西住みほの携帯電話が鳴っている。
西住みほは、武部沙織と一緒に買い置きの食料を買うためにスーパーにいた。
「みぽりん! 携帯なってるよ!」
「ほんとだ……。 あっ……優花里さんからだ。もしもし?」
西住みほは持っていた買い物かごを足元に置いて携帯電話を取って話し出した。
「うん、今、沙織さんと一緒にスーパーで買い出し中だよ。……うん、別にいいよ。うん、もう買い物は終わるから……。えっ、沙織さんも一緒に? ちょっと待っててね。聞いてみるから」
「みぽりん。ゆかりんから?」
「うん、今から部屋にいってもいいかって。あと沙織さんも一緒に居てくれないかって。沙織さん、時間大丈夫かな?」
「うん、私は大丈夫だよ」
「よかった。もしもし優花里さん、沙織さんも大丈夫だって。……うん、うん、じゃあ十分後にね」
そう言うと西住みほは、携帯電話を切った。
レジに向かいながら、武部沙織は西住みほに訊ねてきた。
「でも、ゆかりんは何か用事なのかな? 今日じゃなきゃいけない用事かな?」
「わかんないけど、なんだか優花里さんの口調がちょっと違ったような気がする」
レジを済ませた二人は重い買い物袋を持つと西住みほの部屋へ向かった。
部屋についた二人が時計を見ると、さっき電話があった時間から八分が過ぎていた。
冷蔵庫に買ってきた食材を保管していると、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はーい」と返事をした西住みほがドアを開けると、秋山優花里の他に五十鈴華と冷泉麻子も一緒に居た。
「あれ? みんな揃ってどうしたの?」
「いえ、優花里さんから電話をもらいましたの、ぜひ聞いてもらいたいことがあるそうなので……」
「私も、華と一緒だ。隊長の部屋で話があると言われて来た」
「すみません、西住殿。みんなにどうしても聞いてもらいたい話があったものですから……」
「私は別にかまわないから……。どうぞ入って!」
こうして『あんこうチーム』の五人が西住みほの部屋に集まった。
部屋に入ったメンバーは、思い思いの場所に腰を下ろし、招集をかけた秋山優花里の方を見た。
そして秋山優花里は、先ほどのエルヴィンの話による磯辺典子の境遇をわかりやすくメンバーに説明したのだった。
「……というわけなんです」
『あんこうチーム』のメンバーは、全員言葉が出なかった。
バレーボールが大好きな磯辺典子が、一度も試合に出たことがない事。
その事を全く知らなかったメンバー達である。
「それで皆さんにお話というのは、自分はバレーボール部に入部しようと思うんです」
「え……ゆかりん、バレーボールできるの?」
「いえ、体育の授業で何回かやったことがあるだけですよ」
武部沙織の質問に、笑いながら答える秋山優花里である。
すると今度は、五十鈴華が心配そうに訊ねてきた。
「でも、優花里さん……。戦車道を続けながらだと体が持ちませんよ……」
「大丈夫ですよ。体力だけは自信がありますから!」
力こぶを見せるようにして、秋山優花里は返事をした。
目を閉じて話を聞いていた冷泉麻子は、ボソリと口を開いた。
「……さっきの話からすると、松本さんは随分考えた上での結論のようだな」
「はい、もう『かばさんチーム』の方々は、エルヴィン殿が入部することに同意しているようです。西住殿……、自分は戦車道を絶対におろそかにはしません。必ず両立させますから、入部させていただけないでしょうか?」
メンバーの質問に一通り答えた秋山優花里は、西住みほの方に向き直り、真剣な表情で許可を貰いに来た。
『あんこうチーム』のリーダーであり、戦車道チーム隊長の西住みほは、秋山優花里の言葉に頷きつつ、ニッコリと笑いながら答えた。
「もちろんいいよ。逆に私の方から優花里さんに『戦車道チーム』隊長としてお願いします。今まで頑張ってくれて、ずっと助けてくれた『あひるさんチーム』の力になってください。本当は私がしなくちゃいけないんだけど、私って運動神経まるっきりないから、優花里さんに頼っちゃうんだけど……」
「西住殿、ありがとうございます! 他の皆さんにもお願いします。どうか私の我がままを聞いていただけないでしょうか?」
西住みほの言葉に嬉しそうに答えた秋山優花里は、今度はメンバーの顔を見渡しながら、全員に聞いてきたのである。
もちろん、他のメンバーも異存はない!
