殺人鬼エリリンの愉快な死に様。 作:不可思議可思議
「……あんだけ盛大にぶっ壊しておいてよく倒壊しなかったなとは思っていたが、そりゃ、こういう場所もあるか」
ハジメ達はオルクス大迷宮を着実に攻略して進んだ先で、この世の闇を見た。
元は自然豊かが過ぎるくらいに鬱蒼とした、熱帯雨林のような階層だったのだろう。
しかし使駆が下の階層から強引に突破する道中に齎した破壊の痕跡が、ここでは色濃く残っていた。
地面も壁も天井も岩石で構成されているこの迷宮は、大抵の倒壊は魔法のような何かで修復される。
だが土と植物という他とは違う構成材料が災いしたのだろう。岩石地帯とは修復のプロセスが違うのだろう。……というか、大規模な環境破壊を想定されてはいなかったのだろう。
二百体はくだらない数の魔物達が協力して、土木工事に励んでいる。大きくて丈夫な葉に土塊や倒木を乗せて引き摺る光景を見るに、元通りの状況まで戻るまでには、まだまだ時間がかかるだろう。
そしてユエとハジメは最悪の想定をする。
「……なぁ。これ、下の階層に降りる為の階段とか埋まって無いだろうな……」
「……ありうる。わざわざ魔物達に、私たちを下に降ろす義理も、階段を整備する理由も……無い」
「ギャハハ…………。こりゃ、ちっとばっか罪悪感だな」
そう言いながら使駆のとった姿勢は、土下座──というには頭が高い。というか腰が高い。ハジメはそれが、クラウチングスタートの姿勢だと分かった。ユエは使駆の奇行に首を傾げる。
「お前ら、少し離れてろ」
「逃げるぞユエ!」
「え?」
二つ返事に、ハジメはユエを担いで上の階層へと避難を始める。
使駆は駆け上がる二人に振り返ることもなく、使駆は走り始める。
「スプリントダッシュモータ──ダッシュアクセル!」
走法こそ殺法。人身でありながら交通事故。
轢殺専門の殺人鬼は、殺人鬼の中でも異端児中の異端児。
殺人鬼でありながらこの男は、殺人よりも破壊活動を得意としている。
決して、奉仕活動や慈善活動に向いている人間では無かった。
かつての環境は二度の破壊によって、完全に塗り替えられた。
砂利と土砂がかき混ぜられた大地は魔物達の血で潤い、樹木と雑草で構成された天然の迷路は平らに均された。不自然な凹みが一箇所ある。簡単には通れないほど埋まっているが、きっとそこに、下の階層への階段があるのだろう。
「ハジメー。お前、穴掘るの得意だったよなー?」
間接を緩め、全身の隙間に入り込んだ砂を抜き取りながら呼び掛ける。しかしハジメとユエが逃げ込んだ、上層への登り階段もまた、飛び散った土砂で埋まっている。
使駆が呼び掛けて暫く。ザックザックと、地球で見てきたどれよりも大きなスコップで掘り進めてきたハジメが顔を出し、当然怒鳴りつけた。
「おいテメェ使駆!! こっちにまで飛んできたぞ!」
「ギャハハハハ! 穴掘りには一家言ある南雲ハジメが何言ってやがる」
「人をディグダみてぇに言ってんじゃねーよ!」
「ん……。ハジメはでんき、はがねタイプって感じ」
でんき、はがねタイプのポケモンは、ハジメの知る限りではコイルとその進化系のみ。ディグダにしろコイルにしろ、一頭身であることに変わりはなかった。ちなみにユエにポケモンを教えているのはハジメよりも使駆の方なのだが、最新ハードを持っていなかったためその知識は絶妙に古かったりする。
「やれハジメ。穴を掘る、だ」
「うるせえ。いのちのたま持たせんぞ」
ユエと出会ってから随分と経ち。ハジメと使駆だけでも過剰戦力だったところにユエが加わったことで、進行ペースは急激に加速した。敵がどれだけ強くなろうとも、全て地に還るかハジメの腹に収まる。
