運命の第三セット……
「試合開始」を告げる主審の短い笛が鳴らされて始まった。
このセットは、両校の意地をかけたラリーの応酬となった。
水戸商業側は「前年度優勝校」というプライドを捨てて、勝負を挑んできた。
特にエースアタッカーの『1番』は、自慢だった弾丸スパイクだけでなくフェイント攻撃、移動アタック、時間差攻撃と持っているあらゆる攻撃パターンで攻めてくる。
それら怒涛の波状攻撃を大洗女子学園側は、決死の覚悟で拾い守り続けている。
守りの中心である山郷あゆみは「千手観音」で対応し、他のメンバーが彼女をフォローしていく。
時にはエルヴィンでさえ、不慣れなレシーブをして拾い続ける。
『激戦』……。
その表現がピッタリの試合であった。
そして、相手がマッチポイントを迎えると、一点を取り返しデュースとし続け、まるで永遠とも思われる試合を両校は続けていた。
『ハア、ハア、ハア……』
大洗女子学園のメンバー全員が肩で息をしている。
同じように応援団の戦車道各チームも必死の応援である。
秋山優花里もベンチから声をからして応援している。
「皆、もうちょっとだよ! 勝負の決着がつくまで気を緩めるな! 絶対に勝つんだ!」
『ハイッ! キャプテン!!!』
磯辺典子が要所、要所で飛ばす激に、メンバー全員がそのたびに気合を入れ直していく。
水戸商業高校の方は、選手達やベンチ、応援団にいたる全ての人々が、驚きと恐怖にも似た感情で顔が青くなっていた。
一試合分、大洗女子学園の方が多くスタミナもほとんどないはずで、しかも、全くのノーマークであった、たった七名の高校にここまで苦戦を強いられているのだから……
特に『1番』エースアタッカーのプライドはズタズタだった。
メンバーチェンジした控え選手に、ことごとく自分の弾丸スパイクを返されてしまう。
顔色が青を通り越して、紫になっているようだった。
同点のまま迎えた、両校のデュ―スはもう何回目になるのか。
水戸商業からのサーブで再び死闘が始まった。
「ハイ! キャプテン!」と大声で合図をしてレシーブした近藤妙子。
「ソーレ!」と声を上げてほぼ真上にトスを上げた磯辺典子は、トスを上げた瞬間、素早く移動し、場所を開けた。
その開いた場所へ瞬時に走り込んできた佐々木あけびが、ジャンプしてきた。
佐々木あけびの移動攻撃である。
そしてスパイクされたボールは、エンドラインギリギリに向かって飛んでいく。
しかし、水戸商業のリベロがうまく回り込みながらワンハンドレシーブを決めた。
レシーブされたボールをセッターが直接、ツーアタックで攻撃してきた。
虚を突かれた大洗女子学園チームは、誰も動けず、ボールは佐々木あけび、エルヴィン、近藤妙子の三人を三角形とする中心へと落ちた。
『ピーッッッ!』
主審の笛と共に、水戸商業側の手が上がった。
水戸商業側は全員がガッツポーズでこの結果を喜ぶ。
逆に落胆の表情の大洗女子の三人であった。
また、何度目かのマッチポイントを相手に奪われてしまったのである。
「……、すみません、キャプテン……。みんな……」
「すまない。完全に裏をかかれた」
「……くそ! やられた」
「ドンマイ、ドンマイだよ! また、取り返せばいいんだから、気にするな!」
佐々木あけび達、三人に対して、一人一人の肩を叩きながら磯辺典子が、彼女達を励ます。
『ソーレッッッ!』
水戸商業のマッチポイントで迎えたサーブを山郷あゆみが返す。
磯辺典子からの高速トスを、河西忍がスパイクする。
スパイクされたボールを今度も水戸商業のリベロがレシーブする。
水戸商業のセッターから『1番』へトスが送られる。
山郷あゆみは、独特の「千手観音」の体勢で、スパイクを待ち構える。
エルヴィンと河西忍が同時にブロックへ飛ぶ。
『1番』は山郷あゆみとの勝負を避け、コートの門隅へ向かってスパイクを放った。
(取らなきゃ!……。このスパイクはインコートだ!)
山郷あゆみは自分の感覚から「これは入る」と思い体勢を崩されながらも、懸命に変形ワンハンドレシーブでスパイクされたボールへと飛ぶ。
ギリギリでなんとかレシーブしたが、レシーブされたボールは、自コートの外へ大きく逸れて上がってしまった。
受け身を取りながら山郷あゆみが大声でフォローを頼んだ!
「誰か! お願い! ボールを……!」
「ハイッ!!!」
一番近くにいた佐々木あけびがフォローへと懸命に走り、滑り込みながら落ちてきたボールをアンダーハンドトスで、キャプテン磯辺典子へ送った。
(私が……、飛ぶ!)
