引退ウマ娘のセカンドキャリア   作:空洞丸

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ケース1. 認定NPO法人 引退ウマ娘協会広報部長 ナイスネイチャ
前編:引退ウマ娘の駆け込み寺


 現役生活から退き一般社会へのゲート入りを果たしたウマ娘の大半はスタート直後に面食らう。

 現役時代はラチに沿って走ればゴールにたどり着けた。しかし一般社会に並ぶラチの形は不定形だ。親や友人、自治体や政府などさまざまな形をしたラチが、この先にゴールがあるとそれぞれバラバラの方向を指し示す。どの方向に向かえばいいのか、道中スタミナはもつのか。さながら平地競走から障害競走へ転向したての選手のようにさまざまな戸惑いが生じる。

 進学、就職、家業の継承。生きがい、目標、自信の喪失。新しい生活にともない生じるさまざまな障害をうまく飛び越えられるウマ娘もいれば、障害の高さに立ち尽くしてしまうウマ娘もいる。そして彼女らを支えるウマ娘がいる。

 

 

 東京は府中、トレセン学園。その広大な敷地からほど近くに小ぢんまりとしたオフィスビルが立っている。認定NPO法人引退ウマ娘協会。レースから引退したウマ娘の支援を行う特定非営利活動法人である。

 引退した元選手のその後に世間の関心がまだほとんど寄せられていなかったころ、かつてのGIウマ娘が、引退後に就いた苛酷な労働を原因として心身を病み、人事不省に陥っている窮状を週刊誌が報じた。それを契機として引退した元レース選手のセカンドキャリア問題に焦点が当てられ、事態を憂慮したレースOG・ファンの有志が立ち上げた引退ウマ娘の支援団体を母体としている。

 

 受付で取材のアポイントメントの件を伝え、案内された会議室でしばらく待っていると、本日の取材対象が姿を現した。

 

「こんにちは。引退ウマ娘協会広報部長やってます、ナイスネイチャです。今日はよろしくおねがいしますね。あっ、あなたいつもライブに来てくれてた子だよね? その節はありがと。あなたが記者さんかぁ~、懐しいわ~」

 

 下町育ちを思わせる砕けた口調、赤と緑のイヤーカバー、やや癖のある海老茶色の鹿毛を左右に束ねた髪型が、現役時代と変わらぬトレードマークになっている。身を包んでいるグレーのパンツスーツが、彼女が社会人になった事実と引退からの時間の経過を示していた。

 

「え? 現役時代っぽいポーズをとってほしいって? ええ!? さすがに恥ずいってそれは! ……ちょっとちょっと! 頭上げてって! わかった! やるから!!

 うーん、ファンサービスなんて久しぶりだなぁ。よし、いっちょやったりますか! おいっすー、ナイスネイチャでーす! ……ごめん、やっぱ今のなしで」

 

 こちらの不躾なお願いを快諾し、若干の羞恥に尻尾を揺らしながらも現役時代さながらの朗声と愛嬌を披露してくれたこのウマ娘こそ、鋭い差し脚で並み居る強豪とともに長年に渡って走り続け、ブロンズコレクター、善戦ウーマンと謳われ、有記念3年連続3着という空前絶後の記録を残し、現在でもコアな人気を誇るターフの名脇役ことナイスネイチャその人である。

 

 

 URAがオープンクラス未満の若手選手に対しておこなったアンケート調査*1によれば、全体の半数が引退後の生活不安を持っており、そのうちの8割以上が不安な要素として進路(引退後、何をやっていけばいいか)をあげている。

 近年になってURAも選手のセカンドキャリアについて問題意識を表明するようにはなったものの、レース興行が主業務のため、十分な取り組みができているとはいいがたい。

 翻ってトレセン学園ではどうかといえば、OGを呼んでの特別授業や進路相談室などの一通りの体制は整えられてはいるものの、本業はレース選手の養成である。これからデビューする、もしくは現役選手のための施設であるから、引退後時間が経過した元選手の相談に応えるのは難しい。

 そこでよく紹介されるのが引退ウマ娘協会である。中央・地方、平地・障害、グレードを問わず過去に公式のレースプログラムにひとつでも参加した経験のある元選手であれば誰でも相談資格があるからだ。

 

