スコティッシュ・フォールドの最期を看取ってからしばらくたった。
今日は地区を隔てる流水域の広い川に面した河川敷で、保護動物たちの里親を募る譲渡会が開かれる。
下は数ヶ月から上は10歳以上まで老若さまざまな犬猫20頭ずつが参加する。ウイニングライブの運営経験のあるスタッフが中心となって会場の準備が進められていく。ボランティアのトリマーが会場のすみで"卒業候補"たちの被毛と爪を整え、晴れ姿を演出する。
設営された数々のテントに犬猫たちが搬入されていく。犬はリードにつながれてボランティアのそばで行儀よく待機しており、猫は空間に余裕のあるケージに入れられ、暖かな陽気を満喫している。
メイショウドトウは新しい飼い主との出会いを待つ犬猫たちの様子を確認しつつ、一部の雑種や黒色の体毛の犬猫にリボンや鈴などの簡単な装飾品をつける。
「人気のペットの特徴は小型、幼い、白い、純血種であることです。それらの特徴にまったく合致しない子たちは残念ながらなかなか引き取り手がみつかりません。
ですから、少しでも来場者の気を引くためにこうしておめかしをしているんです。ささやかではあるのですが、これがこの子たちの勝負服なんです」
開始時間になると次々と入場者が訪れた。燦々とした快晴に心地よい軽風が草花を揺らす河川敷は、人・ペット問わずこのあたりの定番散歩コースだ。
保護動物を引き取りたくて足を運んだ人もいれば、散歩ついでに物見遊山していく者もいる。シェルターから卒業した犬を連れてスタッフに挨拶しに来た飼い主もいる。
引取希望者はおのおののテントに入り、候補たちを見定め、性格などをテントに駐在しているスタッフに質問していく。気に入った候補がいれば参加者アンケートに記入し、それをもとにスタッフと面談をおこなう。
「えー! 猫を引き取るのってそんなに厳しいんですかあ!?」
猫エリアのテントから引取希望者の素っ頓狂な声が響いた。動物保護活動についてとりあげたドキュメンタリー番組を視聴し、自分もなにかしなくてはと譲渡会にやってきたという若い女性が、メイショウドトウとの面談で説明された譲渡条件の厳しさに目を丸くしている。彼女が心苦しそうに頭を下げた。
「譲渡したら終わりではなくそこから一生のお付き合いがはじまるわけですから、どうしても条件は厳しくなってしまうんです。恐れ入りますがご理解ください」
保護動物の授受についてはいくつもの確認項目がある。以下はその一例だ。
・安定収入があるか
・高齢者でなく、かつ、ひとり暮らしでないか*1
・集合住宅の場合、ペット可の物件であるか
・家族全員がペットの飼育に賛成しているか
・本人および家族にペットの飼育経験があるか
・主にペットを世話するのが誰か
・家を留守にする時間は日に週にどれくらいか
・喘息やアレルギーに罹患している家族はいるか
・今後引っ越しの予定があるか
・現在飼育しているペットがいる場合、その情報*2
・譲渡手数料*3を負担できるか
面談は相談者の人となりをみる目的もあるので必ずしもすべての条件のクリアが必須ではないが、衝動的な引き取りや軽い気持ちの引取希望ははじかれるようになっている。
また、これらの条件が問題なかったとしても、正式な譲渡の前に1週間~1ヶ月ほど引取希望者の家庭でトライアル飼育をおこない*4、家族とペットとの相性や飼育環境などに問題がないと確認できたうえでようやく正式譲渡となる。
譲渡時に交わす契約書にも厳しい誓約事項──飼い主にとっては当たり前の責務だが──が記載されている。
終生飼養すること、不妊・去勢手術や予防接種を受けさせること、マイクロチップの登録・変更をすること、法令違反や飼養に問題があり返還を求められた場合は返還することなどだ。
譲渡後も定期的に*5新しく家族となった動物の健康状態や飼育状況について報告を求められる。
このように、厳しい条件と長い期間という高い敷居を越えてようやく保護動物の飼い主になれるのだ。
「ほかの団体でもこんなに条件厳しいんですか?」
目を白黒させながら女性が質問する。
