先日、とあるペット繁殖施設の元従業員からメイショウドトウのシェルターに相談が寄せられた。
いわく、残された動物がどうなったか気がかりで元職場に連絡を入れたが音沙汰がない、どうしたらよいかという相談だった。
市内の最寄りのインターチェンジから国道・県道を経由し、
警察の生活安全課に通報し、動物虐待および不適正飼養により動物愛護管理法第44条に抵触している可能性がある旨を説明すると、現場に来た警察官は事件性ありと判断し、後日家宅捜索をおこなう運びとなった。
そして本日、家主に連絡が取れず周囲に人家もないため、保健所職員の立ち会いのもとで家宅捜索がおこなわれる。
家宅捜索が終わったらすぐに取り残された犬猫の救助作業を実施すべく、現在メイショウドトウおよびシェルターのスタッフ一同はバンを走らせ現場に急行している。協力関係にある獣医師と多数のボランティアも彼女の後に続いている。
道すがら、メイショウドトウは日本におけるペット業界の拡大について講義してくれた。
「いまみなさんがペットを飼おうと思ったらまずペットショップが思い浮かびますよね? でももともとはそうじゃなかったんです。野良の子を捕まえたり、近所の人の飼っている動物が産んだ仔を譲り受けたりといったパターンが大半でした。わざわざ大金を払って買いに行くものではなかったんです。
また、犬は番犬として、猫はネズミ捕りとしての役割が期待されていました。愛玩動物というより益獣としての側面が強かったんです」
個人経営のペットショップは存在したが、現在ほど多種の動物は扱っていなかった。この流れは30年ほど前に「ペットオークション」という独特の業態が出現してから一変する。
「一種のセリ市です。マグロのセリをご覧になったご経験はありますか? あれと同じことを生きた動物を対象にやるんです。
ダンボールに入った仔犬・仔猫がコンベアで運ばれてきて、会場にいるバイヤーが見た目や健康状態、種類なんかをみて入札していきます。完全にモノ扱いです。このペットオークションが仲立ちになって、ペットショップによる生体販売が急拡大しました」
それまで
動物を取り扱った作品の増加もブームを後押しした。たとえば獣医学部を舞台にした動物漫画のヒットはシベリアン・ハスキーを飼う家庭を急増させ、消費者金融のCMはチワワ人気に火をつけた。ごく最近でもペットをダメにする枕のCMが話題になったのは記憶に新しい。
「20年ほど前からは異業種からの参入も活発になりました。百貨店の屋上やホームセンターで店頭のガラスケースに入れられて陳列された純血種の子たちをみたことがありますよね。その愛らしさに購入意欲を刺激され、来場した家族の子どもがご両親に『この子かわいい、買って』とねだるような、いまや誰もが当たり前だと思う光景はこのころに確立されました。
こうした生体販売ビジネスの成長はペットと消費者の距離を近づけ、動物愛護の機運の醸成に一役買いましたが、その一方でさまざまな問題も生みました。わかりやすいところだと、ペットの衝動買いが挙げられます」
流行りの作品を楽しんだあとにホームセンターに買物に行く。ついでに寄ったペットコーナーのショーケースにあの作品でみた犬が展示販売されている。小さい体躯につぶらな瞳でこちらをみつめてくる。
キュンとくるかわいさに心射抜かれて胸がときめいていると、大人しくて飼いやすい子ですよと──実態は病気がちで動き回る元気がないのを伏せて──店員が揉み手で購入を促してくる。犬はなおもみつめてくる。
これはきっと運命だ。そう自分を納得させて店員に購入の意思を伝えると、店員はえびす顔になって謝意を示し、嬉々として飼育のさいの注意事項を説明する。ショーケースが陳列された棚の片隅では売れ残ったペットが在庫処分価格に値引きされている。
「ところが実際に飼ってみて、糞やおしっこをする、かみつく、ひっかく、想像より大きく成長するなどさまざまな想定外が生じます。
