引退ウマ娘のセカンドキャリア   作:空洞丸

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後編:引退ウマ娘とファンをつなぐ

 一通りの業務を経験したナイスネイチャは、かねてより課題であった利用者増・知名度アップに取り組むことになった。

 

 まず最初に彼女は現役時代に懇意にしていた記者たちに連絡をとり、協会について記事に取り上げてもらえないかと相談した。しかしどこの記者も難色を示した。

 

「個人的には協会の活動は応援していますが、記事にするのはなかなか難しいと思います。

 レースは突き詰めればエンタメですから、直近のレースや現役の有力選手を追って、業界や読者の気持ちを盛り上げるのがレース記者の務めです。

 協会が真面目に社会的意義のある活動をなさっているのは理解していますが、エンタメとは食い合わせが悪いといわざるを得ません。

 どうしてもとおっしゃるのであれば、広告枠を使ってアピールするという手段もありますが、それは協会の本意ではないでしょう?」

 

 正鵠を射た指摘だった。新聞・雑誌に目立つ広告を打とうとすれば安く見積もっても一回あたり最低数十万円はかかる。ナイスネイチャの広報部長就任により賛助会員が増え、以前よりは財政的に安定してきたものの、高額な広告宣伝費を継続して負担できるほどの余裕は望むべくもなかった。仮にあったとしても、協会の理念に賛同してくれる優秀な人材の確保のために使いたいのが協会の総意であった。

 広告宣伝にお金はかけられない。ならば業務のお知らせ程度にしか使われていないSNSを積極的に活用し、自社メディアの運営はできないかとの案も出たが、そもそも知名度の低い状態にあっては訴求力は限定的だ。広報アカウントを育てるという点で無意味ではないが、運営ノウハウの乏しさ、トラブル発生時の対応など諸々のリスクによって主業務が逼迫する可能性を考えるとおいそれとは手を出せない領域である。

 レースファンのインフルエンサーとコラボできないかとのアイデアについては、向こうもエンタメをやっているため、お義理で一度扱ってくれたとしても、継続的に組んでくれる可能性は低いとの結論が下された。

 協会内でああでもないこうでもないと談論風発したものの、けっきょく有効な手立てが見つからないまま事態は暗礁に乗り上げた。しかしナイスネイチャは意外なところから突破口を見出した。

 

「お正月に実家に帰ったときの話なんだけどね。さすがにお正月くらいはのんびりしようと思って、こたつに入ってみかん頬張りつつTVの駅伝流しながら暇つぶしに新聞読んでたのよ。適当にペラペラめくってたら人生相談のコーナーが目に止まってさ。アタシも似たようなことやってるし、気になって読んでみたの。

 そしたらけっこうおもしろくって。相談者にとっては真剣なんでしょうけどアタシからみればそんなことある?って感じでおかしくってさ。回答者も回答者でけっこうバッサリ一刀両断してるし。その勢いとかギャップに笑っちゃってね~。で、思ったわけ。ひょっとしたらこれ使えるかもって」

 

 思いついたアイデアを企画書にしたため、付き合いのある記者に改めて相談すると、幾人かが興味を示した。最終的に誌面に空きのあった月刊トゥインクルにその企画は採用され、現在も続くロングラン企画「ナイスネイチャのありゃ()こりゃ()」がスタートした。

 読者から寄せられたお悩みに対して、ときに軽妙に、ときに辛口で、あるいは脱力した調子でテキパキと答えていくナイスネイチャの語り口は好評を集め、勝負にかけるウマ娘のシリアスな記事の多い月刊トゥインクル誌上では貴重な箸休め的ポジションを獲得している。コーナーの最後は必ず「引退ウマ娘協会を……ヨ・ロ・シ・ク!!」との決まり文句で締めくくられ、読者からは一種の様式美として親しまれている。

 エンタメでなければ取り上げられないのならば、相談自体をエンタメにしてしまえばいい。逆転の発想であった。

 

