殺人鬼エリリンの愉快な死に様。   作:不可思議可思議

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第十七話 少し、休憩しようか

 

 オルクス大迷宮最奥。

 温かな湯の溜まった浴場にて。

 

 吸血鬼と殺人鬼は未だ風呂に浸かっていた。

 

 訂正。

 一度出たはいいものの、一晩寝た後にまた浸かりにやって来た。二人仲良く、仲睦まじく。

 

 現在進行系で人類最強クラスを相手に戦っているハジメへの配慮や遠慮なんてものは全く無く、放っておいたら湯に溶けてしまうのではないかと思えるほどに、二人はベッタリと引っ付いて寛いでいた。

 

「使駆は、地上に出たらどうするの?」

 

「そうだな……」

 

 互いに恥じらいなんて無いのか、ユエは使駆に抱きつき、顎を肩に乗せるようにしてしなだれる。使駆も使駆で、ユエが滑り落ちないように抱き返し、ぬいぐるみを愛でるように背や尻を撫でる。

 

「とりあえず、卑弥呼と合流しなきゃならねぇな。賭けには負けたが、だからって逃げるのも性に合わねえ」

 

「卑弥呼……。刺殺専門の殺人鬼?」

 

「おう、そいつだ。……そういや、あいつもメイド長の弟子だったな」

 

「……なら、ハジメも殺人鬼になる?」

 

「いや、流石に殺人鬼を作り出すような奴じゃねーよ。もう一人の弟子ともヤリあった事があるが、そいつも顔はともかく性根は善人だったし」

 

「ふぅん。……卑弥呼って、どんな人なの?」

 

「どんなって、……さあ。いざ聞かれると、何から話したらいいのか分かんねえ奴だな」

 

「じゃあ、初めて会ったときのこと……とか」

 

「ああ、それは覚えてる。そんときはまだ、卑弥呼って名前でもなかったな。確か……(ほとけ)っつってたか。天神(あまがみ)(ほとけ)。メイド喫茶のメイド長の弟子で、メイド喫茶の看板娘だった」

 

「メイド……喫茶?」

 

「喫茶店……あー、カフェとか茶屋とかって言って伝わるか?」

 

「む……。私を過去の人間みたいに……」

 

 ガブリと、使駆の首元に噛みつく。しかし使駆の表皮には傷も付かず、ユエの鋭利な牙は滑るばかり。

 

「ギャハハ。いてえいてえ。……店員全員があのメイド長みたいな格好してる店があるんだよ。そこで看板娘をやってたのが、当時十歳の長槍使い、後の刺殺専門だ」

 

「……つまり使駆も、十歳くらい?」

 

「さあな。いつ生まれたかなんて覚えてねぇし、見た目も今と変わってねーんだよ」

 

「ふぅん……」

 

「……もうあんま興味ねぇな? まあ面白いこともねぇんだけど。轢殺専門って呼ばれ出した俺を、あいつは殺しに来たんだよ。正義の味方としてな。……まあただの長槍なんて俺に刺さるわけねえし、俺が走るまでもなく武器が駄目になって、戦いにもならなかったが」

 

 今にして思えば、そんな経験の反動で、卑弥呼は刺殺専門と呼ばれるほどに刺殺の腕を磨いたんだろうな、と使駆は今更になって一人納得した。

 

「メイド長の弟子って事情もあって、やり辛いったらなかったぜ」

 

「……どうやって、そこから仲良くなったの?」

 

「どうやってって、言われてもな。殺す対象の選別基準が似たり寄ったりだったから、バッティングする頻度がそもそも多かったんだよ。……んでまぁ、殺し終わりに一緒に飯食いに行ったりとかしてたんだが、……決定的な切っ掛けは、やっぱ恵里だな」

 

「……えり? 誰?」

 

「家族みてぇなもんだ。どんな奴なのかは、……会えばわかるさ」

 

「家族……」

 

「んぬ……。ユエ?」

 

「…………」

 

