前編①:食べて供養は功徳なりや?
獲物の頸動脈が切られ、生命の証明が滴り落ちていった。脈動が急速に下火になり、地面がみるみる濡れていく。
玉の緒が絶える間際、息を荒らげた獲物の後ろ脚が力なく宙を蹴った。朦朧とした意識のなかで身体に染みついた逃走動作を無意識に繰り出し、震える足でいまなお捕食者から逃れようとしている。
やがて痙攣が途絶した。動かなくなった獲物に手を当て、心拍停止を確認した。肉体が肉塊へと変わった。仄暗い森が沈黙をもって獲物に追悼を捧げた。
この獲物は後日知己へと届けられ、賞味され、タンパク質が分解され、アミノ酸となって、身体の各部位で再結合し、新しい細胞を形作る。此方から彼方に命脈が律動してゆく。
森の草や虫を食み、ときには人里に出没する鳥獣に悪意はない。山で出会った動物にみつめられたとき、複雑な気持ちになるのは決まって追う側だった。
◇
寒山を拓くように敷設された道路の法面に覆いかぶさるがごとくスギが林立し、そのあいだを縫うように淡竹が堅身を伸ばす。急カーブの続く道から見晴るかす峰々は、天に向かって直立する針葉樹と、黄紅葉した広葉樹の段々に混じった森に覆われている。ウェディングドレスの引き裾を揺らしたような雲の羽衣がなびく天穹を背景に、山を吹き下ろす翠嵐が
風光絶佳な山の懐に抱かれた谷川のほとりを進んでいくと、古民家風の邸宅に到着した。家の前には薪が積まれており、壁からは煙突パイプが屋根に向かって突き出ている。呼び鈴を鳴らしたが反応はなかった。
約束の時間を過ぎてもなにも連絡がない。近くの傾斜畑で鳥獣被害防止のための電気柵を張っている農家に声をかけ、尋ね人について心当たりがないか伺いを立てた。
「いまの時間じゃと罠の見回りに
農家の見通しを信じて小一時間ほど待っていると次第に身震いがしてきた。秋の湊の山間部は日の入りが早い。おやつ時を過ぎたあたりから太陽が山陰に隠れ、日射が届かなくなる。標高1,000~1,500メートル級の山々に囲まれた集落一帯は平野部よりも空気が寒々としており、喉を通して身体を急冷する。さながら下界から隔絶された霊場に来たかのようだ。
手に白い息をかけながら寒さに耐えていると、一台の軽トラックが入ってきて家屋の前で停まった。車窓が開けられ、くだんの人物が顔をのぞかせた。橙色と黄色とに染め分けられた大日本猟友会狩猟安全ベスト・キャップを身に着けている。
「いやあ、遅くなっちゃってごめんごめん。罠の見回りの帰りに猟の師匠から
このいかにも猟師然とした格好をした彼女こそ、かつて黄金世代の一角として皐月賞・菊花賞の二冠を達成したウマ娘、セイウンスカイである。
◇
通された宅内は一言でいえば「田舎の祖父母の家」であった。
隣室を隔てる襖には花鳥画が描かれ風雅な趣があるいっぽう、奥廊下につながる障子戸の横の
ひときわ目立つのは部屋の隅に置かれた薪ストーブだ。箱型のかまどに煌々と焚かれた炎熱が効率よく部屋全体をあたため、乾風に冷えた身体の隅々にふたたび血を巡らせた。ストーブのそばでは猫が丸くなっている。
燃料は集落にある林業会社から不要な間伐材を譲り受けたり、管理の及ばない土地の所有者の許可を得て倒木を引き取ったりしているので元手はかかっていない。
室内をしげしげと眺めていると、シャワーと着替えを済ませたセイウンスカイが台所から食材とともに戻ってきた。
「お待たせ。寒かったでしょ。いまからお鍋作るねー」
彼女は食材をこたつの上に置き、土鍋を薪ストーブの天面に置いて調理をはじめた。
食材は迫力があった。熟したザクロに雪化粧を施したような紅紫白桃の肉の花が大皿に咲いている。別の大皿に並べられた野菜の数々は対照的に無骨で、生命の赤に負けない大地の力強さを放っている。
「『美味しくいただくのが最大の供養』だなんてみんなよくいうんだけど、ほんとかなって私は思うんだよね」
鍋を加熱しながらセイウンスカイは問いかけた。鍋には昨夜から水出ししておいた昆布出汁が注がれている。
「たとえばフォアグラって、ガチョウの口にチューブ突っ込んで、延々餌を食べさせて身動きできないほど太らせるじゃない? いろんな国で残酷だっていわれてるよね。でもブロイラーだって、過密飼育で、濃厚飼料で肥育して、2ヶ月くらいで出荷しちゃう。
畜産・流通が発展したいまじゃ、たいていの消費者は肉になる前の姿なんて意識しないでしょ? だから美味しくいただくのが礼儀っていう主張はどこか
昆布出汁の青臭さをとるためにひと煮立ちさせた後、鍋下に五徳を置いてしばし冷ます。
「猟で野生動物とやりとりすると、対峙した相手に親近感を覚えるときがあるんだ。仕留めた果てに得られた肉を食べて、猟師は自然や動物への畏敬を内面化していくんだと思う。でも殺生してるのには変わりがない」
手袋を買いに行く坊やのような淡紅色の脂肪をつけたロース肉が、かすかに気泡の浮かぶ鍋に投入された。溶けた脂が鍋に広がり、肉身の
「自分で仕留めて解体までしたお肉と、スーパーにいつでも並んでる畜肉とじゃ抱く感情はぜんぜん違う。でもそういう区別や実感は関係なしに『美味しくいただくのが礼儀』だとか『命に感謝』だなんて陳腐な言葉で一緒くたにされるのは、私としては腹落ちしないんだよね」