「企画書持ってったときにはあんまり詳細を詰めてたわけじゃなかったんだけど、それがかえってよかったみたい。未完成の部分が残ってるほうが自分のアイデアを反映させられるって興が乗るみたいよ。

 コーナーでのキャラ作りや締めの文句は担当さんの発案。アタシはそんなあからさまに宣伝なんてしていいのって思ったけど、『決め台詞があったほうがカッコいいじゃないですか』ってさ。アタシゃ変身ヒーローかっての。ま、アタシも担当さんも楽しくやれてるし、読者にもウケてるみたいだからよかったわ。雑誌経由で協会を知ったって人もちょくちょく来るようになったしね。

 出版不況といわれて久しいけど、レース関係者で愛読者はまだまだいっぱいいるし、改めてメディアの力ってのを実感したよ。これでようやくアタシも広報官としての働きができるようになってきたかなって自信にもなった。宣伝マンじゃなくてね」

 

 日本では宣伝も広報も似たような言葉としてひとくくりに捉えられている節があるが、本来は明確に意味も役割も異なる。

 宣伝がメディアの広告枠を購入し、モノやサービスを一方的に周知する広告宣伝(アドバタイジング)であるのに対し、メディアを通じてのPR活動(パブリシティ)をもってステークホルダーと双方向コミュニケーションをおこない、公との信頼関係(Public Relations)の構築を目指すのが広報である。

 

「簡単にいえば、自分たちのファンを増やすのが広報の役割ってわけ。協会(ウチ)はモノを商ってるわけじゃないから、なおさら広報が重要になってくるのよ。

 広告は資金があれば確実に宣伝ができるけど、広報はメディアに拡散してもらわなきゃいけないからニュースバリューがあるって思わせないといけないのよね。知恵も工夫も必要だけど、うまく取り上げてもらえれば少ないコストで高い宣伝効果を得られる。広報の腕の見せどころね。冷蔵庫の余り物でぱぱっとご飯作るみたいにはなかなかいかないけど」

 

 月刊トゥインクルでの連載でパブリッシングの影響を実感したナイスネイチャは次の手に打って出た。賛助会員向けの会報の刷新である。

 それまでも会報はあったものの、町内会の配布ビラのような簡素な代物であり、お世辞にも洗練されたものではなかった。増加した新規会員から継続的な支援に値すると認められるようアピールするため、会報製作チームが発足した。

 ナイスネイチャを編集長とし、月刊トゥインクル担当者の紹介で入閣したフリーの編集者をデスクとして据え、協会職員から文筆とデザインの心得のあるものを数人、記者志望の学生インターンを数人くわえた、報道が主業務ではない組織としては力の入った陣容であった。

 ただしナイスネイチャ自身はあまり製作には関与せず、節目節目で内容に軽く目を通すだけにとどめている。

 

「餅は餅屋だからね。アタシが中途半端に口出しするより文章のちゃんと分かる人に自由に書いてもらうほうがいい記事ができると思ったんだ。

 ただ、最初の編集内容策定のときだけはガッツリ口出しさせてもらった。読者に喜んでもらえて、なおかつ協会が発行する意義のあるものにしたかったからね」

 

 チーム内の協議の結果、会報に盛り込む内容が決定された。理事長からのメッセージ、活動紹介、コラム、読者投稿ページ、会計報告、そしてもっとも力を入れたのが元利用者へのインタビューである。協会に蓄積された相談記録から連絡をとり、インタビューを許諾してくれた相手に、相談当時の状況やその後どうなったか、現在の生活について語ってもらうという内容である。

 これが賛助会員から大きな反響があった。引退後行方知れずになっていた元選手が、このインタビューではじめてその後の消息が明らかになる場合が少なくなかったからである。

 

 現役引退後に消息不明になる元選手は昔から枚挙にいとまがなかった。引退すれば自然とメディアの報道から離れるし、SNSが発達した現代においても、とりわけ、思うような成績を残せなかった元選手がアカウントを消してしまい行方がわからなくなるケースは散見される。

