「なあモルモットくん、お腹がすいたよ」
「そうだなぁ」
秋も終わり冬に差し掛かった夜中の11時、そろそろ寝ようかどうかとする時間にタキオンがそう呟いた。
確かにこの時間は無性に腹が減る時間ではある。
だがこんな時間になにかを食べるなんてとんでもない、確実に太ってしまう。
確かにこんな気温でこんな時間にラーメンなど炊いて食べれば形容しがたい幸せを味わえるだろう。
しかしそんな悪魔の誘惑に負けてはいけない、絶対に負けてはいけないんだ。
「……ラーメンでも作るか」
「いいねぇ! さっそく作ってくれたまえ」
今度タキオンに我慢ができるようになる薬でも作ってもらうことにしよう。
キッチンの戸棚を開け買い置きしていたインスタントラーメンを二袋取り出す。
しかしそれだけではいささか味気がないのでなにか入れようと思い、冷蔵庫の中も物色する。
「なにか入れたい具材とかある?」
「ハムだ! ハムとといた玉子入れてくれたまえ!」
「はいはい、ほんとそれ好きだね」
いつも通りの注文に軽く相槌を打ちながら材料を取り出していく。
「ネギ余ってるからそれも入れていい?」
「好きにしたまえ」
別に余っていた訳でもなくてただ単に自分がネギを入れたかっただけなのだが、それをわかっているかいないか知らないが、なんでもいいから早く作ってくれと言わんばかりに返事が返ってくる。
ひとしきり材料を取り出したところで鍋にみずをはり、火にかけお湯を沸かし始める。
そしてネギを食べやすいよう細かく輪切りにしているとタキオンが腰の辺りに抱きついてきた。
「なぁ、まだ出来ないのかい?」
「そんなすぐに出来るわけないだろ。あと危ないから包丁使ってるときは離れて」
「でも寒いよぉ」
「はぁ……まあいいけどあんまり動かないでね」
「わかっているさ」
そう言いながら早速背中に顔を埋めて頭をぐりぐりと擦りつける。
これぐらいで手元が狂うことはまずないし、それをタキオンもわかっているからこうしているのだろう。
しかし動かないよう言った途端にこれだ、少しお灸を据える必要がある。
「タキオン」
「むぅ……少しくらいいいじゃないか! ましてや君がこんなことで怪我をするわけがなことなんて把握済みなんだからな」
「あのねぇ……いっ……!」
「……!」
大袈裟に手を引き、包丁を置いてしゃがみこみながら自分の手を握り込む。
もちろん怪我はしていないが、タキオンは慌てた様子で近くにあるタオルを持ってきた。
「は、早く止血しないと! ほら、切った所を見せたまえ!」
「〜〜〜っ……!」
「悪かった! 私が悪かったから早く見せてくれ! 手遅れになる前に!」
余程慌てているのか握こんだ手をどうにかして離させようとする。
もう少しこの状況を楽しんでいても良かったのだが、さすがに可哀想なのでネタばらしをすることにした。
「な〜んちゃって、切れてませんでしたー!」
「…………ふぅん」
「……もしかして怒ってる?」
「いいやぁ? ただ甘えたかっただけなのにそれを拒否されるように騙されて、ましてや本気で心配していたのを軽く流されたことに怒りなんて覚えてないが?」
どうやらご立腹のようでしかめっ面で頬をぷくーっと膨らませながら睨んでくる。
しかし悲しいことに普段は見せないようなふくれっ面を見せたものだからまたイタズラ心が膨れ上がってしまい、いつの間にか指で膨らんだ頬を押してしまっていた。
「ぶぅ……あのねぇ! 君ねぇ!」
「ごめん、ごめんって!」
半ばタキオンに押し倒された形になりながら胸をポカポカと叩かれ、ケラケラと笑いがこぼれてしまう。
このままじゃれあっていてもいいのだが早くしないとお湯が吹きこぼれてしまうので笑いを収めて立ち上がり、食器棚から丼を二つ取り出し玉子をとき始めようとする。
そしてタキオンは相変わらず腰に抱きつき、今度は腕と体の間からひょっこりと顔を出てきた。
「タキオン?」
「これくらいいいだろう、まさか君は玉子の殻で怪我でもするのかい?」
「まさか」
不自由な方の手で丼を持ち、もう片方の手で玉子を割ってときはじめる。
「器用だねぇ」
「んー?」
「なんで片手でこんなに綺麗に玉子を割れるんだい?」
腕の間からタキオンは見上げてそう聞いてきた。
「まあ独り身だった頃は毎日のようにこんなご飯ばっか食べてたからね」
「そうだったのかい? 今の君を見ている限りでは想像がつかないねぇ……」
「そりゃあどっかの誰かさんに毎日こんなご飯を食べさせたら何されるか分からないからね」
「ふぅん……」
自覚はあるのかタキオンは腕の間から顔を引っ込め、最初と同じように背中に顔を埋めてきた。
