リーリエロスでカントー行ったよ 作:バケットモンスター、縮めてバケモン
「オート財団の社長、リリーと申します」
「なんで……私がいるんですか……!?」
リリーと名乗ったリーリエそっくりの少女は、食堂の奥の椅子に座り、こちらを見つめていた。
髪型や顔立ちはそのままに、月を模した髪飾りを両サイドに着けている。ワンピースの中心部分に黒い宝石が取り付けられており、まるでルザミーネを彷彿とさせるデザインだ。
手に持つ杖のような物は、エーテル財団のロゴを模したものだろうか。
「ようやく、わたくしの……『リリー』の存在を見つけてくれる人がやってきましたね」
「存在……? それはどういう」
「わたくしは存在してはならない存在。生きる意味も無く、死ぬ意味も無く、ただそこに『在る』ことしかできない……。やがて忘れ去られ、消えゆくのみの存在」
「さっきからよくわかんないことばっかり言いやがって! ちゃんと話せ……話してください!」
チクショウ、リーリエに似てるから強く出れねえ!!
「わたくしには肉体がない。存在がない。ですので、存在を埋める器を探しています」
「器……?」
「リーリエ……。もう一人のわたくし……。あなたに成り代われば、わたくしはこの世界でも認められる……」
「わ、私ですか……?」
「この世界に……わたくしは二人も要らない……ッ!」
…………ッ、まずい、やる気だ!
「リーリエ、伏せて!」
「『シャドーボール』ッ!!!!!!」
どこからとも無く現れたシャドーボール。それらはリーリエに向かっていた。
その場にしゃがんだリーリエは俺に突き飛ばされて床を転がり遠くへ。
シャドーボールの直撃した俺は、ミシミシと痛む肩を抑えながらリリーを睨む、という構図になった。
「……良いんですか? その女の味方をして」
「俺はリーリエを守るためにここにいるからね」
「わたくしも『リーリエ』ですけれど?」
「あんたはリリーだろ。自分で言ってたじゃん」
「……。ま、期待はしておりません。その選択、後悔することになりますよ」
リリーの影が膨れ上がる。
否、食堂全体の影が全て膨れ上がる。
集まり、変形し、身体を形成する。
「リーリエ、こっちに」
「は、はい!」
それは翼であり手足。
それは鉤爪であり拳。
それは首であり尾。
形のない形が、俺を睨む。
「わたくし、このポケモンから肉体を借りました。……いえ、コレはポケモンではないのかしら?」
「は、はは、……は?」
「ななな、なんですかアレ!? 大きくないですか?」
いやいやいや、そんなわけ無いだろ。
ポケモンの世界に、お前が存在するわけない。
だって、だってお前は……。
「さぁ、───。彼女たちの存在を、わたくしに」
「【けつばん】だあああああああ!?」
巨体から繰り出された腕のような触手を交わす。
先ほどまで俺たちがいた場所の床が粉微塵になり、
「やばいやばいやばいやばい! どうすんだよアレ……!!」
「クロウさん、来ます!」
「跳ぶよ!」
ハガネールかと思うほど太い尻尾が鞭のようにこちらに迫る。
リーリエを抱き抱えて思い切りジャンプするが、あと一歩分跳躍が足りなかった。
「ッ、頼む、フシギダネ、リーリエを……!」
「ダネッ!」
つるのムチでシャンデリアにぶら下がったフシギダネがリーリエを回収。俺はそのままハガネール並みの尻尾にぶち当たり、壁と衝突することになった。
死ッ……死ぬ……!! これは洒落にならん……!!
「クロウさん、爪が!!」
言われて見上げると、眼前に鋭い剣山が迫っていた。
転がって避けるも、その剣山が今度はリーリエの方に。
「頼むカメール! 『アクアテール』!」
「ルゥゥゥア゛ッッッ!」
ゴッッッ、という鈍い音と共に、剣山が弾かれる。
同時にカメールも弾かれ、壁にヒビが入るほど強く衝突していた。
「フシギダネ、リーリエを離して『タネばくだん』を!」
「ダネッ! ダァッ!」
「きゃっ!?」
「ケンタロスッ!!!!」「ぶもおおおお!」
ナイスキャッチ牛。
なんとかリーリエは守れたが、同時にけつばんを相手にするのが難しすぎる!
