『甦れ! あひるさん! その1』
季節は桜が咲き誇る四月上旬になった。
廃校を免れ存続が決まった大洗女子学園高校に、また新しい新入生が入ってきた。
真新しい制服を着た、まだあどけなさが残る初々しい新一年生達。
大洗女子学園の新しい春が、無事にまためぐってきたのである。
生徒会長含め一ヵ月前に三年生を送り出し、しばらくは静かだった学校であった。
そして四月になり、各戦車道チームも無事に進級をはたし、それぞれ一学年ずつ上がった。
生徒会主催の新入生に対する各種オリエンテーションも無事終わり、華やかな各部による新入生勧誘合戦に一段落がついた。
戦車道チームも新しい履修者を迎え、各チームの再編成を行った。
その中で『あひるさんチーム』の四人は、朝昼夕問わず、学校内の至る所で懸命に新入生の勧誘を行っていた。
生徒会主催の部活動紹介イベントに参加できなかった彼女達は、それでもあきらめずに勧誘活動を行っていたのである
そして昨日で体験入部期間が終わり、いよいよ今日、正式な入部届が新入生達から出されるはずの日である。
「グデーリアン。これから何か用事はあるか?」
「いえ、別に用事はないですが……」
「すまないが、ちょっと私に付き合ってもらえないだろうか……」
「ええ、いいですよ」
戦車道の訓練が終わった後『あんこうチーム』はそれぞれ用事があった為、個々に下校していき、秋山優花里は居残りをして各チームの部品補充交換リストを作っていた。
無事にリストが出来上がり、一人更衣室で着替えをしていた秋山優花里に対して『かばさんチーム』車長のエルヴィンが、更衣室入口から彼女に訊ねてきた。
秋山優花里はちょっと不思議に思ったが、着替えを済ませるとエルヴィンの後を追うように一緒に更衣室を出た。
更衣室を出た二人は、並んで校門を出た。
そしてエルヴィンは「東公園へいこう」と言ってきたのである。
「すまない、付き合ってもらって……」
「全然かまいませんけど……、どうしたんです?」
「実は、個人的にグデーリアンに相談があるのだ」
「えっ……相談ですか? 自分に、ですか?」
並んで歩きながら、秋山優花里は驚いて『エルヴィン』と呼んだ松本里子に聞き返した。
確かにエルヴィンと『グデーリアン』こと、秋山優花里は仲が良い。
しかし、エルヴィンには歴女と呼ばれる歴史好きの三人のお仲間達がいる。
その三人をさしおいて、秋山優花里に相談というのはなんなのだろう。
「カエサル殿達には相談できない事なんですか?」
「いや、カエサル達にはもう相談は済んでいる。その上での相談なんだ」
「一体、何の相談ですか?」
「まずは彼女に事情を確かめてからなんだが……。その結果次第で、グデーリアンと相談したいんだ。多分東公園にいるはずなんだが。」
学園艦のほぼ中央から艦首を北と見立てて、東側の端にある東公園には、夕暮れの時間になると様々な人が集まっている。
ベンチに腰掛け肩を寄せ合う恋人達や、犬の散歩をする年輩の女性。ベビーカーに赤ちゃんを乗せた若いお母さん。おしゃべりをしながら歩く大洗女子学園の生徒達。
「グデーリアン。こっちだ」
公園に入ったエルヴィンはついてくる秋山優花里にそういうと艦首の方向に向かって歩いていく
しばらく公園の中を歩いていると、学園艦の一番艦首寄りになる小さな展望台についた。
そこには、目立たない位置にベンチがあった。
そのベンチに、大洗女子学園の制服に身を包んだ女子生徒が一人座っていた。
「やっぱり……。ここに居たか」
「エルヴィン殿、あれは磯辺殿ですか?」
「ああ……、ちょっとここで待っていてくれ」
そう言うとエルヴィンは、磯辺典子の方へ近づいて行った。
遠目から見た二人は何やら真剣な顔つきで話をしている。
そして、しばらくエルヴィンと話し込んでいた磯辺典子は、すっとベンチを立ち上がると鞄を持って艦首方面入口から外へ歩いて行ったのだった。
事の成り行きを見ていた秋山優花里は、走ってエルヴィンの傍へ行った。
エルヴィンは近づいてきた秋山優花里の方を見ると隣に座るよう促した。
「磯辺さんに確かめてみた結果、間違いなかった……」
「いったい何があったんですか?」
「今日の昼休みの事なんだが、私やカエサル達は、昼休みはほとんど図書室にいる」
「はい、それは知っています」
「私達が陣取る席というのは、歴史書コーナーにある四人掛けの席なんだが、実はその席の後ろに図書戸棚を挟んで他の席から見えない位置にもう一つ席がある」
「はい……」
「その席は他の席に比べて薄暗くてほとんど使う人がいない席なんだが、その席に『あひるさんチーム』の面々が居たんだ」
「『あひるさんチーム』が……ですか?」
