パート別決勝戦開始の時間が近づいてきた。
試合コートにやってきたバレーボール部は心なしか表情がこわばっている。
バレーボール部にとっての最大の強敵である水戸商業は、もうすでにベンチに集合していた。
相手チームからは、何かしらオーラみたいなものが感じられる。
決戦を前にして、応援団席の戦車道チームもどことなくソワソワしている感じである。
通算でやっと三試合目となる試合コート上で、準備運動をしている磯辺典子以外の部員達は、明らかに格上の水戸商業の練習風景をチラチラと横目で見ていた。
それに気づいた磯辺典子は、一度全員を自コートの真ん中に集合させた。
「みんな! どうしたの? 全然集中できてないよ。これから試合なんだよ!」
「すみません。キャプテン……なんだかボコボコにされそうで怖いんです」
河西忍が、磯辺典子からの注意に今の自分の素直な気持ちを伝えた。
その気持ちは、部員全員が感じている事だった。
メンバー達全員は、キャプテン磯辺典子の方を心配そうに見た。
しかし磯辺典子は手を腰に当てると、大きく頷いて笑いながら言ったのである。
「あはは……皆一緒よ! 私だって実をいうと怖いんだからさ!」
その堂々とした話しっぷりには、メンバー全員が一斉に吹き出した。
「確かに、相手は優勝候補の筆頭チームだから怖くない方がおかしいよ。でも、私達にとってはどのチームだって同じだったじゃない。どこに負けちゃってもおかしくないんだからさ」
磯辺典子の開き直りの境地は、今、言葉になってチーム全体に浸透していく。
「逆に私は嬉しいんだよ。まさか、優勝候補のチームと試合できるなんてさ。普通だったら練習試合だって組んでもらえないからね。みんな、チャンスだよ! ここで頑張って少しでも食い下がってバレーボール部のアピールをしよう! そして来年の新入生を獲得しようね!」
ここまでやってきても、新入部員勧誘の事が第一の磯辺典子に全員苦笑したメンバー達だったが声を揃えて「はいっ!」と答えたのだった。
準備運動と軽い練習が終わると、自チームのベンチに戻ってきた。
レギュラーメンバーに汗拭きタオルを手渡しながら、山郷あゆみは自分にできる事を必死に考え実践していた。
少しの時間でも十分に休憩してもらえるように率先して動きまわった。
『両チーム、集合!』
主審の集合命令が出た。
「よし! みんな行こう!」
『ハイッ!!』
磯辺典子の掛け声に、部員全員が声を合わせ返事をして、顧問の先生と山郷あゆみにハイタッチしながら試合コートへ出て行った。
『これより、Aパート決勝戦! 「県立水戸商業高校」対「県立大洗女子学園高校」の試合を行います。一同礼!』
『よろしくお願いします!!!』
円陣を組んだ大洗女子学園チーム。
磯辺典子は考えていた『作戦』をメンバーに告げた。
「エルヴィンさんは、ゼッケン『1番』、相手エースの徹底マークをお願いします。とにかくエースのアタックコースを消すことが第一段階になります。他の選手は気にしなくていいです。それこそ『1番』だけを見ていてください」
「了解した! 足が折れようともジャンプし続けよう!」
「秋山さんも同じです。『1番』の動きだけを見ていてください。多分最初は、スパイクのスピードと重さに慣れるまで時間が掛かると思いますが、秋山さんなら絶対に返せるようになるはずです」
「こちらも了解です! 自分が絶対の壁になって見せますよ!」
「あけび、忍、妙子! 私達四人で他の人のスパイクは全部止めるよ! そして攻撃に繋げるからね!」
『ハイッ!』
そこまでメンバーに指示をした磯辺典子は、円陣の中心へ右手を差し出した。
その上にメンバー全員の右手が重なっていく。
重なった右手を確認した磯辺典子は、大きく沈み込みながら大声で叫んだ!
