引退ウマ娘のセカンドキャリア   作:空洞丸

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中編:長いトンネルを抜けるまで

 自宅での子育てがはじまってからも受難は続いた。特に夜泣きには手を焼いた。個人差はあるが、生後1か月までの乳児は1日あたりおよそ15~18時間ほど眠るといわれている。それも連続して眠るわけではなく、昼夜関係なく1~3時間おきに眠るため、両親が夜更けに悩まされるのは避けられない。まとまった睡眠など望むべくもなかった。

 

 寝かしつけには数時間かかった。おむつを替え、母乳をあげ、抱っこして、それでもずっと泣いていた。赤ん坊は泣くのが仕事だった。夫も休日は家事・育児に協力してくれたが、このころから仕事が忙しくなった。平日の帰宅は夜遅く、夜半は熟睡していた。子どもをあやす隣でいびきを立てて眠る夫の姿をみるにつけ、恨めしい気持ちが募った。夫に不満を抱く自分自身に気づくと自己嫌悪に陥った。

 朝な夕なに四六時中わが子と向き合っていると心が擦り切れていった。次第に、泣いていないときでもいつ泣きだすかと神経を張り詰めて様子を窺うようになっていた。

 

 娘を抱えて買い物に出るのも重労働だった。身一つで外に出られる大人と違い、乳児を連れての外出はまず準備が大変だった。おむつに着替え、ガーゼにハンカチ、タオル、使用済みのおむつを入れるビニール袋など、荷物がかさばる。母乳の吐き戻し*1に備えて自分の服の替えも用意しておく必要があった。

 

 外出前、姿見で身なりを確認すると、育児疲れで肌も髪も尻尾も労苦相応に傷んでいることに気がついた。手櫛を通すと指が引っかかった。化粧をする余裕もなかった。コンシーラーで隈を隠すのさえ。

 

「一日中子どもの世話で自分のことは後回しになっちゃうんですよね。カサカサになった皮膚、パサパサになった髪と尻尾、体型の変わった身体をみると、自分が母親になっていって、女としてのマチカネタンホイザはどこかに行っちゃったのかなぁって、ぼんやりと思いました」

 

 外出中は子どもが泣き出さないよう祈った。街中で泣かれると周囲の人たちへの申し訳無さでいっぱいになった。時おり通行人から「赤ちゃんかわいいですね」と声をかけられるのも苦痛だった。

 メディアに映るような生後何ヶ月も経っている赤ん坊とは違い、生まれて間もない新生児は無表情だ。感情の灯らない無機質な瞳でみつめられると、愛嬌を感じるよりも自分の至らなさを責められているように感じられた。

 

 

 出産前に仕事をしていたときは朝起きて職場に行って、残業する日もあれば、退勤後に飲みに行くこともあった。夜はベッドで眠れた。少なくとも、オンとオフの切り替えのある生活だった。

 しかし子育ては朝も夜も間断なく続く24時間体制の仕事だった。しかも常に手探りで進めなければならなかった。現役時代はマークすべき相手がいて、それを標準にして対策を練ってきた。しかし育児には、それも初子には、ベンチマークとなる相手がいない。

 

 さらにいえば赤ん坊は個体差が大きい。哺乳量ひとつとっても大食漢もいれば少食の子もいる。目安はあっても定式化された子育てはないといってよい。追い切りのタイムも知らずに相手の調子を把握しなければならないような困難が常につきまとった。

 ゆえに、1ヶ月検診*2で赤ん坊の体重が標準に届かず、「ちゃんと授乳してあげていますか」と告げられるのも十分に起こりうる話だった。その言葉は譴責ではなく気遣いであったが、疲弊していた彼女には満足に乳もあげられない愚母の烙印を押されたかのように受け取られた。彼女の傍らには、子どもとともに自責感がまとわりつくように同居していた。

 

「このころになると集中力がなくなって、文字が読めなくなりました。文章が書いてあることは認識できるのに、文字がすべってまったく頭の中に入ってこなかったんです。いつも頭がぼーっとして、赤ちゃんを抱っこしたまま次に泣くまでずっと電源の点いていないテレビを眺めているときもありました。自分がおかしくなってきてるって自覚はありましたけど、お母さんなんだから頑張らなきゃって自分にいい聞かせてました。でも身体のほうが先に限界を訴えていたのかも」

 

