リーリエロスでカントー行ったよ 作:バケットモンスター、縮めてバケモン
夢。
夢とは、眠っている時に感じる、現実にはない事象のことです。
また、現実の在り方とは別に、心の中で描く、理想や希望のこと。
イーブイは、夢を見ていました。
その夢は後者の……儚く、現実味が無く、頼りない空想の方です。
ですがそれは既に、他でもないイーブイ自身の油断と慢心のせいで、打ち砕かれてしまっています。
愚かにも体内に『かわらずの石』という、ポケモンの進化を阻害する石を取り込んでしまったのです。
ですからイーブイは、好きなトレーナーと、そのトレーナーの好きな人と一緒に暮らせて幸せながらも、たいへんに屈辱的でした。
しかし、夢とは、たった一つではありません。
一つ一つは簡単に打ち砕かれてしまう非力な宝石ですが、一つ諦めた───いえ、諦めざるを得ない夢があるのなら、別の夢を見ればいいのです。
イーブイにとってそれは、『つよさ』に他なりません。
きっとこの人となら、強さの頂点へ辿り着ける。そのとき、この人が見るその景色にいたい。
人々から祝福され、誇らしげなリボンをもらって、進化しなくても───できなくても強いのだと、証明したい。
たった1匹の矮小なポケモンの小さな夢でした。
ですが往々にして、夢とは叶わぬものです。
彼が頂点を目指さないのだから、頂点の景色など見れるはずもないのだと、イーブイは夢を諦めました。
ともすれば、次の夢は?
うーん。
イーブイは考えました。凡百な頭で必死にかんがえました。
しかし、イーブイには……所詮、ポケモン程度にそんな難しいことは考えられません。
せいぜいが、お腹いっぱいきのみを食べて眠りたい、とか。
熱すぎずも寒すぎずもない快適な気温の中位置の変わらない日光に当たりながら眠りたい、とか。
そんなものです。ポケモンですから。
ですがイーブイはそんな自分の
お空に雲が浮いているのだから、雲の上に行きたい……とか、そういったものもあるはずです。……でも、空を飛ぶのはこの前『まねっこ』で体験したし……。
イーブイは自分自身の考えに衝撃を受けました。
そんなこと思ってもいなかった。特段、命の危機にも晒されることのない自分には生殖などとんと縁遠いことのように思えているからです。
今では弟子とも言えるポケモンもいます。尻尾に燃ゆる闘志を持つ赤いポケモンです。
だとすれば、番も夢とは違うのか? 自問自答すればするほどわからなくなります。所詮はポケモンの脳ですから。
故にイーブイはこう結論づけました。
最も番に近い人たちを観察しよう。
そうしてイーブイは、自身のトレーナーが普段ねちっこく気持ち悪い舐め回すような視線を送っている女性の元へ赴いてみることにしました。
尻尾でふさふさとんとんとドアを叩けば、気づいた彼女が迎え入れてくれます。
「あら……。どうされましたか?」
「えぼ!」
彼女の匂いは大好きです。ぽかぽかしてふわふわして、とろんとします。
彼女の足元で丸まり特に用は無いのだと示すと、彼女は自身がおやつにしていたであろう果実を床に置いてくれました。
どうやら彼女は髪を抜いて、一心不乱に何かを作っている様子です。
時折そばに置いてあるノートを見ては、それをなぞるように真剣な眼差しで何かを読み、そして再び手元に集中します。
あれはなんでしょう。
ポケモンであるイーブイにはわかりません。ポケモンですから。
それでも何が楽しいのか、彼女はその綺麗な髪を抜いて、その中でも特別綺麗なものを選んで何かを編んでいます。
はらり、と抜け毛がイーブイの目の前に落ちました。
イーブイが全身を伸ばした長さよりも長い、一本の金色の髪。
イーブイの息で揺れるそれが無性に気になってふんふんと嗅いでみます。花の香りがしました。
えぶっくしゅ
「ん……。寒いですか? ……あ、髪の毛……」
「えぶ」
「ごめんなさい。片付けますね。……ふう……」
イーブイのくしゃみで集中が途切れたのか、彼女は軽く伸びをしました。
その隙を見計らって、イーブイは彼女の膝に飛び移ります。特等席です。
「わわっ。今日はどうしたんですか?」
「え〜ぼ〜ぼ〜」
「おやつのフルーツはお口に合いませんでしたか?」
ちらりと彼女が床の皿に目をやり……そして苦笑します。
もうそこには皿しかないというのに、今になってフルーツが惜しくなったのでしょうか。美味しかったです。
「イーブイちゃん……」
「えぶえぶ」
「ふふっ。かわいい……」
ほっぺがくすぐったいイーブイは抗議の声をあげますが意に介されない様子。鬱陶しいというほどでもないので諦めました。イーブイには諦め癖がついています。
「あなたのトレーナーさんは……どうしたら、私を頼ってくれるでしょうか……」
「えぶぶ?」
「クロウさん……」
どうやら彼女は、イーブイのトレーナーに思うところがあるようです。
その点、イーブイはトレーナーのエースとも言えるポケモン。まさしく相棒なのですから、もうバリバリに頼ってくれていることでしょう。
でも
しかしそうです。
思えば最初から、イーブイのトレーナーからはどこか距離を感じていました。
まるで、自分の存在を信じていないような目。朝起きて今までのことは眠った時に見る夢でしたよと言われたら「やっぱりか」とでも言いそうな、そんなどこかで見たことのある……。
「その目元、クロウさんにそっくりですね」
そう。その通り。
いつだったか水面に映った自分の、諦めている目にそっくりなのです。
なるほど通りで。
しかしそれでは、なぜ彼はイーブイの存在を信じないのでしょうか?