そして遂に、次で百階層目になる。下の層になるほど修復が後回しになるのか、途中からは取り巻きの多いボス戦ばかりが続いており、気分はさながらボスラッシュである。
しかし百層はまた、様相がガラッと変わる。古代ギリシャの神殿を想起させられる、無数の柱で支えられた広大な廊下。使駆に破壊された痕跡も無く、柱一本一本に螺旋模様と蔓が巻き付いたような彫刻が彫られている。
戦う場所には見えないし、この先にもボス部屋があるとは思えない。むしろ神的な存在が待ち受けていた方が納得できるまである。
「……使駆」
「ちげえな。ほとんど見てこなかったから覚えてないが、ここは人間が住む場所じゃねえ」
廊下というには縦にも横にも広過ぎる通路を進んだ先に扉を見据えたところで──足元に巨大な魔法陣が現れた。大きさだけなら教室に突如現れた転移魔法だが、むしろその色に、血のように赤黒い魔法陣に、ハジメとユエはそれぞれ覚えがあった。
ハジメが奈落へと落ちたあの日に見た、ベヒモスを召喚する魔法陣。
ユエの封印が解かれてから暫く、孤独と暇を潰すために殺し続けた巨大な蠍を召喚する魔法陣。
しかしそのどちらよりも大きな魔法陣は、それでいて複雑なものとなっている。まだ光るだけで姿を現していないにも関わらず、これから現れる魔物がこれまでとは比べ物にならない怪物なのだと、三人ともが認識した。
「おいおいおいおい、なんだこの大きさは? マジでラスボスか?」
「ん……大丈夫。負けない」
ハジメは引き攣った笑みを浮かべ、ユエは悠然と表情を変えずに使駆とハジメの間に入り、二人の腕をギュッと掴んだ。
魔法陣の光は増す。
「……ギャハ、ハ……」
姿を現すまで秒読みだと、ハジメとユエは思い込んだが、その予想は裏切られる。
魔法陣はまるで誤作動を起こしたように、赤みを失う。そして失った色を補うように、何色もの色が混ざり合う。
「まったくまったく、まったくまったくまったくまったく」
混ざり合い、次第に黒く染まった魔法陣から現れたのは女の声。一人の人間。
「まったくもう、まったくもう。待ちくたびれたよ」
ポニーテールに結われた黒い髪は、同級生の剣道少女を想起させられるが、腰に剣を提げてはいない。
しかしその服装は、この迷宮においてだけでなく、この世界全域においても異端中の異端。ハイレベルなオタクであるハジメをしても、生で見るのは初めてのものだ。
メイド服──それも秋葉原などの駅前に立っているような、実用性を捨てて可愛らしくエロティックな造形に歪められた異形のメイド服。
「卑弥呼ちゃんといい、使駆くんといい、どーして強い奴ほど計画性ってもんがないのかね。犯罪も計画的にやるご時世だよ?」
ボス戦の雰囲気ではない。ユエとハジメは肩透かしを食らったような気分だが、それ故に使駆の様子が気になる。
「……なんでここに居る、なんて聞くだけ無駄なんだろうが、敢えて聞くぞ。──何しに来やがった、メイド長」
ここまでの道中、使駆がこれほどまでに露骨な警戒を見せたことはなかった。まるで宿敵と出会ったような、一触即発の雰囲気。
「そりゃあ、もちろん。世界を救いに来たんだよ」
聞かれるまでもないと言いたげに答えた女の名は──
「初めまして。私は神刺刹那。これからを暴力で生きていくなら、私の名前は覚えておいて損はしないよ」
彼女はユエを除いて唯一、使駆が殺し損った純粋な人間である。
後書き。というか、今後しばらく語られないであろう設定。
メイド喫茶のメイド長──神刺刹那は、どんな英雄よりも多くの世界を救ってきたが、同時にどんな殺人鬼よりも多くの人間を殺してきた。世界を救うためなら宇宙を滅ぼすくらい平気でやる女である。