生徒会の承認を受け、正式な部活動として認められた「大洗女子学園バレーボール部」。
この日が来ることを信じて後輩達と頑張ってきた磯辺典子は、手渡された承認印の入った活動申請書を改めて見直し、喜びをかみしめている。
「ありがとうございました!」
深々と頭を下げた磯辺典子に対して、生徒会長以下三役は自分の事のようにうれしそうに彼女に言った。
「磯辺さん、バレーボール部の復活おめでとうございます。確かに人数は少ないかもしれませんし、三年生が磯辺さん、秋山さん、松本さんの三人なので、インターハイが終わると部活動は実質引退となりますが、来年度までは、試合ができなくてもバレー部の存続は暫定的に認められます。来年の新入生の勧誘は頑張ってくださいね」
生徒会長の温かい励ましの言葉に、磯辺典子は再び一礼すると「はい! 頑張ります!」と答えたのであった。
磯辺典子が生徒会室で申請をしている頃、他の部員達は体育館倉庫に集まっていた。
佐々木あけび、河西忍、近藤妙子の三人は、なんだか落ち着かない様子でソワソワしている。
「あけびちゃん達、大丈夫よ。人数は揃ってるんだから、きっとバレー部は認められる」
「うん、分かってるんだけどね。なんだか落ち着かなくて……」
山郷あゆみの励ましに答える河西忍だった。
そんな様子を、エルヴィンと秋山優花里は微笑ましく見ていた。
「早くキャプテン来ないかな?」
「もうすぐだよ。きっと……」
佐々木あけびと近藤妙子が話をすると、全員が頷き倉庫の扉が開くのを待った。
生徒会室を出た磯辺典子は、バレー部員が待つ体育館倉庫へ走った。
一刻も早くこの事を伝えたかった。
そして倉庫の扉を開けると『今や遅し』と待っていた後輩三人と新入部員三名を見つけた。
「みんな! 見て! バレー部の活動承認の書類よ! 私達のバレー部が正式に認可されたよ!」
本当にうれしそうに書類を掲げた磯辺典子に対して、佐々木あけび、河西忍、近藤妙子の三人は一斉に泣き出した。
「あひるさんチーム」の念願が、やっと……やっとのことで叶ったのである。
「……キャプテン(グスン)」
「(グスン、グスン)……ようやく試合ができるんですね」
「(グスン)……うれしいです……キャプテン……(グスン)」
「みんな、今日まで本当によく頑張ってくれたね。やっと私達の代のバレー部が始まるよ……」
新入部員のエルヴィン、秋山優花里、山郷あゆみの三人は、肩を抱き合いながら喜んでいる「あひるさんチーム」を見ながら、お互いニッコリと微笑み合った。
感激に浸りながらも磯辺典子は、今度は部員全員を見ると全員に激を飛ばした。
「さあ、みんな今日からがんばっていくよ! 目指すはインターハイ県予選突破だからね!」
『はいっ! キャプテン!』
バレー部員全員声を揃えて、キャプテンの激に答えた。
すると、エルヴィンが磯辺典子に向かって声を掛けた。
「磯辺キャプテン、新入部員の分際で申し訳ないんだが、我々三人の内、二人が試合に出ることになる。だが、県予選まであまりに日数が少ない。それに加えて私とグデーリアンはバレーボールの経験はほとんどないに等しい。頑張って練習はするが、どうだろうか? 我ら三人のそれぞれ持つ長所を「あひるさんチーム」に見てもらって、これなら戦力になると思われる技術を集中的に練習していくのは?」
「松本さん、たとえばどういう事ですか?」
「エルヴィンと呼んで欲しい。……いや、それはどうでもいいんだが、例えば、私は上背はそれほどないがジャンプすることには自信がある。だから、ブロックのやり方さえ教えてくれれば私も試合に出ることになったなら、少なからず自信を持って試合に臨める」
エルヴィンの提案に秋山優花里も頷いた。
しかし、山郷あゆみは、視線を落として頷きつつも別の提案をした。
「磯辺先輩。私はマネージャーみたいな経験があるので、マネージャーとしてバレー部に参加をしました。試合に出ようとは思っていません。皆さんが効率よく練習ができるようなお手伝いがやりたいだけなんです。どうか、エルヴィン先輩と秋山先輩を見てもらえないでしょうか?」
「あひるさんチーム」の四人はお互いの顔を見ている。
そして、磯辺典子が頷くと他の三人も頷いた。
「分かりました……。確かに、松も……エルヴィンさんの言われる通りです。それでは、今日の放課後の初練習の時、私達四人でエルヴィンさん、秋山さんのできそうな事を見つけ出します。そしてその基礎を徹底的に教えます。それでいいですか?」
磯辺典子の再提案に、エルヴィン、秋山優花里、山郷あゆみは「はい」と返事をした。
そして大会までの大まかな練習スケジュールを話し合ったあと、解散となった。
毎日行われる各履修科目。
その中で戦車道履修者だけは、授業以外にも部活動みたいに朝練、夕練がある。
しかし『あひるさんチーム』は必ず夕練のあとも残ってバレーの練習をしてきた。
体育館が使えないし、備品も購入できない為、四人でお金を出し合い、購入したボールを持って、昨日は戦車倉庫の一角で、今日は学園の中庭でというように、毎日練習できる場所を探しながら努力してきた日々だった。
西住みほは、そんな『あひるさんチーム』を見てきた為、訓練開始前のブリーフィングの時、思いきって『あひるさんチーム』の四人とエルヴィン、秋山優花里、山郷あゆみの夕練を免除し、自主練習とした。
