引退ウマ娘のセカンドキャリア   作:空洞丸

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ケース5. 動物保護シェルター所長 メイショウドトウ
前編①:ノアの方舟


 犬と猫だけが捕虜としてではなく人の家庭に入り込み、強いられた奴隷とは別の身分で家畜となった。

 ノーベル生理学・医学賞を受賞したある動物行動学者が著書でそう記したのを裏付けるように、いまや日本における犬と猫の飼育頭数の合計は1,600万頭を超え、15歳未満の年少人口を凌駕するまでになっている。

 

 ペット関連総市場規模は約1.6兆円にものぼり、世界的な金融危機や消費税増税が発生しても市場は伸び続けてきた。

 ペット向けサービスの宣伝や広告は、TV、新聞、雑誌、インターネットなど媒体問わず目にしない日はない。

 Webサイトの構築・運営を主業務とする某企業では、猫の餌代を支給する「猫手当」を福利厚生のひとつとして求人サイトに掲載したところ応募者が殺到したという。

 

 犬や猫と寝食を共にし、旅行に連れ立つ人も珍しくなくなった。土日、祝祭日を問わず、ドッグランではリードから開放された犬が元気よく駆け回っている。「うちの子」と擬人化し、同じ墓に入れたいとまで述べる飼い主も少なくない。

 

 もはや、今日において犬や猫は単にかわいがられるだけの愛玩動物(ペット)ではなく、家族の一員として扱われる伴侶動物(コンパニオンアニマル)としての地位を確立したといってよいだろう。

 

「愛犬や愛猫の名刺を作る、衣服やアクセサリーで着飾る、犬猫専用のエステにも連れてゆく。死んだらお葬式を執りおこない、立派なお墓も建ててあげる。そんな方もいらっしゃいます。『やり過ぎでは』とか『たかが犬や猫じゃないか』という意見もあります。

 ですが私は、家族の一員として死ぬまで愛情を注がれる幸運なペットの例として、この過剰とも思えるペットへの溺愛を好意的に受け止めたいと思うのです」

 

 彼女はそう答えながら、こちらに走り寄ってきたシェットランド・シープドッグ(シェルティ)を膝をついて優しくなでる。その犬は背中が不自然に盛り上がり、胴に犬用の車椅子を装着している。下半身が麻痺しているのである。

 

「この子は背骨が折れて脊髄損傷の状態で保護されました。処置を担当した獣医師さんからは、命が助かっても下半身は一生麻痺が残るだろうと。幸い臓器は正常に機能していましたから、一命をとりとめたあとはこうして元気になるまで回復してくれました。人懐っこい子でしょう? ここに来た当初からそうなんです」

 

 そのシェルティは彼女の膝に身体をすりすりと寄せる。彼女はくすぐったそうにシェルティの甘えぶりを受け止める。彼女の磨き抜かれた紫水晶の瞳には愛憐の情がたたえられている。

 

「きっと前の飼い主さんに大事にされていたんだと思います。なのにあんなひどい状態で捨てられていたのは、おそらく引っ越し先では飼えないとか、新しくできたパートナーが動物嫌いで飼えなくなったとかで手放さざるを得なくなったとかの事情でしょう」

 

 茶・白・黒の色合いと刷毛のように軽くふうわりとした体毛の愛らしい尨犬(むくいぬ)と戯れながら、彼女は引き取られる前のシェルティの過去を推察する。

 

「やむなく動物愛護センターに連れて行ったけれど、いまの法律では飼い主が最大限引き取り先を探す努力をしていなければセンターは引き取りを拒否できます。飼い主さんは途方に暮れたと思います。里親を探す時間もあまりなかったのかもしれません。それで、せめてもの情けで自分自身で息の根を止めようとした。でもうまくいかなかった。結果的にもっとも残酷な仕打ちになってしまった。そんなところだろうと思います」

 

 そして捨てられていた場所をたまさか通りがかった周辺住民によって動物愛護センターに保護され、彼女の運営する一時保護施設(シェルター)へと引き出された。ここにはそのような、飼い主を失い行き場をなくした動物が数多く身を寄せている。

 

 遺棄や虐待、不適切飼養、事故や災害から動物を救う現代のノアの方舟の舵をとるこの女性は、かつて世紀末覇王と呼ばれた絶対的王者テイエムオペラオーに果敢に挑み、6度にわたる挑戦の末これを打ち破った不屈のウマ娘、メイショウドトウである。

