アサルトリリィ -RED THISTLE- 作:ブリガンディ
ヴァイパーを討伐し、早くも一週間が過ぎた休日──。完全な真夏になった日のことである。
「ああ……バイクに乗りたい……。風を感じながら移動するの楽しいのに」
「動かないなら仕方ないでしょう?それに、今日元に戻るならいいのでは?」
現在、右腕が動かせないので隼人は電車を使って由美たちのところに移動する羽目になっている。
移動する理由は昨日の段階で完成した新型ナノマシンを、右腕に搭載してもらうからである。
バイクの移動を好む理由は単に自分のペースで動けるから以外にも、今言ったように移動中に来る風を感じるのを好んでいるからだ。
この辺り、ヴァイパーへの復讐と言う暗い目的を少しでも紛らわそうとしたところはあるが、それがこのように返って来るならそれもまたと思った。
あれ以来復讐の赤衣は一切着用しておらず、これからは百合ヶ丘のリリィとして戦う意志を示す上着を探しに行く予定である。実際、今日も黒のインナーシャツと、同色のスラックスと言う、赤のジャケットを外しただけの格好になっている。
仮にも年端の行かない少女と──それもかなりの美少女と一緒に出向くのに、その格好は無いだろうと言いたくなるかも知れないが、隼人が恩人たちに復讐を終えた証明になる為、今回ばかりは我慢してもらうしかないし、楓にもそこは了承を取っている。
「毎度毎度助かるよ……わざわざ同行してくれて」
「構いませんわ。わたくしも、個人的に気にしていた箇所の解決ができるかもしれませんもの」
今回は楓が同行しており、彼女は客人として初めて施設に案内することになる。
隼人は自らが他にやることを探すにも、将来どの道資金が必須である為、出撃手当ても考えて百合ヶ丘に残留を選んだ。
勿論、ただこれだけにとどまらず、これまで協力してくれた仲間を放って一人離脱する気になれなかったのだ。
「(これだけ良くなった景色を見ながら、バイクで走ったら絶対楽しいよな……これからの趣味にドライブ入れるか)」
「(そっちへの頓着の薄さもそうですが、命に関する物事への執着の強さ……間違いなく、これから向かうところにあるはず……)」
隼人は今後の楽しみ、楓は復讐者だった男の今を作ったきっかけを考えていた。
最寄り駅に着いた後、隼人の案内でその施設へ向けて進んでいくのであった──。
* * *
隼人が何故楓を呼んだのか、それは二日前の放課後に遡る。
「……もうですか?早いですね。助かります」
『玲が突貫作業でやってくれたわ。それと、一人くらいならここへ連れてきてもいいわよ?今一人で移動するのは大変でしょうし、その手伝いと、あなたの心象悪化を防ぐ為にもなるわ。位置情報の秘匿を約束してもらえると助かるわ』
由美から連絡を受け、隼人は一先ず協力してくれる人を見つけたらまた連絡すると伝え、早速思考に入る。
思考対象は勿論、誰を施設に連れていくか──。これである。
「(まあ、ぶっちゃけ位置情報さえバラされなきゃ誰でもいいからなぁ……)」
早い話、勢いで話さなければ誰でもいいのだ。逆に言えば、そのせいで絞れないのだが。
であれば、自分の背後をどれだけ気にしているかを焦点に絞ってしまえばいいだろう。
「てなると、一人は候補に挙がるな……」
「あら、誰が候補に挙がりますの?」
部屋を出た直後にそんなことを口にしていたら、偶然にも通りかかった人の耳に届いた。
誰かと思えば楓で、丁度隼人が候補に上げていたその人である。
「お前か……丁度良かった。今の話なんだけど……」
ざっくりと右腕を直す目途と、誰か一人を連れてきてもいい許可が降りた話をすることにした。
「あら、それは一安心……とは言え、早かったですわね?」
「向こうが突貫工事で作ってくれたみたいでな……まあ、誰を連れていくかは一旦一柳隊のメンバーで話し合うか。多分、お前になるんだろうけど」
