リーリエロスでカントー行ったよ 作:バケットモンスター、縮めてバケモン
「…………」
「………………」
「……………………」
みさきのこやに、カチャカチャと食器のぶつかる音だけが響く。
俺はソファベッドに座ったまま、食べ終わった皿とスプーンを膝の上に置いた。
いつも笑って食事をするリーリエに元気が無いからか、食卓はしんと静まり返っていつもの様子を見せない。
その隣で当然のように食事を取るヨウは、何を考えているのか、笑顔のままだ。
それでも無言なのだから、あいつも鉄の笑顔の下では何か気まずい空気を感じているのかもしれない。ゲームでも終始笑顔だったし。
「はぐっ、はぐっ、んぐっ、ごくん。ご、ごっそっさん! さあて最終調整や〜!!!!」
「……私も、ごちそうさまでした」
「ごちそーさま」
急ぐようにカレーを詰め込んだマサキはげふっげふと咳込みながらウルトラカプセル(仮)へそそくさと向かって行った。
エネルギーチャージ効率を高めるために小型化されたウルトラカプセル(仮)。それをさらに改良して、遠隔から起動できるようにするんだとか。
曰く、リーリエの時みたいに、起動時に周りにいる人が巻き込まれないように、とのこと。
同じくして食べ終えたヨウの皿と自分の皿、マサキの皿を重ねたリーリエは俺をチラリと見て逡巡した後、意を決したようにこちらへ歩いてきた。
「クロウさん、お皿を」
「……自分でやるよ」
「私がやります」
「俺がやるってば。もうその皿も渡してよ」
「私がやります! どうしてもクロウさんがやるのなら、手伝わせてください!」
こういう時、リーリエは頑固だ。
別に俺がやるから良いって言ってるのに。
どうしてそんなにやりたがるの、と言おうとして初めてリーリエの顔を見た。
「私……っ、手伝います……から……っ」
目にいっぱい涙を溜めて、声を震わせていた。
それでもその目は、まだ何かを語りかけているみたいで、俺と違って心が折れていないことを示していた。
「……わかったよ」
しぶしぶ了承すれば、ゆっくりと頷くリーリエ。
二人で4人分の皿を持ち、キャンピングカーへ向かう。
空にはたくさんの星が光り、春に見た夜空を思い出させた。
あれから随分と時が経った。
俺が気絶したり寝込んだりで数日スキップしていたのもあるのだろうが、季節の流れが早く感じる。
また、とか、今度、とか。リーリエと色々約束をした。
でもきっとそれは社交辞令で、来年リーリエはヨウと星を見てヨウと花火を見るんだろう。
そこに俺はいない。いちゃいけない。
「母様のお皿ももらってきますね」
とんとん、と階段を上がって行くリーリエの背中を見送る。
先にキッチンペーパーであらかたの汚れを取ってから、スポンジに泡を立たせる。
そうしているうちにリーリエがやってきて、またキッチンペーパーでその皿のあらかた汚れをとって……。
「二度手間だったな」
「そうですね」
沈黙がキッチンに広がる。
水を出す音と食器が擦れる音がやけに大きく聞こえた。
水滴のついた皿をリーリエに渡すと、綺麗に拭いてくれる。
この作業だって、いつ最後になるかわかんないんだ。
推しとの共同作業を思い出にしておかないとな。
「……クロウさん」
リーリエが小さくつぶやく。
「どうしたの」
「私、思い出したんです。ウルトラカプセルで記憶を消される前に戻ったおかげで」
「記憶って……ズガドーンに『さいみんじゅつ』をかけられたやつか」
「はい。私は一度、幼い頃に戻ったんですよね?」
「そう……だね」
「その時の記憶はありませんが、そこからまた今の身体に戻った時、かけられた『さいみんじゅつ』がリセットされたようなんです。理屈はまだわからなくて、解析中ですが……」
「……そっか。記憶が戻ったならよかったよ。確か消された記憶って、フードの男の正体が分かったかもしれないってやつでしょ。ヨウに話して、守ってもらいなよ」
「どうして……ヨウさんなんですか?」
布巾を手にしていたリーリエの動きが止まった。
弱気な声でか細く、口をきゅっと結んでこちらを見る。
「だって……俺より強いし、二人は仲がいいし。俺が入っても余計なことするだけだよ」
「そんなことありません! 私っ、ヨウさんとそんな関係じゃ……」
「今日だって二人でいたじゃん」
「……やっぱり、クロウさんだったんですね」
「隠さなくていいよ。今日だってキスしてたでしょ」
「私……っ、そんなことされてません! むしろ……怖くて……でもっ、逃げ出せなかったんです……!」
怖かった……ね。
好きな人でも『そういったこと』が怖くて逃げる人は多いって聞くよ。
リーリエはそういうことに免疫なさそうだし、そのタイプの人なんじゃないかな。