 

 

  ◇

 

 

 メイショウドトウは先行抜け出し・好位差しの粘り強い走りで主に中距離戦線で活躍したウマ娘である。勝ったGIはひとつだけだが、むしろそのひとつの金星にいたるまでの数々の敗戦によって強さを示した稀有なウマ娘といえるだろう。だが歩んできた道はライバルとは対照的な泥臭いものだった。

 

 テイエムオペラオーが皐月賞の栄冠を頭上に戴いたころ、メイショウドトウは1勝クラスをようやく勝ち抜いたに過ぎなかった。ライバルが1つ上の世代である黄金世代に世代交代を唱え、有記念でグラスワンダーとスペシャルウィークに肉薄したころ、彼女はオープンレースで1番人気に支持されたがまさかの最下位に終わった。

 クラシックの大舞台で華々しい歌劇を演じる好敵手に対して、彼女はまだ下積みを続ける大部屋女優のひとりに過ぎなかった。当時リアルタイムでレースを追っていたファンのなかでメイショウドトウとテイエムオペラオーが幾度となくGIの舞台で名勝負を繰り広げるようになると予想できたものは誰ひとりとしていなかったはずだ。

 

 2人のマッチレースはシニア期、黒南風(くろはえ)の吹くころからはじまった。遅ればせながら本格化を迎え*1、心身ともに大きく成長したメイショウドトウはGIII、GIIを勝ち上がり、とうとうGIの舞台に上がった。

 しかしここから苦杯をなめる日々が続く。1度目の宝塚記念、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有記念、天皇賞(春)。いずれのレースもオペラオーの2着。だがオペラオー以外には先着を許さなかった。天皇賞(秋)の2バ身半差がジャパンカップではクビ差まで縮んだ。有記念ではハナ差まで迫った。しかしそれ以上が縮まらなかった。勝者と敗者を分ける数センチが永遠の距離に思われた。

 この時点でシンボリルドルフに並ぶ七冠の記録を打ち立てたテイエムオペラオーを称える声に対して、メイショウドトウには絶対王政の敷かれた時代にデビューしてしまった不運に同情する意見が多く寄せられた。

 

 そんな彼女にもついに王朝にくさびを打ち込む機会が訪れた。2度目の宝塚記念、オペラオーへの6度目の挑戦である。

 彼女のトレーナーは、もしこの日も負けるようならば彼女の担当を降りる覚悟をもってレースに臨んでいた。これだけの才能があって強いウマ娘がひとつもGIを勝てないのは自分の指導力が未熟だからだと考えたのだ。

 トレーナーの背水の心構えは彼女にも伝わった。最高のコンディションだった。心技体が充実していた。

 

 普段はやや鈍さのある彼女がこの日は好スタートを決め、第3コーナー過ぎの勝負どころで中段から進出し、第4コーナーで先頭に並んだ。実況アナウンサーが気炎を揚げる。「ドトウ先頭! ドトウ先頭! メイショウドトウの執念が通じるのか!?」あとはそのまま逃げ切るだけだ。だが彼女の表情に余裕はなかった。宿敵が必ず追い込んでくる。必死にスパートをかけた。

 

 道中のオペラオーは厳しいマークにあい身動きが取れず、第4コーナーも外を回らされる不利を受けたが、最終直線でついに溜めに溜めた末脚を爆発させた。

 逃げるドトウ、追うオペラオー。猛然と差を詰めてきた。みるみる互いの距離が縮まっていく。しかし両者の差が1バ身1/4まで詰まったところがゴールだった。

 

 ゴール板を過ぎて後ろを振り返った。自分より後ろにオペラオーがいる。自分が勝ったのか? あのオペラオーさんに? 掲示板の1着に自分の番号がともった。信じられなかった。スタンドもどよめいていた。オペラオーが負けた驚き、ドトウが勝った興奮がないまぜになって言葉にならない雰囲気に包まれていた。

 それでもドトウがウィナーズサークルに来ると観客たちは勝者を歓呼の声で迎えた。ドトウコールが阪神レース場をこだました。

 

 ここでようやく彼女は自分の勝ちを実感できた。勝ったんだ、本当に! その瞬間自然と──引っ込み思案な彼女にとっては稀有なことに──左手を握りしめてガッツポーズを作っていた。

 

