殺人鬼エリリンの愉快な死に様。   作:不可思議可思議

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第十話 殺すのは最後にしてやるぜ


 (愛子視点)

 

 

 

 中村さんのことは、生徒たちの中でも一つ抜けて特大に心配していました。南雲くんや天之川くんも気がかりではありましたが、心配というなら中村さんです。……それなのに南雲君の方が、というのも皮肉な話ではありますが。

 

 中村さんの事情は、先生達のほぼ全員が認知しています。無論、問題児としてではなく、両親を殺され、一人残された子供として。腫れ物扱いをする訳ではありませんでしたが、気にかけるようにと前もって言われてましたし、そうするつもりでした。

 けれど実際に、教室での様子を見て私は、拍子抜けしたんです。意外と大丈夫そうだと。他の生徒達とそう変わりないと。

 

 何より、入学当初からとっても仲の良さそうな友人が二人もいて、三人が一緒になっている所を見せつけられているのかと思うほど見てきました。それに谷口さんという、互いに親友と呼び合うような友達も作っていて、それはもう職員一同、安心したものです。

 

 けれど。中村さんの支えになっていたであろう二人、巻解くんと天神さんは、殺人という大き過ぎる罪を犯し、何処かへと去ってしまいました。それにきっと、ずっと前から。うっかりすれば、中村さんと出会う前から、人を殺めていたのかもしれませんし、中村さんのご両親を殺したのも……、いけませんね。今更こんなことを考えても余計なお世話にしかならない。

 

「……中村さん、大丈夫ですか?」

 

「あっははー……。今のボクが大丈夫に見えるなら、愛ちゃんの目には節穴どころか風穴が空いてるね」

 

 すっかり酔いつぶれていた中村さんをなんとか部屋まで運び込み、上着をはだけさせてからベッドに寝転ばせる。一応様態を聞いてみるも、返ってくるのは恨めしそうな声と視線。恨むなら飲んだ自分を恨んでくださいよ。そして反省してください。

 

「水あるよね。ちょーだーい」

 

「はあ、どうぞ」

 

「ん、あんがと」

 

 途中、手伝ってくださったメイドさんが置いていってくれた、水の入ったコップを差し出す。中村さんは器用に寝転がったまま一口に飲み干して、サイドテーブルにコップを置きました。

 

「もう大人しく寝ていてください。念の為、バケツ貰ってきますから」

 

 これは恥ずかしながら経験則ですが、酔った時は吐くもの吐いてさっさと寝てしまうのが一番です。生徒の看病とあれば先生として吝かではありませんが、酔っぱらいの相手は一人の人間として勘弁願いたい。

 

「まった」

 

「はい?」

 

 バケツか何か、吐いてしまう前に用意しておくべきものと、追加の水を貰ってこようと、部屋を出ようとする私の腕を、中村さんの手が力強く掴み止める。

 

「相談があるって、言ったじゃん?」

 

「……戻ってきてからではいけませんか?」

 

 最悪の事態(リバース)はできれば避けたい。

 なのに。中村さんの、蕩けたような瞳の奥から覗く、暗い何かに足を止められた。

 日本人なら誰もが当然のようにもつ黒い瞳。海外の方には日本人の黒髪黒眼の顔が神秘的に見えるそうだけれど、それは中村さんのような人のことを言うのだろうと、教師が教え子にしてはいけない考えをしてしまう。

 もしこの世界に、ファンタジーでよくあるような、魅了の魔眼、みたいなものがあるとしたら、中村さんの瞳がまさしくそれだろう。

 

「愛ちゃんなら、こういうときどうするのかなって、聞きたくってさ」

 

 魔眼というか、もはや魔貌。

 お酒に酔った中村さんはとても淫媚で、今なら谷口さんの気持ちも分かってしまう……。

 

「使駆に会いたい。卑弥呼に会いたい。また一緒にアホみたいなことをして、一緒にバカみたいに笑って、愛ちゃんにおこられるの……」

 

 いつもの、どこか冗談めかしたような態度とはまるで違う。酔っ払っているからなのか、そういう本性が浮き出てきているのか。南雲くんの死や檜山くんの失踪が影響しているのか。

 まるで年相応に、まるで子供のように、中村さんは私に縋るような声で言って。

 