「主にメールや電話による相談業務が多いかな。あとはたまにチャリティレースを開催したりとか。元選手を採用したい企業やスポーツ団体とのマッチングなんかもやってるね。メールと電話での相談については原則無料、希望者には有料でオンラインないし対面での相談もやってるよ。有料っていっても格安だけどね」

 

 対面相談の料金は1時間で税込み1,000円と良心的な値段だ。弁護士への相談料の相場が30分で税別5,000円程度である点を鑑みると破格である。これは、相談者の経済状況や相談内容が多岐にわたるなか、なるべく多くの相談者を受け入れ、じっくりと話を聴くという協会の方針に依拠している。

 また、法テラスが実施している民事法律扶助制度を参考にした資力基準、すなわち収入と資産が一定の基準を下回る相談者に対しては相談料をとっていない。

 

「そんな感じだから、話を聞いてくれるだけでいいって人もいれば、生活に困ってるって連絡も来るし、法律絡みの問題とか分野お構いなしにいろんな相談が飛んでくるね。複雑な案件だと専門機関や信頼できる士業の人を紹介する場合もあるけど、その場合でもなるべく相談者さんからの事情を汲み取ったうえでお願いするようにしてる。まるでお役所の福祉課みたいだけど、悩めるウマ娘に開かれた窓口をってのが協会(ウチ)の方針だから」

 

 NPOは利益を目的としてはいないとはいえ、どうしてここまで採算度外視でやれるのか。

 協会の会計報告書を紐解いてみると、国からの補助金やURAからの助成金のほか、賛助会員からの会費が活動原資として大きな割合を占めている。

 特筆すべきは、ナイスネイチャが協会の広報部長に就任して以降、会費収入額・寄附金額が文字通りケタ違いになっている点である。

 当時、ナイスネイチャの引退ウマ娘協会広報部長就任のニュースはレースファンの間でちょっとした話題になった。輝かしい結果を残したスターウマ娘が芸能界入りするようなよくある話ではなく、引退したウマ娘への支援活動という、口さがなくいえば地味な活動に、重賞を制した元選手が要職として就任する例は珍しかったからである。

 しかし、支援活動の裏方的なイメージとナイスネイチャのいぶし銀なイメージがうまく親和し、これほどピタリと当てはまる人選はないとファンの耳目を集め、賛助会員が急増。その後も着実な活動とともに会員数は増加傾向を示している。

 

「おかげさまでずいぶんと助けてもらってるよ。広報の仕事はじめたときはまさかここまで大きな動きになるとは予想もできなかったけどね」

 

 いまや名物広報として押しも押されもしない協会の顔となっているナイスネイチャだが、現職にいたった経緯についてはあまり知られていない。引退から広報部長就任までになにがあったのか、当時の事情について訊いてみると、

 

「ん~、隠すほどの事情もないから別にいいか。どこから話したもんかなぁ。とりあえず現役引退したとこから話すよ。とりとめがなくなっちゃうけど、そこはうまく編集してね」

 

 

 ◇

 

 

「引退の前年くらいからかな。気力、体力ともに充実してるのに結果が出ないって場面が増えてきてね。そのあたりから引退って言葉が頭にちらつくようになった。走っても走っても結果がでない。そうなるとやっぱり潮時ってのを感じるようになってきちゃうのよね。

 だから、有記念を最後に引退するってトレーナーさんに伝えた。最後まで全力でサポートしますよって、いつも通りの好青年な笑みを返してくれて、きっと順位はどうあれつつがなく現役を終えるんだろうなって思ってた。

 でも有を3週間後に控えた冬のある日、足先にちょっとした痛みが走ったの。痛み自体は大したことなかったんだけど、念のためにトレーナーさんに話したらさ、お医者様に診てもらいましょうって深刻な顔していうのよ。

 嫌な予感がしてたのかもね。レントゲン撮ってもらったら、左足の冠骨の一部にヒビが入ってたの。患部を固定してもらって、その後もしばらくトレーニングを続けたんだけど、フォームやタイムに影響は出てなかったし、たぶん出ようと思えば出られたと思う。