これに関しては最も隼人の背後に興味があった人だからではあるが、ほぼ確定と見ていいだろう。
一応確認として、運よくレギオンの部屋に全員集まっていたので隼人はそこで話してみることにした。
「本当!?隼人くんの右腕が治るの!?」
「もう目途が立ったのか……まあ、早いならそれでいいか」
それを伝えて見たところ、反応は良く、良くなった腕を見せてくれとの旨を貰った。
この後、一人なら案内ができると伝えられ、誰が行くかと言う話になる。
「取り敢えず、位置情報さえバラさなければ誰でもいいよ」
隼人が示す条件は非常に緩い。機密保持をあれだけ徹底していた前回と打って変わっているのは、ヴァイパー討伐に対する礼もある。
こうなれば、隼人の背後関係を気にしていた人が行くのがいいとなり──。
「なら、楓さんが行くでいいんじゃないかしら?」
「気になるなら、直接見て解決が一番じゃな」
こうして楓が指名されるのであった。そう言う事ならと彼女自身も遠慮なく行かせてもらうことにし、その後隼人と共に外出申請を出しに行った。
「(さて、彼はどう言った過ごし方をしていたか……ようやく知れますわね)」
「(取り敢えず当日だ……上着買うのは墓参りしてからでいいか。アリスに買い出し手伝ってもらう……は、できるな。どうせ向こう行くまでバイク乗れないし、治れば向こうにあるの使えるしな)」
楓が一満足していた横で、隼人は自分の現状の内、バイクに乗れないことを嘆くのだった。
* * *
* * *
「前に行ってたもう一個の行き先ってここなんだよ」
「……何かの施設に見えますわね」
そして最寄り駅に着いた後、徒歩で目的の施設に辿り着いた。
楓の率直な第一印象にはそうだよなと同意した後、立ち話をするのも酷なので、開錠して中に入ることにする。
「あっ、一応暗証番号打つところは見ないでくれるか?後ろ向いててくれると助かる」
「なら、終わったら声をかけてくださいな。それと……いえ、何でもありませんわ」
そう言ってコッソリ触るのは無し──。と言おうとしたが、以前に全く効果が無かったことを思い出し、その言葉を飲み込んだ。
何が言いたかったのか分からない隼人は一瞬首を傾げたが、何でもないならいいやと承知して暗証番号を入力していく。
──左手でもまあ打てるな……。普段打ってたのは右腕でだが、反対の腕でも特に問題なくできたことに一安心だった。
「よし、終わったぞ」
声を掛けて中に入り、楓を由美たちがいる場所に案内する。
「戻りました」
「お帰りなさい。やっぱり着てこなかったわね。あの上着」
もう終わりましたからね──。歓迎の言葉をくれた由美に対し、隼人は笑みと共に堂々と答える。
これで自分たちの協力関係は終了したことを確信しつつ、由美は楓の姿を視界に入れた。
「彼女が連れて来た子?」
「ええ。俺に協力してくれたレギオンにいるリリィの一人です」
「初めまして。わたくし、楓・J・ヌーベルと申します」
「ヌーベル……なるほど。グランギニョルのご令嬢さんね。隼人君から話は聞いてるでしょうけれど、私は明石由美……彼の右腕の製作者よ」
凄いところの人と縁ができたなと思いながら作業を切り上げ、客人用のコーヒーを用意することにする。
自分たちは普段、無糖で苦みの強いものを好んで飲んでいるが、他の人が合うかと言えば必ずではない。その為、砂糖の用意も忘れない。
案の定、ブラックのまま飲むのは厳しかったらしく、楓は砂糖を使わせてもらっていた。
ちなみに、元G.E.H.E.N.A.だからと最初は警戒してしまったが、隼人らと話す様子は至って普通で、一人だけ損すると思ってやめにした。
「うん。やっぱ俺はこっちの方がいいな……」
「そうですの?わたくしは紅茶の方がいいですわ」
「二人とも、それは慣れの影響でしょうね」
隼人がコーヒーを好むのも、楓が紅茶を好むのも、どちらも慣れが起因する。