しかし磯辺典子は特別視されたくなかったのか、この西住みほの措置に異議を唱えた。
「西住隊長、そのようなお気遣いは無用です! ちゃんと訓練にも参加させてください!」
その異議に対して西住みほは、ピシャリと撥ね付けた。
「磯辺さん、茨城県の地区大会は全国でも屈指の激戦区です。人数が揃っただけで県予選が突破できるほど試合は甘いものではないはずです。それこそ皆さん達の今からの努力の積み重ねが必要になります。……時間はいくらもありません。私達もできる限りの応援をしたいんです。……大丈夫です。バレーの練習も立派な基礎訓練なんですから!」
西住みほの厳しくも気持ちのこもった激励である。
バレーボール部の面々は姿勢を正した。
「……分かりました。西住隊長! 『あひるチーム』はしばらくの間、自主練を行います」
「同じく秋山優花里! 自主練に入ります!」
「私も自主練習に励もう!」
「私も自主練習を行います!」
磯辺典子に続いて、秋山優花里、エルヴィン、山郷あゆみも西住みほに対して報告をした。
報告を受けた西住みほは、嬉しそうにニッコリと笑うと「了解しました!」といったのであった。
磯辺典子達、計七名は、戦車倉庫を後にすると、廃部以来開かずの部室となっていた部室棟の端にあるバレー部部室前にやってきた。
部室の入り口上にマジックで×を書かれたバレー部の表札があった。
一番背の高い河西忍がその表札を取った。
表札の裏側は、何も書かれていない。
「キャプテン! 後ろに『バレーボール部』って書きましょうか!」
「うん! 誰かマジックか、何か持ってる?」
磯辺典子が皆に訊ねた。
すると、秋山優花里が返事をした。
「はい! 自分が持っているであります!」
そう言うと、自分のバックから黒の油性マジックペンを取り出した。
「あいかわらず、何でも持っているな。グデーリアンは……」
「『備えあれば憂いなし!』であります!」
エルヴィンと秋山優花里の笑いながらの会話である。
磯辺典子は『バレーボール部』と書き、河西忍がはめ直した後、部室のドアを開けた。
荷物を部室に入れ、全員で簡単に掃除をした後、着替えをした七人は体育館に入った。
すると、他の体育館を使用するバスケ部やバトミントン部が入ってきた七人を見て、一斉に拍手をしてくれたのである。
『バレー部復活、おめでとう!』
『バレー部、がんばれ!』
あちらこちらから声が上がった。
七人は、体育館入口でその光景に驚いたが、横一列に並び直し一礼して体育館に入ったのであった。
全員で手分けをしてネットを張り、授業用のバレーボールを準備、他の部に迷惑を掛けないように防護ネットも展開させた。
準備ができると磯辺典子はコートに部員全員を集め、円陣を組んだ。
「みんな! 元気にいくよ! ……大洗女子学園バレー部……ファイト!」
『オーッッッ!!』
全員が声を合わせ気合を入れると、初練習が始まった。
コートの周りをランニングすることから始まった初練習。
その後準備運動、柔軟運動と続き、二人一組になってのボールを使った基礎練習に入った。
新入部員の三人の内、エルヴィン、秋山優花里は、磯辺典子から直接、基本を学んでいる。
佐々木あけびとペアを組んだ山郷あゆみは、なんだか楽しそうに練習相手を務めている。
しかも、とても上手である。
佐々木あけびは、相手を務める山郷あゆみが、正確にしかも、柔らかくボールを返してくる事に、驚きを隠せなかった。
(あゆみちゃん。とっても上手……。マネージャーみたいな経験があるって言ってたんだったけ)
エルヴィンと秋山優花里は、磯辺典子の熱心な指導を受けている。
磯辺典子の理念は『バレーボールはレシーブから全てが始まる』である。
どんなに鋭いサーブが来ても、どんなに重いスパイクが来ようとも、必ず落ちる場所は決まっている。
コートの内側である。
そこには、自分を含めて六人の仲間が待ち受けている。
とにかく、誰かが飛んできたボールを弾き返せれば、残りの仲間がフォローできる。
皆の力で勝つことができると考えていた。
「……エルヴィンさん、秋山さん! それでは今のところに注意して、もう一度お願いします」
『ハイっ!!』
まず、磯辺典子はアンダーハンドレシーブの基礎を教えていた。
腰をしっかり落として、手を組み、体の正面でボールを待ち受けるようにして、膝のバネを使って飛んできたボールの衝撃を吸収し、優しくボールを返す。
この一連の動作を覚えてもらうことを目指していた。
二人とも半端な気持ちで参加したわけではないだけに、さすがに集中力が違う。
反復練習の中で、確実に一歩一歩階段を上っているのが、磯辺典子や他の部員の目からもはっきりとわかった。
そしてバレー部員の全員による二人の適性検査が行われた。
『あひるさんチーム』の四人が下した決断は、ブロッカーにエルヴィンこと松本里子。リベロとして、秋山優花里が担当することになった。
そして、その練習の手伝いを山郷あゆみが行うことになった。
それから『バレーボール部』各部員の、昼練、夕練、個人練の猛練習が始まったのである。
「秋山先輩! もっと早く動いて身体の正面へボールを迎えるようにして下さい!」
「ハアハアハア……。……はい……了解です!」
山郷あゆみがボールを待ち構える秋山優花里の左右にむかって投げる!