「それじゃあ、行くよ! 大洗女子学園、ファイトー……」
『オーッッッ!!!』
円陣が崩れ、レギュラーメンバーの六人がコートに散った。
そして、近藤妙子がサーブの為にエンドラインから外に出て、ボールを持って構えた。
『ピーッ!』
『ソーレッッッ!!』
主審の笛が鳴り、近藤妙子のジャンプサーブでパート別決勝戦が開始された。
近藤妙子のサーブをなんなくレシーブした水戸商業は、セッターがボールをさばいて『1番』へボールを送った。
エースだけを見ていたエルヴィンは、その動きに合わせて手を伸ばしながらジャンプする。
そして、秋山優花里もより深く腰を落としながら、かかとを上げてつま先立ちになり左右どちらにでも動ける態勢を取った。
ジャンプをしながら『1番』の手が大きく上に上がり、次の瞬間、一気にトスされたボールめがけて振り下ろされた。
『ズドーン!!!』
アタックの音がまるで違った。
『1番』の正面へジャンプしたエルヴィンの両手の間に飛び込んできたボールは、その両手をこじ開け、弾き飛ばした。
スパイクを待ち受けていた秋山優花里は目を疑った。
「あっ……右だ」と思った瞬間に、ボールは秋山優花里の右斜め前に叩き込まれていた。
ボールはてんてんとコートの外へ転がった。
水戸商業応援団は歓声を上げ、相手コート側はハイタッチの嵐であった。
一方の大洗女子学園の応援団席は、水を打ったように静まり返った。
ボー然とする磯辺典子らメンバー達である。
「……すみません、ボールが速すぎて反応できませんでした……」
秋山優花里はうつむいて、メンバーに詫びていた。
エルヴィンも同じように磯辺典子に詫びにきた。
「……すまない。まさか自分の手が弾き飛ばされるとは思わなかった」
落胆する二人だったが『あひるさんチーム』は気にしていなかった。
磯辺典子はうなだれる二人の背中を叩くと、元気を出すように二人に言った。
「エルヴィンさん、秋山さん、気にしないで……。一点取られただけですし、相手は全国でも有名なエースアタッカーなんです。取られたら取り返すんですよ。逆に何回も打たせればスピードにだって慣れてきます。まず、エルヴィンさんはブロックする時、両手を重ねて一枚にしてブロックしてみましょう。秋山さんは身体の何処でもいいです。スパイクされたボールに触れる所からスタートしましょう!」
「ああ、わかった。今度は絶対に止めてみせる!」
「わかりました。秋山優花里、全力で反応して見せます!」
磯辺典子の指示に、答えるエルヴィンと秋山優花里である。
そして、磯辺典子は『あひるさんチーム』の三人の後輩に向けて檄を飛ばした。
「みんな、わかっているよね。先輩二人が覚悟を決めてくれているんだよ。絶対に私達で一点取り返すからね!」
『ハイッ!』
「さあ、ここからだよ。気を引き締めて行こう!!!」
『オーッ!!!』
応援団席では戦車道の各チームメンバー全員が、初めて見た全国レベルのスパイクに度肝を抜かれた。
宇津木優希は「なに……、今のなに……」と呟いている。
皆、あっけに取られたと言って良かった。
「……すごい、あんなスパイクが撃てるものなのか……」
冷泉麻子が感心したように口を開いた。
隣に座った五十鈴華も同じく呆れた様子であった。
「まるで『徹甲弾』ですね……。エルヴィンさんのブロックの意味がなく、あの優花里さんが全く動けないなんて……」
「……ああっ……、優花里は人より反射神経は良い方だと思うんだが、それでも全然見えなかった感じだな」
「大丈夫なんでしょうか……。『バレー部』の皆さん達は……」
冷泉麻子の返事に対する五十鈴華の言葉は、応援する戦車道各チームのほぼ全員の気持ちだった。
しかし、一人だけ五十鈴華の言葉に反論した人物がいた。
「華さん。大丈夫ですよ。きっと!」
その言葉を発した人物を全員が見た。
「皆さん、よく『あひるさんチーム』を見て下さい。あきらめているような顔をしていますか? 私達の知っている彼女達は、どんな困難も乗り越えてきたんです。そんな彼女達だからこそエルヴィンさんも、優花里さんも、山郷さんもバレー部の役に立ちたいと入部したんですよ」