しかし今回は先程のことが少し気に触ったのか耳と尻尾でペチペチと背中と脚を叩いてきた。
そうしている間に玉子をときおわり、お湯も沸いた。
「ほら、お湯使うから離れて」
「気にせず続けてくれたまえ」
「ダメ、お湯が飛んで火傷したらどうするの」
「仕方ないねぇ……」
渋々といった様子でタキオンは抱きつくのをやめ、椅子へ向かう。
そうして煮立ったお湯にラーメンを入れ、十分に解しネギ、玉子、粉末スープを入れ、しばらく煮てから丼によそい待ちきれなさそうに目を輝かせているタキオンの前に丼を置く。
「はい、どうぞ」
「ん〜! 待ちかねたよ!」
「ハムはここにあるから好きなように入れてね」
「では早速……」
テーブルの真ん中に置かれたハムの袋を取り、数枚一気に取り出しスープの上にハムを浮かべた。
太るぞと思ったが言えば確実になにか言われるので胸に留めておいたのだが。
「君ねぇ、いくらモルモット兼助手兼元トレーナーだとしても思っていいことと悪いことがあるぞ」
「なんのことやら」
「全く……」
どうやら見透かされていたようでおそらく明日なにかされるんだろうと思いながら箸を取り、いただきますと言いながらラーメンをすすり始めた。
しかし一口目を食べ終えたときタキオンが訴えるような目でこちらを見てきた。
「どうしたの?」
「なぁ〜ふーふーしておくれよぉ」
「自分でやりなよ」
「えー!? さっきは火傷したら危ないって言ってたじゃないか!」
「それとこれとは話が……」
「なぁ〜ふーふーしておくれよぉ〜はーやーくー」
「はぁ……」
まるで子供のように駄々をこねるタキオンに根負けし、結局冷ましてあげることになってしまった。
「ふーふー……ほら、冷ましたよ」
「あーん」
「自分で食べなよ……」
「あーん!」
どうしても食べさせて欲しいのか口を大きく空け、雛鳥のようにラーメンをせがんでいる。
「……わかったよ、はいあーん」
「あむ……ふふん、美味しいねぇ」
満足そうに咀嚼し、満面の笑みでそう告げてきた。
そしてそれで満足したのかそれからは自分で冷まして食べ進めていた。
「懐かしいねぇ」
「何が?」
食べ始めてからしばらく経ち、そろそろ食べ終わろうとしたときにタキオンが呟く。
「トレセン学園にいたときにもこうやって2人でラーメンを食べたことを思い出したんだよ」
「あぁ、あったなぁ……」
今日と同じような日に一緒に今日と同じようにラーメンを作り2人で食べたことを思い出す。
研究があと一歩とというところまで進み、何とかその日のうちに完成させたいとタキオンが言うものだから、何とかトレーナー付きなら深夜までの研究を許可されたので進めていたときにもタキオンにインスタントラーメンを作り一緒に食べたのだった。
「あのときの私に今この光景を見せたらどんな反応をするんだろうねぇ」
「大方『これは研究に生かせるかもしれない!』なんて言うんじゃないかな?」
「失礼な、と言いたいところだが否定ができないねぇ……」
2人はまだ自分たちがトレーナーと担当ウマ娘だったあの頃を懐かしみながら食べ進めた。
「タキオン、寝るならベッドに行かないとダメだよ」
「んー……」
ラーメンを食べ終わり洗い物をして食器を片付けていると、満腹になって満足したためかタキオンは椅子に座ったまま睡魔に負けそうになっていた。
「ほら、風邪ひくから」
「抱っこして運んでくれたまえ……」
「自分で歩いていきなさい」
「歩けないよぉ……無理に歩いたら怪我するよぉ……」
「しょうがないなぁ……」
寝ぼけ眼で両腕を広げるタキオンの元へ向かい、首を掴ませ、膝の裏を抱えるいわゆるお姫様抱っこをして寝室へと運ぶ。
「もるもっとくぅん……」
「どうした?」
寝室に着きベッドに降ろそうとしたとき、タキオンが顔を近づけながら話しかけてくる。
「だいすき……はむ、ん〜ちゅっ……」
お互いの顔が触れるくらいまで近づいたとき、キスを、深いキスをしてきた。
「どうだい……? 私のキスは……」
「ラーメンの味だった」
「まったく……デリカシーの……ないやつめ……」
言い終えた瞬間タキオンは眠ってしまう。
そしてゆっくりとベッドに降ろし、元担当の、妻のタキオンにそっと布団をかける。
「おやすみ、僕も好きだよ」
君のわがままもその寝顔も、昔から変わらない笑顔もキスのとき歯の間にネギが挟まっていた事も。
そう思いながらそっとタキオンの横で眠りについた。
誤字報告してくれる人毎回助かってます。ありがとうございます。
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