「山郷さん……」
磯辺典子らは山郷あゆみの方を見た。
山郷あゆみは、メンバーの顔を一人ずつ見ながら熱く言ったのである。
「私だって七人目のメンバーです。皆がそう言ってくれましたよね。キャプテン、私を試合に出してください! 「あひるさんチーム」のシンボルに賭けて私も空を飛びます!」
山郷あゆみが言った「あひるさんチーム」のシンボル『翼を広げたあひる』に託した「あひるさんチーム」四人の願い。
それは、バレーボール部の最初の試合、第一試合が始まる前にエルヴィン、秋山優花里、山郷あゆみが知ったものだった。
・・・・・・回想・・・・・・
それは第一試合開始前の事である。
初めての試合で緊張している部員達を集めた磯辺典子は、皆の前に立つと穏やかに話をしたのである。
「みんな……。初めての試合に緊張しているのは私だって同じよ。……でもさ、あけび、妙子、忍。思い出して。あの『あひる』マークを作った時の事をね!」
磯辺典子はそう言うと、応援団席で見守るあの『あひるさんチーム』のシンボルを見た。
それに釣られるようにして、部員全員がマークを見たのである。
「みんな……。私達はなぜ『翼を広げたあひる』をシンボルにしたんだっけ?」
『はいっ、それは「私達はいつか絶対に空を飛ぶんだ!」と四人で決めたからです!』
磯辺典子は、佐々木あけび、近藤妙子、河西忍の返事に満足そうに頷いた。
エルヴィン、秋山優花里、山郷あゆみの三人は神妙な面持ちで話を聞いていた。
「そうだったよね。『今は飛べないあひるだって、いつかきっと大空を飛べる日が来る。その日の為にあひるだってちゃんと翼を持っているんだ』って話し合ったんだよね。……今、私達はエルヴィンさんと秋山さん、山郷さんの三人……いいえ、戦車道のみんなのおかげで、その飛ぶ日を作ってもらったんだよ。……みんな、いいじゃない! こてんぱんに負けちゃってもさ。試合が終わった後、ちゃんとあの「あひる」に胸を張って『私達は飛べました』って報告できるかどうかなんだからさ」
エルヴィン、秋山優花里、山郷あゆみの三人がその時に初めて知った「あひるさんチーム」のマーク『翼を広げたあひるさん』の意味と、それに託した四人の思いである。
磯辺典子の励ましに部員全員が力強く頷くと、最後に磯辺典子はこの言葉で全員の奮起を促した。
「『あきらめたら負け』! 『根性』だからね!!」
『ハイっ! キャプテン!』
部員全員の掛け声が響き渡った直後に、主審の『選手集合』の号令が下った。
そして「バレーボール部」は初戦を接戦の末に勝てたのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・
試合出場を懇願する山郷あゆみは、その時の事を思い出しながら、さらに磯辺典子へ訴えた。
「『あきらめたら負け』なんです。私だって諦めません! だから、キャプテンお願いです! 私を試合に出してください!」
「山郷さん……。わかりました。メンバーチェンジをします。先生よろしいですか?」
磯辺典子の決断に顧問はニッコリと笑って頷いた。
山郷あゆみの決意を聞き、磯辺典子の決断を見ていた秋山優花里は、山郷あゆみへ話しかけた。
「山郷殿……どうかこれを連れて行ってください」
そう言った秋山優花里は、付けていた両膝両肘の関節を守るサポーターを外して山郷あゆみに渡したのである。
「自分は、志半ばで不本意ですが戦線を離脱します。しかし、自分の『魂』は皆と一緒にあるつもりです。山郷殿、私の『魂』をどうかよろしくお願いします」
「秋山先輩! わかりました! 『魂』をお借りします!」
山郷あゆみは秋山優花里から借りたサポーターを各部位に付けた。
そのサポーターは秋山優花里の汗で、じっとりと濡れていた。
(秋山先輩のこのサポーターが私を守ってくれる。怖くないわ……)
そう思うと、山郷あゆみは自然と勇気が沸いてきた。
そして山郷あゆみは、自分の長い髪を髪留めゴムで一つにまとめた。
出場の準備ができると、磯辺典子へ山郷あゆみが進言してきた。
「キャプテン! 『1番』のレシーバーは私が担当します。私に任せてもらえますか?」
「わかったわ。山郷さん、よろしくね! でも、絶対に無理しないでね。お願いだから」
「はい、ありがとうございます。頑張ります!」
第二セットを戦う準備が整った。
磯辺典子は主審へメンバーチェンジの報告を行い、それが了承された。
再びエンドラインに整列した両校の選手達。
