リーリエロスでカントー行ったよ 作:バケットモンスター、縮めてバケモン
「ボス! おつきみやま山頂から発せられた謎エネルギーは本当に謎でした! 俺じゃわかんないっす!」
「そうか。今回はクロウも着いて行ったんだよな。どうだった?」
「……別に。普通でした。でも途中、ポケモンがむやみやたらに技を撃ったみたいな跡がありました。見た目だけで判断するなら、かなり最近のことかと」
「ふーむ。ミュウでも通ったか? それにしてはエネルギーの集中具合が……ブツブツ」
RR団カントー支部。
いつメンコンビの男の方との合同ミッションでおつきみやまを調査した俺たちは、衣服のほつれや泥をそのままにサカキに報告に来ていた。
「さて、今回も報酬は振り込みのはずなんだが……クロウは手渡しがいいと言っていたな」
「アンタ最近結構働いてるっすよね。業績シビルドン上りじゃないっすか?」
「……まあ、やることが減ったんで」
分厚い封筒を俺に手渡し、サカキが不敵に微笑む。
「クロウには最近世話になっているな。どうだ、ここらで昇進してみないか?」
「ほぉーっ!? 幹部みたいな話っすか! やったっすね! 昇給っすよ! その分責任も増えるケド……」
「どうだ? これを機に、正式に構成員にならないか?」
「あ、俺今日で辞めるんで大丈夫です」
「…………!」
不敵な笑みのまま固まっちゃった。さては忘れてたな。前から話してはいたでしょ。
ペルシアンが擦り寄ってくるので片手を差し出す。ふんふんと嗅がれていると自我を取り戻した男が震えながら聞いてきた。
「りっ、理由は?」
「この先生きるのに充分な金を手に入れたから」
「割と至極まっとうな理由っす!」
「この数日寝る間も惜しんで働いていたからおかしいとは思っていたが、忘れていた……。そうだ、安定を望むのならばジムリーダーはどうだ? こちらとしてはRロケット団とチャンピオンリーグを繋ぐパイプが欲しくてな」
「この先生きるのに充分な金を手に入れたから遠慮します」
「…………!」
ワインめっちゃ床に落ちてますけど。もったいない。
まぁ、もともと貯蓄はあった方だ。たんす貯金(物理)のおかげで結構な量のお金がある。
この先、あの家を出ることになっても生きていける。
この先俺が死んでしまっても、俺の金でリーリエは生きていける。
Rロケット団の仕事の内容だけに、遺書だって月一で更新して書いてる。内容ほとんど同じだけど。
だからもう、不安なことなんて何も無いんだ。
「待て。Rロケット団を抜けるのならば、俺たちはみさきのこやを襲撃するぞ」
「……やれるものならやってみてください。今のあそこには、俺よりずっとずっと強い用心棒がいる」
「お前、本当に……?」
「本当ですよ。もう、決めてることなんで」
「……わかったよ。クロウ、今日までご苦労だったな。処理はこちらで済ませておくから、帰って良いぞ」
サカキが窓の外を眺めて……こちらに背を向ける。
これで話はおしまいだ、と言わんばかりに。
それにそっと寄り添うペルシアンという見慣れたボスに、今度はこちらから背を向ける。
「……待て」
「…………」
「クロウ。お前は最後まで、Rロケット団の制服を着なかったな」
「ダサいですもん」
「……行く当てはあるのか」
「どこにも」
「……もし」
空にかざしたワインが赤く光る。
それは血のように赤い恐怖の色。
だが、俺にはあの赤は……血は見えない。
「もしまた居場所に困ったら、いつでも制服を着せてやるぞ」
空の色すら取り込んだ、魔性の宝石だって思える。
「達者でな。おい、こいつを見送ってやれ」
「っす」
扉が開く。
ここを跨げば、俺はもうRロケット団じゃない。
退職したただのニートだ。
「フシギダネが……フシギソウになりましたよ」
「クックク……あいつを進化させたか。俺にはけしかけるなよ」
「おせわになりました」
そして俺は、サカキの部屋を出た。
「……ふぅ〜っ。寂しくなるっすよぉ。なんで任務の時言ってくれなかったんすかぁ」
「
「……最後にメシいきましょうよ。おごるっすよ」
「それはありがたいけど……転送後にご飯食べれるの? 前にあれ、めちゃくちゃ酔ってたけど」
「あ」
◇
「だあから! アンタはいっつもいけすかないのよ! 聞いてんのクロウ! 勝手に団抜けたりして!」