今まで一緒に戦ってきて、共に数多の怪我を負ってきた。
それでは、信じてもらえないのでしょうか?
イーブイにはもう、一つの答えしかありませんでした。
それはイーブイに、強さがないからです。
もっと強さが欲しい。彼に認めてもらいたい。
でも、他のコの方が強い……
イーブイは進化ができません。
これでは強くなれません。きっと彼も、そんなイーブイを見限ることでしょう。
これはしょうがないことなのです。
彼に裏切られようが、存在を否定されようが、全ては進化できないようにした自分のせいなのですから。
また、諦めるしか。
……いやだ
諦めたりなんかするもんか。
イーブイは決めました。
何がなんでも絶対に強くなる。
もっと技を増やして、彼に自分以上の相棒はいないのだと認めさせてやる。
そうして彼がいつかその夢を叶えた時……。
イーブイのではない、
彼のそばにいたい。
誰より近くで、祝福したい。
こればっかりは、諦めきれない。
───っ
その時イーブイは、もう一度『夢』を持つことができました。
そして、そんな自分に気がつきました。
「……ゆめ?」
ぬっ。
今、この小娘も同じことを考えていた? いや……それは違う。
イーブイは気付きます。
シンクロしている。
トレーナーと散々してきた絆の結び目が、この女性にもできています。
ためしに。
「
「わかります! クロウさん、無茶ばっかりっていうか、自分を勘定に入れないというか……! クロウさんの言う『みんな』のなかにクロウさん自身が入っていない気がして……! って、えっ、えっ。なんですかこれ頭の中に感情というか感覚というかが……!!」
おお、細かい意味こそ違いますがなんとなく合っています。
なんやねんこの小娘、案外やるやないの。
……とイーブイは思っていますが、彼女は実はトレーナーの才能は意外にもあるのです。
「……はあ。どうやったらクロウさんは……私を信じてくれるのでしょう。私、クロウさんが『言えない』って言ったこと、まだ聞けてないんです。今更何を打ち明けられても、私は何にも思わないのに……」
「えぼ……」
そうそうそれです。最初に感じていた距離感というのはそれのことです。
疑心暗鬼にも程があるのです。もう少し信じてくれてもいいと思うのです。
転んだ時、彼は必ず手を貸して起き上がらせてくれますが、わざわざ振り向かれるよりも自分が立ち上がるのをそこで待っていて欲しいのです。
「クロウさん、色々言葉を選んで接してくれてはいますが……選びすぎてたまに言葉足らずというか……。優しいのはわかるんですが……」
「えぼ?」
「私だってクロウさんの隣で一緒に旅がしたいです……」
「えぼ〜」
お互いにため息をつき、そして笑い合っています。
イーブイは少し、胸の内が軽くなったような気がしました。
信じてもらえないのなら、信じてもらえるほど闘うまで。
イーブイは、もう迷いません。
彼がイーブイを見つけたのではなく、イーブイが彼を見つけたのです。彼がそう思っていなくても、イーブイの中ではそうなのです。
それでいいのです。
イーブイはポケモンですから。
◇
戦場は静かです。
普段は賑やかなものが好きなイーブイですが、戦場のこの空気は決して嫌いというわけではありませんでした。
研ぎ澄まされた鼓動が全身に行き渡り、自分の息継ぎが聞こえるのです。
ここには、イーブイの求めるものはありません。
きっと彼がチャンピオンでも目指していたのなら。
トレーナーと自身を祝福する鳴り止まない拍手喝采も。
虹色に光る空も。
大きく響く鐘の音も、今この体で受け止めているはずなのです。
それでもやっぱり、イーブイはこの戦場にいます。
他でもない彼が、夢のために頑張っているのですから。
───滾れ、闘争本能───
それを応援しない相棒など、この世に存在しないのです。
さあ、お前の望みを言って見せろ。
どんな夢でも、どんな技でも……叶えてみせるから。
イーブイは吠えました。
彼の王道を……チャンピオンロードを阻むのなら、ゼンリョクを以て相手しよう。
それが彼の夢への『てだすけ』であり、自分の夢なのですから。
「リーリエロスでカントー行ったよ」を書く上での設定資料集
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