「良心的な団体であればこれくらいはどこも似たり寄ったりです。最近ではSNSでいいねを稼ぐために保護動物の引き取りをアピールして、その実ろくな世話をしない方が少なくありません。保護動物を利用して寄付金を目当てにする悪質な団体もあります。ですから安易な譲渡はしないようにしているんです」
彼女はここであげた譲渡条件が特別厳しいわけではないと強調する。その説明に女性も得心するが、なおも諦められない様子で口を尖らせた。
「ちゃんとした人にもらわれてほしいのはわかりますけど、これじゃほしいと思った人みんなペットショップに行っちゃうんじゃないですか?」
「おっしゃりたいことはわかります。でも」
彼女は相手の目を見据えて毅然と言葉を続けた。
「保護された動物の境遇を考えると、軽々しく条件を緩めるわけにはいかないんです。この子たちは一度、人に裏切られていますから」
「あっ……」
彼女の返答に女性ははっとした表情を浮かべた。
シェルターに保護される動物の背景はさまざまだ。飽きられて捨てられた、
「飼われては捨てられを繰り返すと、やがてヒトを信頼しなくなります。最悪の場合、攻撃性をみせるようになって、人と相容れなくなり、譲渡不可能になります。その先は……」
「……」
最後までいわずとも帰結がどうなるか察しがついたようだ。
「すみません、あたし、バカでした。犬や猫がひどい目にあってると思うといても立ってもいられなくて、早く助けてあげなきゃって。でも動物の気持ち、ぜんぜん考えてなかった」
女性はバツの悪そうな表情で目を伏せた。
「お気持ちはわかります。私たちも日々の保護活動で傷ついた動物を目の当たりにしたら衝動的に助けてあげたいと思ってしまいますから。でも受け入れる側の体制が整っていなければ、人も他の動物も巻き込んで不幸にしてしまう場合もあるんです。
譲渡のときも同じです。十分な飼育環境のあるご家庭でないとお互いが望まない結果になってしまうかもしれない。だから、『好きだからこそ飼わない』という選択肢も検討してほしいのです」
落胆している女性を慰めるように、彼女は柔らかな声で諭した。彼女の説諭に女性はようやく腹落ちしたようだったが、なおも表情は冴えない。
「ひとり暮らしで契約社員のあたしじゃ飼わないほうがいいのはわかりました。でも、いまのあたしでもできることってないんですか」
「今日ここで見聞きした話をあなたのお友達に話して差し上げてください。そしてもし可能であれば、募金やフードなどのご寄付をいただけると大変助かります。ボランティアも大歓迎です。今回ご協力くださってるボランティアさんたちにも、自分の家では飼っていない方がいらっしゃいますよ」
飼えない者にもできる献身があると知って、しおれていた女性は目を輝かせた。
「そうなんですね! ありがとうございます。いろいろと教えていただいて。いまのあたしにできることをやっていこうと思います」
「こちらこそありがとうございます。私たちの活動を知ろうとしてくれる方がいるだけで、こちらも励みになりますから」
話を終えた女性がその場を辞去する段になって、訊き忘れていたことがあったともうひとつの質問をこわごわ口にした。
「もし新しい家族がみつからなかったら、その子はどうなるんですか?」
「私たちのシェルターに帰って、次の譲渡会でまた引取希望者を募ります。みつかるまで何度でも募ります。みつからなくてもできる限り私たちのところでお世話します」
「じゃあ殺処分されたりはしないんですね! よかった……」
女性は満足した表情で譲渡会場を去っていった。病気や障害の進行による苦痛から開放するために安楽死させる場合があることは伝えなかった。引取り手が現れないということは新しく保護すべき動物を迎えるためのスペースが空かなくなり、救出できる動物の数が減るということも。
動物愛護活動について深く関わろうとすればするほど、業界の表には現れない動物たちの万骨を目のあたりにするだろう。
しかし
譲渡会が終わりを迎える時刻に近づき、ケージの大半に「家族が決まりました」の札がかけられたころ、ひとりの壮年男性が猫エリアのテントに息を切らしながら現れた。