にんじん、しめじ、えのき茸、白菜、春菊、アク抜き済みのノビル、フキ、ワラビなども一緒に放り込む。これらはすべて知り合いからもらったという。料理酒も追加する。
「美味しくするための生産者の努力には頭が下がるし、形式的でも感謝の言葉はないよりあったほうがいいけど、結局みんな自分の都合で殺していいかどうかを線引きしてるんじゃないかな。私も含めて」
肉と野菜は徐々に火が通っていき、有機と無機の混濁した灰汁が鍋を覆う。彼女はそれを丁寧にすくっていく。
「ここに来てから鶏を飼っていた時期があったんだ。麓の町まで降りないとスーパーがないから、卵産ませて、食料の足しになればと思って、昔飼ってた人に教えてもらった。自家消費だからケージは広めにとって、美味しい卵を産んでくれたところまではよかった。卵を産まなくなって、廃用にしようってときに、どうしても絞められなかったんだ」
じっくりと煮込んだあとは豆腐と白滝を続けて投入する。猫舌の彼女はこれらをいつも最後に入れている。
「鶏はいずれ自分が食べられる運命を知らないでしょ。私と鶏とで明らかな情報の非対称性があるわけだ。なのに私が鶏舎に顔を出すとみんな寄ってきて餌をねだるんだよ。それが健気で愛着が湧いちゃってさ。一方的に肉にして食べるっていうのがね、どうにも卑怯に思えて。
結局、知り合いに引き取ってもらった。それからは鶏は飼ってない。飼うならペットがいい。かわいがるだけでいいからねー」
飼い猫が呑気なあくびを垂れる。塩を入れて味を調整し、味見皿に煮汁をすくう。塩梅は上々のようだ。
「狩猟やってるくせに矛盾してるって思うよね。でも野生動物相手は真剣勝負だから。こっちは天候や地形、季節や植生、動物の習性なんかを頭に叩き込んで、猟場で痕跡をみつけて、動物がどういう動きをしたのかを想像して、罠を仕掛ける。すると動物のほうも、フィールドの変化を読み取って警戒したり、行動ルートを変えてきたりする。お互いの思考が丁々発止するんだ。
とどめを刺すときだって全力で抵抗してくる。それでケガをしたこともある。最期まで向こうは降参したりしないんだ。そこまで死力を尽くしたなら、お互い恨みっこなしだよね」
最後に具材の火の通り具合を確認した彼女は、机に鍋敷きを置いて鍋を移動させ、柚子を絞ったポン酢と醤油を取皿に入れてこちらに寄越した。
イノシシの水炊き。いわゆる牡丹鍋とは異なり味噌を用いていないが、イノシシ本来の味を感じるにはこれが一番だという。
「さっ、どうぞ召しあがれ。熱いから気をつけて食べてねー」
彼女は取皿に分けた具材をフーフーと冷ましながら箸を動かす。こちらも彼女にならって口に運ぶ。
咀嚼した瞬間、口福が全身をほとばしった。思わず背筋が伸び、目を見開かされた。噛む力に反発して肉が口内を軽やかに弾み、それでいて噛み切れる柔らかさが絶妙に折り合っている。白滝に絡まった
野菜と一緒に食べてみる。出汁を吸った野菜のみずみずしさ、力強い肉の香味、ポン酢醤油の酸味が絡みあって三位一体のうま味が調和していた。もしこの鍋の味が擬人化したら、四方八方から神経をねぶられて陶酔的な痺れが起きていただろう。私は肉のASMRに包まれたのだ。
特筆すべきはイノシシと聞いてイメージした獣臭さがまったく感じられなかった点だ。
「その様子だとイノシシの味にハマったね? ぜんぜん臭みなんてないでしょ。イノシシが食べてたものにもよるけど、解体のときの処理をしっかりやればほとんどにおいは残らないんだ。高度に下処理されたイノシシは豚と見分けがつかない。
やっぱりお肉の美味しさには敵わないよねー。水炊きで残った汁は捨てずに、 味を調えてからおじやにしたり、うどんを投入しても美味しいよ」
計画通りといったふうにセイウンスカイはいたずらな笑みを浮かべた。獣肉は臭いと固定観念に囚われていた私を、彼女は見事に出し抜いてみせたのだった。
「なんのかんのいったけど、結局のところ私も命を消費して生きながらえる欺瞞の塊。猟師の命に対する感覚は十人十色で、
殺生の必要性と忌避感、その矛盾をいつも目の当たりにして、嫌でも考えさせられるのが猟師なんだと思う」
映画やゲーム、スポーツなど、われわれの周りのあらゆるジャンルの娯楽はオブラートに包まれた暴力にあふれている。仕留めたエネミーを利用して味方を資するシステム・状況も少なくない。
だが銃や刃物が相手を殺傷する武器だと知っていても、架空の世界や的が相手では、武器の威圧感や相手の感じる恐怖・痛苦はスポイルされる。
実際に相手が息絶える直前に漏らす声や、その目が光を失う瞬間を、ほとんどの人は知覚する機会がない。
逆にいえば、死を意識せずにすむのびのびとした社会は、生殺与奪の重みを背負う人々の懊悩によって成り立っているともいえる。
「常に考えさせられるのは現役時代と同じだね。とくに私は逃げウマ娘だったから。逃げって傍目からはわかりやすい作戦に思えるかもしれないけど、レースのペースを握るのは逃げウマ娘。毎回どうやってみんなを私のペースに巻き込んでやろうかって、現役時代はいつも脳みそに汗をかいてた。ある意味、いまの活動のベースになってるのかもね」
鍋に舌鼓を打ちながら、セイウンスカイは自身の現役時代を回顧しはじめた。