 だけど、有を数日後に控えた日にトレーナーさんからいわれたの。『ネイチャさん、有記念を回避して、そのまま引退しましょう』って。

 ずっと有のために準備してきたのにそりゃないでしょって思ったんだけどさ、トレーナーさん、泣いてたの。いい歳した大人が、涙で顔をくしゃくしゃにして、嗚咽の入り混じった声で訴えてくるのよ。『診断が出た日から……ずっと決断できずにいました……。有に出すべきかどうか。ケガは些細なものかもしれません。関係者やファンのみなさんも、最後の有がんばってと声をかけてくれます。なによりネイチャさんがGIを獲る最後のチャンスを、私の取り越し苦労でフイにしてしまっていいのか……。でもネイチャさん、あなたにもしものことがあればきっと……きっと私は耐えられません』。

 後から聞いた話だけど、よそのレースで起こった事故がずっと頭から離れなかったみたい」

 

 ある年の香港スプリントにおいて、レース中のアクシデントにより4名ものウマ娘が競走中止となる大事故が発生した。

 最終コーナーからのスパート時、あるウマ娘の脚部に突如として故障が発生し、転倒。後続のウマ娘もそれを避けきれず、巻き込まれる形で事故は起こった。

 競走中止となった4名のうち2名が競争能力を失い再起不能、そのまま引退を余儀なくされた。ナイスネイチャのトレーナーはずっとこの事故が頭からぬぐいきれなかったという。

 

 天候、その日の調子、レース展開、バ場の状況など、レースにはさまざまな変数がつきまとう。それらを勘案し、事故の可能性を限りなく低くするため、関係者は常に気を払っている。中央・地方を問わずトレセン学園の授業では必ず柔道の受け身を習うが、これも選手の生命を護持するために過去の教訓から学んだ施策の一つといえよう。

 しかしどれだけ選手や関係者が事故防止に微に入り細を穿っても、起こるときには起きてしまう。事故の可能性を完全に予測するのは、たとえレースの神様と謳われたベレー帽の紳士をもってしても不可能だ。

 ウマ娘の走行速度はときに時速60kmを超え、乗用車並みのスピードが出る。転倒すると軽傷では済まない場合もある。事実、ナイスネイチャのトレーナーのいう"もしものこと"が発生した事例は、過去に少ないながらも厳然として存在する。

 

「トレーナーさんが肩を震わせて、絞り出すように『ごめんなさいネイチャさん、あなたを勝たせてあげられなくて』なんていうもんだからさ、長年苦楽をともにしたこの人がそういうなら、しょうがないかって思ったの。

 そりゃ今から思えば一言くらい事前に相談してくれてもよかったんじゃないかとは思うけど、周囲からの期待とアタシの命とを天秤にかけて、どっちに傾くかギリギリのところでずっと悩んでたんだと思うと、アタシからはもうなにもいえなかった。

 限りなく可能性の低い事故をおもんぱかって有を回避なんてしたら、心ないメディアやファンから自分にバッシングが飛んでくるって予想してただろうし、実際飛んできた。担当ウマ娘が有に出るのはトレーナーにとっても名誉なことなのに、あの人はアタシのこれからのことを最優先で考えてくれた。きっとあの人のことだから、自分の名誉やプライドなんて、ニンジンひとかけら分ほども考えてなかっただろうけどね」

 

 往時を思い返すナイスネイチャの顔には愛惜混じりの苦笑が浮かんでいる。いまでは懐かしい思い出へと昇華しているようだ。

 

「これがアタシの引退の内幕。なんてことはないよ。実力が落ちてきて、結果を出せなくなって、最後はケガをして、引退した。それだけの話。レースやってるウマ娘にはよくある話だよ。

 トレーナーさんには感謝してる。五体満足で現役を終えられて、忙しいけど生活の心配はなくて、そこそこ充実した毎日を送れてるもの。ここに相談に来る子たちをみるにつけ、そう思うよ」

 

 

  ◇

 

 

「現役を引退してから、しばらくは静養しようと思って、地元に戻ったの。現役のときのトレーニングでなんだかんだ身体にはダメージが残ってるし、前にも骨折やらかしたりしてたから、文字通りの骨休めね。

 おふくろがやってるスナックを手伝って、小さいころみたいにお客さんにもかわいがってもらったりして、久方ぶりに気を張る必要のない生活を満喫してたんだけどさ、ときどき、レースに負けたときの夢をみることがあって。そのときはやっぱり悔しくって、あとハナ差分の努力が足りなかったのかなって枕を涙で濡らした夜もある。