 しかしどんな選手にもファンはいる。ファンになる理由は単なる勝ち負けだけではない。勝利に向かって懸命に努力する姿勢、ライバルに負けまいとして発する激情、負けてもなおファンへの感謝を忘れないいじらしさ。ファンの数だけ好きになった理由がある。毎年出現する新たなスターに目を奪われるのは世の習いではあるが、かつて自分だけの青星に魅了された記憶は、その光がみえなくなっても消え失せることはない。

 結婚して家庭を築いているもの、企業で要職に就いているもの、他競技に転身したもの、事業を起こしたもの、細々と暮らしているもの。現在の暮らしぶりはさまざまだが、みな第二の人生にたしかな地歩を築いている。それを知れただけでかつてのファンは胸をなでおろすことができた。"これで一生推せる!!"と泣いて喜んだファンもいたらしい。

 他の支援機関で協会の発行物を参考にするところも出てきているほか、レース選手のセカンドキャリア研究においても貴重な資料となっている。

 

 思わぬ効果として協会職員のモチベーション向上にも一役買った。日頃の自分たちの活動の成果が目にみえる形で結実し、自らの仕事に誇りをもてるようになったという声が増えたのである。

 

「この仕事に就くとき、『そんなお金にならないことやってどうするの?』とか『勝負の勝ち負けの結果なんだからしょうがないんじゃない?』っていう意見をよく聞きました。

 そんなはずないって思ってやってはきたんですけど、毎日仕事に忙殺されてクタクタになったり、相談者さんとうまくコミュニケーションがとれなかったときは、どうしてこの仕事やってるんだろうって無価値感に襲われるときも正直あります。でも会報に元利用者さんのインタビューが載るようになってから、自分の仕事はちゃんと意味があるんだって感じるようになったんです。自分が担当した方が載ったこともあって、そのときは……大げさかもしれないけど、未来を創る仕事なんだって思えたんです」

 

 

 ナイスネイチャが中心となっておこなってきた活動によって、引退選手への支援活動に対する世間の関心は確実に向上してきた。その功績について彼女自身はあくまで謙虚な姿勢を崩さない。

 

「アタシ自身はべつに大層なことやってきたって気持ちはぜんぜんなくて、折々の課題をえっちらおっちらこなしてなんとかここまでやってきただけって感じなんだよね。現役時代もずっと勝てない時期があったから、あれこれ考えてトライアンドエラーを繰り返した経験が活きたっちゃ活きたのかもしれない。

 運も良かったし、人にも恵まれたよね。理事長さんがアタシを抜擢してくれて好きにやらせてくれたし、アタシの思いつきに周りの人たちも乗っかってくれた。現役のころからのファンの人たちだってずっと応援してくれてる。いろんな人に助けられてばっかでさ、アタシの力なんてささいなもんだよ」

 

 面映ゆさに柳眉の端を下げて謙遜する口ぶりからは、彼女の小市民的な性格がいまなお健在であるとわかる。自ら表に出るのは本来好みではないのだろう。

 それでも彼女は新しい領域でここまで実績を積んできた。その輝きは、レース勝者に贈られるトロフィーに勝るとも劣らない。

 

 取材の最後に今後の展望について尋ねてみた。

 

「うーん、あんまり具体性のない話で口にするのはちょっと恥ずかしいんだけど……。レース競技は国民的エンターテイメントってよくいわれるけどさ、それでもぜんぜん興味のない人だったり、屁の突っ張りにもならないって思ってる人たちだってまだいっぱいいるんだよね。そういう人たちをさ、引退して一般社会に出た子たちが『私、昔レースやってたんだ。一回観に行こうよ』ってレース場に連れてきてくれて、今まで興味のなかった人たちがレース場に足を運ぶきっかけになってくれたら、すごく素敵だなって思うんだよね」

 

 そのように未来を語る姿は、広報部長として充実したいまを送っているなによりの証左だった。

 

 

 現役時代、惜敗にめげず走り続けた彼女は、レース場を後にしたいま、広報に足の手前を変え、引退選手を導くリードウマ娘として、素晴らしい素質(Nice Nature)を発揮している。

 

 

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