「アネさぁん、もうそれ五回は言ってるっすよお」
いつメンコンビが悪酔いしている……。
ちなみにアネさん……女の方には8回言われてる。つまり両方エグいくらい酔ってる。
「2件目! 2件目行くわよ!」
「お昼から居酒屋ハシゴ! アネさんイケてるー!」
「アタシだってエリートなんだからあのピンク髪高飛車女に負けてたまるかっての! 隣にイケメンいるのも腹立つわ!」
「でもアネさん、その人に憧れて口調寄せてるんですよねー?」
「バッッッ、アンタバカなこと言ってんじゃないですよわよ! ここにム……ゴニョ……がいたらどうすんのって話ですよわよ!」
「アネさん素は敬語キャラなんすねー!」
ちなみに昼と言っているがもうすっかり夕方だ。秋に入ると夜が早く来る。お昼時くらいからずっと飲んでんのこの二人。肝臓やばいよ。
居酒屋の外は、夕暮れと共に家に帰る子供やそれを見守りながら歩く母親。ラーメンの屋台を出し始めるおっちゃんなど、朝や昼間とはまた違った顔を見せる。
タマムシシティも、最初に見た頃とは全然違う風景になってしまった。
様相が変わったわけじゃない。居酒屋とかラーメンの屋台とか、帰る親子も飲み続ける元同僚も、気づいていなかっただけだ。
俺の『視野』が広まって、世界が大きくなって。
「…………」
大きくなった世界を見ているからこそ、一人なんだなって実感する。
「……ごく」
俺がジュースしか飲まなくても、無理やり飲ませようとしない、なんやかんやで優しい元同僚がいる。
家に帰れば、あの子だって出迎えてくれるはずだ。
なのになんだろう。この孤独感は。
「大将、今やってるかしら……ってクロウ! なんでこんなところに?」
「ナツメさん」
「こんにちは〜。って、もう夕方だからこんばんわでしょうか〜……?」
「エリカさんも。お久しぶりです」
「とりあえず餃子ちょうだい大将」
「んぇえい〜? ちょっと誰よこの女。アタシというものがいながら〜!」
元同僚です、と刺すと二人は察したように苦笑いした。
しかしこんな場末の……といったら大将にクソ失礼だけど、こんな酒場に優雅なジムリーダーイメージのある二人が来るなんて驚きだ。
どうしてこんなところに?
「おしゃれなバーじゃやりきれないこともあるのよ。優雅なジムリーダーイメージってのは素直に感謝するけどね」
「やっぱテレパシーあると便利ですね」
「心を読まれる前提で語りかけてくんの良い加減やめなさいよ。それよりあなたたちはなんでここに?」
かくかくしかじか(天上天下唯我独尊)
まるまるさんかく(最強無敵焼肉定食)
「はぁーん……。そういう。お別れ会ってわけね」
「便利ですね」
「そろそろサイコキネシスで頭捩じ切るわよ」
「ご勘弁を」
「にしてもクロウあなたロケット団だったのね。気づかなかったわ」
「これにも訳がありまして」
これこれふかぶか(疾風迅雷無限軌道)
「はいはいわかりました、読んだわよ心」
「つまり、そういうことです」
「悪い奴じゃなかったんならいいわ。犯罪者なら今すぐテレパシーであの子にチクろうかと思ったもの。……って、あなたリーリエはどうしたの? いつも一緒にいるじゃない」
……それは……。
「……そういえば……」
「? エリカ?」
「ここに来る前に、男の人と歩くリーリエさんをお見かけしましたわ。とても仲睦まじそうだったのでご兄弟かと思っていたのですが……」
「……何か言ってました?」
「お見かけしただけなのであまり会話の内容は……」
「……クロウもしかしてあんた……」
気まずくて、視線を逸らす。
酔っ払いどもはいつの間にか寝ていて、冷えた唐揚げが皿の上にいくつか転がっていた。
先ほどまで二人が取り合っていた唐揚げ。
二つの方向から箸を出されれば、もちろんこの唐揚げはどちらかの手に渡る。
そして箸の持ち主が唐揚げを食べるのだ。
仲良くはんぶんこ、なんてわけにはいかないだろう。
「ナツメさん、俺」
「心読まなくてもわかるわよ。あえて助言はしないであげる」
「クロウさん、こちらを」
「……これは?」
「きのみの盛り合わせ……を受け取れるチケットです。以前、リーリエさんに頼まれていましたので、選んだものを近くの八百屋さんに預けておきました。みなさんでお食べください」