エンドラインに立った山郷あゆみは、心の中で呟いた。
(私もこの試合で、昔の自分に決着をつける……)
応援席の戦車道各チームは、かたずを呑んでベンチのバレーボール部の様子を見ていた。
ベンチで診察、治療を受けている秋山優花里を心配そうに見つめている。
なにやら緊急事態が起きたことは、応援団席の戦車道チーム全員がわかった。
そして、自分のサポーターを外して山郷あゆみに渡す様子を見ると、戦車道チーム全員が秋山優花里の交代を知ったのである。
「秋山先輩の代わりにあゆみちゃんが出るのね」
澤梓がエンドラインに並んだ山郷あゆみの姿を見て呟いた。
すると大野あやが、澤梓の呟きを続けるように呟いた。
「あゆみちゃん、あのスパイクを止められるのかな?」
「大丈夫なのかな?」
阪口桂利奈も心配そうに言った。
しかし、水戸商業応援団の方は違った。
なんだかザワザワ言っている。
しかし、大洗女子学園の応援団にはその声は分からなかった。
『第二セットを始めます』
『よろしくお願いします!!』
再び自コートに散った「バレーボール部」は、磯辺典子を中心に円陣を組んだ。
メンバー全員が山郷あゆみの方を見ている。
「山郷さん、絶対無理しないで、『1番』のスパイクを返そうなんて思わないでいいからね」
「そうよ、あゆみちゃん……、あゆみちゃんまで怪我しちゃったら……」
磯辺典子と佐々木あけびの思いやりの言葉に、他のメンバーも頷いた。
しかし、山郷あゆみは決意のこもった目で、メンバーに言ったのである。
「いいえ、絶対にレシーブして見せます! 必ずキャプテンへボールを送りますから……」
すると、磯辺典子が目を閉じて小さく頷くと「……わかった」と呟いた。
そして円陣の中心に右手を差し出して言った。
「『あきらめたら負け』だよ。みんな! 『根性』だよ! 応援してくれる仲間達の為にもバレー部の底力を見せるからね」
『ハイッ!!』
そして、全員で「大洗女子学園ファイト!」と気合を入れると、それぞれがスタートの位置に着いた。
山郷あゆみは後衛センターの位置に着くと静かに闘志を燃やしていた。
(見てなさい『1番』! 昔の二つ名『千手観音』は伊達じゃない!)
第二セットは、水戸商業のサーブから試合が始まった。
近藤妙子、磯辺典子とボールが繋がれ、佐々木あけびがスパイクする。
しかし、相手チームに難なくレシーブされると、再び『1番』がスパイクの体勢に入った。
山郷あゆみは、それを見て不思議な体勢を取った。
両手を真上に上げるとそのまま大きく横に広げ、漢字の「大」のような体勢になると、そのまま腰を落として身構えたのである。
エルヴィンと佐々木あけびが同時にブロックへと飛んだ。
その間をぬって『1番』の弾丸スパイクが放たれた。
スパイクされたボールは猛スピードで山郷あゆみの左前方へ飛んでくる。
すると、山郷あゆみは左手を伸ばしながら、背面とびの要領でボールへ飛び込んでいく。
ボールが左手の手のひらに当たった瞬間、左手一本でボールの勢いを殺し、ボールを真上にレシーブした。
レシーブした山郷あゆみは、そのまま後転の要領で転がりながら受け身を取って、自分の体を守った。
初めて水戸商業の『1番』の殺人スパイクが完璧にレシーブされた。
磯辺典子は「ナイスレシーブ!」と大声を上げてトスを上げる。
バックアタックの位置から、近藤妙子が「ソーレ!」と掛け声をかけてバックアタックを仕掛けた。
スパイクされたボールが、エンドラインぎりぎりへと飛んでいく。
そして、ボールはオンラインして、相手コートに落ちたのである。
初めて『1番』のスパイクが放たれた時は、水戸商業応援団が大騒ぎで、大洗女子学園の応援団は「シーン」となってしまったのだが、今度は、全く逆になってしまった。
大騒ぎする大洗女子学園の応援団に、黙り込んでしまった水戸商業応援団である。
「あゆみちゃーん! ナイスレシーブ!」
応援団席で、あの丸山紗希が大きな声で叫んでいた。
もちろん「うさぎさん」チーム全員も立ち上がり、狂喜乱舞である。
ベンチに下がった秋山優花里も「山郷殿! ナイスレシーブ!」と大声で叫んでいる。
試合コートの上では、バレーボール部全員がハイタッチとガッツポーズの嵐である。
佐々木あけびは山郷あゆみに飛びついて喜びを表している。
磯辺典子とエルヴィンはお互いにガッツポーズをして山郷あゆみに駆け寄ってきた。
「山郷さん、驚いた……。あの弾丸スパイクを左手一本で返すとは素晴らしい技術だ」
エルヴィンの驚きの声に磯辺典子も頷いた。