まだ里親の決まっていない猫のケージを見渡していると、首に鈴をつけた猫と目が合った。全身が墨色の体毛に覆われた黒猫だ。
よくみると右耳が欠損している。前の飼い主が誤ってこの猫を脱走させてしまったさい、カラスに右耳をちぎられた。痛々しい外見とは裏腹に、つり上がったまなじりと縦長の黒目からなる三白眼がふてぶてしさを醸し出している。
黒猫は男性に興味がなくなったのか視線をそむけて身体を丸めた。体色に華やかさがなく、憐憫を誘う耳をしているかと思えば生意気な目つきですぐに自分の世界に入り、庇護欲を喚起させる振る舞いをしないため、来場者からの人気はいまひとつだった。
しかし男性はこの黒猫になにか感じるものがあったのか、じかに触らせてもらいたいと申し出た。
男性の要望に応えるべくケージの扉を開けると、丸まっていた黒猫が機敏に動き、メイショウドトウの肩をつたって頭の上に腰を下ろした。彼女の狼狽などどこ吹く風とばかりに人を食ったようなあくびを漏らしている。
「す、すみませぇ~ん! この子、ちょっとわんぱくなところがありまして」
彼女は慌てて弁解しながら頭上の黒猫をそっと引き剥がして男性に渡した。
「あっはっは、いいじゃないですか。元気があって……おっと!?」
抱かれ心地がよくなかったのか、黒猫は男性の腕中から飛び出して地面に着地し、男性と距離をとった。首だけこちらを向けて男性を睨む。男性はしゃがんで猫と目線を合わせ、懐から猫じゃらしを取り出した。
猫じゃらしを振ること十数秒、好奇心に負けた猫が寄ってきて猫じゃらしをもてあそび、首につけられた鈴が涼音を奏でた。ふたたび男性の腕に抱えられた。今度は逃げ出さず、しょうがないからいてやるかとでもいいたげな高飛車な視線を男性によこした。
「こりゃあなかなかの
「は、はい! ありがとうございます!」
引取りに向けた面談で、男性は特別養護老人ホームの施設長という肩書きを持っているとわかった。
差し出されたパンフレットによれば、全国でも珍しくペットと一緒に入居できる老人ホームだそうだ。施設で飼っていた猫が老衰で虹の橋に旅立ったため、新しい仲間を探しに来たという。
「甘え上手な子でみなさんにかわいがられてたんですがね……。四十九日も終わったし、いつまでもメソメソしていられんし、新しい子迎えてまたいつもの日々に戻ろうと」
施設長の男性は保護動物の引き取りに来た理由をそう説明した。
「そうだったんですね。亡くなった子におかれましてはお悔やみ申し上げます。ところで、ペットと一緒に暮らせる介護施設というのは珍しいですね。アニマルセラピーに力を入れているのでしょうか」
「よくいわれるけどそうではないんです。単にペットと一緒に暮らしたいっていう利用者さんの願いを叶えてあげたいというだけで。あくまでも利用者さんの生活の質を高める目的が根底にあるんです。
昔、自宅から施設に移るときに長年連れ添ったペットを保健所に連れて行かざるを得なくなった方がいましてね……」
男性が語ったところによると、その利用者は半年後に鬼籍に入ったが、没する直前まで毎日のように「俺が家族を殺してしまった」と自分を責め続けていたという。
「本当にみるに忍びなかった。ペットと最期まで一緒にいたかっただろうに、あんなことになってしまって。ほかの要介護者さんでも同じように感じている方がいらっしゃるんじゃないかと思って、いまの施設を立ち上げたんです」
「利用者さんを第一に考えていらっしゃるんですね。ペットのお世話についてはどのようにされてますか」
話しぶりから篤実な印象を受けたが、介護施設への譲渡はいままでにないケースなだけに確認も慎重になった。
「犬と猫の世話は職員に担ってもらってます。うちはペット可の施設だとあらかじめ謳っているんで、入ってくる職員も動物好きが多いんですね。言葉の通じない動物のお世話ができる人は入居者さんにも丁寧に接してくれる人が多いような気がします。
不妊・去勢手術や予防接種はもちろん全頭実施してますし、定期的にトリマーさんにも来ていただいて毛並みも整えてもらってます。毎日の散歩はボランティアさんにもご協力いただいてます」