「体が……動かなくて……!」
「…………」
「耳元で、『君は俺が捕まえる』って……! わたっ、私……!」
「…………リーリエ?」
「ぁ……違う……違うんです……。ヨウさんは……違うんです……! むしろヨウさんは……っ!」
「えっちょっ、なんで泣いてるのリーリエ……! お、落ち着いて」
「たすけて……っ……!」
「…………!」
その言葉は。
この声は。
───たすけて……っ……!───
リリーと同じだった。
本気で悲しくて、本気で寂しくて、助けを求めている声だ。
俺にはわかる。嘘やごまかしなんて、一切ないってことが。
「リーリエ」
「……ぅ……っ。ひぐ……!」
「ごめん。俺、リーリエはヨウとそういう関係なんだとばっかり」
「ありえないです! ぜったいにありえないです……!」
そこまで否定すると多分ヨウ側が傷つくと思うんだけど。
「本当に身体が動きませんでした……。固定されたみたいに、足が動かなくて……」
「……え、待って? 本当に動かなかったの? 心の底でちょっと期待してたとかじゃなくて?」
それなら嘘やごまかしではないし、身体が動かない理由にもなる。
「あの、本当にきもちわ……こほん、怖かったです。クロウさん、ちょっと横向いてください」
……横?
気持ち悪いのと横を向くの、なんの関係が?
とにかく話が進まないので、リーリエに向けていた体をシンクに向ける。
次のアクションを待っていると、突然リーリエが俺の真横に立ち、
「クロウさんは私が捕まえますからね〜……♡」
「ッ……!?!?!? っが、あ、え……?」
思わず腰が砕け、その場に座り込む。
脳内で反芻する生囁き声に処理が追いつかず呼吸が止まり、目の前がチカチカしてうまくピントが合わない。
誰か救急車頼む。
「ほら! 耳元で急に言われたらそうなりますよね! 怖かったですよね、クロウさん!」
「う、うん。怖かった」
お前のエロASMRがな。
「とにかく身体が動かなかったんです。ご理解いただけましたか、クロウさん」
「そう……そうだね。うん。そうだね……。誤解してごめん。もう一回いまのやってもらって良い?」
「恥ずかしいからダメです。耳食べますよ」
「耳食うの!?!?!?」
いくら払えばそのサービス受けられますか!?!?!?
あいや待てい! ここ最近の俺病み期でろくに耳掃除してないから食べちゃダメだ! すぐに綺麗にするから待ってろください!
「クロウさんの耳美味しそうですよね。形が綺麗です」
「ねぇ〜性癖公開やめて〜」
「せっ!? す、すみません私そんなつもりじゃ……気持ち悪かったですか!?」
「いや、良いんだけど……。ヨウとかじゃダメなの?」
「ヨウさんはなんかこう……硬そうなので」
「あ、見てはいたんだ、耳」
「!? べっ、別に耳くらい誰だって見ますよぅ! そんなこと言うならクロウさんだって、いつも私の髪を触りたそうに見ているじゃないですか!」
バレてた!!!!
「私、いつ触られても良いようにお手入れちゃんとしているんですから触ってください!」
「いやいやいや触れるわけないでしょ触って良いんですか!?!?!?」
「どっ……どうぞ!」
……えっ…………。
本当にいいの……?
今、手拭いたけど……手の水気取ったけど……。
触る準備整っちゃったんだよ……? いいの……?
しかもそのポーズと向きからすると、ハグして髪触る感じだよね……?
その「んっ」て感じの手の開き方やめなさい……?
「…………」
「どう……ぞ…………?」
そっと、そーっとリーリエに近づく。
怖がる様子がないリーリエ。腕はすでに俺の背後まで伸びていて、リーリエの顔はもう俺のすぐ近くまで来ている。
俺が今ここで上げた手を下げれば、そこでハグが完成してしまう。
「さ、触るよ……」
「……どうぞ……?」
息の一つでもリーリエにかかってしまう距離で、腕を下ろす。
ゆっくり慎重に、髪の毛に触れると、冷たく滑らかな感触が手に伝わってきた。
それと同時にリーリエが伸ばした手を俺の背中へ回す。
静かなキッチンで二人。
大好きな人を、俺自身の腕で抱き留めていた。
少し力を入れて仕舞えば壊れて散ってしまいそうな、華奢で美しい身体。
ゲームの時より少し伸びたであろう身長が、その温もりが、彼女がそこに存在することを確かに感じさせていた。
リーリエの香りがこんなにも近い。
リーリエが俺の胸に顔を埋めている。
あのリーリエが。俺の推しが。
「心臓、すごくドクドクいってませんか……? もしかしてクロウさん、緊張してるんですか?」
「そ、そりゃするでしょ! こんなこと初めてなんだから」
「初めて……なんですか?」
「……うん」
「ふふっ……。良かったです」
何が良かったの!!!!