リリィとして生きていれば紅茶を飲まない週など存在しないだろうし、隼人のような特殊な生き方をしていればそこで大きく影響を受ける。今回がたまたまコーヒーだっただけで、紅茶になっていた可能性もある。
ちなみに、玲も最初は紅茶を好んでいたが、ここで生活している内にコーヒー派へと変わって行った。
「さて、コーヒーのご馳走も済んだことだし、そろそろナノマシン交換と行きましょうか」
「はい。お願いします」
隼人から了承を得た後、由美は玲を呼びに行く。
そこから、ものの二分ほどで、当の本人を連れて由美が戻ってきた。
「じゃあ、隼人君は右腕だけ出して頂戴。袖まくりから交換まではこっちでやるわ」
「ヴァイパー討伐お疲れ様。アフターケアは任せてよ」
「ありがとうございます。こんな超特急で用意してくれて……」
隼人の礼に対し、玲は元気に動く右腕を見せて欲しいと返し、作業を始める。
右腕の袖まくりを完了させて専用台に乗せ、台のディスプレイに、隼人の右腕のデータが表示される。
「あの、そちらの赤い点は……?」
「これはナノマシンがダメになった時の表示よ。今からこのナノマシンを全て吸い出して、新しいナノマシンを入れ直すわ」
楓は隼人の右腕のデータを見たことがなかったので、質問して見たところ、由美が答えてくれた。
「じゃあ、始めるよ。少しの間動けないけど、それはちょっと我慢してね」
「大丈夫ですよ、玲さん。いつでもどうぞ」
了承を得たところで玲は彼の右腕に注射器らしいものを刺し、ナノマシンの吸い出しを始めた。
すると、機能不全を起こしていたナノマシンの表示が移動して消えていくのが見えた。これが全て消えるまで吸い出しし、その後新型のナノマシンを入れることになる。
「ただいま……って、隼人じゃない。戻ってきてたのね?」
「アリスか。今ナノマシンの交換してもらってる」
「(この人が……?わたくしたちと全く同い年に見えますわ)」
そのタイミングで買い物を終えたアリスが返って来て、その荷物だけ整理して戻って来た。
戻って来たところに合わせて隼人が楓とアリス、玲の三人を紹介し、間を持つ役割を果たす。
「ところで、私たちのことはどこまで聞いてるかしら?」
「G.E.H.E.N.A.を脱退したことと、隼人さんの恩人であること……それから、もう脱退してから戻る気は無い辺りですわ。一応、ヴァイパーを討つに当たって協力関係であることは予想できますが」
作業の間、由美から問われたので楓は答える。隼人も最低限しか話していないが、それでも予想は簡単だ。
元とは言え、G.E.H.E.N.A.と言えば警戒してしまうが、この人はもうそんな意識ゼロで、何なら隼人と共に人の為に動いていたとなればその内警戒も薄れるだろう。
「ならそうね……少し話をしましょうか。隼人君を治療して、初めて百合ヶ丘近辺に行くまでの頃を……」
「えっ?それ話すんですか……?ちょっと恥ずかしいな……」
「隼人君、最初の頃は結構荒れてたからね……」
「(今以上に酷かったんですの?)」
命を救う為に平然とルール違反、更にそれを加速させる自らの理念で大概だと言うのに、それより上があると示唆され楓は驚愕した。
実際、救助された直後の隼人は香織を目の前で殺されたショックと、己の無力への嘆きと払拭、そしてヴァイパーへの殺意と怒りが重なって心境がとても穏やかでは無かった。
「実戦へ参加する前に、半年間掛けて訓練させたけれど……まあヴァイパーへの憎しみが募って最初のうちは碌に正常な判断を下せなかったくらいね」
「その酷さは見ていた私も保証するわ。制止の声すらヴァイパーへの殺意で全く聞いていなかったから……」
「あれは、本当にすいませんでした……」
実際、「殺してやる、殺してやる……!」と怨嗟の声を呟くものだから如何に平静さを欠いていたかが伺える。その為、訓練期間の内、一ヶ月辺りはこれの矯正をしていたりもする。