小型の犬種でも毎日散歩が必要です。他人に迷惑をかけないようしつけや振る舞いを教えなければいけません。ときにはブラシをかけて、爪も切ってやり、病気にならないように予防接種も受けさせる。病気になれば仕事を休んで病院に連れていく。動物病院は自由診療ですから人間の治療代よりずっと高くつきます。手間もお金もかかるのです」
こういった飼育にかかる難儀は少しでも調べれば容易に判明する情報だ。良識ある人間ならば、子どもを授かるにあたってはあれこれと準備に奔走し、妊娠や出産、その後の子育てについても真剣に勉強するだろう。
ところが動物の飼育については多くのものが驚くほど無知の状態のまま、飼育する準備もなく、育て続けられるかどうかの検討もせず、その場の勢いだけで家に迎えてしまう。
「かわいさに惹かれて衝動的に動物を迎えたはいいけれど、実際に飼育する段になって世話の仕方もわからず、しつけもできず、問題行動が起こっても対処できない。
するとこう思います。かわいくないと。かわいさ余って憎さ百倍というわけです。そしてもう面倒をみられないということで愛護センターに連れて行ってしまいます。ひどい場合だと野外に置き去りにしたりも」
センターに連れて行くと殺処分されると思っている飼い主のなかには、このまま死なせてしまうよりはと野生下で生き延びることを願って"自然に帰す"ものもいる。
もっともその理屈は、聞こえのいい言葉で飼い主としての義務を放棄し、命に向き合う責任を反故にし、自然に対する無知を露呈しているだけの牽強付会に過ぎない。
「愛玩動物は獲物の狩り方も危険から身を隠す方法も学習していません。
もし仮に生き延びたとしても、もともと棲んでいた別の動物を蹂躙して既存の生態系に被害を与えたりする場合もあります。こういった心ない行為が、ブームが起こるたびに繰り返されてきたんです」
流通・小売業と在庫は切っても切れない関係にある。ペットショップについていえば売れ残る動物の存在は避けて通れない。普通に考えれば、抱えた在庫を100%販売できる小売業は存在しない。だがブームで高値がつけば多少"ロス"が出ても利益があがるからペットショップは節操なく仕入れる。繁殖業者もそれに合わせて「産めよ殖やせよ」の感覚に変質していった。
「現在日本における犬猫の殺処分数は約24,000頭です。かつて100万頭以上を殺処分していた時代に比べると著しく下がってきましたが、これはあくまで行政が把握している数字だけです。路上で死んだ動物や生産・流通過程で発生する犠牲についてはカウントされていないんです」
某大手新聞社の調査によると、殺処分数とほぼ同数が流通過程で死亡している。この数字は一般にはほとんど認知されていない。
かわいさだけを装飾品のように一方的に消費する風潮は命への無関心と表裏一体であり、その無関心は、かわいさの裏側にある過酷な運命にさらされた動物たちの存在から目をそむけさせることにつながっている。
「公的な統計に表れないところで動物がどのような末路をたどるのか。その一端を、今日の現場で目の当たりにすると思います。心してください」
予感めいた台詞をいう彼女の表情は、険しかった。
◇
現場にたどり着いてバンを降りるとすぐに不快な臭いが周囲を漂っているのがわかった。雨上がりの地面が発するゲオスミンのカビ臭さに混じって
いまだ天気はどんよりと曇っており、現場家屋は周りを囲う竹藪と主人のいなくなったわびしさに陰気なたたずまいをみせている。
スタッフから渡された薄手のレインコートとゴム手袋、ゴーグル、不織布キャップ、防じんマスクを身につける。足元は長靴をビニールカバーで覆う。
肌の露出を極力抑えた格好は建物の解体現場に従事するかのような重装備だが、予想される衛生状態や犬猫を介した感染症の伝播防止を考慮するとこれくらいの準備は必要になるらしい。
