リーリエロスでカントー行ったよ 作:バケットモンスター、縮めてバケモン
フェローチェはどこかへ消えた。
リーリエへ差し出された花が、窓際の花瓶の中で朝露を纏っている。
もしくは、梅雨によるただの湿気か。
無意識に毛布を跳ね除けたことで、重さと圧迫感の差に違和感を覚える。
いつもの天井と、いつもの部屋。
カーテンで仕切られたスペースの中で、ただぼーっとどこかを眺めていた。
きらり、ガラスのケースに入ったウルトラボールが光る。
あの子から貰った、俺の趣味の始まり……『俺』の原点になるべきボール。
あの子に会いたい。
魂が叫ぶくらい、あの子の隣にいたいと願った。
どうして
「…………」
俺は、朝弱いんだっけ。それとも強いんだっけ。
自分が書き換わる。あの子の影響を受けて、俺は俺じゃなく、もっと別の───『あの子の望む俺』へと変わる。
全てはあの子のために。この身は、心は、彼女のために。
このところ、毎朝毎晩考える。
「おはようございます、クロウさん」
「おはよう、リーリエ。ところで───」
「───なんでリーリエは俺の上で寝てたの?」
「……えへへ」
「待ってなんで笑うの!? 俺なにもしてないよね!? ねえ!?」
リーリエロスでカントー行ったよ
───たった一度の
◇
「クロウくん、飯食える?」
「大丈夫ですよ、動けま───い゛っ!?」
「あーほら無茶するもんやないで。ほれあーん」
「あ、あーん……」
体がバッキバキだ。
例えるなら全身が筋肉痛って感じ?
リーリエの話によれば、マサキ博士お手製再生能力激強メテノ包帯のおかげで目につくような傷は治っているらしいが、どうにも内側……肉体のダメージが回復しきれていないらしい。
食べれる体でもないと言うのに胃は空腹を訴え、今なら無限に寝れるほど脳は睡眠を欲している。
「クロウさん、包帯変えますね」
「いやいや、一人でできるよ」
「良いですからほら、背中を向けてください」
「いや、ほんと……大丈夫なんで」
「剥がしますよー」
「聞いてる!?」
あとリーリエがものすごく優しい。いや、優しさ具合で判断すれば今までも聖母か天女かはたまた母なら地球か、天衣無縫レベルの優し
普段のリーリエなら、もっとこうなんか、大怪我に対する怒りとかその辺の感情があったはずなんだ。
「クロウさんの体、逞しくなりましたね」
「え、えぇまぁ……」
「前から頼もしくはありましたけど」
何これ照れるー!!!!!!!
「ねぇあのほんとに、大丈夫だよ???」
「……ウルトラビーストの攻撃を直に受けたんです。どうか無理はしないでください」
「どういう……?」
「タオル、変えてきます」
「えっ、ねえちょっと!」
血と膿で汚れたタオルとおけを片手に、リーリエは行ってしまった。
伸ばした手はリーリエの手を掴むことなく、ただ空を切る。
……それだけでも、体がちぎれそうなくらいの痛みが走る。
「……博士」
「食えおかゆ」
「むぐぅー!?」
薄味で美味しさのカケラもないお粥が口に流し込まれる。
あとぬるい。つまりまずい。
咀嚼する意味を全く感じない、なんかちょっと白湯固めたみたいなシャバッシャバのお粥を飲み込み、次の言葉を待った。
こういうとき、博士はこっそり教えてくれる人だ。
「…………あのあとな、ワイらじゃどうしようもないってことで、気絶したクロウくんをお医者さんに見てもらったんや」
「待ってください、それはいつのことです?」
「1週間前や」
「いっ……!? 花が萎れてないから、てっきり1日くらいかと……!」
「1日中寝てるだけでも重症やって気づけや。……そんで、動かすのもいけない思うて訪問の人呼んだんやけどな。それはもうエグい事なっとるって」
「具体的には?」
「リーリエちゃんには詳細が知らされないくらいエグい」
「うーわ」
それってゲームのCERO変わるってことでしょぉ……?
