引退ウマ娘のセカンドキャリア   作:空洞丸

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中編:忘れられない相談者

「いってみれば社長の跡取り息子が取締役として入社してきたようなもんよね。あからさまに嫌悪感バリバリな人や無視してくる人はさすがにいなかったけど、やっかみだったり、お手並み拝見って感じで斜に構えた態度で接してくる人はけっこういたよ。こりゃ世の中よりも前に身内にアタシを広報しないといけないなって思った」

 

 レースで実績はあっても一般社会ではなんの経験もない新卒同然のウマ娘がいきなり部長として横滑りしてきたのである。誰であれ困惑するのは当然だったし、長年まじめに勤務しているものにとっては横紙破りもいいところだった。

 

「みんなが使命に燃えて驀進してるようなイメージを持ってたら幻滅するかもしれないけど、ウマ娘支援に携わる仕事っていっても組織で動いている以上、人の心をおもんぱからないとやっていけないのよね。優勝劣敗がはっきりするレースの世界とはルールがまるでちがうから、社会に出てからカルチャーショックを受ける元選手も多いみたい」

 

 内部広報の必要性を悟ったナイスネイチャだったが、一般社会に出るのがはじめての彼女にとって確立された戦術など持ちうるべくもない。牛も千里、ウマ娘も千里とばかりに辛抱強く信用を積み上げるしかなかった。

 ろくに返事を返さない相手にも欠かさず挨拶し、すげなく接してくる相手にも必ずお礼を述べ、指導役を褒めそやし、小さなミスでも平身低頭、果ては酒席で率先して酌をして回り、その翌日には各人に愛想よく謝辞を述べて回った。現代的な新人サラリーマンであればおよそ茶番と一笑に付してはばからない端女(はしため)のような振る舞いを真面目にこなし続けたのである。

 それは下心のある動きではあった。地元商店街でスナックを営む母親の地道なご近所付き合い──スナックという空間を経営する上での生命線である"情"の維持・構築──をみて育った彼女自身の、大人の集まる空間でかわいがられた経験を下地としたある種の道化的な装いだったが、とにもかくにも"私はあなた方に敬意を表します"という姿勢を彼女は示し続けた。

 やがて職員たちはほだされた。元来が引退ウマ娘支援というホスピタリティの求められる活動のために集まった善性のものたちである。他人を尊重し、周りに溶け込もうと必死に振る舞う若者の姿を幾度となく目の当たりにしてもなお目の敵にできるほど、彼らの性根はかたくなではなかった。

 

「先輩たちにだんだん認めてもえるようになって、じゃあそろそろ対面の相談業務もやってみようかって話になってね。いちおう広報部長ってことになってるけど、協会の主業務について肌で感じられるようにならないと広報もなにもないからね」

 

 いわば製造業の新入社員が、希望部署にかかわりなくまずは工場の製造ラインで現場研修をするようなものである。しかし相談業務に作業手順書はない。初経験の業務は彼女の蹉跌となった。

 

「組織に溶け込むのは今までの経験でなんとかアタリつけておおむねうまくいったけど、人様の相談に乗るのは最初はにっちもさっちもいかなかったね。現役時代にチームメイトの相談相手になることはあったけど、あくまでレース関連の相談がほとんどだったし。

 ここに来る人たちの悩みってのは、人によっては人生がかかっているわけで、軽々なことはいえないって慎重な物言いをしてたんだけど、こっちの緊張が相手にも伝わっちゃってたのか、相談者さんとのやりとりがギクシャクしてたのよ。暖簾に腕押しって感じで向こうも手応えの薄さを感じてたと思う。当時の相談者さんには申し訳なかったな」

 

 助け舟を出したのはあるベテラン職員である。相談者からのアンケートで満足度がいつも満点に近く、評判を聞きつけた新規相談者から指名が入るほど相談業務に定評があった人物だ。相談の乗り方に悩むナイスネイチャの姿を見かね、自分の相談業務に同席してみないかと声をかけてきたのだ。解決の糸口のみえなかったナイスネイチャは一も二もなく飛びついた。

 

「その人のやり方をみて驚いたのは、相談者さんに対してかなりフランクに応対していたところね。当時のアタシが役所の窓口みたいなお堅い話し方してたのと比べると、その人は友だちと話すみたいに接してた。