 ウマッターやウマスタグラムにはお宮参りやお食い初めなどのイベントや、子どもが歩きはじめた、トイレトレーニングをはじめたなど、子どもの成長を喜ぶキラキラママたちの書き込みがたくさん公開されていて、自身の置かれた状況との差異にいたたまれない思いがした。しだいにSNSはみるのをやめた。

 かつて楽しんでいたレース番組も、以前であれば各選手の動きの狙いが感じ取れたが、ただ動きを追うだけで以前のような洞察はできなくなり、大レースであっても心は微動だにせず興味がわかなくなっていた。観衆の熱気と自分の無関心との乖離に、世間から切り離されて置いていかれたような気がした。

 

 

  ◇

 

 

「洗い物が終わったら散らかってるもの片付けて、掃除機かけて、洗濯物もたたまなきゃ……。お茶菓子も用意して……」

 

 出産から2ヶ月ほど経ったある日、彼女は来客を迎えるために重い身体に鞭を入れて部屋の掃除をしていた。ひとしきり掃除が済んだころ、インターホンが鳴った。

 

「こんにちは。保健師の○○です。赤ちゃん訪問に伺いました」

 

 厚生労働省は赤ん坊の産まれた家庭の支援のために「乳児家庭全戸訪問事業」(通称:こんにちは赤ちゃん事業)という活動を各地域の市区町村を通しておこなっている。生後4ヶ月までの乳児がいるすべての家庭を対象に、保健師、助産師、看護師、保育士、母子保健推進員などが自宅を訪問し、子どもの発育・発達や健康状態の観察、家庭の育児の不安や悩みの対応などをおこなう制度だ。彼女の家はこの日が訪問日であった。保健師を居間に通して面談がはじまった。

 

「お産はいかがでしたか? お引っ越しで慣れない土地で大変だったでしょう」

 

「いえ……それほどでも。10時間くらいで産まれて、みんなから安産でよかったねっていわれましたし」

 

「10時間も痛みが続くって相当つらいですよ! 本当によく頑張りましたね。本当に……」

 

 心から敬服する保健師の言動に彼女の心はほだされ、人に会うのが億劫な気持ちがほぐされた。

 それから保健師が赤ん坊の身長・体重を測ったり、最近の状況をヒアリングされたりと、ひと通りの面談を進めていった。ふと保健師が宅内の様子を見回し、雑談の一環のように何気なく質問した。

 

「タンホイザさん、最近眠れてますか?」

 

「抱っこしてないと泣くことが多いんで、あんまり……。産んでからずっとそんな感じですね……。娘が寝てるときにちょっと目をつむるくらいで……。でもみんな同じようなものですよね。私の母も、私が赤ちゃんだったころ、ほとんど寝る間もなかったっていってましたし」

 

「ご主人もお忙しいですか?」

 

「そうですね、最近は仕事が佳境みたいで、帰ってくるのも夜遅いですからあまり頼めなくて。休日は家事や買い物をしてくれたり子どもの相手をしてくれるから助かってますが」

 

「念のためにお尋ねしますが、ご実家に頼るのは難しいですか?」

 

「新幹線使わないと出てこられない距離だし、実家は食堂やってて、祖父の介護もしてるから難しいと思います。夫の両親も似たような状況で」

 

「なるほど、ご親族にご協力を仰ぐのは難しいと」

 

 手帳に現況を書き付ける保健師の姿を眺めながら、彼女はいまの状況がいったいいつまで続くのだろうかと考えた。半年後? 1年後? それとも2年後? いまは赤ちゃんが自分から動くことはないが、歩けるようになったらますます目を離せなくなるだろう。そのときになって自分はうまくやれるだろうか? この鈍重な身体と霞んだ思考、憔悴した精神で? ふと目を離した隙に子どもが危険なことに巻き込まれたりしたら? 考えれば考えるほど恐ろしくなった。

 

「──さん? タンホイザさん? 聞こえてますか?」

 

「……! はい! すみません、なんでしょう」

 

 想像上の魔物が膨らむあまり、顔が青ざめていく彼女の表情に、保健師は愁眉を作った。

 

「あの、本当に大丈夫ですか? やっぱり体調がすぐれないのではないですか」

 

「いえ、本当に、大丈夫、です。ちょっとボーっとしちゃって。やっぱりちゃんと寝ないとだめですね。あはは……」

 

「……無理はしないでくださいね。最後にお手数ですがこの質問票にご記入くださいますか。みなさんにお願いしてまして。正直にお答えくださって構いませんから」

 