隼人が梨璃たちに正常な判断ができるよう心理テストを行ったのはこれが理由で、自分と同じ失敗をしないようにする狙いだった。
その後問題無しと判断できる段階になり、隼人は実戦にて救助活動等に協力。その過程でヴァイパーを追い掛ける姿と言動が『
幸いにもヴァイパーからの被害から守り、現地のリリィのみでは間に合わない救助に成功させたり等で味方の認識を付けさせたことは大きく、今日に至るまで隼人の真相を知ったのは一柳隊と一部の人だけである。
「ヴァイパーの調査は平行して行っていて、その結果無駄に硬いこと。出現位置にマーキング行為を行い、その周囲で活動する等の確認ができたわ」
──マーキング行為の詳しい理由までは知らないけれど、もう考える必要はないわね。多分、人に恐怖心を与える為だろうが、もう過ぎ去った話である。
ちなみに、時折ヴァイパーがその場所での行動に飽きたかのような声を上げ、そこからケイブへ帰ると、次に出現する位置が変わるのも調査の過程で知ったことだ。
「これが都心近くでのヴァイパーの活動期間を纏めたものだよ。人が密集しやすい場所であるほど、長く活動しようとしているの」
「……!合計すると大体三年間……でしたら、ヴァイパーが百合ヶ丘近辺に現れたのは……」
「考えられることがあるなら、都心近くでの活動に飽きたからでしょうね。その三年間で全て周り切っているから……」
玲がタブレット端末に映して見せてくれた情報で、楓は百合ヶ丘近辺に現れた理由への辻褄らしきものを見つけた。
これによって次に狙いを定めたのが百合ヶ丘近辺。そして偶然にもまだ戦い方も覚えていない梨璃の前に運悪く現れた形になる。
ただ、気になるのはこの近くは大分人が少ない場所であり、ヴァイパーがそこまで長期間滞在するような場所には思えなかった。
「そこは隼人の存在でしょうね。合わなくなると思ったら、移動先の初日で遭遇するし、奴に初めて恐怖心を植え付けたから」
「称えるべきか、呆れるべきか……判断に困りますわ」
その復讐心による行動は、確かに厄介な存在を縫い付けたが、それまでの行動がとてもじゃないが褒められる要素を打ち消している。
無免許運転もそうだが、縮地を活用した無茶な救助行動も普通にしていたらしく、この男は他人にどれだけ心配掛けているかを一度知るべきだと楓は本気で考えている。
タチが悪いのは隼人の中での危険管理は思いの外しっかりしており、ちゃんと全部生還しているし、何なら救助者と自身の怪我等は一個も増えていないのだ。故に由美やアリスもその辺を完全に放置している。
この話をした辺りで振るいナノマシンの吸い出しは終わり、新型ナノマシンの挿入が始まる。
「こうして無事にヴァイパーを討伐できたから、後はどうするかね……当初の目的を果たした以上、隼人君は私たちと協力する理由は消えているわ」
ヴァイパーの単独撃破不可の時点で形骸化しかけていたが、それでもヴァイパー討伐と人命救助等で協力関係を結んでいたのだ。
それが終了した今、隼人を縛るものは無く、ここに残るのも、どこかへ旅立つのも、全て彼の自由である。
ただ、一つ問題があるとすれば、彼が旅立つには帰る場所の確保ができていないことにあり、それが課題となるだろう。
「で?あなたはどうしますの?」
「全く決まってないよ。ていうか、こんなに早くクソ蛇を殺せると思って無かったんだ……」
三年以内──。レギオンメンバーのことを考えれば二年以内に討てればいいなと考えていたら、ものの半年もせずに討ててしまったせいで、全くその辺の考えが決まっていなかった。
この為、全てはこれから決めることであり、それも卒業までに決めたいと思っている。
「(けど、何がいいんだろうな……)」
実際、何も決まっていない以上、それも探していくしかないだろう。
であれば、今は当面の目的としている、香織との約束を果たすのを優先しつつでいいだろう。夢の中であることは変わりないが、自分たちが無事を確かめ合うことは、彼女が望んでいることだと断言できる。