ねえ!!!!
この人たらし!!!!
リーリエエネルギー補給開始! ピーピピピピピピ! オーバーフロー! ボンッ! エネルギータンク破損! 需要と供給インフレーション! エッチコンロ点火します! エチ\勃/ 。早えよ。
「私の髪……どうですか……?」
「えっ……それ何言っても気持ち悪くない……?」
「クロウさんは気持ち悪くなんかないですよ。遠慮なくどうぞ」
「えっと……さらさらで……」
「はい」
「流れる……砂金の川みたいで……とっても素敵だと思う……」
「他には?」
「その……髪の毛の一本一本が……シルクみたいに綺麗で……太陽の光を閉じ込めた水面みたい……」
「クロウさんは、いつも私の髪を見てそんなことを思ってたんですね」
「えっ……」
「女の子は視線に敏感なんですよ? いつもクロウさんに見られていることくらい、わかります」
「ごっ、ごめん!! やっぱり気持ち悪かったよね!! 撤回する!!」
慌てて離れようとしたが、身体が動かなかった。
フードの男と戦った時の不自然な固まりじゃない。
リーリエが、俺を抱き留めている。
「撤回しなくても大丈夫ですよ。むしろクロウさんの言葉、嬉しいです」
「…………」
「こうしていると安心します……」
ひええ。
今までにもリーリエを抱きしめたことはあるけど、あれは咄嗟というか、メンタルケアのためというか。
こういう……こういうハグするのが目的でハグしたことないからどうすれば良いのかわかんないよお!!!!
キスか!? キスすればいいのか!? 誰か教えて!! 頼む!!
「髪の毛……」
「ん?」
「以前……アローラ地方のマリエシティってわかります? そこで調べ物をしていた時に、本で見たことがあるんです古い伝承なのですが……」
「マリエ図書館……だよね」
「はい。そこには、髪の毛を用いた伝統的なおまもりの作り方が描いてあったんです。なんでも持ち主の災いを避けるとか……。使うのは数本ではあるものの、ある程度の長さが必要なのですが……。いまの私の髪の長さなら作れると思うんです。どうですか?」
「ええっ……いやいや、リーリエの大切な髪を使うなんて恐れ多い! 大丈夫だよ!」
「……そう……ですか? 気が変わったら、いつでも言ってくださいね」
そう言うと、リーリエは俺の背中に回していた手を解き、俺から離れた。
良かった!! キスしなかった!! っぶねー!!
「これからは、いつでも触って良いですからね?」
「う……うん……」
なになに、なんなの?
モテ期なの?
自惚れるな!!!! リーリエがちょっと痴女なだけでおい待てリーリエは!!!!
痴女じゃない!!!!
チクショウ、不敬罪でアローラ刑務所禁錮100万年のとこだったぜ!法律ギリギリセーフのファイヤーダンスを踊っていた……。
「良かったです。いつものクロウさんに戻りました」
「……。いつもの俺?」
「最近のクロウさんは……元気がないっていうか……元気な
「……そっか。リーリエには敵わないなぁ」
「ふふっ。お皿洗いの続き、しましょうか」
布巾を手にして笑うリーリエ。
眩しいな。
全てを照らす太陽みたい。全てを包む月みたい。
その光を、俺が遮っちゃいけないと思って、必死になっていたけど。
……うん。
決まった。
「はい、リーリエ」
「はい」
俺はリーリエの隣に立つ。
立てる男になる。
勝てなくても良い。もっと何か他の方法で、リーリエの隣に立てるようになってやる。
───そう言って毎回ボロボロになって、結局リーリエを悲しませるんだ───
用心深く語りかけてくる、もう一人の俺の声。
別に二重人格ってわけじゃない。何かをしている時に「それでいいのか?」って自分の中で考えることくらい、誰にだってあるだろう。
つまり、お前も俺だ。
用心深くて自信がなくて、幼く震えているだけの弱気な俺。
受け入れよう。うん、今、受け入れた。
「リーリエ」
「はい、なんでしょうか」
「俺、頑張るから」
「無茶は」
「厳禁、ね?」
「……はい!」
よし!
頑張るぞ!!
「……ところでリーリエ」
「……?」
「さっき、ヨウがむしろ……みたいなこと言いかけてなかった? あれなに?」
「あっ!!!! そうです、そうなんです! ヨウさんはむしろ……!」