 集中力と思考力の落ちた状態では選択式の質問票に答えるだけでも煩雑に思えた。なんとか書き上げて提出し、この日の面談は終了した。玄関口で保健師を見送るさい、次のようにいわれた。

 

「それではきょうはお邪魔しました。私の名刺に連絡先が書いてあるので困ったことがあったらいつでもご連絡くださいね」

 

 困り事など細大数え切れないほどあった。脳内ではいままであったトラブルがスパートを掛けたように駆け巡った。しかしそれらを伝える言葉がうまくみつからず、「ありがとうございます。なにかあったらよろしくお願いします」と社交辞令で返すことしかできなかった。

 

 

 その夜、珍しく夫が早く帰ってきたかと思うと、慌ただしく荷造りをはじめた。会社から出張を命じられたという。妻子のことがあるから他の人に任せられないかと会社には訴えたものの、ほかにわかる人がいないからと退けられた。

 

「明日の始発から2泊3日で行ってくる。その間、悪いけど留守を頼むよ。まだ手のかかる時期に家を空けることになって申し訳ない。お土産いっぱい買ってくるからな」

 

 本音をいえば行かないでほしかった。夫が不在の間、密室で言葉の通じないわが子と2人で過ごさなければならない孤独感に耐えられる自信がなかった。しかし、業務命令に従わなければならない夫の立場も、そのために妻子を残していかなければならない断腸の思いも理解できた。

 だから彼女は笑った。レース後の疲弊をファンに気取られぬよう笑顔の仮面を着けてライブに臨むように、なけなしの活力を振り絞って表情筋を動かし、慈母のごとき微笑みを浮かべて、夫を送り出す言葉を紡いだ。

 

「うん! 行ってらっしゃい!」

 

 

  ◇

 

 

 3日後、出張から帰宅した夫はわが家の異様な静けさに違和感を覚えた。玄関の扉を開いて、ただいまと声をあげてもおかえりの声は返ってこなかった。居間に入ると部屋の雑然ぶりに愕然とした。机には出来合いの弁当の容器や冷凍食品の袋が野放図に積み上げられており、床には洗濯したまま畳まれていない衣類がくしゃくしゃになるのも構わず置かれていた。ゴミ箱からはゴミが溢れていた。しかしそこに妻子はいなかった。

 

 なにかあったのかと心臓の跳ね上がった夫は妻子の名を叫びながら彼女らを探した。幸いにしてすぐにみつかった。シンクに洗い物が層を成し、作りかけの味噌汁がコンロにかけられたままゴボゴボと沸騰しているキッチンの床でうずくまるように赤子を抱き、授乳したままの格好で目を閉じていた。

 

 妻の尾羽打ち枯らした姿に戦慄を覚えた夫は慌てて駆け寄り、コンロの火を消して妻の安否を確認すべく肩を揺すって声をかけた。

 

「タンホイザ! 大丈夫か! タンホイザ! タンホイザ!! 目を開けてくれ!!」

 

 最悪の事態が頭によぎり、恐怖で身体の末端から血の気が引くこと数瞬、彼女はゆっくりと目を開き、乱れた髪とやや()けた顔に焦点の定まらない瞳を備えた幽鬼のような表情を夫に向けた。

 

「あなた……? あれ……? どうしてここに……?」

 

「さっき出張から帰ってきたんだ。心臓が止まるかと思ったよ。無事でよかった……!」

 

「そっか……私、寝ちゃったんだ……。今日はあなたが帰ってくるから、ごはん作らなきゃって思って……。でも赤ちゃんが泣きはじめて、おっぱいあげてたら、そのまま……。そうだ、お味噌汁は!? 作ってる途中だったの!」

 

「あ、ああ。味噌汁なら、ここに。火がつけっぱなしで危なかったから止めといたぞ」

 

 彼女は鍋の中身を確認した。煮え端(にえばな)を超えて加熱され続けた味噌汁は香気が消尽し、具材は芯を失ってくたくたになっていた。あられもない姿になった味噌汁は満杯になっていた彼女の心の器に最後の一滴を注ぎ、彼女の目からは涙が滂沱と溢れた。

 

「お、おい、なにも味噌汁がダメになったくらいでそんなに泣くこと」「違うの!」

 

 彼女は髪を振り乱して声を張り上げ、顔を両手で覆って告解した。

 