山郷あゆみは笑顔で「ありがとうございます」と返事をすると、磯辺典子へ進言してきた。
「『1番』のスパイクは私が絶対にレシーブします! 「あひるさん」の皆さんで攻撃の方をよろしくお願いします」
磯辺典子は小さくガッツポーズを取ると、エルヴィンへと指示を出した。
「まかせて! エルヴィンさんは引き続き『1番』徹底マークでお願いします」
「心得た! 山郷さんの手助けになるよう私も頑張ろう!」
エルヴィンの力強い返事を聞くと、今度は「あひるさん」チームの面々へ激を送った。
「妙子! あけび! 忍! 私達で必ず流れを引き戻すよ!」
『ハイっ!!! キャプテン!!!』
近藤妙子、佐々木あけび、河西忍は同時に返事し頷いた。
大洗女子学園バレーボール部の反撃が始まった。
水戸商業の『1番』を徹底マークし、ブロックに飛び続けるエルヴィン。
殺人スパイクが来ると、ボールを恐れずに飛び込んで変形ワンハンドレシーブでレシーブする山郷あゆみ。
攻撃の為にコートの中を移動しながら、セッター磯辺典子の放つ変幻自在のトスを相手コートへと打ち込むために飛び続ける「あひるさん」チームの二年生達。
第一セットは大差で水戸商業に取られた大洗女子学園だが、この第二セットは接戦ではあるが逆にリードを常に保ちながら、マッチポイントを先に迎えた。
そして、近藤妙子のスパイクが最後に決まり、大洗女子学園が第二セットを取ったのである。
大洗女子学園の応援団は、第二セットを取り返した直後は大騒ぎであった。
特に「うさぎさん」チームの喜びようはなかった。
「うさぎチーム」が喜ぶ時のクセ『全員が手を繋ぎながらの万歳』を繰り返す。
そしてもちろん、他のチームも声を張り上げながら「よくやった」と言っていた。
西住みほは、すっくと立ち上がり振り向き応援団の戦車道各チームを見渡した。
「みなさん、わかっていると思いますが、第三セットを取れば明日の決勝リーグ戦へ進めます。今、優花里さんがどうやら負傷している様子で、バレー部はメンバーの交代もできない状況です。でも、彼女達はきっとやってくれるはずです。みんな、頑張って最後の応援をしましょう!」
『ハイッ!』
西住みほの激に答える各チームであった。
コートチェンジが終わり、小休止中のバレー部の様子はどうなっているのだろう。
バレー部は、底抜けに笑顔であるのだが、誰もしゃべらなかったのである。
磯辺典子らは、実はスタミナの限界が来つつあった。
一日に三試合をする事自体の経験がなく、大差勝ちもここまで無かった為、常に緊張しながらの戦いだった。
ベンチに座り肩で息をしながらも磯辺典子は、それでもメンバー達の様子を伺っていた。
「……みんな、水戸商業相手によく対セットまで持ち込んだよ……」
磯辺典子は顔だけ横に向けてメンバー達に感謝の気持ちを伝えた。
一人一人メンバー達は、返事はしなかったが笑顔で頷いた。
わずかな休憩の間、顧問の保健講師が率先して、メンバーの疲労回復の為にふくらはぎの簡単なマッサージを施し続けていた。
「先生……。すみません、手が上がらないもので……」
「いいのよ。逆に私の分野で皆の応援できるのは最高にうれしい事だわ」
秋山優花里の謝罪と顧問の会話である。
少し元気が出てきた佐々木あけびが、隣に座った山郷あゆみに訊ねてきた。
「あゆみちゃんが、あんなにバレーが上手だとは知らなかったわ。どうして今まで黙っていたの?」
「うん、昔ちょっとあってね。試合が終わったら話をするから……」
「ううん、いいのよ……。無理に話さなくていいから、でも、本当にありがとう。あゆみちゃん」
佐々木あけびが言うと、他の部員達全員が頷いた。
山郷あゆみは、首を横に振って「こちらこそ、ありがとう」と言ったのだった。
再び、主審の『選手集合』の合図が出た。
エンドライン越しにお互いの挨拶を交わした「水戸商業」と「大洗女子学園」。
自コートに散ったバレーボール部は再び円陣を組んで、磯辺典子の激が飛ぶ!
「さあ、泣いても笑っても最後の第三セットだよ。もちろん泣くつもりはないからね! 絶対明日の決勝リーグへ行くんだからね!」
『ハイッ!!!』
「私達の「あひる」マークの誇りに賭けて戦うよ! 疲れていると思うけど『根性』だからね!」
『ハイッ! キャプテン!』
そうしていつものように、円陣の中心に磯辺典子の右手が差し出され、メンバーの右手が重なっていく。
「大洗女子学園! ファイト―……!」」
『オーッッッ!!!』