「ここに残るなら構わないわ。ここは私たちにとっても、あなたにとっても家のようなものだから」
「それに、これだけずっと過ごしてたら……もう家族みたいなものだしね」
「当然、選ぶのは隼人の自由よ。望む道を行きなさい」
行くも残るも、この三人は止めはしない。それだけでもありがたい話であった。
ならゆっくりと考えて行こう──。そう思ったところで、隼人の右腕を映しているモニターから電子音が聞こえた。
「よし、これで完了だよ。動かしてみて」
モニターの新たに入ったナノマシンが全て緑色の点で表示されているのと、電子文字で『COMPLETE』の文字が見え、隼人は右腕を動かしてみる。
肘を曲げてから伸ばす。右手を開いてから閉じる。肩を起点に軽く一回転振り回してみる。
「(前より動かしやすい……?)」
今回のナノマシンはノインヴェルト戦術への適正をより高めると同時に、基礎性能の向上を図ったものである為、それが動かしやすさに直結していた。
と言っても、体感領域での誤差であり、それ以上変えるのは非常に難しかったことが伺える。
「問題なさそうです。マギの入れ方とか、その辺変わらないんですよね?」
「もちろん。まあ、最大許容量が増えているから、強いて言うなら前より無茶が利くようになっているわ。少なくとも、今回ヴァイパーを討った時の人数分は余裕で制御できるわ」
ならよかったと隼人は一安心しつつ、礼を言う。
この後は墓参りと一緒に買い物をしてから戻るつもりであり、であればとアリスも手伝ってくれることになった。
ちなみに、今回楓はアリスのバイクの後部座席に座らせてもらい、一人故にサインがはっきり出せる隼人が前を走ることになる。
「あの右腕のことは聞いているのよね?」
「ええ。あなたの血液と、細胞のサンプルが使われていることも……あなた自身が、ブーステッドリリィであることも……」
移動中、アリスが問いかけて来たので楓は答える。聞いては悪いだろうと思って遠慮していたのだが、本人がいいと言ってくれるなら話は別だ。
義母である由美が持ち出した理由が、研究機関の者たちによる悪用を防ぎ、本当に必要となる者に渡すまで確保するのが目的だったことを教えてもらい、確実性が低いなと楓は思った。
なお、ブーステッドリリィになるのは複雑な事情がある可能性が非常に高い為、それに触れることは正直申し訳ないと思っている。
「ブーステッドリリィに関しては気にしていないわ。私がお義母さまへの恩を返すのと、自分のやると決めた道に必要なことだったから」
アリスは元々スキラー数値が微妙に足りておらず、そのままではリリィになることができなかった。
その悩みを解決する方法としてブーステッドリリィへの強化手術の存在があり、それを飲んだアリスは、義母である由美に強化手術を施して貰うことになる。
由美の方針通り必要最低限の手術であったが、それでも十分過ぎるものであり、彼女は晴れてリリィとしての道を歩むことになる。
最初は現場手伝いに近い形での活動だったが、これは元々ガーデンに所属するつもりも無かったから、大して気にしていない。
他人が例えどう思おうとも、自分のやって来たこと、歩んできた道に後悔は無い。だからこそ、アリスは胸を張って楓の予想と全く違うその言葉を堂々と言えた。
なお、ブーステッドリリィの強化手術はヒュージの技術や細胞等を使うケースが多く、これによってブーステッドリリィは治癒能力の強化や、血を使った武器の生成能力等を得られたりもするらしい。
が、やり過ぎるとそのリリィがヒュージ化してしまうこともあり、これのせいでやり過ぎるとろくなことが無いからと言う控え目派と、限界に挑戦したい思いっきり派で二分される原因にもなっている。
アリスの場合は本当に最低限の手術であった為、ブーステッドリリィ特有の強化能力は持たないが、同時にヒュージ化してしまう危険も無い。