戦車道チーム隊長、西住みほの言葉が、全員の心に響く。
「私達だって、あきらめないで精いっぱい応援しましょう! 少しでも彼女達の支えになるように……」
その言葉が終わると同時に、大洗女子学園応援団が一斉に声を張り上げ始めた。
「磯辺さーん!! がんばれぇぇぇ!!」
「エルヴィン!!! 死ぬ気で止めろ!!!」
「ゆかりーん!! ファイトーッ!!」
「あけびちゃーん! 忍ちゃーん! 妙ちゃーん! がんばってぇぇぇ!」
嵐の様な応援を背に受けたバレーボール部は、コートに散ると腰を落として相手サーブを待ち受けた。
山郷あゆみは一人、ベンチで待機しながら、他の仲間達が実力がまるで違う相手に臆することなく挑戦しようとしている姿に体が震えていた。
(自分には何ができるんだろう。皆の為に何をすればいいんだろう)
山郷あゆみは心の中で繰り返し、自問自答していた。
しかし、答えが見つからないでいた。
いや、答えは必ずあるはず! 今、気づいていないだけなのである。
山郷あゆみが、その答えを見つけた時は、チームが大ピンチに陥った時だったのである。
サーブ権が水戸商業高校に移り、相手サーブで試合が再開された。
「秋山先輩! 私がいきます!」
そう言った佐々木あけびが飛んできたボールをレシーブする。
レシーブされたボールが磯辺典子へ渡された。
「行けっっっ!」
短く気合を入れた磯辺典子がのけぞるような形で、自分の背後にいた河西忍へトスを送った。
河西忍はもう体が勝手に反応するくらいに磯辺典子からのトスのタイミングを覚えている。
勢いよくジャンプすると、目の前に現れた相手二枚のブロックを外してスパイクを放った。
河西忍はジャンプ直前に相手の守備位置を瞬時に記憶し、一番レシーブしにくい場所へ打ち込んだのだ。
『バンッッ!!』
「よしっっ!」
見事アタックが決まった!
応援団からは叫び声に似た応援が館内にこだました。
アタックを決めた河西忍は小さくガッツポーズを決めた
その彼女の周りにメンバーが集まってきた。
「いいよ! 忍! その調子よ!」
磯辺典子がハイタッチを求めながら、河西忍を褒めた。
笑顔でハイタッチをすると、他のメンバーも同様にハイタッチを求めてきた。
「ナイスアタックであります!」
「河西さん、見事な攻撃だ!」
「忍ちゃん、いい調子ね! 今の感じでいこうね!」
秋山優花里とエルヴィン、佐々木あけびが声を掛け、近藤妙子が両手でのハイタッチを欲しがった。
河西忍は強豪校相手に自分のスパイクを決められた事がうれしかった。
まだ一点取り返しただけだが、これが私達のスタートだという気持ちで満ちていた。
皆にハイタッチを返すと、今度は河西忍がサーブを打つためにエンドラインへ移動した。
水戸商業相手に善戦を続けようと頑張る「バレーボール部」だったが、やはり地力が違った。
徐々に点数差が開いてきた。
エースアタッカーにボールが渡ると、まず止められないし、返せない。
エルヴィンは何とかアタックコースを消そうとブロックに飛ぶが、それを左右にかわしながらスパイクを放ってくる。
秋山優花里も懸命に反応しようと試みているが、どうしても反応できないでいた。
第一セットが十六対八と大きく差を広げられた時に、エルヴィンがふと気付いた
(アタックコースを消せないのなら、逆に作ってやったら相手はどうするのだろうか……)
そして、エルヴィンは秋山優花里を手招きすると、何やら彼女に耳打ちをした。
ここまで全く反応できないでいる秋山優花里は表情が沈んでいたのだが、エルヴィンの耳打ちで表情が変わった。
磯辺典子ら、他のメンバー達はこの二人のやり取りを黙ってみていた。
そして何やら自信に満ちた表情になった秋山優花里が「あひるさん」の四人へ叫んだのである。
「みなさん! 今度こそ『1番』のスパイクに触って見せます!」
そう言うと、秋山優花里は自分の位置に戻り、レシーブの体勢に入ったのであった。