「ごめんね、ごめんね、私、ダメな奥さんで……。身体が動かなくて部屋は散らかり放題だし、洗濯物も残ってて、ゴミも捨ててない。味噌汁すらまともに作れなくて……。こんな出来損ないの奥さんもらって、あなたもかわいそう。……なにいってるんだろ、私。もう自分でもなに考えてるかわからないの。ただ申し訳なくて、つらくて、疲れちゃった。ごめんなさい」

 

「タンホイザ……」

 

 うわ言のように謝罪し、さめざめと紅涙を絞る彼女に夫はかける言葉がみつからず、落ち着くまで背中をさすってやることしかできなかった。そのとき、居間のテーブルに置いてあった彼女のスマートフォンから着信音が鳴った。彼女はとても受け答えできる状態ではなかったので、夫は後日折り返してもらうよう伝えるべく彼女の携帯を手にとった。電話の主は先日訪問に来た保健師だった。

 

「もしもし。わたくし、保健師の○○と申します。そちら、マチカネタンホイザさんのお電話番号でよろしかったでしょうか」 

 

「お世話になっております。マチカネタンホイザの夫です。保健師さんというと、先日うちにいらっしゃったとか。妻から聞いております」

 

「ご主人でしたか。恐れ入ります。いまご本人はご不在でしょうか」

 

「いえ、いるにはいるんですが、ちょっと様子が尋常ではなくて。気が動転してて、すごく情緒不安定になっておりまして」

 

「……! そのお話、もう少し詳しくお聞かせ願えますか」

 

 夫は自分が出張から帰宅したときの妻の様子を努めて冷静に伝えた。保健師が切迫した様子で返答する。

 

「先日私がお伺いしたときも、ご本人は気丈に振る舞っていましたがご気分がすぐれないようにお見受けしました。きょうお電話差し上げたのは、一度体調をチェックするために病院にいかれてはとお勧めするためだったのですが、思ったよりも深刻なようです。私の方から病院に連絡しておきますから、明日、病院にかかってください。私がお迎えに上がりますので。今晩は奥様のおそばについていてあげてください」

 

 

  ◇

 

 

 翌日、保健師に連れられて夫妻は病院へ向かった。道中、彼女はずっと下を向いてうつむいたままだった。たどり着いたのは精神科だった。白い建物とペールカラーの看板は、来訪にあたっての患者の心理的障壁に配慮したであろう事業者側の気遣いが感じられた。

 

 夫と保健師に付き添われ、診察室で一通りの問診を受けると、担当の女性精神科医は神妙な面持ちで病名を告げた。

 

「落ち着いてお聞きになってくださいね、マチカネタンホイザさん。あなたは産後うつにかかっていると思われます」

 

 病名を告げられても彼女はうつむいたまま口を開こうとはしなかった。代わりに夫が医師に尋ねる。診断そのものに反発しなかったのは、彼女のただならぬ様子をすでにみてきたからだろう。

 

「産後うつって、マタニティブルーとは違うんですか」

 

「明確に異なります。産後の急激なホルモンバランスの変化によってイライラしたり悲観的になったり気分の変動が起こるのは同じですが、マタニティブルー*3であれば長くても産後10日前後で症状が落ち着きます。

 それに対して産後うつの場合は2週間以上続きます。精神的な諸症状にくわえて疲れやすい、息切れがする、身体を動かしづらい、思考力が落ちて集中できないといった身体的な症状も併せて発症します。

 周産期に適切なサポートを得られないとマタニティブルーから産後うつへと移行してしまう可能性が高くなります。産後うつは一般の方がかかるうつ病と同じで、必ず治療が必要なんです」

 

 医師の説明に続き、保健師が補足する。

 

「ただでさえ出産直後の女性はうつになる条件が整いすぎているんです。それにくわえてタンホイザさんの場合、妊娠後の急なお引っ越し、知り合いのいない不慣れな土地での出産、慢性的に続く睡眠不足、ご主人は仕事が忙しく、ご両親は遠くにお住みで手伝えない。こんな、ほとんど助力が期待できない中でずっと育児をしていたらうつになってもまったくおかしくありません」

 

 先日伺ったときから兆候は感じていたと保健師は続ける。

 