 やっぱり、勝負の世界で生きてきたウマ娘が勝ち負け関係ない生活に順応するには時間がかかるみたい。あのタイミングで引退したのは後悔してないけど、やっぱり未練はあったね」

 

 引退してからの彼女の生活に転機が訪れたのは、地元自治体からの講演の依頼が来たときだという。

 

「講演なんてガラじゃないから断ろうと思ったんだけど、電話口の担当者が熱心に説得してきたのよ。なんでもアタシ、GIは勝てなかったけど重賞はいくつか勝ってるから、地元の星みたいな扱いになってたみたい。

 それにその担当者さん、アタシのファンだったみたいで、あのレースのここがよかったとか、自分もマムシドリンクを試してみたとか、アタシ自身も忘れてたようなエピソードまで覚えててくれててさ。引退してもこうして覚えててもらえるなんて選手冥利に尽きるなって思って、そこまで買ってもらってるならってことで講演OKしたの。小さい公民館の講堂だったんだけど、立ち見が出るくらいには人が集まってて、こりゃえらいことになったなって思ったね。ひょっとしたらメイクデビューのときよりも緊張してたかも。

 実際、頭真っ白になって自分がなに話してたかぜんぜん覚えてないのよね。でも、講演が終わったあとに声をかけてくれた女の人のことはよく覚えてる。

 娘さんがトレセン学園に通ってて、伸び悩んでたらしいの。『娘はいろいろとトレーニングしているみたいなんですがどうしても結果が出なくて。もうすぐ未勝利戦も終わりますし、日に日に重圧を感じているみたいなんです。私、娘になんて声をかけてあげたらいいのか……』って」

 

 そのウマ娘はデビューこそ果たしたものの、いまだ未勝利戦を勝ち抜くことができず、中央のレベルの高さに壁を感じていたという。

 未勝利戦に挑戦できるのはデビュー翌年の夏レースの終わりまでである。それまでに未勝利を脱せなかった場合、格上レースへの挑戦、障害レースへの転向、地方への移籍、あるいは引退を迫られる。未勝利のまま格上挑戦してついには重賞を制覇した選手も過去には存在するが、それは例外中の例外である。

 

「きっと焦りがあって冷静さを欠いているだろうから、いっかい自分のトレーナーとしっかり話し合って、トレーニング内容とレースプランをもう一度練ってみてください、って感じで答えたと思うんだけど、そのお母さん、『そうですよね、それくらいしかないですよね……。すみません、無理をいってしまって』って、うつむいちゃったの。そのまま肩を落としてしょんぼりした足取りで立ち去っていった姿が、忘れられないんだ。

 すごく、ばつが悪かった。講演を安請け合いしちゃったのを後悔したくらい。

 ハードなトレーニングやレースの研究、トレーナーとのコミュニケーションなんて、勝ちたいウマ娘ならみんなやってる。それでも勝てないから相談しにきてくれたのに、一般論しかいえなくて……。

 こんないい加減なアドバイスしかしてやれない自分を呪ったよ。周囲にトレセン学園に行くような子がいなくって、身近な人に相談することもできなくて、藁にもすがる思いでアタシのところにまで来てくれたのに、アタシはなんの力にもなれなかった」

 

 数ヶ月後、URAの競争選手抹消一覧にくだんのウマ娘の名前が掲載された。結局、未勝利での引退となった。

 

「それからだね。勝てない子や引退した子に対してなにかできないかって考えはじめたのは。

 ただ、具体的になにをしたらいいかってのは思いつかなかったから、とりあえず大学行って勉強して、就活の段になってURAの職員採用試験でも受けてみようかなってときに、当のURAから呼び出しを受けたのよ」

 

 要件を尋ねても詳しいことは当日まで機密にさせてほしいとのURAの弁に首をかしげつつも喚問に応じたナイスネイチャを待っていたのは、引退ウマ娘協会の理事長を務める女性からの広報部長就任の打診であった。

 

「大学も出てない小娘にいきなり広報部長任せようなんておおごと、そりゃ外部には漏らせないよね。話を受けたアタシ自身、目ん玉飛び出しそうになったもん。おまけに会長さん*2の推薦まであるっていうし」