「その結果、お義母さまの手伝いはできたし、死にそうだった隼人を助けることもできた……だから、私に後悔なんてない」
──誇りには思うけどね。アリスの満足気な笑みを見て、余計な気遣いは不要だと楓は理解した。
ただ、無条件で満足しているかと言えばそうでもないらしく、一つ気掛かりが残っているようだ。
「私、ヒュージのせいで家族を失ったせいで価値観にずれがあるから、その影響が出てないといいんだけど……」
「……」
「……?どうかしたの?」
「いえっ!その……何でもありませんわ。おほほ……」
──これ、わたくしたちでどうにかしましょう。これ以上アリスに苦労を掛けまいと思い、楓は胸にしまっておくことにした。
一先ずアリスの価値観のずれ自体も時間と共に治せるはずだとお茶を濁しておく。
「あっ、一つつかぬ事をお聞きするのですが……あなたは、免許の方は持ってまして?」
「持ってるわけ無いでしょう?私、ブーステッドリリィとは言え、ガーデンに所属していないから」
「や、やっぱり……」
──……
ちなみに、隼人とアリスは二人揃って玲から教わっており、彼女はしっかり免許を取得しているが、そんなことは関係ない。と言うか、これを知ったら楓は人に犯罪を推奨しないでと玲に怒るだろうが、流石にそれを知る機会は今後ないだろう。
「ようやく、ヴァイパーがいない状況でここに来れたな……」
都心近くに着いた後、買い物をしてからでは物が邪魔になってしまうので、先に慰霊碑に立ち寄ることにした。
花束だけ購入してそれを備える。そこから、隼人はそこで眠る香織に向け話し始める。
「久しぶりだな……と言っても、一ヶ月は経ってないけど……ようやくヴァイパーを討ててひと段落着いたから、顔出しに来たよ」
普段と比べて自分はどうなっているだろうか?自分ではよく分からないが、ここに来る隼人を時々見かける人からすれば、晴れやかになったと答えるだろう。
「これでもう、アイツのせいで俺たちみたいな人は増えない……俺がこんな道に走っちゃったのは悪かったけど、もうそんなこともしないで済むんだ」
「(隼人……ようやく、あなたの心に平穏が訪れるわね)」
アリスの脳裏に浮かぶのは、初めてこの場に来た時、香織の名を見て涙を流す隼人の姿だった。
己の無力を呪い、ヴァイパーへの殺意が増し──。とても齢12の少年とは思えない表情をしていた彼が一転、今は年相応の少年らしい穏やかな笑みを浮かべている。時間の流れと境遇の変化を教えてくれた。
空模様は奇しくも当時と全く同じ状態になっており、尚の事変化を感じさせてくれ、脳裏の姿と目の前の姿の差に安堵したアリスも穏やかな笑みを浮かべる。
「将来何やりたいとかはまだ決まって無いし、夢も特に持ってないけど……それはいくらでも考えられる。だから、今は俺がやるべきこと──リリィのみんなと一緒に、ヒュージと戦って……俺たちのような人が増えるのを少しでも多く止めるよ」
──また心配かけちゃうかも知れないけど、大丈夫。もうあんなやり方はしないよ。その言葉に対し、女子二人はそれぞれの考えが出る。
「(そうね。ヴァイパーに対する執着心以外、気にする要素はない。隼人自身、結構無茶なことはするけど、リスク管理自体はミスしないから……)」
「(無茶をしないって、どの範囲までですの?流石に、一人で無謀なことはしないと思いますけれど……)」
この二人の考えに差異があるのは、隼人との付き合いの長さと理解が起因する。アリスの方が長くて思想の理解が強いのは仕方ないところである。
何なら、アリスの場合、自分の思想を彼なりの形にして引き継いだのを知っている為、尚更だ。
「じゃあ、そろそろ行くよ。今度はこんな寂しい格好しないで来るから、そこは許してくれ」
こうして慰霊碑を去った後、隼人の服と、祝い用の食料・食材等の買い出しをアリスに手伝って貰い、施設へ戻ってバイクを返しに行く。
「悪いな。ここまで手伝って貰って……」