「よそ見ですか?」
「なっ!?」
いつのまにか後ろにいたリリーに突き飛ばされる。
そして前に出てしまった俺を、けつばんの尾が捉えた。
衝撃と痛み。
肺の中の空気が全て出る。
右腕がマヒして動かない。痛みで動かなくなってるだけだと信じたい。
「リザード、頼む……!」
「ザァー!!」
「『りゅうのいぶき』……!」
「───。『ハイドロポンプ』」
「ッ、フシギダネ、リザードを庇え!」
高圧で放たれた水流に二匹が吹き飛ばされる。
そのタイミングで起き上がったカメールがこちらを見た。
「『みずのはどう』!」
「カメー!」
「ケンタロス、逃げれるか!?」
「ぶも、ぶももも……っ」
「クロウさん、こっちにはハードプラントが……!」
「クソッ!!!!」
「断言しますけど。わたくしに勝つことは不可能です」
大量の汗が冷たく背中を伝う中、リリーが言う。
神秘的な美しさをそのままに、どす黒い何かを従えて。
未だ暴れ回るけつばんを止めようとポケモン達が奮闘するが、有効打は与えられていないように見える。
酸欠で頭がいたい。
目の前が真っ暗になる。
「───。『ゴーストダイブ』」
「ザァッ!?」「メメッ……?」
かき消えたけつばんの姿に動揺するポケモン達。
その影からずくずくと
……種族値が1000越えてるんだっけ? レベルは127とかなんとか。
存在し得ない、正真正銘のバグポケモン、けつばん。
「さて、こちらのわたくしの存在を貰い受けるとしましょう」
「許さない、ぞ……」
「……羨ましい。そんなに誰かに想っていただけるなんて、まるでヒロインではありませんか」
「当たり前だ……! リーリエはこの世界に必要だ! 無くてはならない存在だ! 俺はリーリエを守るためにここに来た!」
視界が狭まる。
目の前も見えなくなる。
その前に、一矢だけでも!
「イーブイ、『シャドーボール』!」
「えぼっ……ッッ、けほっ、けほっ!!」
「なっ…………!」
PP切れ……!
館に入る前、無意味に連発したから……!
「ねえ、あなた」
「……ンだよ……!」
「わたくしと生きませんか?」
リーリエの匂いがする。
リーリエの声で、俺の耳元で囁く。
何も見えない俺に、リリーが誘惑するように俺を抱いた。
「わたくしは、ずっとひとりぼっち」
「…………」
「肉体を貰うまで……いえ、肉体を貰っても、誰にも存在を認めてもらえない」
「……リリー……」
「わたくしも……! わたくしも、誰かに守って貰いたかった……! わたくしも冒険に出て、誰かに恋をしたかった……!」
叫ぶようにリリーが懇願する。
瞳からは涙が溢れ、震える指先が確かな命を感じさせた。
「わたくしと、こちらに来てください……! お願いします……!」
……思い出した。
リリーは、存在し得ないリーリエだ。
どこかの誰かが無責任に生み出した、小さな次元の綻び。
オート財団。エーテル。誰かが勘違いしたスペルの間違い。
リリー。リーリエ。誰かが笑ったガセネタ。
誰からも存在を祝福されず、その命に意味は無く、やがて死ぬだけの運命。
サン・ムーンやウルトラサン・ウルトラムーンが発売されて、リーリエという存在が確実なものになって、ついに彼女の存在に整合性が取れなくなった。
「死にたくない……!」
彼女は、消えようとしている。
いつだったか、マサキに言った言葉。
もしリーリエが望むのなら、この心臓を抉り出して捧げると。
それが今、一人の少女も救えない嘘つきになっている。
俺の胸にしがみつき、寂しいとしきりに泣き、呪いに蝕まれたポケモンと暴れることしか出来ない少女を……
「オオオオオオオオオオ!!」
「嫌……ッ! 嫌だ……っ! 誰にも覚えられずに死にたく無い……! 嫌です……!」
彼女が泣くたびに、けつばんが鳴く。
肉体を共有した彼女たちは、心も繋がっているのだろうか。
「たすけて……っ……!」
謎に包まれていた彼女が
彼女の体が、けつばんのようにブレ始めた。
「どうして……? どうしてあの子ばかり愛されるの……! どうしてわたくしは、誰からも愛されないの! 勝手にわたくしを創り出して、勝手にわたくしを忘れていって! どうして、そんなことをするの!」
リリーの体がけつばんへ吸い寄せられていく。
力泣き少女の身体が、小さな砂粒となってけつばんに集まっていく。
「助けて! わたくしを助けて! わたくしを覚えて! わたくしに、存在を与えてよ!!!!!!」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
それは竜だった。
存在しないポケモンと、存在しない人間が合わさって出来た、一つの竜。
血を吸った百合の花のように薄い桃色の肌を持ち、超常的な力で空を飛ぶ、全てのポケモンの始祖がそこにいた。
思えば、このポケモンも存在するはずのなかったものだったはずだ。
ポケットモンスターが世に出る前、余った容量に製作者が捩じ込んだ、この世界にたった一匹のポケモン。
MYUUUUUUUッ!!!!