「もちろん賛成だよ。ゆかりん! がんばってね」
「はい。優花里さんが、私達の中では一番の適任者だと思います」
「……がんばって欲しい。我々の代表として」
「はい! 不肖、秋山優花里! 全力をもって任務を遂行いたします!」
こうして『あんこうチーム』全員の了承が得られ、秋山優花里のバレーボール部への入部が決まった。
秋山優花里はメンバー全員の前で、バレー部への入部届を書いたのである。
そして、翌日になった……。
戦車道の朝練に参加する為に駆け足で登校しながら、磯辺典子は堅く心に決めた。
昨日エルヴィンに聞いてもらった自分の本当の気持ち。
打ち明けていくうちに、知らず知らずに泣いていた自分がいた。
結果は出てしまった。
自分の力では、もうどうしようもない事なのだ。
だから、決めた!
皆の前では、もう絶対に泣かない。
支えてくれている後輩の為に、私が必ず後輩達の進むべき道を作る。
たとえ今年はもうダメだったとしても、必ず、来年は入部希望者が現れる。
だから、バレー部の炎は決して絶やさせない!
秘めた決意を抱いて、磯辺典子は体育館へ走って行った。
部活動として認められていないバレー部には部室はない
いつも着替えるのは体育館倉庫である。
磯辺典子はいつもより少し遅れてやってきた。
「みんな、おはよう!」
『おはようございます! キャプテン!』
いつも通りの磯辺典子の様子に、三人の後輩達、佐々木あけび、河西忍、近藤妙子はホッとした表情で挨拶をした。
昨日、戦車道の訓練終了後、三人は「用事があるから先に帰る」といった磯辺典子の暗い表情が気になっていたのであった。
昨日で今年度のバレー部の復活がなくなった。
残念だがしかたがない。
それはわかっているのだ。
しかし、わかっていても気持ちの整理がつかない。
自分達はキャプテン「磯辺典子」とバレーボールがしたかった。
皆、磯辺典子というキャプテンが大好きなのである。
しかし、磯辺典子はいつものように元気よく後輩達に発破をかけた。
「さあ、みんな今日も頑張っていくよ!」
『はいっ!』
着替えを終えた『あひるチーム』は戦車倉庫に走って行った。
戦車倉庫の前まで来た『あひるチーム』は全員その場に立ちすくんだ。
自分達以外の他のチームが一列で自分達の方を向いているのである。
まるで、自分達の到着を待っているかのようである。
「キャプテン……。皆さんどうしたんでしょうか?」
「私達、遅刻したんでしょうか?」
佐々木あけびと近藤妙子が磯辺典子に訊ねた。
しかし、磯辺典子は首を横に振りながら答えた。
「いや、時間変更の連絡は受けてないよ。ほんと、何があったんだろう?」
おずおずと皆の前に立った『あひるチーム』の四人である
「あのぅ、隊長。どうかしたんですか? 今日は朝練の日ですよね?」
磯辺典子が代表して、整列して立つ他のチームのメンバーの顔を見渡しながら訊いた。
すると、西住みほが一歩前に出てきて『あひるチーム』の四人に向けて話を始めた。
「磯辺さん……。今日は『あひるさんチーム』の皆さんに聞いてもらいたい、私達戦車道チーム全員の願いがあります!」
「……はい」
『あひるチーム』全員はその場に直立すると、西住みほの顔を見つめた。
「戦車道チームのメンバーの中の、エルヴィンさんと優花里さんをぜひバレーボール部に入部させてください」
そう西住みほが告げると、磯辺典子の前にエルヴィンと秋山優花里が進み出てきて、各々が手に持っていた封筒を磯辺典子の前に差し出した。
「えっと……。よくわからないんですけど」
封筒を受け取りながらも、状況がよくわからない磯辺典子は、再び西住みほに訊ね返した。
西住みほとエルヴィン、秋山優花里は横一列に並び直すと、また、西住みほが答えた。
「磯辺さんは今年で三年生です。夏のインターハイが最後の公式戦ですよね。また『あひるさんチーム』の仲間と一緒に試合ができる最後の大会になります。磯辺さん……」
「はい」
「今まで私達は『あひるさんチーム』に危険な任務ばかりやってもらいました。単独での斥候や、重戦車相手にフラッグを持ってもらったりと…… 数えきれないほど助けてもらいました。今度は私達に助けさせてください。『あひるさんチーム』こと、大洗女子学園バレーボール部の為に、私達、大洗女子学園戦車道チームを代表して、彼女達二人の入部でバレーボール部を復活させてください。そして、皆さんでインターハイに参加してください」