「まず部屋が綺麗すぎました。赤ちゃんが生まれて間もないご家庭はどこも戦場です。散らかり放題のご家庭は珍しくありません。部屋の隅々まで掃除ができるのは、十分に支援のあるご家庭か、あるいは真面目で気力以上に頑張ってしまう人です。面談のご様子からタンホイザさんは後者だと感じました。お書きいただいた産後うつ病に関する質問票の回答からもリスクが高いと判断しました。ご主人からみて、いままでのタンホイザさんのご様子はいかがでしたか」

 

「たしかに思い返してみれば、産院にいるときからずっと眠そうで、家に戻ってきてからも疲れた顔はしていました。でも家事育児はしっかりやってくれてましたし、休日僕が手伝っている間は寝転んでいたので最低限は休めているのかと思っていました。何度か体調を訊いたこともあったのですが、大丈夫といっていましたし、まさかここまで大事になっているとは……」

 

「思いもよりませんでしたか」

 

「はい、お恥ずかしながら」「いえなかったの」

 

 それまで沈黙を守っていた彼女がぼそりとつぶやいた。一同が視線を彼女に向け、続く言葉に耳を傾けた。

 

「つらいだなんていえなかった……。あなたはよくやってくれてるっていうけど、いまだに寝かしつけには時間がかかるし、授乳も下手で赤ちゃんの体重はなかなか増えない、料理だって簡単なものしか作れなくなってて、とてもうまくやってるだなんていえない。でもそれ以上に怖かったの」

 

「怖かった? 怖かったって、いったいなにが?」「……」

 

 彼女は膝に置いた手を服の生地ごと握りしめ、肩を震わせて告げた。

 

「赤ちゃんがね、かわいいと思えないの。必死にあやしてもぜんぜん泣き止んでくれなくて、その状態が30分も1時間も続くと、責められてるような気持ちになる。やっと寝ついたと思ってベッドに戻すとスイッチが入ったみたいにまた泣き出す。それが一日に何回も何回も続く。気がつくと夜になってる。朝になってる。また赤ちゃんが泣き出す。それを繰り返すうちに、赤ちゃんと向き合うのが怖くなったの。今度はいつ泣き出すかって、びくびくするようになった。おかしいでしょ? 私はこの子の母親なのに」

 

 しかしそれ以上に怖かったのは、この気持ちを知られることだったという。

 

「あなたは家族のために夜遅くまで働いて、休日は育児を手伝ってくれてるのに、当の私が弱音を吐いたり、赤ちゃんがかわいくないだなんていったら、母親失格だって思われるんじゃないか。そう考えたら、怖くてずっと本音をいえなかった……」

 

「そんなこと思うわけがない! きみはずっとこの子の面倒をみてきたじゃないか。俺があやしたり沐浴させたときでさえそのたびに様子はどうだったかっていつも気にかけてたじゃないか。俺なんかよりもずっと親としての役割を果たしてるよ。絶対に母親失格だなんていわせやしない。たとえきみ自身であっても」

 

「あなた……。そうだよね、あなたなら、きっと私をかばってくれるって思ってた。でも、万が一そうじゃなかったらって悪い想像が、どうしても拭えなかったの」

 

「タンホイザ……」

 

 かける言葉をみつけられないでいる夫の様子をみかねて、医師が助け舟を出した。

 

「いままで本当の気持ちを出せずにおつらかったでしょう、タンホイザさん。でも、子どもがかわいいと思えないのは、決しておかしなことでも珍しいことでもありませんよ」

 

 医師の言葉は夫妻に驚愕をもって迎えられた。聖書に記された文章の意味を牧師に確認するかのように恐る恐る真意を尋ねる。

 

「そんな、本当ですか?」

 

「はい。いままで私は精神科医として、同じようなお悩みを持ったお母さん方を何人も診療してきました。私自身も過去の出産で似たような経験をしたことがあります。産後うつってね、10人に1人以上はかかるものなんです。学校のクラスがあったら1人、2人は罹患する、それくらいありふれた病気。だれがかかってもおかしくないんです。

 子どもがかわいくないと感じるのも、あなたがご自分を責めてしまうのも、出産によって急激に減った女性ホルモンや睡眠不足のせいで脳が誤作動を起こしているから。特別あなたに落ち度があるわけではないし、ましてや悪い母親だなんて決してありません。いままで本当によく頑張りましたね。同じ母親として、私はあなたを尊敬します」

 

「先生……。っ! ありがとうございます。ありがとうございます……」

 

 本心を吐き出せた安堵感と、自分の取り組みを認められた随喜に、彼女は感極まって声を震わせた。これまで溜め込んできた澱を洗い流すかのような涙だった。

 