 GIタイトルを獲るまでにかかった時間は約2年半。それだけの時間をかけて、ずっと先頭を走っていた宿命のライバルに執念の追い込みを決めたのだった。

 

 このときの勝利はよほど印象に残っているようで、後年のインタビューで差し向けられたある質問に対しては以下のように──彼女にしては珍しく決然と──答えている。

 

「テイエムオペラオーがいなければもっと勝てていたというファンの声もありましたが、ドトウさんはどのようにお考えですか?」

 

「それはありえません。オペラオーさんあっての私なんです。いつも堂々としていて自信に溢れているオペラオーさんはずっと私の憧れでした。今でもそうです。オペラオーさんのライバルになりたいとずっと願ってきたから諦めずに頑張って来られたんです。

 ですから、オペラオーさんがいなかったらもっと勝てていたなんてことはなくて、オペラオーさんがいたからこそ、私はあそこまで現役を続けられて、あの宝塚記念を一生の勲章にすることができたんです」

 

 現役時代の経験がいまの自分を支えていると彼女は述懐する。落ち着き払った口ぶりで話す彼女からは、かつてのおどおどした雰囲気は感じられなかった。

 

「ダメダメでも、自信がなくても、諦めずに頑張れば救いはあるんだって思いました。あなたにもお世話になりました。いつもライブは最前列でご覧になっていましたね。

 現役中はずっと暗いトンネルのなかを進んでいる気がしましたけど、それは動物の保護活動をしているいまも変わりません。でも、トレーナーさんとオペラオーさんを信じ続けて最後の最後に結果が出せたように、今の活動も、いつかは報われる日が来ると信じてやっています」

 

 

  ◇

 

 

 新幹線が停まるターミナル駅から電車を乗り継いで1時間、さらに車で約20分。田園地帯の山あいにメイショウドトウの運営するシェルターはある。

 立派な樹木が多く、とりわけ木々の開けたところから眺望できる翠黛(すいたい)は秋になると紅葉色に染まり、晴れた夜には空に銀漢がきらめく。田畑が広がる里山の奥はシカ、イノシシ、キツネなどの野生動物のすみかであり、大自然に恵まれた別天地だ。

 小さな清流のそばにある敷地には、事務所に犬舎、猫舎など5棟の建物が点在し、敷地全体がひとつの集落のようだ。

 

 犬、猫、ウサギ、インコをはじめとした禽獣が、食事、住まい、医療、社会化訓練などできる限りのケアを受け、次の飼い主に迎えられる日までを過ごす。社会性に問題のない動物は一時預かりボランティアの家庭で保護される場合もある。

 老齢や持病、障害があるために里親がみつかりにくく、シェルターでの生活が長期化すると予想される動物はフォスターペアレント(養い親)が募集される。特定の動物の養い親になれば好きなときにシェルターに来て自分のペットとして1時間でも2時間でも一緒に過ごすことができる。日々の世話はシェルターが引き受けるため、フォスターペアレント自身は日常の世話や健康管理の手間もかからず飼い主気分を味わえる。

 

 元GIウマ娘としての知名度、地道な活動により支援者に恵まれ、定期的に里親募集の譲渡会を開催してもいる。だがそれでも保護スペースが足りず、知り合いの保護団体に引き受けを頼む場合も少なくない。

 

「とくにワンちゃん猫さんは毎年おびただしい数が繁殖されて市場に入ってきますが、そのすべてが飼い主に渡ることはありません。ご主人様に見初められた子のなかにも、飽きて捨てられ家庭から弾かれてしまう子が出てきます。あるいは外飼いしていつの間にかいなくなった子、多頭飼育崩壊によってネグレクトを受けた子、ブリーダーの廃業によって行き場を失う子もいます。あまりにも数が多くて、私たちのところだけでは到底まかないきれません」

 

 彼女はここに保護される動物と引退したウマ娘とを重ね合わせてしまうときがあるという。

 

「飼い主の都合で捨てられて、捨てられた後だって命は続いていくのに、だれからも顧みられない。そんな動物がこの世には溢れています。

 トゥインクル・シリーズも、毎年たくさんの有望株が続々とデビューする一方で、限界を悟った選手やケガ・病気で続けられなくなった選手、未勝利戦を勝ち抜けなかった選手があまた表舞台からこぼれ落ちていきます。デビューすら叶わなかった人もいます。そうして人知れず忘れられていく……」彼女は人々の記憶から消えていく存在に思いを馳せる。

 