 こんなやり方ありなのって内心あんぐりしちゃったけど、たしかにレースやってたウマ娘からすれば現役時代のノリとあまり変わらなくて安心なのかも。トレセン学園、あまり上下関係強くないからね」

 

 トレセン学園の入学者は原則として寮で日々の生活を送る。選手同士の寮生活というと名門野球部のような強固な上下関係が想像されるかもしれないが、レースは基本的に出場選手それぞれが競争相手の個人戦であり、人格の異なる個々人を一つの戦闘集団として結束させる強力な力学の必要性は薄い。

 その結果、学年の違う選手同士の関係は、先輩後輩というよりは姉妹の間柄に近くなる。

 くわえてウマ娘の走力の本格化のタイミングがひとりひとり異なる関係上、デビュー時期は選手ごとにまちまちである。中等部の選手と高等部の選手が同じレースに出走するケースも珍しくなく、お互いを対等な好敵手と認識している場合も多い。

 総じて、異なる学年の選手同士であっても心的距離が近い場合が多く、中には先輩相手であっても敬語なし敬称なしで言葉を交わすものまで存在する。

 

「いままでそういうフラットな関係で生きてきたウマ娘に対していきなり丁寧な敬語なんて使ったら"違う世界の人だ"ってシャッター閉められてもおかしくないよね。

 もちろん相談者や相談員の性格による相性はあるだろうけど、駆け出しのときのアタシは、ちゃんとやろうちゃんとやろうって気持ちばかりが先行してて、相手をみて、相手の立場になって考えるっていう、信頼関係構築の基本ができてなかった。相手は不安を抱えてここに来てるんだから、その気持ちに寄り添って一緒に考えるっていう、伴走者(併せウマ)としての姿勢でいなきゃいけないのよね。レース展開の機をみて勝負をかける差しウマ娘としては恥ずかしい限りだけど、勉強させてもらったわ」

 

 ベテラン職員による実地指導を契機として、徐々に相談業務も軌道に乗りはじめた。もともとが面倒見のよく親しみやすい彼女である。ひとたびコツをつかめば相談者からの評判もうなぎ登りであった。

 しかし明確な正解のない業務である以上、あれでよかったのかと感じるケースもときにはあった。この時期に担当した相談で印象に残っているものがあるという。

 

「未勝利で中央レースを引退した子なんだけどね、かわいがってくれたお婆ちゃんのために現役復帰して、勝ったところをみせてあげたいっていうの。ちょっと人見知りのはにかみ屋だけど、小動物みたいな仕草がかわいらしい栗毛の子だった」

 

 

  ◇

 

 

「わたしの両親は、父はインフラ系の大企業、母は地方公務員の、安定志向の強い両親でした。だからトレセン学園に入りたいって伝えたとき、いい顔をしなかったんです。

 ネイチャさんほどの方にはいまさらいうまでもないと思いますが、元レース選手の生活って、不安定な方も少なくないじゃないですか。私の両親がレースをみてたのはだいぶ昔ですから、なおさら不安を抱いたんだと思います」

 

 レース選手の現役生活は短い。順当に勝ちあがれる選手であってもせいぜい4~5年ほどしか続けられない場合がほとんどだ。実力不足、病気やケガによる早期引退も含めれば平均現役年数はさらに短くなるだろう*1

 ウマ娘が全力で走れば脚部のみならず全身の骨・筋肉・関節に甚大な負荷がかかる。勝つためにハードなトレーニングを積むからケガのリスクも増える。しかもウマ娘という種族はおおよそ共通の傾向として競争心が強く、一生に一度しか出場できないクラシックの栄誉も相まって、クラシックレースに勝てるならその後走れなくなってもいいと刹那的に考えるウマ娘すら存在する。くわえて毎年有望選手がこぞってデビューし、競争相手は年々増える一方だ。

 常にケガ・病気・ライバルとの生存競争にさらされる結果、どうしても長く現役を続けるのは難しい。無事是名バといわれるゆえんである。

 