「……イーブイ。多分コレからお前が学ぶべき先生が来るぞ」
「えぼ……?」
「こうしてるとな、傲慢で自分勝手で薄汚いポケモンがくると思うんだよ。この世に自分は二匹も要らない、ってさ」
MYUUUUUUUッ!!!!
サイコキネシスで屋根が吹き飛ばされる。
それどころか館が浮島となって浮遊し、俺たちの空の上に押しやった。
このまま地上に叩きつけられれば、いくら俺でもリーリエの命を守るので精一杯だろう。まず俺は死ぬことになる。
瓦礫の一つが、サイコキネシスで浮き上がった。
それは一つの槍となり、俺へめがけて飛んでくる。
「クロウさんっ!」
「大丈夫」
槍の勢いはぐんぐん増し、俺の喉元へと一直線に飛び……。
『まもる』
弾かれた。
……来たか。
「みゅー!!!!」
「お前が始めた物語だぞお前! 始祖ポケモンだかなんだか知らないけど、お前を捕まえようとしてあのけつばんが生まれたんたぞ! 責任取れよピンクトカゲ!!」
「みゅっ!?!? みゅー! みゅーーー!!」
「うるせえ! いいからダブルバトルじゃコラ!!」
涙を拭く。
もう迷わない。
俺はリーリエを……リリーを、倒す。
MYUUUUUUUッ!!!!
サイコキネシスの波動が俺たちを襲う。
俺の身体をとてつもない重力が襲い、血管がちぎれそうになる。
歯を食いしばれ。逃げるな。
俺は異世界からリーリエを救いに来たんだ。異世界のリーリエすら救えなくてどうする。
「みゅー!!」
「イーブイ、まねっこ!」
「えぼっ……!」
俺たちが解き放つゼンリョクのZワザ……!!
「ミュウ! イーブイ! 『オリジンズスーパーノヴァ』ッ!!!!!!!!!」
宇宙が、弾けた。
MYUUUUUUUッ!!!!
「ミュウ〜♪」
砂粒となって霧散していく巨大ミュウを満足そうに見届けると、ミュウはどこかへ飛んでいく。相変わらず邪悪。
サイコキネシスで浮島を支えていた巨大ミュウがいなくなったことで館はゆっくりと下降していき、崩れ落ちる。
リリーは食堂の中央に横たわったまま、その目を伏せている。けつばんはもういない。
息を確認しようとリリーに駆け寄った瞬間、俺を呼ぶ声が聞こえた。
「クロウさん!」
ケンタロスに乗ったままのリーリエが、こちらに手を伸ばしていた。
イーブイ以外の俺の手持ちは既に回収済みらしく、さらにケンタロスの視線の先には崩れた壁とその先に広がる海があった。
「脱出します! 捕まってください!」
イーブイと共に駆け出し、リーリエの元へ向かう。
イーブイはケンタロスの頭に、リザードとカメールはリーリエの両サイドに、フシギダネはリーリエの頭の上に乗った。
あとは、リーリエの前に俺が乗るだけ。
そうして、リーリエの手を取り……。
『たすけて……っ……!』
「ッ!」
「クロウさん!? どうしたんですか!」
「ケンタロス、出ろ!」「ぶもう!」
リーリエの手を払って、ケンタロスを出した。
そのままケンタロスは崩れた壁に飛び込み、海の方へとぶっとんだ。
「クロウさんっ!!」
遠くでリーリエの声が聞こえる。
「リリー……」
「……行ってよかったのに」
「一緒に帰ろう」
「……ダメですよ。わたくしにはやることがありますし」
リーリエのような笑顔を俺に見せる。
「あの子の考えてることくらいわかります。わたくしなんですもの」
「……リーリエの考えてること?」
「あなたの力になりたい」
リリーが力無く上げた手を握る。
頬を伝う少女の涙が、俺の体を癒し始めた。
「ZリングもZクリスタルも持たずにZワザを使うなんて、本当にダメですからね。身体、ボロボロじゃないですか」
「そうするしか、救えなかったから」
「……わかってます」
リリーが俺に抱きついた。
確かな存在をそこに感じ、抱きしめ返した瞬間。
リリーの身体は、光となって消えた。
「………………」
俺は走る。
今も海に向け落下しているであろうリーリエを救うために。
わずかに残った光の粒子に、背中を押されるようにして。
俺は、館を飛び出した。