リーリエロスでカントー行ったよ 作:バケットモンスター、縮めてバケモン
カントー地方のどこかの森の奥にあるという、小さな小さなポケモンだけの集落。
ヒトカゲもゼニガメもフシギダネも、ピカチュウだって群れを成してそこに住んでいます。
ここからここまではヒトカゲ達の縄張り。そこから先はゼニガメ達の縄張り。
そうして、野生のポケモン達が同じ種族を集めて、みんなで暮らしていたのでした。
その集落の、イーブイ達の縄張り。
今日もイーブイ達は飛んだら跳ねたり、木漏れ日でおひるねしたり、じゆうに気ままな暮らしをしています。
ねぇねぇ、進化先は何にする?
僕はエーフィかな! エスパーの力を使いこなしたいし!
じゃあこんどエスパーポケモンの縄張りに行ってみよう! 前にエーフィになった人はエスパーポケモンに修行して貰ったんだって!
イーブイたちの話題は、いつも進化先の話で持ちきり。
それもそのはず、イーブイというポケモンはたくさんの進化先があるポケモンです。
ほのおタイプのブースター。みずタイプのシャワーズ。くさタイプのリーフィア。
進化先が二つあるポケモンもいないことはないのですが……イーブイのようにたくさんの進化先を持つポケモンは、そうそういません。
言うならば、可能性の塊です。
…………。
おや? 先ほど話していたイーブイたちから一歩離れて、聞き耳を立てている子がいるようです。
寝たふりをしていますが、尻尾が動いているのでよくわかります。幸いにも、気づかれてはいないようですが。
ぼくは誰も見たことない進化をするんだ!
と意気込み、自分が前例のない進化をすることを今か今かと待っているようです。
……まぁ、そのせいで……。
あれ、また寝てるよ?
いい加減進化しないのかな?
あれじゃない? 進化に欲しい石が見当たらないんじゃない?
あ〜。それならちょっとわかるかも。進化の石ってなかなか見つけられないよね
今度一緒にさがそって誘ってみる?
お昼になるにつれて、イーブイ達はそれぞれ自分のしたいことをしに出かけます。
きのみを集めたり、進化の石を探したり、他のポケモンとお話したり。
そうやってイーブイ達が集落から全員出たころ、ようやく寝たふりをしていたイーブイが起き上がりました。
イーブイが集落を出るのはいつも最後。
みんながいなくなってから、みんなとは真反対の方向に行きます。
森を抜け、岩を飛び、川を渡ったその先の先。
滝の麓で、イーブイは水を飲みました。
ここならきっと、見たことのない進化の石があるはずだ。
足元に転がる、細かくてじゃりじゃりした石も。
川の底に沈んでいる、ちょっと尖った石も。
自分をまだ誰も見たことがない姿に変えるかもしれない、進化の石なのかもしれないのです。
イーブイはいつものように、川の周辺を駆け巡りました。
この石でもない、この石でもない。
……おや? イーブイは遠くの方に、何かを見つけたようです。
あのごつごつとした大きな岩! 湧き出るオーラ! 間違いありません、進化の石です!
イーブイはようやく念願の、新しい姿を手にいれるのです!
ウキウキしながら、岩に飛びつきました。そうして岩にすりすりと頬擦りをしていると……。
おや?
岩が動き始めました。
慌てて飛びのくイーブイ。
岩がゆっくりと振り返ります。
……このシルエットは……ゴローニャです!
鋭い眼光がイーブイに突き刺さります。
いま、何かしたか?
イーブイは全速力で逃げ出しました!
後ろを振り返らず、ただただ逃げました!
怖くて怖くてたまらない!
……やっぱり怖いのかな、オレ……
ゴローニャがそんなことを考えているとはつゆしらず、後ろを振り返ることなく走り、走り、走り続けて……。
ぼちゃん!
イーブイは川の深いところに落ちてしまいました。
嗚呼、嗚呼、もっと自分が強ければ、きっとゴローニャなんかに負けない。もっと強くなりたい。もっと強い進化先が欲しい。
イーブイは不幸なことに、泳ぐことができませんでした。
ばしゃばしゃと水面を叩き、沈みゆく体を必死に支えようともがきます。
悲しい。悔しい。恥ずかしい。
身体が沈む間にも、川の流れはイーブイを流していきます。
枝分かれした水流はゴローニャの方ではなく、もっと森の奥の方へ。集落からどんどん離れて、水は勢いを増します。
……シャワーズなら!! シャワーズなら水なんかもろともしない!
もし流されたとしても、ゴローニャの方向へ進むことだってできたでしょう。
しかし今は弱いイーブイの身。毛は水を吸い膨らんで、どんどん重くなっていきます。
やがて顔すらも沈んでしまい、イーブイは息ができなくなりました。
たくさん水を飲み込み、咳き込み、どんどん苦しくなっていきます。
もがいてももがいても、誰も助けてくれませんでした。
強くならなければ、自分を守ることはできないと、イーブイは痛感しました。
来世では、もっと強いポケモンになりたい───
水面に腕を伸ばしながら、イーブイは意識を手放しました。
水の音がします。
水が滴るような静かな音ではなく、ドドドド!といった滝の音です。
あまりのうるささにイーブイは目を覚ましました。
見ると、天井から滝が。どうやらここは洞窟のようです。
イーブイが意識を手放した後、小さな体は尚も水流に流され続け、大きな池に辿り着きました。
その池の底には穴が空いていて、池の底から洞窟に繋がっていたのです。
その洞窟に落ちてしまったイーブイは……空を飛ぶでもしないと、帰れそうにもありません。
……あれ? どうして洞窟の中でも目が見えるんだろう?