「ありがとうございます。行ってきます」
「後のことは任せて」
チケット一枚握りしめ、店を出る。
夕陽はさらに深く沈み、空はオレンジと紫が混ざり合った寂しく悲しい色をしていた。
道中チケットと交換してもらったきのみ盛り合わせのバスケットを抱え、みさきのこやへと走る。
俺は今から、リーリエに告白しに行く。
それが、俺が唯一手にすることができる、存在意義なんだ。
成功しても失敗しても関係ない。
俺はこの時のために生きてきたんだ。彼女を愛するために。
オレンジのほとんどが紫色に包まれ、夜の帷が落ちかけてきたとき。
広くなった俺の『視野』が見間違えるはずのない金髪を捉えた。
川のそばで座り込み、流れる音に耳を澄ませている。
その隣に、男がいることも見えていた。
落ちゆく夕日を眺めながら、何かを話している。
「───……の、約束を果たしたいんだ」
「あのときの約束……ですか?」
「君とずっと旅をしたい。カントーを出ていろんな地方を旅しよう」
「でも、母様が……」
「ルザミーネは体力を回復させている最中なんでしょ? すぐによくなる。俺が話してるのはその後のことだよ」
「でも……」
「リーリエ。君は……どうしたい?」
やっぱりダメだ。
盗み聞きなんてしちゃいけない。
二人には悪いけど、ここはたまたま見つけてしまった体で混ざろう。
リーリエも困ってるみたいだし。
「リーリ───」
少女の肩が引き寄せられた。
逆光になって見えなくなった二人の影が重なった。
顔と顔が、あんなにも近い。
行き場をなくした少女の手は、俺ではない男に掴まれている。
助けなきゃって、思ったんだ。
でも声が出なかった。
だって。
だって。
あんなに長い間、顔の影が重なることって、無いだろう。
普通、抵抗とか、するだろ。
男の手が、リーリエの首に回されて……
ごとり、と手からかごが滑り落ちる。
倒れたきのみが坂を転がり、二人へぶつかった。
「誰だ!」
「っあ、え……?」
俺はその場から走り去っていた。
わかってた。わかってた!!
そうだろうなって、予想はついてた!!
でも……。
でも……っ!
「っぐ…………ぅ……ああ……!!」
どうしたんだろう、俺の体。
今は走ることに集中しろ。
「ああ……! あああ……!」
今は泣いてる場合じゃないんだよ。
帰るんだ。
帰るんだよ。
この思いは奥底にしまっていけ。
ああ、でも……。
でも……。
「やっぱり……つらいなぁ……っ!」
遅かったんだ。
俺の行動が遅かったから、こんなことに。
「おお、おかえりクロウくん。まだリーリエちゃん帰って来とらんくてなぁ、もうお腹ぺこッぺこやで」
「…………」
「……どしたん?」
「なんでもないです。今日の晩ご飯は俺が作りますよ。カレー作るんで、ガスコンロ使いますね」
「ヤッター!」
今にも吐きそうだ。
それでも取り繕わなきゃ。
もうすぐそこまでリーリエが来ている。それから、ヨウも。
わかるんだ。
俺は、リーリエの気配や足音がわかるから。
リーリエの足音を阻害する誰かの足音があるから、それが誰なのかわかってしまうんだ。
少し立ち止まって、向き合って。何かを話してる。
それでリーリエだけが近づいてくる。遅れて誰かの足音。
一緒に帰ったら気まずいから、タイミングをずらしてる。
だから、先に扉を開けるのはリーリエだ。
「ただいま……です」
ほらな?
「おかえりリーリエちゃん! ご飯はクロウシェフがいるから心配せんでええで! ……なにそれ?」
「あの、クロウさん、これ……」
振り返ると、そこにはバスケットを持ったリーリエが立っていた。
きのみを拾って積み上げたからか配置を気にせずに乱雑に積み上げられたきのみ。
エリカに用意をお願いしたリーリエなら。
頭の良いリーリエなら、わかるんだろう。
なんでバスケットと一緒に、自分が注文したはずのきのみだけが綺麗に転がっているのか。
こんな偶然そうあることじゃない。
「クロウ……さん……」
「ただいまー」
後から入ってきたヨウ。
自然を装ってはいるが、あまりにも不自然だ。
お前の服に、微かにリーリエの匂いがついてるんだ。
「あのっ、クロウさん、私」
なんて顔してるんだ。
「おかえり、二人とも」
好きな人と結ばれたんだから、良かったじゃん。