「これくらいいいわ。それよりも、ガーデンの制服に合わせなくて良かったの?制服の代用品は」
隼人が新しく購入した上着は白のコートであり、インナーが黒である為百合ヶ丘の制服と比べ、上は白黒反転した組み合わせになっている。
これに関しては意図的にやったものであり、ここから幾らでも自分を変えられると言う意味合いと、百合ヶ丘のリリィとして戦うが、存在自体がイレギュラーであることに変わりない二点から、隼人はこの目立ちやすい組み合わせにした。
「ヴァイパーを討つ為の協力は終わったけれど、それで人間関係全てが終わりにはならない……帰りを待っているわ」
「向こうで何をやりたいか。それが見つかることを祈るわ」
「困った事があったら相談に乗るから、いつでも連絡してね。用意できる物があったらそっちに送るから」
自分の帰る場所はここだと三人が教えてくれ、隼人は孤独じゃないことを改めて感じ取る。
「うん。行ってきます……俺の家族たち」
自分の大切な家族に手を振り、隼人は再び出発する。
「さて、これからはどうやって行こうかな……?リリィとしてどうやって戦うか、将来何をしたいか。考えられることは多いな」
「時間はいくらでもあるんですから、ゆっくりと考えて下さいな」
未来の道筋はまだ決まらないが、選べる数はいくらでもあった。
これにてヴァイパー決戦編は終了となります。次回からはアニメ本編に戻ります。
軽く解説入ります。
・如月隼人
自らがイレギュラーであることを忘れないようにする道を選んだ。紅茶よりもコーヒー派。
ナノマシンの交換が完了したので、マギに対する負荷をより受けられるように。
あんなやり方しないとか言ってはいるが、復讐心に任せた戦い方をしないだけで、根本は全く変わらない。目の前に救える命があるなら、救うべく突っ走る。
・楓・J・ヌーベル
レギオンメンバーの勧めと、隼人らの事情が重なり、今回例外的に施設に案内してもらったお嬢様。コーヒーよりも紅茶派。
目先の悩みは、隼人の身に起きてる問題点。解決手段を思考中。
隼人のあんなやり方しない宣言は完全には理解できていない。
・アリス・クラウディウス
隼人の心に平穏が訪れ、一安心。ただ、自分が隼人に悪影響を及ぼした自覚は無い。
ブーテッドリリィになったことに関しては全く後悔していない。隼人を救い、ヴァイパー討伐も終わったから、尚の事これで良かったと思っている。
無免許運転者の一人で、無免許運転する恩人も同じ無免許運転であった。
隼人のあんなやり方しない宣言は理解できており、心配はしていない。
施設にいる人らでは、隼人から見ると居候先にいる同い年の異性。
・明石由美
楓に自分が知る限りの隼人が辿った道の情報を提供。隼人がコーヒー派になったのは、この人が普段からコーヒーばっかり飲むのも影響してる。
ヴァイパーに関しては資料が足りず、今でも憶測にしか過ぎない部分はあるが、そこはもう必要ないだろう情報として割り切っている。
施設にいる人らでは、隼人から見ると母親代わりの人。
・加賀美玲
隼人に新しいナノマシンをくれた人。最初は紅茶派だったが、今はすっかりコーヒー派。
実は隼人のCHARMの整備をする必要が無くなったせいで、暇な時間が増えてしまっている。その為、余った時間は技術の取得やリサーチに時間を回している。
施設にいる人らでは、隼人から見ると姉のような人。
今後アニメ版準拠の展開はどのようにしてほしい?
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今みたいな感じで大丈夫
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もうちょい細かめが嬉しい
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サクサク気味がいい