ポケモンがポケモンじゃなくなっちゃうよ……。
「クロウくん、あのウルトラビースト……えーと名前は」
「フェローチェ」
「……と、戦ってる時のことや。無意識にシンクロしとったやろ」
「自覚ないっす」
トントン、と自身の頭を指で叩いてマサキは言う。
「
「どうりで体がバッキバキなわけですね」
「加えてフェローチェの技をその身で受けた……。なぁクロウくん。なんで……なんでクロウくんはそんなに、ウルトラビーストに
「俺が……狙われてる……?」
そんな意識なかった。
だって今までウルトラビーストと戦ったのって、偶々そこにいたからで。
テッカグヤやカミツルギも、今回のフェローチェも、フードの男に指示されたから俺を狙ってきたのであって……俺が
「
「……!」
「ゲームなんかでよく使われる言葉やな。数ある敵の中からランダムに選ばれたモンスターとバトルが始まる」
「は、はぁ……」
「対義語でシンボルエンカウント……なんて言葉もあるけど……本質はそこやない」
『
───たまたま出会った
偶々、が折り重なるはずの運命を捻じ曲げてまで、遭遇する。
「君には、ウルトラビーストを惹きつける何かがある」
俺は無意識に、ウルトラビーストを惹きつけてしまう体質らしい。
「……でもなんで……急にそんなことがわかったんですか?」
「リーリエちゃんのツテやな。アローラ地方でウルトラホールに関わる研究をしている……名前はえーっと……」
「バーネット博士」
「せやせや」
あんまり詳しくはないんだけど、バーネット博士って確か、ククイ博士の奥さんの……。
確かBWの派生ソフトで、博士を務めていた経歴があった気がする。
「細かいところはすり合わせなんやけどな。お医者さん呼んで、バーネット博士に助けを求めて……リーリエちゃん、もう限界なんやと思う」
「…………」
「クロウくん。ポケモンマニアとしてでも、家主としてでもなんでもない、ただの大人からのお願いがある」
「お願い?」
「もう戦うな」
じくじくと痒くなる傷跡。
包帯を外して外気に晒すだけで焼けつくような痛みを覚える身体が、今まで目を逸らしてきた現実を直視させる。
「リーリエちゃんに、あんな顔をさせるな」
ルザミーネに加え、怪我が酷い俺の看病。
病状が少しずつ良くなっているルザミーネはまだ良いとしても、俺の方は数日間起きなかった。
それがどれだけ、リーリエの負担になっているか。
リーリエに心配されることが……推しに『認知』してもらえることが嬉しくて、ずっとずっと目を逸らしてきた。
子供だった。
不甲斐なくて情けない。
胸が苦しくて仕方ない。
無茶をすることが俺にできる最善だと思い込んで思考停止していたんだ。
自分への嫌悪感と悔恨の情が集まって、吐きそうになって。
空っぽの胃から吐き出されるものは何もなく、ただむせることしかできない。
「おかゆ食べ」
「それクソまずいんで嫌です……」
嗚咽が響く部屋で、涙が傷に染みる。
もうやめよう。
俺はもう、戦えない。
「お待たせしました、クロウさ……ん……」
「ごめん゛……! リーリエ゛……! 俺……っ。お゛、お゛れ゛……!!」
「……はかせ……」
「ごめんな、リーリエちゃん。ワイ、口軽いねん」
「ごめ゛ん……っ!!!!」
何に対して謝っているのか。
わからないまま、まっくらな視界の中でただひたすらに謝る。
「良いんですよ。良いんです。もう、頑張らなくて大丈夫ですから」
「……っ……っぐ……!」
「もう、大丈夫ですから」
手慣れた動作で包帯を巻いていくリーリエ。
申し訳なくて腹が立つ。
傍で転がっているボールの中のポケモンも、持ち主が俺じゃなければあんなウルトラビーストなんてすぐに倒せたんだろう。
俺が迷ったから。
俺が無知だから。
俺が弱いから。
「俺のせいだ……」
「クロウさん……?」
「俺のせいだ……!!」
包帯が巻きかけなのも構わず、動き出す。
俺はきっと、おかしくなってしまったんだと思う。
俺が、夢を見ているから。
主人公の真似事をしているから、おかしくなったんだ。
誰よりも大切なリーリエを突き飛ばして、そばにある本棚に駆け寄って。
「こんな……っ!! こんなものがあるから!!」
ファイルを掴んで、俺が書き続けたレポートを手に取って、
「クロウくん、やめ───ッ」
「こんなものがあるから!!!!!!」
すべての セーブデータエリアを 消去しますか?
「クロウさん」
「…………」
床に叩きつけようとした手が、そっと止められる。
「ダメですよ」
伸び切った包帯を巻き直しながら、リーリエが呟く。
「そんなことをしては、絶対にダメです」
「…………」
「嫌なことがあっても、やり直したいことがあっても、あなたが歩んできた道のりを捨てるなんて、しちゃダメです」
……そんな。
そんなこと言わないでよ。
なんでリーリエが。
心の底から全てをやり直したいって思ってるだろうリーリエが、そんなことを言うの。
それとももう。
「あなたを、捨てないで」
リーリエはもう、前を向いているの?
「休みましょう、クロウさん」
「あ……あ゛あ……!!」
うずくまった俺に、リーリエは「巻きづらいですよ」と苦笑する。
俺の目から、夢が溢れて止まらない。
こうなりたいとか、こうしたいとか、ずっと願ってきた想いが、全部流れていく。
いつから俺は、主人公を目指していたんだろう。
夢がそこにあるから、追い求めてしまった。
主人公がするような活躍をしないといけないと思ってた。
「あぁ……ああああ……!!」
「うん、うん。そうですね。大丈夫ですよ」
雨が上がる。
青々とした木々はその葉を枯らし、夕焼けが長くなる。
気温は少しずつ下がっていって、空が高くなっていく。
「……クロウくん、おかゆ、食べ」
「うっ……ああぁ……!!」
夏が、終わる。
「それクソまずいんで嫌です……」
「いや食わへんのかいっ!!!!!!!!!」
「ふふっ……あはははは!」