状況を聞く限りでは必要な世話はきちんとなされているように思える。ただ、入居者の世話をおこないながら動物の手入れをして一匹一匹に目が行き届くのか気がかりだった。
「いちど施設を見学させていただけますか? そこで判断させていただければと思います」
「ええ、構いません。よろしくお願いします」
◇
くだんの特別養護老人ホームは、海に突き出た半島の海沿いの国道から山側に進入し、ぼうぼうに生い茂った草むらを裂くように敷設された道路の先にあった。
入口の自動ドアを通るさい、犬数匹を連れて散歩に出かけるボランティアとすれ違った。ボランティアが左側背に振り返って犬たちを確認する。投げかける表情は温順としている。犬たちも足をちょこちょこと小刻みに動かしてついていく。よく懐いているようだ。
受付で見学に来た旨を伝えると、施設長の男性がやってきて明朗な挨拶を交わした。
「おはようございます。よくお越しくださいました。さっそくご案内いたします」
この特別養護老人ホームはユニット型*6で、10部屋で1ユニットを形成する。3階あるうち、2階が動物と暮らせるフロアとなっており、2階フロアを2つのブロックに分け、各ブロックで犬と暮らせるユニットと猫と暮らせるユニットが2ユニットずつ配置されており、現在40人と20匹がともに暮らしている。そのなかには入居者が連れてきたペットだけでなく保護施設から引き取った犬猫も含まれている。
犬猫はユニット内でキッチン以外を自由に歩き回れる。居室の出入りも気の向くまま。利用者も扉を開けっぱなしにして、動物が部屋に入ってくると顔をほころばせる。横になっているとベッドに上がってくることもあるそうだ。
一緒のソファーでくつろぐ人、抱きしめながら気持ちよさそうに眠っている人、触れ合い方はさまざまで、ユニット全体で大家族を形成しているかのようだ。
共用リビングでは利用者同士がペットを介して談笑したりくつろいだりしている。
猫ユニットでは車椅子に座った老婦人にブラッシングされているキジトラ猫が気持ちよさそうに丸まっている。犬ユニットでは秋田犬が老翁の膝に飛び乗り、顔に鼻を寄せている。老翁も苦笑しながら秋田犬の嬌態を受け入れる。犬を抱きとめる指は年輪を重ね、保水力の減じた皮膚がごつごつとしてデコポンの表皮を思わせた。
「前にデイサービス、通ってたころは、普通のとこ、だったんだけど、自由時間が気まずくてさ」
しゃがれた声でつっかえながらも明瞭な頭脳の残る老翁が記憶を開陳する。
「老人ホームっていっても、下は60代から、上は90、下手すりゃ100歳、超えるでしょ。60、70が、青二才なんだよ。
会社員のペーペーが、部長社長と話す場面、考えてみなよ。なに話せっての。女の人なら、しゃべり慣れてる人も多いだろうけどさ、男がさ、仕事の話題抜きで、しゃべるの、難しいじゃない」
それゆえ、自由時間になっても押し黙っていたり呆けて過ごすことが多かった。しだいに認知症の兆候が出はじめ、愛犬とともにこの施設へと移ってきた。
当時は感情が乏しく、家族の顔でさえわからなくなるときもあったそうだが、たくさんの動物たちや自身と同じように動物好きな利用者と友誼を交わすうちに感情がよみがえり、家族の顔を忘れる事態もなくなったという。
「ペットがいると、寂しくないし、ほかの人ともさ、『あんたのワンコ、きょうも元気だね』なんつって、話しやすいんだよね。気兼ねなく、ここにいていいって、感じ、すんのよ」
現在この老翁は毎日を心安らかに過ごしている。愛犬と一緒に最期を迎えたいと願っている。
「わしも犬も、もう爺さんだからさ、長くはないと、思うのよ。犬と一緒に逝ければ、もうほかに、なにも望むことは、ないね」
この施設では利用者と動物がお互いに心を許し会える関係を築けている。衛生環境についても清潔で、不快な臭いもしない。世話がよく行き届き、犬猫の排泄も決まったところでするようしつけられており、ペットシーツも定期的に交換されている。