 運営側の姿勢もときおり問題視される。

 URAはある時期までトゥインクル・シリーズに出走する選手に対して、レース参加に関わる諸経費を除き、賞金を支払ってこなかった。ドリームトロフィーリーグをプロリーグと位置づける一方で、トゥインクル・シリーズを学生スポーツとして扱い、アマチュアリズムの遵守を掲げたからである。

 同じく学生スポーツである高校野球を引き合いに出し、トゥインクル・シリーズはあくまで学生の教育機会の創造を目的としており、レース賞金を目当てに学業が疎かになっては本末転倒。文武両道と人格陶冶、フェアの精神の獲得こそがトゥインクル・シリーズの本懐であるとの見解を示してきた。

 ところが、あるウマ娘が自身の肖像権の取り扱いについて不正利用があるとしてURAに損害賠償を求めた。これは最終的に最高裁がURAの上告を棄却する形で決着し、提訴したウマ娘の主張が受け入れられた。

 

 URAは主催するレースプログラムの放映権を各メディアと取引することでいまや3兆円もの放映権料を得ている*2

 人気の出たウマ娘はグッズ化され、その収益もURAの懐に入る。しかしこれらの収益は先に述べたアマチュア規定により、トゥインクル・シリーズの出場選手にはほとんど還元されてこなかった。

 この図式に待ったをかけたのが司法である。いくら教育を建前としても、実質的には興行として成り立っており、その商業性によってURA側が収益を得ているにもかかわらず選手に利益分配しないのは独占禁止法に抵触するとして、法的に支持できないとの見解を示した。

 また、実績を残した選手にはトレセン学園を通して返還不要の奨学金が支払われ、選手の生活原資となっていたが、これは選手らがプレーという「労働力」と引き換えに奨学金という「賃金」を受けていると解釈され、選手の労働者性が認められた。

 

 以上の観点から選手が報酬を得ることを禁止するアマチュア規定は不合理な制限であると司法から判断され、この騒動以降、URAはトゥインクル・シリーズにも賞金を出すようになった。だがあくまでドリームトロフィーリーグこそがプロリーグであり、トゥインクル・シリーズはその予備軍であるとの姿勢をいまなお堅持しており、ドリームトロフィー・リーグよりも賞金額は抑えられている。

 そのためGIレースを複数制覇するのでもない限り、トゥインクル・シリーズの賞金のみで一生を賄うほどの金銭を得るのは困難である。

 

 URAが訴えられた裁判は当時の全国紙の一面やワイドショーにも取り上げられ、社会問題となった。

 "URAは儲けるが選手は無報酬"というビジネスモデル、換言すれば当時のURAの銭ゲバ体質がファンの反感を買い、"レースは好きだがURAは嫌い"と公言するアンチURA、ひいてはレースそのものへの嫌悪感を醸成し、ファン離れを招いた。

 そのうえ、当時の記憶を色濃く残している彼らが人の親になった段において、トレセン学園への入学を希望する愛娘に対し、我が子の将来を思うがゆえに反対するといった行動につながっており、現在にいたるまで禍根を残している。

 

「反対する両親を説得してくれたのが祖母なんです。『一生に一度しかない機会なんだから、やりたいようにやらせてあげなさい』って。

 祖母のおかげで両親も折れてくれて、トレセン学園に入学できたんです。入学してからも毎月手紙を送ってくれて、応援してくれました。デビューしてから結果が出ない時期にはすごく励みになって、なんとしても祖母の期待に応えたいって思ってたんです。

 でもある時から手紙が来なくなったんです。ひと月来ないくらいなら忙しいのかなって思うくらいだけど、何ヶ月も来ないとなるとさすがに不安になって。見限られちゃったんじゃないかと思うと怖くて確認の連絡もできませんでした。

 そんな精神状態ではレースに集中なんてできません。けっきょく未勝利からは脱せずじまいでした。周りを見ても実力の差は手にとるようにわかりましたし、諦めて地元の普通科に編入して進学準備をしようと思いました。その矢先です。両親から連絡が入ったんです。祖母が病気で入院していると」

 

 彼女の祖母は卵巣ガンにかかっていた。卵巣ガンは"サイレントキラー"との異名を持ち、初期段階は自覚症状がほとんどなく、また子宮ガンや乳ガンとは違い市町村による地域検診は行われていない。くわえて辛抱強い性格で痛みを我慢してしまっていたことも相まって発見が遅れた。