 

「それで、先生。具体的にはどういう治療をしていくんでしょうか」

 

「まず必要なのは睡眠と休養です。特に睡眠はしっかりとっていただきたいので、睡眠導入剤と抗うつ薬をお出しします」

 

「お薬ですか……。そうすると、母乳はやめなきゃいけませんか?」

 

「いいえ、やめる必要はありませんよ。授乳中に飲んでも問題ないお薬を選びます。周産期医療の世界もいろいろと研究が進んでいて、どういったお薬が大丈夫か知見が積み上げられてきていますからご安心ください。

 万一を考えて赤ちゃんの状態を注視していく必要はありますが、それでもメリットのほうがはるかに上回ります。赤ちゃんの健やかな成長が親御さんにとって無上の喜びであるように、お母さんの健康は赤ちゃんにとって喜ばしいものですからね」

 

「よかった……!」

 

「それとタンホイザさん、少しお母さんをお休みしてみませんか?」

 

「え? それってどういう……」

 

「『産後ケア施設』というものがあるんです。そこで赤ちゃんを預けて羽を伸ばしてみませんか」

 

 産後ケア施設とは、産後1年未満の母親向けの施設で、病院や助産院などが運営している。子どもを預けて仮眠ができるほか、食事の提供、育児相談などもしてもらえる。日中利用だけでなく宿泊も可能な施設もある。

 

「自治体から助成金も出ますから安価で利用できますよ。ご家庭の中で十分なサポートを得られないなら外のサポートをうまく使いましょう」

 

「ほかにも使えるサービスはいろいろとありますよ。情報をまとめてきましたので、どうぞ」

 

 保険師から渡されたプリントには、産後ケアのための社会資源が列挙されていた。産後ケア施設のほか、子ども家庭支援センター、ファミリーサポートセンター、赤ちゃん一時預かり、育児代行サービス、家事代行サービス、宅食サービスなどさまざまなサービスが並んでおり、いままでその存在を認識していなかった夫妻の目を丸くさせた。

 

「絶対お世話になったほうがいいよ。正直、俺ひとりでできるサポートには限界があるし」

 

「でも、お母さんをお休みするだなんてそんな……」

 

 母親としての責務の放棄なのではないかと感じているらしい彼女に、医師は柔らかい声で説得を試みた。

 

「タンホイザさんは元レース選手でしたね。レースでケガをした選手が松葉杖を使っているとしたら、怠け者だと思いますか?」

 

「いえ、まさか。どんなに気をつけていてもケガは発生します。しょうがないですよ」

 

「そうですよね。それと同じように、私にはタンホイザさんの心がケガをして、松葉杖が必要にみえます。その松葉杖にあたるのが産後ケア施設なんです。松葉杖が必要な人が競技を休んで、日常生活を他の人に助けてもらうのはなにもおかしくないでしょう?」

 

「……それくらい、いまの私は重症なんですね」

 

「なにもしなくても自然に回復する可能性がゼロとはいえません。ですが、適切な治療を受ければより早く、より効果的に回復できます。子育てはこれからも長く長く続きます。最初でつまずくと将来に禍根を残しかねません。一度しっかりお休みして、態勢を整えましょう。スパートの前には息を入れるものでしょう?」

 

「……わかりました。行ってみます。産後ケア施設。先生、これからよろしくお願いします」

 

 

  ◇

 

 

 翌日、どのようなところなのだろうと緊張した面持ちで医師から紹介された産後ケアサービスをおこなっている助産院に娘を連れて訪れた。

 

「こんにちは。マチカネタンホイザさんですね。どうぞ中にお入りください」

 

 にこやかに応対するスタッフに連れられて部屋に通されると、院長の助産師がねぎらいの声をかけてきた。

 

「いらっしゃい。しんどいなか歩いてきて大変だったでしょう? さあさ座って。まずはお茶でも飲んで」

 

 いわれるがままに座って差し出された温かいお茶を一口飲み下して一息つくと、彼女の緊張がほぐれたとみて、院長はこの施設の説明をはじめた。

 

「ここには助産師、料理人、子守隊、ケア専門、事務担当の5人のスタッフが常駐しているの。ゆっくり休んでもらっても構わないし、育児相談やマッサージを受けることもできるから、リラックスして過ごしてね。まずはカルテ書いてもらおうかな」

 