施設で暮らす犬猫のリストや登録証、予防接種、治療記録なども確認でき、管理上も問題ないと判明した。メイショウドトウは、施設長の男性にこの環境なら問題なくトライアル飼育を任せられる旨を告げた。
「みなさんいいお顔をされて、ワンちゃん猫さんもよく手入れされてて、入居者さんにも職員さんにもよく懐いていましたね。こういった形の共生関係があったとは驚きです」
メイショウドトウは率直な感想を述べた。施設長は彼女の感心に面映ゆさと誇りの入り混じった表情をしながらしみじみと返答する。
「ペットは人なしでは生きられませんが、老いては人も独りでは生きられません。年をとって、身体が衰えて、認知の問題にぶつかって、そんな状態にあっても、損得でも義理でもなく残ってくれるものがある。そのもののために、もうちょっと生きてみようと思えて、朽ちるに任せるではなく、最後まで生命をまっとうしようという気にさせてくれる。ペットの対等な友人として、最後まで人らしくあれるよう彼らは手助けしてくれるんです」
施設長の誠実な物言いに、彼女は改めて黒猫のこれからを託す旨を告げた。
「どうかあの子をよろしくお願いします。ここでなら、あの子もきっと幸せな毎日を過ごせるでしょう」
「ありがとうございます。お任せください」
それからトライアル飼育も無事に終わり、正式な譲渡が決まった。例の黒猫はすっかりこの施設になじんでいる。マイペースな性格も、ゆったりとした時間の流れている老人ホームでは個性として受け入れられたようだ。
譲渡契約書を交わす日、施設長は冗談交じりに黒猫の特異な能力について口にした。
「人の死に敏感みたいでね。この前利用者さんのひとりが亡くなったんですが、その3日前から居室の前に座り込んだり部屋に入るようになって、亡くなる直前にはベッドに上がって一番近くで寄り添うんですよ。
利用者さんのご臨終のお顔がとても穏やかでね。心安らかに旅立っていったと思います。ひょっとしたら、あの子は猫の形をした天からの使いなのかもしれませんね」
◇
契約書の締結が完了し、施設を後にした彼女は愁眉を開き、晴れやかな
「あの子は身体機能的には問題ありませんでしたからいずれは里親が現れるだろうとは思っていましたが、こんなに早くみつかるとは思いませんでした。ああいう誠実な方のもとで幸せに暮らせると思うと、頑張ってきた甲斐があります」
すると、彼女のまなじりから一筋の涙がこぼれた。次いで頬とまぶたが近づき、瞳が潤んで、口は万感こもごもの奔流をこらえる堤防となり、それでも抑えきれなかった随喜の雫が
「す、すみませぇん……。ひっく、最近ずっと、いたたまれない出来事が続いてたから、ぐすっ、ここで人とペットが寄り添いあってるのをみて、私のほうが救われたというか……。ずずっ、とにかく、あの黒猫さんが、いい人たちにもらわれて、本当によかったですぅ……!」
しばらく彼女はむせび泣きを続けた。ずっと張り詰めていた緊張の糸が切れたようだった。5分ほどしてようやく気持ちが落ち着き、再び笑顔をみせた。
「すみません、みっともないところをみせちゃいました。こんないいことがあったんだから、笑わないといけないですよね。これで活動が終わったわけでもありませんし」
譲渡会は盛況のうちに終わった。譲渡会で引き取られたぶんだけ収容スペースに空きが生じた。愛護センターから新たな保護動物を引き出す余裕ができた。彼女の助けを必要とする動物は、まだまだたくさんいる。
決意を新たに、彼女ははにかんだ表情をのぞかせた。
「悲惨な現場をみるたびにやるせなくなりますし、力及ばず歯噛みする日もあります。偽善者だと罵られるときだってあります。それでも保護活動はやめません。少しでも不幸な子が減るように、救いはありますといえるように、私は諦めません。私、諦めだけは悪いですから」
そのとき突然彼女の携帯電話が鳴った。どうやら緊急の要件ができたらしい。慌ただしくなってすみませんと会釈もそこそこに、彼女は現場へと急行していった。
かつて憧れのライバルを追いかける毎日を送った彼女は、いまも怒涛の日々を駆けている。