しばらくすると警察のチームと保健所職員が家屋の中から出てきて家宅捜索の終了を告げた。犬を飼っているらしい警察官が、なかに多数の犬猫が取り残されている、早く助けてあげてほしいと感情を殺した声で告げてきた。
「いま助けに行きますからね……!」
覚悟のほぞを固めたメイショウドトウが扉を開けていきなり目に飛び込んできたのは、足の踏み場もないほどのゴミの山、山、山。空になったペットボトルや弁当の空き箱、カップ麺の容器などがゴミ袋からあふれ、食べかすに群がり肥えたハエやゴキブリの大群が黒い影となってうごめく。
鼻が曲がりそうな悪臭も同時にあふれてきた。感覚の鋭いウマ娘には堪えがたい臭気のはずだが、彼女は多少眉根を寄せるだけで動じた様子はない。
「慣れていますから。飼育崩壊を起こした家というのは大なり小なりこんなものです。大変なのはむしろここからです」
引き締めた表情のまま彼女は宅内へ分け入っていく。警察からの情報を元に犬部屋と猫部屋で二手に分かれる。彼女は新人スタッフも含めた数名とともに犬部屋へと赴いた。
犬部屋に足を踏み入れると、古い公衆トイレの臭いを何十倍にも濃縮したかのような臭気が鼻をつんざいた。強烈なアンモニア臭が粘膜を刺激し、ゴーグルをかけていても目は痛み、マスク越しでも呼吸が苦しい。ハエの飛び交う耳障りな音と犬たちの甲高い悲鳴がけたたましく鼓膜を攻撃する。
思わず首を曲げて咳き込んだ顔を元に戻すと、目の前にはこの世の業をすべて凝縮したような酸鼻極まる光景が広がっていた。
元は大きめの納戸と思しきその部屋には小さな窓がひとつしかついておらず、空気は淀み、昼間にもかかわらず室内は薄暗い。割れた窓ガラスには血液が付着している。敷地内で死体で見つかった犬はここから脱出したようだ。
壁側には三段重ねになった金属製ケージが所狭しと並んでおり、背骨や肋骨が浮き出るほど痩せ衰えた犬たちが何十頭も収容されている。
大半の犬は事切れている。錆びついたケージが犬の棺桶だった。生きていても健康なものは皆無だ。旋回もできないほど狭いスペースで常同行動*1を繰り返している。爪が伸びきって肉球に食い込んでいる。適切なケアがなされず皮膚病が蔓延している。飼い主の呼びかけを聞くはずだった耳には仲間の悲痛な声しか入ってこない。
ケージの床面は金網になっており、糞尿は金網を通ってケージ下のトレーで回収できるようになっている。
しかし溜まった糞尿は処理されず放置されており、堆積した糞があふれ、トレーで受け止めきれなくなった糞尿が下段にいる犬にしたたっている。
被毛は汚れ、毛玉となり、ハエが渦を巻く。傷口にかかった糞尿で皮膚はただれ、糞便から口内に侵入した寄生虫によって感染症にかかっている。栄養失調で白内障が進み失明している犬もいる。眼球が飛び出しかかっている犬もいる。
「ドトウさん、ちょっとみてもらえますか」
ケージを確認していた中堅スタッフの一人が手招きする。
「この子、ひょっとして……」
「ええ、妊娠したまま亡くなっていますね……」
彼女らが状態を確かめる。フレンチ・ブルドッグだった。
「おそらく事業主の蒸発は急だったんでしょう。交配させた時点ではまだ売るつもりだった。でも急に逃げてしまって、ケージから出られず、なすすべなく餓死してしまったのでしょう。あるいは死産だったのかもしれません。なんてむごい」
ブルドッグの出産は帝王切開によっておこなう場合がほとんどだ。長年の品種改良の結果、頭部が非常に大きくなり、自然分娩では母犬の骨盤腔をスムーズに通過できないのである。ろくに栄養も取れないまま産気づき、分娩できないまま母子ともに果てたのかもしれない。
愛玩動物の品種改良は意図的な人工交配のたまものであり、本来自然下においては生存に不利な特徴を強調させる。すなわちペットの飼育は、人為的に保存された奇形児を愛でる行為にほかならない。
