに……!!」
「ちがう……よ……」
「いいや私のせいだ……私が実験など、可能性の果てなど追い求めなければ君は……!」
ぺちんとタキオンの頬にトレーナーの手のひらが当たる。
彼女があまりにも失礼なことを言うのでついビンタをしてしまった。
「あぅ……ごめんなさい……ごめんなさいトレーナーくん……」
「たきおん……」
頬を叩かれ彼女は泣き出してしまった。
「ぼくは、きみとであった、あのひのちかくに、しぬよていだった」
「嘘だ……嘘だ嘘だ!」
もう呂律が回らないが、必死で言葉を紡ぐ。
「うそじゃ、ないよ。ぼくはあのひ、いっかげつごには、しぬと、いしゃにいわれた……」
「じゃあ、じゃあ一体なんで今まで生きてるんだい! 君は優しいから私を傷つけないため嘘を言っているんだ!」
「うそじゃ、ないよ……きみにであって、ぼくはいきれた……きみの、かのうせいはてを……みたくて、きょうまでいきれたんだ……」
「そんな……そんな……」
あの日君に出会えたから、君の濁って輝くその瞳に惹かれたから。
だから、どうか泣かないでおくれよ。
せっかくの綺麗な瞳が台無しだ。
「できる、ことなら……このさきも、かのうせいを、きみと、おいたかった……」
「そうさ! 君はこの先、可能性の果てのその先までずっと一緒に居てくれないと困るんだ! 君は私のモルモットで、トレーナーで……助手なんだから……」
「じょしゅ、か……」
なんだ、生涯モルモットだと思っていたら結構な格上げじゃないか。
それだけに今日で最期なのが残念で仕方がない。
「ああそうだとも! 研究者には助手は必ず必要だからね! 君が居なくなっては何もできないし、始まらないのだ! だから……だから……! どうか逝かないでおくれよ……」
「ごめ、んね……」
ずっと彼女の研究を支えられたらどれほどいいだろうか。
しかし、今日まで生きれたのにそれは欲張りすぎだろう。
「やめてくれ……謝らないでくれ……そうだ! お弁当! トレーナー君、今日の私のお弁当はどうしたんだい? まさかミキサー食やインスタントで済ませろなんて言うわけではないだろうねぇ。君が私の好みを変えたのだから君は私にお弁当を作り続ける義務があるのだよ」
震えた声で涙を流しながら笑い、いつものような言葉を投げかけてくる。
「そうだ、なぁ……おべんとう、つくらないと……」
「そうとも! だから早く立ち上がって準備をするんだ! そうじゃないと私は、私は……」
ポト、ポトと大粒の涙が頬に落ちる。
ああ、すまない。すまないタキオン。
僕は君を泣かせてしまっている。
そして僕は、君の泣き顔さえもう見えなくなってきてしまった。
「ねぇ、タキ……ガハッ、ゴホッ」
「もういい! もう喋るな! すぐ、すぐに助けが来るから! 話は助かった後にいくらでも聞いてやろう! 私に対しての恨みでも罵倒でもなんでも聞いてやるさ! だから、だから……」
恨みだなんて、罵倒だなんて、そんなことあるわけないじゃないか。
伝えたいのに、僕は君にずっと感謝しているのに、それを言葉にしたいのに、喉に血が詰まって、もう声を出せない。
「ええい! 救急隊は何をやっているんだ! トレーナーくん! なんとか持ちこたえるんだぞ!」
タキオンが何か叫んでいるが、とうとう耳まで聞こえなくなってきたようで何を言ってるか分からない。
ただ一つ、頬に落ちる涙の感触が彼女が泣いていることを伝えている。
「タキ……オン……」
「なんで……なんで……」
ゆっくりと、彼女の瞳の方に手を伸ばす。
やっぱり、君に涙は似合わないんだ。
君はいつだって大胆不敵に笑って、目標に向かって欲しいんだ。
僕はゆっくりとタキオンの涙を拭う。
そして、拭い終わった最後に
ありがとう
そう伝えた。
声が出たか、口が動いていたかは分からない。
でもありがとう、こんな僕を傍に居させてくれて。
そして許しておくれ、最期にしか君に感謝を伝えれなかったことを。
「おい、トレーナーくん……? 嘘だ……なにかの冗談だろう……? 嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!」
タキオンがトレーナーに叫ぶが彼は何も言わない、どこももう動かない。
「うぅ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
絶叫が建物中に響く。
そしてやっと到着した救急隊にトレーナーを託すが、彼らはただ目を瞑り首を横に振るだけだった。
そして、メディアやスポーツ誌がどこから知ったのか分からないが。「アグネスタキオンのトレーナーが突然の死! 彼女の実験が原因か!?」と騒ぎ立てていたが、トレーナーが予め彼の死が持病のためであったこと、彼女の実験が原因ではないことを書き記した遺書を理事長である秋川やよいに託していたため、事態はすんなりと収まった。
しばらくの間は彼女を哀れんだり、同情の言葉を言うものも居たが、少し経つとそんな人物は居なくなっていた。
余談になるが、ときおりアグネスタキオンは誰かの墓参りに行っているようだ。
それが誰の墓で、その前で何をしているのかは彼女ともう一人、彼女のモルモットしか知らない。
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