 使駆が過去を思い返したように、ユエもまた、過去に思いを馳せているのだろう。他愛のない会話は途切れ、浴場にはライオンのような彫刻から湯の飛び出る音ばかりが絶え間なく響く。地球なら水道代とガス代がとんでもないことになるだろうな、なんて考えながら、使駆はユエにされるがままに抱きつかれ、次第に瞼を閉ざす。

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 


 

 

 

 使駆とユエが風呂で蕩けている頃。

 

 ハジメは刹那を相手に、過去最大の大苦戦を強いられていた。

 

 というのも、ハジメの戦い方は基本、リボルバー型レールガン、ドンナーを用いた中、遠距離戦。幾つも喰らい得てきた魔物達の固有魔法を用いることで近接戦も出来るため、世間一般と比べれば万能型とも言える。

 しかし刹那は、真の意味での万能型である。

 森羅万象を武器のように掌握する技術を持つ刹那に、操れないものはない。地面も壁も天井も、大気も重力も空間も、この場に存在する全てが刹那の武器なのだ。その気になればハジメを瞬殺することなんて、銃の引き金を引くよりも容易いことだ。

 

 そして刹那は、武器を用いる戦法こそ得意分野であり、だからこそ武器使いの弱点を知り尽くしていた。

 

 ハジメの右手は、何も握っていない。戦い始めて一分と経たないうちに、ドンナーを始め、武器という武器全てが刹那に破壊されている。

 故にやむを得ず、ハジメは幾つもの魔法、技能を組み合わせて慣れない近接戦闘を強いられているのだ。

 

「うおおぉぉおおらぁっ!!」

 

 戦いを知らない一般人であれば即死級の威力であろうハジメの拳は、何度振るおうとも刹那には当たらない。

 顔面目掛けて殴りかかれば、刹那だけ重力から解放されたかの如く軽やかにハジメを飛び越え、鳩尾目掛けて手刀を放てば、空間が歪んだかのようにハジメの腕が伸縮し刹那を避ける。

 

「クソッ、どんなチートだよ!!」

 

「はははっ! 酷い言い草だ」

 

 ハジメの攻撃はどんなに工夫を凝らしても当たらないのに、刹那の攻撃はいともたやすく命中する。

 的はずれな方向にパンチを放ったかと思えば、気がつけばハジメの顔面は吸い寄せられるように動いている。隙だらけなヤクザキックだというのに、空間に縫い付けられたかのように動けず回避もできない。

 まるで、刹那の都合に合わせて世界が贔屓しているんじゃないかと思えてしまえるくらいには、ハジメは劣勢を自覚していた。

 

空操術(くうそうじゅつ)対人奥義──ドッッカーン!」

 

「ぐあああ!?」

 

 それ技名のつもりか? なんて、突っ込む余裕はハジメにはなかった。また刹那の拳に吸い寄せられ、負けじと防御の構えをとるも、そのさらに外側で、衝突する直前で、刹那の拳とハジメの間で何かが弾ける。熱のない爆風。圧縮された空気が弾けたのだと認識したときには、真上に、天井に弾き飛ばされ、衝突していた。

 

「っまだまだぁ!!」

 

 頭部も背骨も骨盤も、急所という急所全てを強打しようとも、ハジメの戦意は途絶えず跳んだ。空中で大気を蹴る二段ジャンプで刹那の背後を取る。

 

「纏雷!!」

 

 全身に電気を纏った上でのパンチ。地球のスタンガンなんて比べ物にならないほどの出力を誇るこの魔法は、ここまでの迷宮深層の魔物を何体も感電死させてきた実績がある。当たれば勝てる──ハジメは確信していた。

 

「電操術。私にとって電気なんて、重力のように慣れ親しんだものだよ」

 

 ハジメの拳は確かに、刹那の背を触れた。暴力の威力が通じなかろうとも、電力が刹那を倒す──そんなハジメの想定を嘲笑うように、刹那は平気な顔で振り向いた。

 