このフレンチ・ブルドッグも、誕生から幽明
「つらかったでしょう……。助けてあげられなくてごめんなさい。いまは、生きている子たちを優先させてください」
冷たく横たわるフレンチ・ブルドッグに痛切な気持ちで詫びながら、彼女はその場を離れた。
床に目を向けると、ケージの数が足りず放し飼いにされた犬たちによって垂れ流しにされた糞が抜け毛とともに踏み固められ、汚泥となって、敷き詰められたブルーシートを舗装している。乱雑に散らばった備品が糞の海に浮かんでいる。その周りを放置された犬たちが、平板な黒褐色昆虫とともに取り巻いている。
生死は半々、命脈尽きた犬たちは一様に
あるポメラニアンの死体は子宮が飛び出していた。子宮は使い古されて鉄錆色にくすんでいる。乳首が伸びて乳腺が柔らかい。何度も出産と授乳を繰り返させられた証拠だ。
生きている犬たちも、吠える元気のある犬はまだ良いほうで、大半は
生色を失った目を向けつつも動く気力のない犬、かろうじて自発呼吸している犬、餓えと混乱で自分の前足を食べ、その傷口にウジのわいている犬までいる。
暗澹、不潔、退廃、凄絶、汚穢。負の言葉をどれだけ並べ立てても表現できないおぞましい地獄絵図がそこにはあった。
「ご覧になりましたか。これが、店頭に並ぶかわいらしい動物たちを供給する繁殖施設です。ここはもっとも悪質なところのひとつ。動物の健康状態なんていっさい考慮せず、ただ産む道具としてしか扱わない"繁殖屋"の劣悪な繁殖施設は、
パピーミルの惨状を目の当たりにしたメイショウドトウらの行動は早かった。彼女の指示と獣医師の見立てにより、犬たちの治療の緊急度合いを選別していく。災害におけるトリアージと同じ要領だ。
動物に対するトリアージの場合、歩行能力の有無、自発呼吸の有無、呼吸困難の有無、脈圧の有無で緊急度合いを判定していく。
自発呼吸はしているが呼吸が弱々しい犬を緊急治療の必要な第一順位と判定し、持参したクレート*2に赤いタグを貼って収め、運搬ボランティアの車によって事前に連絡しておいた動物愛護センターへと運び込む。
すぐには命に別状のない犬も順次集められていく。当日中にすべてを運び出さなければならない。日をまたげば家主が戻ってきて引き渡しを拒否してくる可能性があるからだ*3。
散乱したガラクタの下にダックスフントの仔犬の頭がみえた。それほど痩せてはいない。母犬の乳を飲めていたからだろうか。
助かりそうだと判断した新人スタッフが近寄ってガラクタを除けると、新人はひっと悲鳴をあげて尻餅をついた。何事かと思ったメイショウドトウが駆け寄って声をかける。
「どうしたんですか!?」
「ドトウさん! こ、この子が! この子……首から下が、ない!!」
新人の震える指の先には、首だけになったダックスフントの死骸が転がっていた。両眼に恐怖が貼りついたまま時が止まっている。
「これは……共食いの結果です。仔犬はミルクの匂いがするから餓えた犬の食欲を刺激してしまうんです」
「こんな、こんなことって……」
「ここに限らず、飼育崩壊した現場では珍しくないんです。多頭飼育をする一般家庭でも、収容能力を超えて引き取りをおこなう愛護団体でも起こり得ます。……っ! 大丈夫ですか!?」
眼前の惨状を心構えをする間もなく目の当たりにした新人スタッフは、たまりかねて吐き戻してしまった。メイショウドトウが背中をさする。
「新人さんにはショックでしたね。顔色が良くないですから車で休んでいてください。後は私たちがやりますから」
「いえ、大丈夫です……。私よりも助けが必要な子たちがまだいますから」
新人スタッフが息を整えていると、別のスタッフから連絡が入った。
「ドトウさん、猫のトリアージ完了しました! いまから搬出します!」
「わかりました! 私もそっちに向かいます!」「わ、私も!」