「帰りたいな、あの頃に」

 

「……そう、ですね」

 

 私は答えに悩むようなことを口にしながら、薄く同意した。

 きっと、寂しかったのでしょう。それがどのような人であれ、家族同然とも言えるような友達が二人も離れてしまったのだから、寂しく思って当然だ。中村さんの性格からして、決して外には見せないように、それこそ親友である谷口さんにすらも隠していたのでしょう。

 

「きっと、戻れますよ」

 

「……どうかな。ここは地球じゃないんだぜ?」

 

 ずっとそうやって、自分も他人も誤魔化してきたのでしょう。

 地球にいたときから、異世界に来てしまった今日までも。

 凄まじいまでの精神力だと思う。両親を失った過去を持つが故のものなのだとしても、常人が耐えていいものじゃない。

 

「数年後か、十数年後かで、私はずっと先生をやっているらしいので。だからきっと、中村さんも、それに巻解くんに天神さんだって、戻れます。帰れますよ、絶対に」

 

 確信なんてしていない。あの滅びた村でであったメイド服姿の女性──刹那さんの言葉を信じているわけでもない。

 でも、信じたいという思いはどんな理屈をもってしても決して揺らがない。

 

「きっと、また私はここを離れなければならなくなります。巻解くんと天神さんは、私が探し出して、ちゃんと叱ります」

 

「……いいね。きっと卑弥呼が喜ぶよ」

 

「……そうでしたね」

 

 何故か卑弥呼さんは、私に怒られると喜ぶという可笑しな生徒でした……。

 

「……決めたよ。やっぱり愛ちゃんでよかった」

 

「はい?」

 

「愛ちゃんを殺すのは最後にしてやるぜ」

 

「なぜ今この状況で、打倒される小悪党筆頭のちょっとかっこいいセリフを!? やっぱりまだ酔ってますね!?」

 

「はっはっは。まさか、まだまだこれから、……」

 

 余裕ぶった口振りとは裏腹に、糸が切れてしまったかのようにストンと眠りについてしまった。

 早く寝てほしかったのに、いざ眠られると口寂しくなってしまう。

 

「……まったく。日本酒なんていったいどこから手に入れたのでしょう」

 

 連れてくるときに預かった酒瓶には、まだ半分ほどお酒が残っている。コルクと木片の中間のような、柔らかい木の蓋を開けて匂いを嗅いでみれば、地球で慣れ親しんだものよりも強烈な匂いが鼻孔をつんざく。耐性が無い人が嗅いだら、それだけで酔ってしまいそう。

 中村さんが飲み干したコップに、一口で飲みきれるくらいに、ほんのちょびっとだけ注ぐ。

 鼻を摘んだら水と見紛うような、透明のお酒。

 

 いっそ私も酔っ払って、辛いことを何もかも忘れてしまいたい。

 そんな無責任なことは出来ないけれど、今日だけは。

 今日くらいは、私もお酒に身を任せて眠りたい。

 

「……そういえば、お酒は久しく飲んでいませんでしたね」

 

 最後に飲んだのは、何時だったか。

 忘れて寝たいのに、思い起こされる地球での思い出。

 

「……帰りたいな」

 

 クイッと。

 少量のお酒が舌をなぞり、喉を焼いて流れていく。

 首元、脳裏からだんだんと身体全体が熱が周り、頭が回らなくなって、眠くなる……。

 

 

 


 

 

 

「恵里! 訓練をさぼっていったい何をしているんだ!!」

 

「っ!?!?」

 

 え、あっ、はっ?

 ボクは確かに、部屋で寝落ちしたはず。愛ちゃんが運んでくれたんだから、ここはボクか愛ちゃんの部屋のはず。

 

 なのにどうして、ボクは天之川君に起こされている? それに随分と怒っているらしい。

 腿のあたりが妙に温かいというか、熱いと思ったら、愛ちゃんがボクの太腿を枕にして、涎を垂らしながら眠っている。

 

「……女子の部屋にズケズケと入るなよ。ボクも愛ちゃんも、君の妹でも恋人でもないんだぜ?」

 

「う、そ、それは恵里が心配だったからだ! 何かあったら不味いじゃないか!」

 