飛んでくるボールをアンダーハンドレシーブで山郷あゆみに返す。
ただ、この基本練習の繰り返しである。
その傍らでは、エルヴィンが体育館の中二階から下げられた紐に結び付けられたボールにむかって、ひたすらジャンプタッチを繰り返す。
一回目はボールをはたく感じでタッチしボールを動かして、二度目のジャンプでボールを捕まえる。
二人とも練習が終わると、その場にへたり込むほど疲れる。
しかし、山郷あゆみが、その2人の疲れを取り除くため、献身的にスポーツマッサージを行っていた。
『あひるさんチーム』の四人は、二人が懸命に練習に取り組んでいる姿を見て、強い気持ちで猛特訓に励んでいる。
「ハアハアハア……妙子! まだ全然ダメ! コートの角隅を確実に狙ってもっと強く打ちこんで!」
「ハアハア……。はい! キャプテン!」
「ハアハア、じゃあもう一度、あけびのサーブからね」
「ハアハアハア……、はい! じゃあ行きます! 『ソーレ!』」
佐々木あけびのサーブから始まり、河西忍がレシーブし、セッター磯辺典子がトスを上げて、近藤妙子がスパイクする。
セッター磯辺典子以外の三人が一人十本行うとローテーションで交互に役割を交代する。
もう一体、何周目になるのか分からなくなるくらい繰り返している。
しかし、このきつい練習の中でも、バレーボール部の部員全員には夕練の終了後に、ある楽しみがあった。
部室で練習反省会を兼ねた、差し入れのオヤツを食べることである。
好きなオヤツの取り合いにもなるが、それはそれで、部員同士のコミュニケーションをはかるのに最適だった。
「はい、チョコレート最後の一切れです! 欲しい人!」
『はいっ!!!』
「じゃあ、今度は面白いものまねをした人に進呈します!」
『えーっ……。キャプテン……それは……』
「アハハハ……!」
一度騒ぎすぎて、風紀委員から大目玉をくらったが、そんなことも気にせずにバレー部の猛練習の日々は過ぎていった。
『バレーボール部』が県予選突破を目指して猛練習している間、戦車道チームにも変化が見られた。
チームの仲間が懸命に頑張っている姿を見ると、自分にもできることはないだろうかと考えるのは当然である。
『かばさんチーム』のリーダー、カエサルは、左衛門佐とおりょうと共に、お昼休みは図書室三昧だったのが、エルヴィン、秋山優花里の練習を手伝うべく率先して、体育館にやってきた。
山郷あゆみからその日の練習方法を聞くと、進んで彼女達の練習相手になってあげたのである。
もちろん『うさぎさんチーム』も同じである。
おやつの差し入れや、道具の手入れのお手伝い、時には『かばさんチーム』と一緒になっての練習相手の手伝いなど、自分達で考え、自分達でできる方法で『バレーボール部』を応援していた。
『あんこうチーム』は他の『かもさんチーム』『レオポンさんチーム』『アリクイさんチーム』を誘って、内緒で応援の為の横断幕の製作をしていた。
家庭科が得意な武部沙織を中心に、一人一人が横断幕に言葉をパッチワークの要領で言葉を縫い続けていた。
『かばさんチーム』『うさぎさんチーム』のメンバーからも言葉を貰って、代表で武部沙織と五十鈴華が縫い続けた。
県大会まであと一週間となった……
猛練習も最終段階になり、今では三対三の対戦でのコンビ練習に入った。
交互にメンバーを入れ替え、試合を想定した練習である。
練習最後の日、全てを終えた大洗女子学園バレーボール部は、練習道具を片付けた後、練習コートの中央に集まり、最後のミーティングを行った。
「エルヴィンさん、秋山さん、本当に上手くなりました。これは、お世辞でも何でもなく私の本心です。また、山郷さんのサポートのおかげで、もう何も思い残すことなく試合に臨めます」
磯辺典子はそう言うと、バレー部員全員を見渡して告げた。
「このチームで戦える事が、私は嬉しいです。皆! 頑張ろうね!」
『ハイっ!』
全員が再び円陣を組んで、最後の気合を入れて、全ての練習が終わった。
そして、県大会の日を迎えたのである。