彼女たちが猫の繁殖部屋に駆けつけると、こちらでも同様の惨状が広がっていた。彼女は歯噛みする。
「最初に入ったときから感じていましたが、逃げたブリーダーは素人さんですね。犬だけにしても扱う種類が多すぎましたし、それにくわえて猫までやるなんて」
本来のブリーダーは自分の惚れ込んだ品種の
しかし、ここ30年ほど断続的に続くペットブームは業界に大量生産・大量消費の商習慣を定着させ、その過程で多くの素人繁殖家が参入するようになった。
「本来犬と猫は別種です。犬は群れを作って生活しますけど猫は基本的に単独行動ですし、犬の筋肉は持久性、猫の筋肉は瞬発性に優れています。だから犬は毎日散歩しなくてはいけませんし、猫は上下運動できるスペースを作ってあげなければいけません。懸念される病気や打たなければいけないワクチンの種類だって違います。発情時期や品種ごとの出産頭数だって。
ちょっと挙げただけでもこれだけの違いがあるのに、ペットとしてポピュラーになりすぎているからか、素人ブリーダーは同じように育てられるだろうと無分別に手を出すんです」
同じ種の個体同士であっても見た目や性格はそれぞれ異なる。ましてや異種間であればなおさらだ。その差異をまったく無視して同じように扱うのは、動物に対する理解や尊重からかけ離れた行為だ。
いったいどうしてこんな心無い仕打ちができるのか。憤然とも悄然ともつかない声音で彼女はひとりごちた。
それでも目の前の状況は待ったなしだ。救急の必要なもの、いますぐ命に別状はないもの、すでに事切れているもの。優先順位の高いものから医療につなげるべく、彼女は自身の気持ちも憤怒より冷静を
救出作業が一段落したころ、ガラクタの陰から小さい手帳のようなものが発見された。中をあらためてみると「○○オークション登録証」と印字してある。
「ペットオークションの登録証ですね。重要証拠です。よほど慌ててたんでしょうね。これがあれば逃げた犯人もしらを切れないでしょう。警察に渡しておきます。みなさんは残った子たちを手分けして病院に連れて行ってください」
後日、動物愛護管理法違反で犯人の男が逮捕された。男はもともと動物業についての知識はなく、幼少期に雑種犬を飼っていた程度の経験しかなかった。
大人になってからはブログやSNS、動画サイトなどで動物の愛らしい姿をみて無聊を慰める日々を送っていた。
10年ほど前、犬好きが集まるオフ会でブリーダーを名乗る男から君もやってみないかと話を持ちかけられた*4。
「そこまで世話をする必要はない。出産も犬がやる。子育ても犬がやる。子犬がある程度大きくなったら出荷すればいい」 。楽な商売だと教えられた。
両親から相続はしたが利用されていない土地と家屋を活用し、固定資産税くらいは回収できたらいいなという気持ちで小型の繁殖犬をつがいで譲り受けた。
当時、第一種動物取扱業者*5になるには半年以上の実務経験が必要であったが、それはペットショップのパートタイム勤務を半年以上勤めればクリアできる程度のザルな要件でしかなかった*6。
犬についての専門知識はなく、似た動物をかけ合わせれば特徴を受け継いだ子が生まれるだろうといういい加減な方針で生まれた仔犬は、当初はまずまずの売れ行きを博した。SNSを通じた気軽な個人売買も売上に貢献した。
しかし時とともに売上は鈍化していく。ブームの移り変わりが激しいうえ、近年は犬よりも猫のほうが飼育頭数で上回るほどの人気だ。業界では「ネコノミクス」という言葉すら生まれている。必然、犬の需要は下がり、買い手がつかなくなった。
日本ではなるべく小さく幼いほどかわいいと持て囃される傾向があるため、数ヶ月もたてば売れ時が過ぎ、手元には在庫となった犬が大量に残る。それでもメスであればまだ繁殖用として利用価値がある。それほど数が必要でないオスは処分を考え動物愛護センターに持ち込んだ。