 カルテを書き終わると、自分が過ごす部屋に案内された。母一人子一人が過ごすには十分な広さがあって、小さい冷蔵庫にテーブル、テレビなどがあり、赤ん坊を置くコット、洗面台などが備えられていた。空調は十全でベッドも置かれている。ちょっとしたホテルのようだった。

 

 ひと通り施設の案内が終わったあと、彼女は院長に悩みを相談した。

 

「寝かしつけがうまくいかないんです。特に夜中に泣かれると大変で。いい方法ないでしょうか」

 

「子どもにも好みがあるから画一的な方法はなくて、お母さん方が試行錯誤してるわね。抱っこしたままバランスボールに乗ってリズムをつけたり、抱っこするにもラッコみたいにお腹の上に乗せて包み込んだり、音楽を聴かせたり。車に乗せてドライブする人もいるし、ウマ娘のお母さんなら子どもをしっかり抱っこ紐で抱えて速歩(はやあし)で走る、なんて人もいるわ。子どもに対してじゃなく、お母さん自身の取り組み方を変える手もあるわね」

 

「といいますと?」

 

「たとえば、保育園に日中子どもを預けて、昼間に仮眠をとって夜に備える方法があるわね。医師の診断書があれば入園に必要なポイント*4が加算されて入園の選考で有利になるわよ。入園がダメでも一時保育って手もあるし」

 

 保育園が働く母親のための場所だと思っていた彼女には目から鱗であった。

 

「旦那さんの協力が得られるのであれば、夜中に旦那さんにお願いする日を作る手もあるわね。昼間に搾乳ないしミルクを調乳しておいて冷蔵庫に保存しておく。それを夜に飲ませてもらうのよ。

 どうしても厳しいなら夜間シッターをスポットで雇う手もあるけど、これはちょっとお高いわね。いずれにせよ、自分ひとりでなんとかしようとしないのが大切だわ」

 

 自分では思いつかなかったアイデアを次々と提案してくれる院長に彼女は頼もしさを覚えた。

 

 

 ここでは子どもを預けたまま安心して食事・睡眠をとることができた。いままでずっと一緒だった娘を他者に預けるのは抵抗があったが、"自分ひとりでなんとかしようとしないのが大切"との院長の言葉を思い出し、葛藤を振り切ってお願いした。経験豊富なスタッフは彼女に代わって手慣れた様子で楽しそうに面倒をみてくれた。

 特に夜間も預けたままでいられたのが大きく、医師から処方されたデパスがよく効いたのも相まって、いままでの睡眠不足を取り戻すがごとく、泥のように眠った。

 

 翌朝目が覚めると、いままでと感覚がはっきり違うのがわかった。 身体の気怠さはまだ残るものの、出産以来数ヶ月にわたって感じていた、黒い穴に吸い込まれるような不安感や緊箍児(きんこじ)*5で締めつけられたかのような頭重感が鳴りを潜めていた。

 

 身仕度を整えて赤ん坊を受け取りにいったとき、彼女は娘の姿をいままでになく明瞭に捉えることができた。わが子から向けられる無垢な瞳に、あえかなる手足に、自分を求める無条件の信頼に、心の底から情愛が湧き出るのを感じた。そして自然とつぶやいた。

 

「かわいい」

 

*1
乳児は胃が縦長になっており、逆流防止機能が未成熟なため、生後3ヶ月くらいまでは飲んだ母乳やミルクを吐き戻すことがある(溢乳という)。

*2
母親の産後の身体の回復状態を診断するとともに、乳児の栄養、発育状態、運動機能の発達をチェックするための検診。法的に必須ではないが、出産した病院からの通知でおこなわれることが多い。

*3
厳密にはマタニティブルーズと呼称される。

*4
保育園入園の選考は、各自治体が定める基準をもとに「基準指数」「調整指数」「優先順位」の3つの指標からおこなわれる。

「基準指数」は主に父母の就労状況や健康状態を、「調整指数」は子の兄弟姉妹の保育サービス利用実績や祖父母の同居の有無などの家庭事情をそれぞれ点数化し、点数の高い家庭から入園できるようになる。

入園希望者同士の点数が同点で競合した場合は「優先順位」で定める項目(自治体の居住歴が長い、保護者に疾病があるなど)のうち優先度の高い家庭から入園が内定する。

無認可保育園の場合、選考基準は園ごとに異なる。

*5
孫悟空の頭にはめられた輪のこと。

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