2試合目も勝利した大洗女子学園バレーボール部は、いよいよパート別決勝戦を迎えることになった。
試合を終えた部員達は再びブースに戻って、体を休めていた。
磯辺典子も汗を拭き終わると、黙って壁にもたれながら休憩していた。
彼女の表情がなぜか暗い……
試合が終わってから磯辺典子はずっと悩んでいたのである。
(水戸商業高校の試合をみんなに見せていいのか……)
水戸商業高校には、全国でも屈指のエースアタッカーとリベロがいる。
もちろん、周りを固めるレギュラーメンバーも相当高い技術の持ち主ばかりである。
そんな強豪校の試合を見て、自分も含めまだ試合経験が2試合しかない部員達は、試合をすること自体に恐怖を覚えるかもしれないという恐れを感じていたからである。
磯辺典子はさんざん考えた挙句、一つの結論を出した。
そしてその場に立ち上がると、メンバーを見渡しながら次の試合に向けての指示を伝えた。
「みんな、多分次の試合相手は水戸商業になると思う。だけど、試合を見ることは禁止するよ。私、一人で見てくるから、その間は十分に休養してリラックスして頂戴」
「キャプテンだけ見に行くんですか?」
水分補給の為のドリンクを飲んでいた河西忍が、飲むのを止めて磯辺典子に訊ねてきた。
他のメンバー達も顔だけ向けて、この磯辺典子の指示を不思議そうな顔をして聞いている。
「そうよ。今は疲れを取って次の試合に臨むことが大切だからね。いい、わかった?」
『ハイッ!!』
部員全員の返事を聞いた磯辺典子は、満足そうに頷くと、水戸商業の試合を見るために控えブースを後にした。
控えブースに残った他のメンバー達は、磯辺典子の指示通り思い思いのやり方で体を休めた。
しばらくすると佐々木あけびが、エルヴィンと秋山優花里、山郷あゆみの方を向いて正座をすると、ペコリと頭を下げてきた。
「あらためて先輩達、あゆみちゃん。バレー部に入部してくれてありがとうございました」
その言葉を聞いた河西忍と近藤妙子も座り直すと同じように頭を下げた。
「いや、気にしないでくれ。私も貴重な体験をさせてもらっている」
「そうですよ、気にしないでください。とても楽しいですよ」
膝を抱えながら休憩する二人の先輩の言葉に、先輩達のお世話をしていた山郷あゆみも笑って頷いた。
少し間が空いた後、秋山優花里が佐々木あけびを見ながら、先ほどの磯辺典子の指示についての事を聞いてきた
「しかし、磯辺殿はどうして自分だけ試合を見に行ったんでしょうか?」
「ああっ、私達が一緒に見に行ってはまずかったのだろうか?」
エルヴィンも同じように河西忍を見ながらに訊ねてきた。
「多分、キャプテンは私達の為を思って、ああ言ったんだと思います。水戸商業には、とんでもないアタッカーがいますので……」
「はい、私達でも怖いくらいですので……」
佐々木あけびと河西忍が2人の質問に答えた。
そして、近藤妙子も続けるように説明した。
「いつも元気なキャプテンが考え込んだ顔をする時は、必ず私達の事を考えているんですよ」
そこまで話した近藤妙子は、思い出を話すように語り始めた。
「私は中学からバレーボールを始めたんですけど、あんまり上手じゃなかったんです、だからバレーボールは好きだったんですけど、高校でもバレーを続けるか迷っていたんですよ。それで悩みながらバレーボール部の見学に行った時に、あけびと忍にあったんだよね」
「そうだったよね。私達もバレーは好きだったんですけど、人より背が高いぐらいの取柄しかなくて、バレーを続けるかどうか考えながら見に行ったんだったよね」
佐々木あけびが河西忍を見ながら、近藤妙子の話に相槌を打った。
「他にも何人か体験入部者がいたんですよ。みんな上手だったんですけど、見学に行った日に、辞めちゃった三年生の先輩と磯辺キャプテンが喧嘩をしちゃったんです」
「そうなんです。三年生の先輩達は勝っても負けてもどちらでもいい感じの、なんだかちゃらんぽらんな部活を作ろうとしていたんですね、だけど、磯辺キャプテンは違っていたんです」
「びっくりしたよね。言葉は丁寧なんだけど大きな声で『先輩のやる事は間違っていると思います』って私達の目の前で言ったんだもんね」
近藤妙子、佐々木あけび、河西忍の順に、磯辺典子との初めて出会った時の事を三人に説明した。
エルヴィン、秋山優花里と山郷あゆみは真剣な表情で話を聞いている。
「そしたら、三年生の先輩達が怒っちゃって『それじゃあ、貴方がキャプテンをすればいいでしょ!』って言って、そのままバレー部を辞めちゃったんです」
「……はい、つまりバレー部は磯辺キャプテン、一人だけになっちゃったんです」
「後からキャプテンに聞いたら、卒業された先輩達から釘を刺されていたそうなんです。新しく三年生になる先輩二人はバレーが好きでやってるんじゃなくて、進学の推薦の為にやっているからって……」
近藤妙子、佐々木あけび、河西忍が先ほどと同じ順番にまた説明してきた。
秋山優花里は「そんな事があったんですか……」と小さな声で呟いた。
エルヴィンは腕を組みながら、話を聞いている。
山郷あゆみも先輩二人のお世話を中断し、その場に正座をして同級生の話を聞いている。
「体験入部にきたのに、その場でバレー部が一人になっちゃったら、皆ヤル気がなくなっちゃいますよね。実は私達もそうだったんです。これできっぱりあきらめられると思いました。でも、体験入部に来た一年生にむかって、磯辺キャプテンが言ったんですよ……。『例え下手でも構わないから、バレーボールが大好きで試合で勝ちたい人達を歓迎します』ってね。それを聞いて私達は入部を決めたんです。下手ですけどバレーボールが大好きでしたから」