「ああ……。なぜ分かったかというと、佐々木さんの声で『だめです。最後の娘も断られました』と寂しそうに言っているのが聞こえたんだ」
「あっ……すると、もしかして、バレー部は……」
「ああ、……入部届はゼロだったそうだ」
「……そうすると、今年度もバレー部の復活は無しということですか……」
「そういうことだ……」
エルヴィンと秋山優花里は、まるで当事者みたいに同じく肩を落とした。
『あひるさんチーム』こと、大洗女子学園バレー部、いや部としては廃部になっているのだからバレー部というのは適当ではないのだが、彼女達四人の涙ぐましいほどの努力を傍で見てきた戦車道の各チームである。
キャプテンを務める唯一の三年生、磯辺典子。そして彼女を慕い支え続ける二年生の佐々木あけび、河西忍、近藤妙子の3人
『必ずバレー部を復活させる』を合言葉に、この四人はバレー部の存在をアピールする為に戦車道を履修し、いまや戦車道チームになくてはならないチームにまで成長しつつも、決してバレーボールへの情熱を絶やすことはなかった。
エルヴィンは、秋山優花里に向かってさらに悲劇的な事を告げた。
「……この結果、磯辺さんはバレーボール部に所属しながら、一度も試合に出ることがないまま、高校バレーの全てが終わってしまった」
「え……えっ、それ本当なんですか?」
秋山優花里は絶句しながら、エルヴィンに聞き返したのである。
「ああ、本当だ……。私は一年生の時に、磯辺さんと同じクラスだった。特別親しいというわけでもなかったんだが、一度席が隣同士になったこともあっていろいろと話す機会があったんだ。彼女は『この場所から見える海が好きだ』と言っていた。だから私は彼女はここに居ると知っていたんだ。……グデーリアン、なぜ磯辺さんが二年生の時からキャプテンだったのか理由を知っているか?」
「あ……そうですね。そう言われると、どうして上級生がいなかったんでしょう」
「磯辺さんの話によると、一年生だった時に磯辺さんの他に六人のバレー部員がいたそうだ。三年生が四人、二年生二人と磯辺さんの計七人だ。そして夏のインターハイは上級生が選手として出場して、磯辺さんは控え選手兼マネージャーみたいなものだったそうだ。そしてインターハイが終わり三年生が部活を引退すると、人数が足りなくなってしまったんだ」
「はい、確かに三人になってしまいます」
「その時に一度学校から『廃部』の通知を受けたそうなんだが、三人の懇願で次の年の一年生が入るまで暫定的に部としての存続が認められていたそうだ」
「そうだったんですか」
「ああ……。そして、翌年になり一年生は、今の三人だけが入部した。しかし今度は、上級生の三年生が辞めてしまったんだ」
「どうしてなんですか? せっかく人数がギリギリですが揃ったんじゃないですか」
「……理由は私も聞いていない。唯わかっていることは、それでバレー部が廃部になってしまったということなんだ……」
エルヴィンは視線を落とすと、最後は声が小さく呟くようになっていた。
秋山優花里も、その時の磯辺典子の気持ちを察すると、もう言葉も出なかった。
「グデーリアンに相談というものなんだが、今、磯辺さんに確認して、この状況を聞いてもらった上でのお願いなんだ」
「はい……。なんでしょうか?」
「私と一緒にバレー部に入部してくれないか?」
「え……バレー部に、ですか?」
「ああ……このままでは、余りに磯辺さんが可哀そうだ。一番好きなことを一度もやれずに高校生活が終わってしまうなんて、傍で見ていられない」
「もちろんそうですが……。でも、自分はバレーボールなんて体育の授業ぐらいでしかやったことがありません」
「私もそうだ。しかし何も全部できなくても良いと思うんだ。何もできない私でもジャンプはできる。ジャンプできればブロックだけでもできるはずだ」
「あっ……そうですね。確かにそうです。一つの事ができれば、バレー部のお役に立てるかもしれませんね」
「ああ……。今は試合ができる人数をそろえる事。これが緊急の課題なんだ。人数が揃いさえすれば、あとはどうにでもなる!」
「分かりました! 不肖、秋山優花里! お手伝いさせていただきます!」
「さすが、グデーリアンだ。絶対分かってもらえるものと思っていた」
「しかし、一応チームのみんなや、西住殿には言っておきませんと……」
「分かっている。カエサル達の了解はすでに取ってあるから、グデーリアンは『あんこうチーム』の承認をもらってくれればよい」
「では、さっそく聞いてきますので……」
そういうと秋山優花里はベンチから立ち上がった。
少し遅れてエルヴィンも立ち上がると右手を差し出した。
「吉報を待っている! グデーリアン!」
「了解です!」
二人はその場で固く握手をするとそれぞれ帰路についた。