「子供のころにみたレース場は輝いていて、努力の末にGIを勝った選手が、自分を好きになれたと答えた姿に惹かれて私もレースの世界に入りましたが、動物の保護活動を長く続けているうちに、こういう大量供給・大量消費の陰の部分に敏感になってしまいました」

 

 自分自身がトゥインクル・シリーズに挑戦したのはまったく後悔していないと断りつつも、彼女は愁色を帯びた声でこう続ける。

 

「当時は自分のことだけで精一杯でしたが、いまから振り返ると、私はとても幸運なウマ娘だったと思うんです……。ドジばかりの私を両親は愛情深く、そして辛抱強く育ててくれました。『ドトウはすごい子だ』って落ち込んだときはいつも励ましてくれて……。トレセン学園に入ってからは、私の諦めの悪さを長所だと褒めてくれるトレーナーさんや、尊敬できる仲間に恵まれました。

 このうちのどれか一つでも欠けていたら、私はびくびくして周りの顔色をうかがう自分に自信のないウマ娘のまま、ひっそりとレースの世界を去っていたでしょう。ですから、ここに来たばかりの主を失った子たちがみせる警戒心の強さや所在なげな姿が、他人事に思えないんです」

 

 

 これほどまでに動物に心を寄せる彼女だが、どのような経緯があっていまの活動にたどり着いたのか。そのきっかけについて尋ねてみると、彼女は指をもじもじとさせながら赤裸々に語った。

 

「こんな話をすると笑われてしまうかもしれないのですが~、現役時代、悩みや不安があるとよくタヌキさんに話を聞いてもらっていたんです。トレーナーさんはいつもお忙しそうでしたし、仲良くしていただいてた方々にも私のことで煩わせてしまうのは忍びなくて……」

 

 広大な敷地面積を有するトレセン学園にはときおり野生動物が迷い込む*2。彼女がよく話しかけていたというタヌキもそのうちの一頭だった。

 本来タヌキは夜行性で集団生活する臆病な動物なのだが、くだんのタヌキは昼間でも単独で出没した。彼女が近づいてもまったく逃げる素振りをみせなかったというから、よほど人馴れしているか肝の大きいタヌキだったのだろう。

 彼女はレースに関する不安や生来の粗忽からくる自己嫌悪をたびたびそのタヌキに吐露した。

 

「私の言葉がわかったわけではないのでしょうが、私がひとしきり気持ちを吐き出すと、おごそかな顔つきで『ヴッフ……』とうなずくんです。まるで、『頑張れ』とこちらを励ましてくれるかのように……。タヌキさんに相談したあとは不思議と気持ちが楽になっていたんです」

 

 一見すると牧歌的な光景が浮かぶが意外とバ鹿にはできない。プログラマーの世界にはラバーダック・デバッグというデバッグ手法がある。プログラマーが人形に向かってコードの挙動を説明するうちにより良い解決策を思いつく場合があるのだ。

 より一般的にいえば、人は自分の考えを音声なり文字なりで外部に出力することで、脳内に漠然と押し込められていた思考を整理し、それをもとによりよいフィードバックを追求できるのである。友人に愚痴を吐き出して気持ちが楽になった経験は誰しもあるだろう。彼女はタヌキに話しかけることで無意識的に自身の精神状態をハックしていたといえる。

 

「そうした経験があって、将来は動物に関わるお仕事がしたいと思ったんです。それで動物系の専門学校へ。動物園の飼育員とか犬のトリマーなんかになれたらいいなぁって思いまして」

 

 クラスメイトや指導者にも助けられ、専門学校では充実した日々を過ごした。そのまま仕事に就ければいまよりも心安い毎日を送れただろう。だが校外学習で訪れた動物愛護センターでのやりきれない経験が、彼女の人生の一大転機となった。

 

「まだ動物愛護法の改正前で、センターがペットの引取依頼を拒否できず、ワンちゃん猫さんの年間殺処分数がいまよりも10倍近く多かったころの話です。あのとき目の当たりにした光景は、今後ずっと、忘れたくても忘れることはないでしょう」

 

*1
通常、ウマ娘は本格化を迎えてからデビューするが、メイショウドトウの場合は手違いにより本格化する前にデビューしてしまったという珍事が当時の関係者への取材で判明している。

*2
レース場にも同様のことがいえる。近年、高知レース場のあるレースでコース内にタヌキが闖入したのは記憶に新しい。

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