佐々木あけびはそう言うと、近藤妙子と河西忍の顔をちょっと見た。
見られた二人は「そうよ」という意味だったのであろう、力強く頷いた。
それを見た佐々木あけびは、少し間をおいて話を続けた。
「キャプテンは、私達に自信を持たせてくれました」
「そうだったね。『背が高いという事は特別な武器なんだ』って言ってくれたんだよね」
「……磯辺キャプテンはとっても小さいですよね。バレーボールをするにはものすごいハンデなんです。でも、キャプテンは頑張り屋さんですから……。バレーボールが大好きな人ですから……」
三人の告白で、磯辺典子が二年生からキャプテンになってしまった理由と三人が磯辺典子を慕っている訳がこれで分かった。
磯辺典子は、大好きなバレーボールを個人の為の道具に使われたくなかったのだ。
すると、エルヴィンが目の前に置いていたドリンクをグイッと飲み、のどを潤すと三人にまた訊ねた。
「でも三年生が辞めてしまったことにより、学校から廃部を言い渡されたんだよな」
その言葉は、彼女達の表情を寂しくさせた。
しかし、それは一瞬だった。
近藤妙子がエルヴィンの質問に、明るい声で答えたのである。
「……はい。部室が使えなくなり、体育館や学校で購入してあるボールも使えなくなったんですが、キャプテンはいつも私達を励ましてくれました。言い渡された時にキャプテンがいつも言っていたあの言葉が生まれたんだったよね」
近藤妙子は佐々木あけびと河西忍を見た。
二人は笑顔で頷くと、三人一緒にその頃の磯辺典子が言い続けていた言葉を発したのである
『バレー部は必ず復活する!!!』
言った途端三人はケラケラと笑い合った。
そして笑いながら河西忍が話を続けた。
「廃部って決まった後、しばらくキャプテンは、さっきのような暗い表情をしていたんですが、戦車道の履修オリエンテーションが終わったすぐに私達のところに来て『皆で戦車道とるよ!』って、言ってきたんですよ」
「最初は『何で?』って思ったんですけど『バレー部の活動を認めさせるためには、バレー部のアピールをしなくちゃいけないから』って真剣に言うんですよ」
「その時にわかったんです。しばらく暗い表情だったのは、私達の為だったという事が、です。現にその時まで着替えとかは教室でしていたんですが、角谷会長に直訴して、体育倉庫が使えるようになったし、戦車道する時にはバレー部のユニフォームも着ていい事になったしね」
「でも、一番のアピールになったのは『プラウダ戦』だったよね」
そう言うと、三人はコクリと頷いた。
「あの戦いは『カメさんチーム』以外のチームが、初めてフラッグを預かった試合でしたよね。西住隊長が『今回のフラッグ車は、あひるさんチームにお願いします』って言われた時のキャプテンの顔はなかったよね」
「うん、その時は『よし! チャンスが来た』って思ったんだけど……」
「『負けたら廃校になる』って聞いてしまったからね。責任の重さってやつを初めて知りました」
バレー部員全員がその時の場面を思い出した。
「でも『ところてん作戦』開始直前に、西住隊長が来てくれたんですよ」
「あっ……西住殿の姿が少し見えなくなった事がありましたけど『あひるさん』の所に行かれていたんですね」
近藤妙子の発言に、秋山優花里が思い出して相槌を打った。
すると、河西忍が小さく頷いて西住みほが「あひるさんチーム」へやってきた理由を明かしてくれた。
「はい、西住隊長は私達に言ってくれたんです。『あひるさん達の最後まであきらめない気持ちを信じています。まだ終わっていません。土壇場にいるだけなんです。逆転は可能なんですから諦めずに行きましょう』って……」
「そのあとキャプテンは『西住隊長は私達を信じてくれた。絶対にフラッグ車の責任を果たすよ』って皆で気合を入れたんだっけ」
佐々木あけびが、河西忍の説明を補足するように話をつなげた。
「西住隊長達と別れて『うさぎさん』『かもさん』達と逃げていたら『IS-2』がやってきて砲撃が始まって……。もうひたすら逃げるだけだったよね」
「みんなで必死に逃げたよね。やられたら廃校が決まるって思うと『火事場のクソヂカラ』どころじゃなかったよね」
「『うさぎさん』や『カモさん』が守ってくれなかったら、すぐにやられていたかも」
佐々木あけび達はその時のことを思い出しながら、ウフフと笑った。
「そして、全員で『そーれ! それそれ!』って叫びながら逃げたんだったよね」
「一番声が大きかったのがキャプテンだった……」
「キャプテンは負けず嫌いだしね」
絶体絶命の大ピンチの中での『あひるさんチーム』のあきらめない気持ちとその為の努力がギリギリの勝利をもたらしたのである。
「きっと、今も水戸商業相手にあきらめないで戦える方法を考えていると思います。だから、私達はキャプテンを信じて、キャプテンの指示に従うだけなんです」
「そうね……。そうだね、きっと」
全員がその場で頷いた。
すると、磯辺典子が控えブースへ戻ってきた。
「みんな、水戸商業が勝ったよ! これで次の試合相手が、水戸商業に決まったよ。あと1時間後に試合が始まるから、準備に入ろう!」
『ハイッ!』
部員達は大きな声で返事をすると磯辺典子の周りに集まった。
磯辺典子の元気いっぱいの指示に、メンバー達は、彼女が何か思いついたのだと感じた。
そして、それぞれペアを組み準備運動と柔軟運動を始めた。