磯辺典子はこの送られてきたトスを見て初めて「自分が決める」と決断した。
磯辺典子へと飛んでくるボールに向かって、右手を上げながら大きくジャンプした。
身長百四十三センチ、試合中の選手の中で、一番小さな磯辺典子の渾身のスパイクが、この試合初めて放たれた。
『バシュッッッ!』
スパイクされたボールは、水戸商業コートエンドラインぎりぎりへと飛んでいく。
相手リベロ、レシーバーが同時にレシーブに飛んだが間に合わない、届かない!
磯辺典子の放ったスパイクは水戸商業コートギリギリに突き刺さった……ように見えた。
『ピーッッッ!』
無情にも副審の旗が上がった。
磯辺典子のスパイクは、ほんのわずかの距離でアウトボールになってしまった。
一斉に喜びを爆発させた水戸商業チームと応援団。
そして、ガックリと肩を落とした大洗女子学園バレーボール部だった。
「みんな、ごめん。外れちゃった……、負けちゃった……」
「キャプテン、あとちょっとだったじゃないですか……」
「そうだ、磯辺キャプテン……、勝利と敗北はコインの表裏と一緒だ…… 今回は私達が裏になった。それだけのことだ」
肩を落とす磯辺典子に近藤妙子とエルヴィンが駆け寄り励ます。
もちろん遅れて傍に来た佐々木あけび、河西忍、山郷あゆみも頷く。
「ありがとう、みんな。さあ、最後の挨拶をするよ」
『ハイッ!!!』
エンドラインに整列した両チームはお互いに向かって「ありがとうございました」とお辞儀をすると、自然とお互いに向かって握手を求めてきた。
「お疲れ様でした! 明日の決勝リーグ頑張ってください!」
磯辺典子からの激励と握手に『1番』は「ありがとう。皆さん達の分まで頑張ります」と笑顔で挨拶と握手を返してきた。
一人一人が握手を交わした後、大洗女子学園バレーボール部は自チームベンチへ戻ってきた。
顧問から応急処置を施され、両腕に包帯をぐるぐる巻きにされた秋山優花里。
なんとか手が上がるようになったのだろう。
磯辺典子ら六人、一人一人に対してハグで出迎えた。
「みなさん、よくがんばりましたね」
そう言いながら拍手で迎えてくれた顧問に対してお礼の挨拶を行ったバレーボール部は、今度は応援団席の真下へ移動した。
応援していた戦車道チーム全員が立ち上がり、優勝候補相手に激戦を行った「あひるチーム」とエルヴィン、秋山優花里、山郷あゆみに対し割れんばかりの拍手を贈る。
「全員整列! 応援ありがとうございました!」
磯辺典子の号令と共に、七人の小さなチームは全員がお辞儀をし、またたくさんの拍手が彼女達に贈られたのであった。
試合に敗れ、残念ながら決勝リーグへと進めなかったバレーボール部は、荷物を持って控えブースへ戻ってきた。
更衣室で制服に着替え、帰る準備が整ったメンバーを集めると、磯辺典子は一緒に戦ってくれた全員に感謝の気持ちを伝えた。
「みんな、結果は残念だったけど、無事試合が終わりました。私は、皆とこの試合を戦えたことを誇りに……」
磯辺典子はここまで話すと、突然、今までの事が走馬灯のようにフラッシュバックしてきた。
一年生の時、先輩達の為に必死に走り回り、先輩達のお世話をしていた自分。
二年生になって、バレー部で突然独りぼっちになってしまった自分。
後輩達の前で学校から『廃部』を宣言された時の、あの悔しかった自分。
「バレー部復活」の為に必死に考え続けた自分。
新入生が入らず「一度も試合ができずに全てが終わったんだ」と思い、エルヴィンの前で泣いてしまった自分。
しかし戦車道の仲間達のおかげで、後輩達やみんなと公式試合ができ、しかも二回も勝つことができて本当に嬉しかった自分。
そして磯辺典子は俯き、突然声を上げて泣き始めてしまった。
『キャプテン……』
「……ごめん、……皆の前では、絶対に泣かないって決めていたのに……」
泣きながら謝る磯辺典子の周りを「あひるさん」チームの後輩達が囲み、今度は一緒に泣き始めた。
磯辺典子の最初で最後のインターハイが幕を閉じた。
自分達が慕うキャプテンは、今日でバレーボール部を引退するのである。
「あひるさん」チームの面々のそれぞれの思いは、いかほどなのかわからない。
エルヴィン、秋山優花里、山郷あゆみは、そんな彼女達を黙って見ていた。
「……ごめん、もう大丈夫。さあ、胸を張って皆の元へ行こう!」
磯辺典子が涙を拭うと、全員が笑顔になり「はいっ」と明るく返事をしたのであった。
控室を後にしたバレーボール部を戦車道チーム全員が体育館正面入り口で待っていた。
戦車道メンバー全員が横一列となり、控室から出てきたバレーボール部に対峙した。
武部沙織と五十鈴華があの応援旗を広げて持っている。
応援旗の傍で西住みほがやってきたバレーボール部のメンバーに向かって、直立不動の姿勢を取った。