だが現在の法律では業者からの引取依頼は拒否できる。個人の飼い主を装っても殺処分ゼロを掲げるセンターに終生飼養の義務を説かれて追い返された。
仕方なく自分で飼養することにしたが*7、大量にいる犬の世話は水と餌を与えるだけの最低限のものになり、赤字も加速度的に膨らんだ。
すでにアニマルホーダー*8と化していたが、ホーダーとなった時点で冷静な判断力は失われている。男は赤字を埋めるべく猫の繁殖にも手を出し、猫ブームに乗ろうと画策した。
しかし折り悪く数年前の動物愛護法改正により、動物取扱業者にはインターネット販売の禁止と数値規制*9の遵守、動物へのマイクロチップ*10装着が義務化された。
数値規制を遵守するには飼育環境を一新しなければならず、マイクロチップの埋め込みは医療行為にあたるため獣医にみせなければならない。マイクロチップは1匹あたり5,000円ほどかかり、行政の補助もない。
マイクロチップのない動物はまともな取引では相手にされない。手元にある動物すべてにマイクロチップを施せば数十万円の費用がかかる。販路が狭まり赤貧に陥った男には工面できる手立てがなかった。
既存業者には経過措置がとられ、数年間の猶予が設定されたがその猶予も今年で最後だった。
ブリーダーという生き物は一匹狼が多く、男にも相談相手はいなかった。アイデアも出なかった。せめて動物たちに向き合う真摯さも。
慢性的な赤字と膨らむ借金、日々届く督促令状と支払催促の電話、手元に残った"不良在庫"の数々を前にして、とうとう男はすべてを投げ出した。警察の取り調べで男はこう自供している。
「最後はもう、どうやって借金を返したらいいのか、あいつら(犬猫)をどう手放したらいいのかばかり考えていた。逮捕はされたが、むしろ肩の荷が下りたと感じている」
その言葉からは、犠牲になった犬猫への悔悟の念は読み取れなかった。動物たちの所有権はすべて放棄され、正式に彼女のシェルター預かりとなった。
「これでもレスキューに入れただけまだマシなほうです。これだけ悪質でも、行政が立入検査に入ったり動物取扱業の登録を抹消したりするのは稀です。警察だってなかなか動いてはくれません。それに」
言葉を続けようとする彼女は、拳を固く握りしめた。
「繁殖屋のなかには産めなくなった繁殖動物を抱えなくてすむように、産ませるだけ産ませたあと、意図的に経営破綻して動物たちを放棄する"産ませ逃げ"を繰り返す信じがたい業者もいます。
こうした業者は動物愛護団体を都合のいい片付け屋としか考えていません。繁殖場を崩壊させて動物を放置してもどうせ愛護団体が引き取ってくれるだろうと、レスキューが入るのもすべて想定した上で放置するのです」
最初からレスキューをあてにされて堂々と放置される。保護活動が都合よく利用される。悪い連中だけが常にいい思いをする構造になっている。動物愛護団体は動物の引取所では、ない。
「だからといって放置された動物を救わないわけにはいきません。悪徳業者とのいたちごっこです。悪質な飼い主のもとに留め置かれてぞんざいな扱いをされるくらいならセンターが引き取ってほしいと思うときもあります。ですがそうなると悪徳業者は嬉々としてセンターをゴミ箱にするでしょう」
そこまでいって彼女は拳を緩め、やるかたない様子で天を仰いだ。
「いったいどうすれば本当に動物のためになるのか、いまだに答えは出ません。せめて助け出した子たちだけでも命の灯火を消さずにすんでよかった。そう思うしかないですね」
第一種は営利を目的とした業者を指し、ペットショップやブリーダー、ペットオークションのほか、ペットホテルやトリミングサロン、動物園なども含まれる。
第二種は非営利の活動団体のうち、飼養施設を有し、一定頭数以上の動物の取扱い(譲渡・展示・訓練等) をする者を指す。
したがってメイショウドトウは第二種動物取扱業者に該当する。