磯辺典子は、西住みほの顔をじっと見た。
そして、両隣に立っているエルヴィンと秋山優花里の顔を交互に見直している。
「キャプテン……」
河西忍が磯辺典子に声をかけながら近づいた。
佐々木あけびと近藤妙子も後を追うように近づいてきた。
「私、一度でいいんです。一度でいいですから、キャプテンと一緒にコートに立ちたいです……」
「私も、です」
「キャプテン……」
半泣きで磯辺典子に懇願する河西忍に佐々木あけびと近藤妙子である。
しかし、磯辺典子は返事をしなかった。
それを見ていた冷泉麻子が、磯辺典子を諭すように口を開いた。
「……磯辺さんの気持ちはわかる。こんな形でのバレーボール部の復活は自分が求めていたものとは違うという事ぐらい。しかし考えてくれ。部活動として認めてもらっていないというハンデが今回の新入部員勧誘でもどれほど大きかったかということを……。もう一度復活させれば試合ができる。試合ができれば実績が作れる。たとえ、また人数が足りなくなったにしても、部として認めてもらえていれば、体育館だって部室だって使用できるし、備品だって申請すれば購入してもらえる」
そう話すと、一呼吸おいて冷泉麻子は、磯辺典子の心を動かす言葉を告げた。
「……磯辺さん。これは磯辺さん達だけの問題じゃないんだ。『あひるさんチーム』が卒業した後に入ってくるであろう、未来のバレー部員の為でもあるんだ」
「そうですよ。キャプテンとして、ちゃんと未来の後輩さん達の居場所を作っておかないといけません」
五十鈴華が冷泉麻子の言葉を補足するかのように言葉を付け加えた。
その言葉が総意であるかのごとく、西住みほ他、戦車道チーム全員が頷いた
磯辺典子はみんなの優しい気持ちに答える言葉が見つからずにいた。
ただ、ただうつむくだけであった。
『キャプテン……』
三人の後輩達が見守る中、磯辺典子は、西住みほとエルヴィン、秋山優花里に向かって顔を上げると一礼しながら言った。
「みなさんの温かく優しい気持ちに対して、私は感謝の言葉が見当たりません。月並みな言葉で本当にすみませんが、バレー部を代表して本当にありがとうございます。松本さん、秋山さんのバレーボール部への入部を認めたいと思います」
『キャプテン!』
「私達『バレーボール部』は全力で練習して、夏のインターハイ県予選突破を目標にがんばります!」
磯辺典子が再度一礼しながら決意を述べると、同じように三人の二年生も同じように頭を下げた。
それを見たエルヴィンと秋山優花里は一礼を返し、西住みほは笑顔で頷いたのである。
「やったー! 大洗女子学園バレーボール部が復活したよ!」
武部沙織がそう叫ぶと『あんこうチーム』はお互いに握手をし『かばチーム』は小さくガッツポーズをした。
他のチームも一斉に拍手を始めた。
そして『うさぎチーム』は全員で『万歳!』を繰り返している。
すると万歳を繰り返す『うさぎチーム』から山郷あゆみが、磯辺典子の前にやってきた。
「磯辺先輩、昔、私はバレー部のマネージャーみたいな事をした経験があります。『うさぎチーム』を代表して私も入部させてください。ぜひ役に立ちたいんです」
朝練前に西住みほからバレーボール部復活の為に、二人の先輩が入部するという報告を聞いた『うさぎチーム』も六人で話をして山郷あゆみの入部を決めたのである。
「あゆみちゃんも入ってくれるの?」
「うん。あけびちゃん、ぜひ入部させて! 磯辺キャプテンお願いします!」
山郷あゆみがそう言うと、今度は『うさぎチーム』全員が頭を下げたのであった。
「山郷さん、ありがとうね。山郷あゆみさんの入部も認めます!」
磯辺典子は嬉しそうに宣言した。
朝練が終了すると、山郷あゆみは教室で入部届を書き、佐々木あけびに手渡した。
佐々木あけびは受け取った入部届を、すぐに磯辺典子に届けた。
その日の昼休み……
磯辺典子は、手元に揃った三枚の入部届を大事に持つと、生徒会役員室へ向かった。
そして生徒会執行部にある部活申請用紙に、合計七名の名前を書き込んだ。
生徒会の方から部活動の顧問として、保健室の先生を紹介してもらい、先生の了解を得て、顧問の欄に書き加えた。
それを生徒会に申請し、生徒会長が目の前で承認のハンコを打ってくれた。
そして、会長から体育館使用の規定や、部室の手配の説明を受けて、備品購入申請書の原本ももらった。
こうして、ついに「大洗女子学園バレーボール部」が、一年という時間をまたいで、再び復活したのである。