「うん。少し、休憩しようか」

 

「は──

 

 ハジメは押しつぶされるように、両膝を地面に付けた。刹那に動きは見られなかったが、これもまた刹那の仕業なのだろうと、ハジメはどこか他人事のように納得した。

 

「重操術。元は無重力空間を移動するための遊泳術なんだけどね。これがどうして、地上での戦いに便利でさ」

 

 余裕綽々。己が命を狙わんとする男の前でする女の態度じゃない。ハジメはそんなことを思いながら、糸が切れた人形のように地面へと崩れ落ちた。

 

 刹那はそんな様子を見ながら、ハジメの右隣に腰を降ろす。

 

「君は私によく似ているよ。生きる為に力を求めた戦い方だ」

 

 刹那は懐かしむように言った。

 

「強くなるしか無かったんだ。戦えなきゃ、そのまま死んでいた」

 

 ハジメも言いながら、過去を振り返る。

 奈落に落ちる最中の恐怖。

 手も足も出ず逃げるしかなかった魔境での恐怖。

 左腕を目の前で喰われる恐怖。

 

「私はね。力の出どころが何であれ、強い人には良い人であってほしいんだ」

 

 理想論だ。ハジメは反射的にそう思った。

 ハジメの見てきた現実では、強い人間の大概はろくでもない人間ばかりだった。天之川しかり、使駆しかり。

 

「弱い人が罪を犯すのは仕方ない。だって真っ当に生きられるような力が無いんだから、外道を歩むのだって人生だ。でも力があるのなら、無理に外道を進む理由は無い。引き返して、真っ当に生きるべきだ」

 

「……外道も正道も無いだろ。分かれ道なんて生きるか死ぬか、殺すか殺されるかだった」

 

「それは君が力を付けた後の話で、この地底での話だ。地上に出れば、君にはこれから助ける、助けないという選択肢も出てくる」

 

「……ヒーローにでもなれってか」

 

「そうは言わないよ。ただ、助けるという選択肢も見える人であってほしいんだ」

 

「…………それ、助けなかったら一緒だろ」

 

「それがそうでもない。助けられた筈なのに見捨ててしまったという後悔が出来る人は、きっと良い人だよ」

 

「……使駆が人助けとか、助けられなくて後悔するとことか、想像できねえよ」

 

 どう考えても、人の死に様を見て爆笑するタイプだ。ギャハハと。

 しかし刹那から見た使駆は、違うらしい。

 

「使駆くんは見捨てることしか出来ないんだ。殺人鬼以前に不老不死だからね。助けたことをこそ、常に薄く長く後悔し続けることになるよ」

 

 親しい人間が死んでいく。その辛さをハジメはまだ知らないが、それが地獄のように辛いというのは感覚的に理解した。

 そして親しくなるより先に、知り合うより先に殺してしまう方が後々に楽だということも。

 

「ユエちゃんとの出会いは使駆くんにとっても救いなのだろうね。たった一人でも、未来を共に出来る人がいるんだから。きっと心にも余裕ができたことだろう」

 

「……そうだな」

 

 使駆とユエ。二人の仲は会って間もないとは思えないほど、殺し合ったとは思えないほど親密で、行動を共にしていたハジメは入り込めないことが多かった。

 成り行きで三人旅になっているだけで、二人に不満は無いが、こうして寝転んでリラックスしてみれば、妬みのなり損ないのような感情が湧いてくる。リア充爆発しろ。

 

「おっと。私に惚れたら火傷じゃ済まなくなるからね。男子高校生の盛んなリビドーが爆発する前に、ラスボスらしいことを言っておこうかな」

 

 休憩は終わりだ、とでも言いたげな悪人面で刹那は立ち上がり、ハジメに邪悪な笑みを浮かべで言った。

 

「立ちたまえよ、少年。ここまで生き延びたことを後悔させてやる」

 

「……上等だ。俺の前に立ったことを後悔させてやるよ」

 

 第二戦。ファイッ!

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