ふと疑問に思い振り返ると、そこには水の煌めきを宿したようにキラキラと輝く宝石がたくさんありました。
これはみずのいし。イーブイが使えばシャワーズに進化することのできる奇跡の石です。
もしもイーブイがシャワーズに進化すれば、滝を登って外に出ることができるのかもしれません!
でも、誰も見たことのない進化……。
いえ、そんなプライドは捨てるべきです。命には変えられません。
イーブイは恐る恐る、みずのいしに触れました。
すると、呼応するようにみずのいしが光り輝き……!
何も起こりませんでした。
この石はみずのいしで間違いありません。どうして?どうして進化できないの? イーブイは考えました。
お腹がごろごろして、なんだか重い。
そういえば、先ほど溺れて水を飲んだ時。
何か石を飲み込んだような……?
かわらずのいし
イーブイの顔が青ざめます。
もしもそうでなければ、今イーブイは進化できているはずなのです。
いや、まだだ。吐き出せばまだ進化できる。
イーブイは水を飲みました。
たくさんたくさん水を飲み、たくさんたくさん吐きました。
お腹が空いても、風邪をひいても、たくさんたくさん飲んで、たくさんたくさん吐きました。
逆立ちして、転がって……頑張って。
たくさんたくさん。
たくさんたくさん。
たくさんたくさん、たくさんたくさん。
たくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさん、水を飲んでは吐きました。
イーブイは、進化できなくなってしまいました。
涙がぽろぽろとこぼれ落ち、天井から落ちる滝と一緒になって混ざりました。
どれだけみずのいしに願っても、光り輝くだけで力を与えてくれません。
ここで、誰にも見つからずに死んでしまうんだ。
イーブイは自分の毛皮を舐めました。
吐いてぼろぼろになってしまった舌で、最期の毛繕いをしました。
そうして全てを諦めて、イーブイは眠りにつきました。
やがて洞窟の水深は徐々に増していき、眠りについたイーブイはゆっくりと水に浮かびました。
地上で雨が降って水圧が増したのか、それとも水ポケモンが池で暴れたのか、それは誰も知りません。
ただ、イーブイの冷たい体が流れていくだけです。
タマムシシティのとあるビル。その水路の横でイーブイは目覚めました。
そばを流れる水の音が怖くて、イーブイはよろよろと高いところを目指します。ずりずりと這いつくばって、人間もポケモンもいない場所へ。
水が階段を滴り落ちます。
それでも上に行くしかありません。
あそこに、部屋がある。
とびらも開いている。
人間もポケモンもいない。
とにかく、今日はここで……この高い場所で寝よう。
嗚呼、疲れた。
イーブイは再び眠りました。
「ほぉ……今日からここを使っていいのか……ってうお!? ポケモン!?」
「……エボ……」
「わ、悪いけど出てってくれねえか。ここ、今日から俺が使うんだよ」
「エボボ!!!!」
「いってぇ!? わ、わかったよ! わかった! お前の邪魔にならないようにするから!」
イーブイは誰かが階段を登ってくる音を聞きつけました。
今の自分は健康そのもの。あの男以上に邪魔になるようなヤツならこの手でぽこぽこにしてやる。
そしてその扉が開かれた時。
「ブイ!」
渾身のぽこぽこは効きませんでした!
こいつ! つよい!
「ぶい」
「おっちゃん! こいつください!」
「えぇ……? ま、まぁいいが……顔……」
「俺の顔は無事! よしお前! お前よしお前! お前俺とこいお前!」
「……ぷいっ」
「!?」
「そいつは気性が荒いんだ。元からここに住み着いていたし、ゲットしてくれるなら助かるが……」
そうして少年は……彼はイーブイを見つめます。
何見てんだよ、と言わんばかりに目に手を突き刺そうとしました。
が、どうやらあまり威力は無かったみたいです。
「イーブイ」
「ぽい」
「オレ、アイタイヒト、イル。オマエ、オレノヨウジンボウ。オマエ、ツヨクナル」
「ぶぃ……」
強くなる?
「キノミタベホウダイ」
「へぽぉい!」
ダメおしされたら仕方がない。
モンスターボールに収まってあげました。
「イーブイ。俺はこのカントーで、会いたい女の子がいるんだ。名前はリーリエ。でもその子を探すためには、すごく時間がかかる。本当に、俺でいいのか?」
「……ぶぃ?」
何を言われてるのかはわからないけれど、なんとなく、覚悟を問われているような気がします。
一度死んだと思ったこの人生。どうせなら、旅をするのもいいかもしれない。
「ぇぽぉい!!」
イーブイはそう鳴きました。
「まぁ……悪いようにはしないよ。行こうぜ、イーブイ」
「ぇぼい!!」
イーブイは今、幸せです。
溺れてカントーに来たポケモンと泳いでカントーに来た人間のお話。