それを見た他の戦車道各チームメンバーも一様に直立不動になる。
「バレーボール部の皆さん、お疲れ様でした。皆さんの努力と決して諦めない心、最後まで頑張りぬく姿勢に対して、戦車道チームを代表して敬意を表します。本当にお疲れ様でした」
そう言った西住みほは、四十五度の最敬礼をバレー部全員に贈ったのである。
それを見た各チームも全員同じように最敬礼を行った。
その様子を見たバレーボール部も「ありがとうございました」と同じように返礼をすると、磯辺典子が進み出てきて、西住みほにお願いしてきた。
「西住隊長。私からお願いがあります。どうか、その応援旗を私達に頂けないでしょうか?」
西住みほは笑顔で「ええ……、もちろんいいですよ」と言うと武部沙織と五十鈴華の方を見た。
二人は「あひるさんチーム」のシンボルが上に来るように手早くたたむと、武部沙織が磯辺典子の前にやってきて、そのたたんだ応援旗を「どうぞ」と言って差し出した。
「ありがとうございます。この応援旗はバレー部の宝です」
そう言いながら、磯辺典子は応援旗を受け取った。
すると、武部沙織が戦車道チームの方へ振り向きながら、皆に向かって言った。
「さあ、みんな、帰ろうよ! 懐かしき我が大洗の街へ!」
武部沙織がその大げさな表現に対して、冷静に冷泉麻子がツッコむ
「たった半日で、何が『懐かしき大洗』だ!」
それを聞いた戦車道メンバーやバレーボール部全員が大笑いである。
そして、エルヴィン、秋山優花里、山郷あゆみはそれぞれのチームの輪の中に戻っていく。
その様子を見ていた「あひるさん」チームの四人は、誰ともなく「ありがとうございました」と呟いたのだった。
磯辺典子は、傍に立つ三人の後輩達へ言った。
「あけび、忍、妙子、山郷さんはバレー部に籍は置いて貰うけど、幽霊部員で構わないからね」
「はいっ」
「キャプテン公認の幽霊部員ですね」
佐々木あけびと河西忍が答え、近藤妙子は頷いた。
その返事を聞いた磯辺典子は頷くと、さらに話を続けた。
「うん。バレー部の本当の復活は、やっぱり自分達で新入部員を獲得してからだからね」
『はい、キャプテン』
後輩三人が一緒に返事をした。
そして手元にある応援旗の「あひる」マークを見て、磯辺典子達「あひるさん」チームは声を合わせて報告したのであった。
『見てくれましたか? 私達は大空を飛びました!』
後日談を報告しておこう。
県大会は、県立水戸商業高校の二連覇で幕を閉じた。
決勝リーグでは、各パートから勝ち上がってきた強豪チームに対して、一セットも与えず全てオールストレート勝ちの完勝であった。
優勝インタビューで、水戸商業の監督はインタビューアーに対して、こういったのである。
「私達はパート別決勝戦で戦った『大洗女子学園』に負けてしまうと試合中、本気で思いました。全くノーマークだったんですが、あの全員で戦う気持ち、諦める事を知らない闘争心は「優勝候補」とおだてられて油断していた選手達を目覚めさせてくれたんです。あのチームがもしも勝っていたら、今年の優勝は間違いなく『大洗女子学園』だったでしょう。どうして『大洗女子学園』は去年、県大会に出場しなかったんですか? ご存知ですか?」
監督は逆にインタビューアーに訊ねてきたそうである。
山郷あゆみが、どうしてバレーボールが上手だったのか。
結局、彼女は理由を話さなかったし、バレーボール部員全員は訊ねなかった。。
でも山郷あゆみは、たまにバレーボール部の部室にやってきては、マネージャーのように部室を掃除したり、練習用具の整理などの手伝いをしている。
それだけで「あひるさん」チームは十分だった。
今日も『八九式中戦車甲型』は元気に訓練場を走り回っている。
大洗女子学園一の『快速戦車』を操るのは河西忍。
傍らでヘッドホンを耳に当てながら、武部沙織からの連絡を仲間に伝える近藤妙子。
照準器を覗きながら、絶えず目標に照準を合わせ続ける佐々木あけび。
そして……
三人を鼓舞し励まし、指示を出し続ける「あひるさん」チームリーダーの磯辺典子。
彼女達が愛する親愛なる仲間『八九式中戦車甲型』と側面、後面に描かれた『翼を広げたあひる』のシンボルマークは、太陽に照らされて光り輝いている。
おしまい。
ここまで一読ありがとうございました。
「努力」と「根性」の塊のような「あひるさん」チームに、大好きなバレーボールをさせてあげたいというのが、最初の思いでした。
まずは、無事に結末を迎えられました事で、ホッとしております。
ちなみに、熊はバレーボールの事は全く知りませんので、変な個所があればご指摘ください。
速やかに変更しますので……。
次は、戦車道チームドタバタなお話。
『学園祭ウォー』を投稿する予定です。
引き続き、駄文、誤字脱字、乱筆な作品ながら、ご愛顧いただけたら幸いです。