 手術により一命はとりとめたものの、ガンの進行はすでにIIIc期にまで達しており、後腹膜リンパ節への転移が認められた。

 

「久しぶりに会った祖母は骨と皮ばかりの枯れ木のようでした。抗ガン剤の副作用で吐き気が出て満足に食べられないんです。

 どうして教えてくれなかったのって両親に詰め寄ったんですけど、当の祖母本人が、わたしに心配かけてしまうからと口止めしていたそうなんです。

 それまで大きな病気一つしたことがなかったのが自慢の、明朗快活を絵に描いたような祖母でしたから、ガンで日に日に元気をなくしていくのをみるのが忍びなくて……。

 だから、祖母を元気づけるためにも中央に現役復帰したいんです。中央のレースに勝って、おばあちゃんのおかげでわたしは中央でもやれるんだよってところをみせて、安心させてあげたいんです。ネイチャさん、引退した選手が中央に復帰する方法って、ないんですか」

 

 結論からいえば制度上は不可能ではない。

 中央の未勝利戦を勝ち抜けず選手登録を抹消されたものであっても、同一年度内であれば2回以上、翌年度以降であれば3回以上地方レースで勝利すれば中央へ復帰できるという制度がある*3

 この仕事に従事してから改めてレースに関わる制度について勉強していたナイスネイチャは、この未勝利ウマ娘の救済ルートについても把握していた。数瞬思案投げ首したのち、彼女は意を決して口を開いた。

 

「あなたは、おばあちゃんのことが大好きなのね」

 

 復帰できるともできないとも違う回答に、相談者のウマ娘は一瞬呆気にとられたが、すぐに我に返った。

 

「は、はい! ……優しいおばあちゃんなんです。うちの両親は共働きでしたから、ちっちゃいころはよくおばあちゃんが晩ごはんを作ってくれたり、遊び相手になってくれたりしてたんです。

 昔のわたしはいまより輪をかけて人見知りでしたから、学校でもなかなか友だちができなくて。でもそんなわたしにいつもおばあちゃんは『大丈夫よ! あなたはやさしくてかわいい、おばあちゃん自慢の孫なんだから!』って励ましてくれたんです。

 両親にとっては厳しい人だったみたいですけど、わたしは初孫だったから、猫かわいがりしてくれて。お父さんなんて、『孫に向ける愛情の十分の一でも息子の俺に向けてくれたらいいのになぁ』って苦笑いしてました」

 

「うん、あなたと話してたら、おばあちゃんがどれだけあなたを愛していたかが伝わってくるよ。だからあなたはおばあちゃんに恩返しがしたいんだよね? レース以外の方法は検討してみた?」

 

「!!」

 

 栗毛のウマ娘は考えてもみなかったとでもいうように目を見張った。

 

「おばあちゃんのおかげでトレセン学園に入れたから、レースに勝つのが恩返しだって思ったのよね。アタシがあなたの立場だったら同じように考えたかもしれない。

 ただ、おばあちゃんの気持ちも確認しておいたほうがいいんじゃないかな。おばあちゃんはなんていってた? あなたにどうしてほしいっていってた?」

 

「……最近は、ちゃんと話せてないんです。エネルギッシュだったおばあちゃんが、窓の外をぼんやり眺めて意気消沈してるのなんてはじめてで……。話しかけても生返事で、以前みたいに会話が弾まないんです」

 

「うん、はじめてのことだから戸惑うよね。でもそれはきっとおばあちゃんにとってもそうだと思うの。あなたがトレセン学園に入って間もないときみたいに。

 だから、おばあちゃんがいまどういう気持ちで、なにをしてほしいか、しっかり聞いてみてほしいの」

 

「はい……はい! そうですよね、おばあちゃんの気持ちのほうが一番ですよね。……ありがとうございます、ネイチャさん。わたし、焦ってて視野が狭くなってました」

 

「気にしないで。大事な人が倒れたら誰だって動転しちゃうもん。今日は相談しに来てくれてありがとね。復帰する方法についてはアタシのほうで調べておくから、これからどうするか決まったらまた連絡ちょうだい。待ってるから」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 数日後、例の栗毛のウマ娘から連絡が入った。その声には安堵の色が広がっていた。

 