 

 協会理事長の弁によれば、当時の協会は利用者数・賛助会員ともに頭打ちになっており、引退ウマ娘支援の使命を果たせていないと忸怩たる思いがあった。

 そこで、いままであまり積極的でなかった広報活動を強化すべく、広告塔になる人物を探していたという。

 幾人かのウマ娘に打診はしてみたものの、名誉職でなく肩書き相応の働きを、つまりは引退ウマ娘の支援に一意専心してほしい旨を伝えると、どの人物も及び腰になった。スターウマ娘であればもっと華やかな仕事は引く手あまたであるし、実績のないウマ娘であれば自分の生活で手一杯である。断られるのも詮無い話であった。

 途方に暮れた協会理事長がレース関係者の集まるURA主催の会合で親交のあったシンボリルドルフに話を打ち明けたところ、ナイスネイチャを推薦してきたという。

 

「理事長さんの熱意はよくわかったし、引退ウマ娘支援の仕事も視野には入れてたけど、さすがに肩書きが肩書きだからしばらく考えさせてほしいって答えたよ。軽々しく引き受けるとどうなるかはもう味わってたしね。なんで会長さんが私を推薦してくれたのかも不思議だったし。そこまで深い付き合いがあったわけでもなかったのにさ」

 

 その謎に腑に落ちる答えを示したのは意外にもナイスネイチャの母であった。

 

「『勝ちすぎてないからいいんじゃないの?』っていうのよ。最初耳にしたときはどういうことって思ったけど、よくよく聞いてみるとまあたしかに、筋が通ってないこともない。案外年の功ってバカにならないって思ったわ」

 

 ナイスネイチャの母の意見をまとめるとこうである。

 勝負の世界に生きるものにとって、他人への相談は弱みを見せることになりかねない。そのため、他人に頼ることを苦手とするウマ娘は少なくない。心安い担当トレーナーやチームメイトも引退後はどうしても距離ができてしまう。しかもウマ娘はレースで格付けをされる。ただでさえ人に頼るのを苦手とするウマ娘が、自分よりはるか格上の雲上人であるスターウマ娘に相談しに来る気になるだろうか。むしろ気後れするのではないか。

 その点ナイスネイチャはGIを勝っていない。GII・GIIIの勝鞍はいくつもあるし、GIのレースにおいても何度も入着しており、並のウマ娘では到底およばないほどの実力者ではあるのだが、有記念3年連続3着の結果が示すように、ここ一番で勝ちきれないもどかしいイメージがついて回っている。しかしそれは同時に彼女がファンから愛され、他人に壁を感じさせない要因でもあった。

 つまり、この人に相談してみようと思わせる親しみやすさと、これほどの実力者がいうのだからと相談者を納得させるほどの実績。勝負の世界では本来二律背反な要素をナイスネイチャは絶妙なバランスで兼ね備えていたのである。その点をシンボリルドルフは着目したのではないだろうか。

 

「後から会長さんにそのへん訊いてみたらさ、眉を八の字にして『ああ、実はそうなんだ』って頬をぽりぽりしながら白状してくれたよ。あの人もけっこう(たぬき)になったねぇ~。学園にいたころは理想主義者だなって思ってたけど、偉くなるとやっぱり清濁併せ呑まなきゃいけなくなるのかもね。

 っと、話それちゃってごめんね。とどのつまり、アタシだからこそできる役職なんじゃないかってさ。自分の勝ちきれなさがかえってよかったっていわれると複雑な気分だったけど、勝ちを目指して努力したのは無駄じゃなかったんだって思えたね。それで引き受ける腹が決まったの」

 

 こうして大学卒業と同時に鳴り物入りで広報部長として迎えられ、ファンからもおおむね好意的に受け入れられたナイスネイチャだったが、意外にも協会内部の職員からの視線は冷ややかだったという。

 

 

*1
URA 20XX年現役若手選手「セカンドキャリアに関するアンケート」結果より

*2
現URA理事長シンボリルドルフ氏のこと。氏がトレセン学園生徒会長を務めていたころからの知己にはいまだに氏を「会長」と呼び慕うウマ娘も多いという。

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