「ボクか愛ちゃんがナニをしてたらどうするつもりだったのやら。流石に無いと思って聞くけれど、まさか白崎ちゃんとか八重樫ちゃんにまでこんなことしてないだろうね」

 

「香織と雫は関係ないだろ! 二人をさぼる言い訳に使うんじゃない!!」

 

 使ってないし、ボクが聞きたいのは君の倫理観なのだけれども。丁寧に聞き直したところで通じる気がしない。よくその頭で成績優秀でいられたものだよ。人でなしな卑弥呼の方が人としてはまだマトモじゃないかな。

 

「ボクが心配だったと、さっき君は言ったけれどもさ。その割には、未だに行方不明らしい、……えっと誰だっけ、……行方不明になった彼の捜索は諦めたのかな? 男女や好き嫌いで差別するのを否定はしないけど、ボクよりよっぽどピンチかもしれない同級生を諦めるだなんて、軽蔑しちゃうなー」

 

「檜山を諦めてなんていない! 俺達はこの世界の人達も、檜山も、みんな救うために、もう誰も死なせないために、もっともっと強くならなくちゃいけないんだ!!」

 

「……あっそ」

 

 相容れないなー。わかってたけど。優等生と殺人鬼、あるいは勇者と降霊術師なんて相容れる筈が無いか。どう考えてもボクは敵側のポジションだろうからね。今はさながら、勇者一行に紛れ込んだ、暗殺を目論むアサシンかな。……あれ、それだと後々に懐柔されて味方に寝返りそうじゃん。

 

「御高説は大変お有り難いものなんだろうけどさ、愛ちゃんが寝てるんだから大声出さないでくれるかな。というかいい加減、出ていってくれないかな」

 

 鈴のすっぴんを見たときから何も学ばなかったのかな、この勇者様は。

 

「……畑山先生、帰ってきてたのか」

 

「はっはー。そういえば君は、愛ちゃんが苦手だったね」

 

「違う。人聞きの悪いことを言うんじゃない」

 

 口ではなんとでも言えるけれども。

 職員室の問題児係(モンスターハンター)の異名は伊達じゃない。

 愛ちゃんは学校で唯一、使駆や卑弥呼に正面から叱れるように。彼、天之川君もまた、堂々と叱るのは愛ちゃんだけだった。

 真の意味で天敵なのだろう。善人はより善い善人に否定されると死んでしまう、か弱くて残念な儚い生き物だからね。

 

「女子の部屋にノックもせずに入ってはいけません。そんなことすら愛ちゃんに怒られないと、君は理解できないのかな」

 

「……すまなかった。だが俺は、君にも傷ついてほしくないんだ。分かってくれ、恵里」

 

「それが許されるなら、ストーカー行為だって愛していれば許されることになるよ。……三度目は無いよ。次、ボクでなくても女子の部屋に入ったら、綺麗に殺して、動く死体として野に放つから」

 

「っ…………」

 

 何が不満なのか、あるいは意外だったのか。嫌な予感のする不機嫌そうな顔で、天之川君は部屋を出て、扉を勢いよく閉めた。

 バタン! という音に驚いたようで、愛ちゃんは目を覚ましてしまった。

 

「ふぇっ! ……? な、なかむらさん?」

 

「まだ起きるには早いよ。それに、ちゃんとベッドで寝なきゃ身体を痛めるよ」

 

「う、はい……」

 

 愛ちゃんはまるで、怒られた子供のようにいそいそと、ベッドに這い上がって横になる。

 ボクはすっかり酔いも眠気も覚めてしまったけれど、このチャンスを逃すものかよ。愛ちゃんに添い寝したなんて、五年は卑弥呼に自慢できる。

 ……腿あたりが濡れてて、なんか漏らしたみたいに気持ち悪いし、履き替えてから二度寝しようかな。

 

 




 後書き。というか、今後しばらくは語られないであろう設定。

 学校内でのヒエラルキー。

愛子≧校長>使駆=卑弥呼=光輝≧雫≧一般教職員>一般生徒>>>ハジメ

 タイミング、状況によって変動あり。特に愛子と雫は、上下の変動が激しい。恵里はぬらりくらりと受け流すタイプで、そもそもヒエラルキーの埒外にいることが多いが、基本的には一般生徒に分類される。
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