「わたし、現役復帰はやめることにしました。あのあとおばあちゃんと真正面から話したんです。そうしたら『そばにいてほしい』っておばあちゃんが。

 ずっと不安だったみたいです。気丈な人だから、なかなかいい出せなかったみたいで。でもおばあちゃんの本音が聞けて、わたし、嬉しかった。今度はわたしがおばあちゃんの力になってあげられるって。

 それに、自分でも調べてみたんですけど、中央に復帰するにはまず地方で走らないといけないんですよね? おばあちゃんを置いてはいけないし、わたしが地方で勝てるかもわからないし、きっとこれでよかったんだと思います」

 

「そっか。とりあえず肩の荷が下りてなにより。おばあちゃんを大事にしてあげてね。ご快癒を祈ってるわ」

 

「ありがとうございます。おかげさまで悩みが解決できて、すっきりしました。本当にお世話になりました」

 

「うん、なにかあったらまた連絡してね、いつでも話聞くから」

 

 

  ◇

 

 

「顛末だけみたら円満に解決したように思えるけど、アタシは開花するかもしれなかった才能を潰したのかもしれないのよね。あの子は人のためにこそ力を発揮するタイプだろうから、案外あっさり地方レースを勝ち抜いて中央に戻れたかもしれないし。

 素直な子だから抵抗なくアタシの提案を聞き入れてくれたけど、もっと我の強い子だったら反発されて、恨みのひとつも買ってたかもしれない」

 

 でもね、と一呼吸入れて言葉を続ける。

 

「いくら中央でデビューできた子でも、芝を走ってた子が地方のダートレースで勝ち抜くのは並大抵のことじゃないよ。所属の土地のレース場で勝ち抜くために特化したトレーニングをしてるんだからね。

 それに地方には地方の意地がある。オグリさんみたいにいつか中央にのし上がってやる、あるいは交流重賞で中央の選手を食ってやるってギラギラした子だっているんだから。

 そういうハングリーな選手を相手取らなきゃいけないって考えると、いくら求められてるからって安易に茨の道を勧めるのは気が進まなかった。

 トレーナーさんに夢を後押ししてもらってたアタシが他人の願いにとどめをさすのは皮肉だし、傲慢かもしれないけど、レースの外の世界で働いて、いろんな人にいろんなことを教わって、レースで走るだけがウマ娘の人生じゃないって肌で感じたし、あの子は思いやりがあって、ここに相談しに来れるくらい勇気のある子だったから、レースを離れても周りに受け入れられて、うまくやっていけると思ったの。

 現役復帰を断念したのは、人によっては諦めっていうのかもしれないけど、あの子自身が悩んで、自分自身の意思で下した決断なら、レースじゃなくてもたしかな価値がある。アタシの仕事はそういう選択ができるよう手助けすることなんだって、思いたいね」

 

 そこまで一息に話し切ると、"そうだ、ちょっと待ってて。見せたいものがあるの"と口にしてナイスネイチャはオフィスに戻っていった。

 長距離レース3回ぶんほどの時間が経過したのちにこちらに帰ってくると、あちこちを探し回ったのであろう上気した顔で数葉の葉書きを差し出してきた。

 

「お待たせ。見せたいものってのはこれ。律儀な子でさ、毎年年賀状送ってくれるの。あの子のおばあちゃんは残念ながらガンが再発して鬼籍に入ったみたいだけど、最期は緩和ケア病棟に入って、スタッフと家族に囲まれながら看取られたみたい。

 おばあちゃんの件がきっかけであの子、看護師になったんだって。最近は彼氏もできて、うまくやっているみたいよ。ほら」

 

 恋人ともに映る栗毛のウマ娘の顔は破顔一笑しており、年賀状に綴られた文章とともに関係のよさをうかがわせた。

 

「あ~あ、アタシも早くいい人見つけないとな~! おふくろや商店街の人にもせっつかれてるし! お金持ちのイケメン彼氏常時募集中! なーんてね」

 

*1
驚くべきことにURAはレース選手の平均現役年数を公表していない。

*2
URA 20XX年度事業報告書より

*3
URA公式サイト 選手のみなさんへ>よくある質問「Q22 地方レースに出走している選手が中央レースに転入できる条件は」より

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