ーー私は何をやっているんだ……
その感情が体を支配した時、私は全てを理解した。
ーーああ、転生してしまったんだ。この世界に……そう。
ーー『文豪ストレイドッグス』の世界に……
急速に脳に刷り込まれる記憶。
「ソレ」は既存の枠組みに収まらず、精神を乗っ取られたかの錯覚に陥る程の奔流が、「ボク」を「ワタシ」に塗り替える。
余剰分の知識が頭から吹き出し、外部でもう一つの器官に接続されるような不思議な感覚がしながらも、「ソト」の自分の顔は能面のように微動だにせず。
何故、今なのか。何故、此のタイミングで起きたのか。
微塵も分からぬまま、脳内でのたうち回る情報。
そして、その情報は奇妙な陳列を成して私に思考の
ーー此処って………孤児院。でも、中島敦が居た場所では無い……のか?
此の物語に置ける主人公は、中島敦という青年ーーらしい。うん。記憶上は、ね。
彼も孤児院育ちで、その環境の過酷さが故に
にしても、頭が痛い…二重の意味でだが。
本来在るべき此の世界の姿を「此の情報」は知っている。
つまり、本来此の世界を歩む私の姿は「此の情報」によって統制されているも同義であるのだ。
頭の中を本を捲る感覚で。「頁」という概念として情報を得ていく自分という人格。
脳の処理があらかた落ち着き、先程まで奇妙な形で成立していた思考を上書きするように主人格が確立された。
そして、ここまでの知覚時間。僅か7秒。
そして、ぼんやりとした意識の海……微睡みから覚めるように、現実と相対することになった。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ァ”っ”ッ”」
………ゑ?
………………え?
……… ど う し て こ う な っ た ?
……お、落ち着け、平常心、平常心……あれ?平常心が行方不明に…
「あ」
そうだ。此の世界に転生したと自覚した時に感じた違和感。
此の記憶を思い出すまでの経緯を、そして、
自分が主要キャラである『夢野久作』に「女性として」転生してしまったという懸念事項を。
完全に頭から抜けていたのだろう。
目の前には見境無く狂気を振りまく少女。その手には先程まで楽しそうに遊んでいた遊具。恐慌状態に陥った少年少女がその少女を見つめ……ーー目を必死に隠したり背けたりしている子供もいるが、好奇心に勝てなかったらしくその光景を直視し、どちらも顔を青くしていた。
その子供達の様子を遠くから確認し、手に負えないと判断したのか、管理人さんが大慌てで何処かに連絡をしている。
ワー、コレ『ドグラ・マグラ』ハツドウシチャッテマスワ…アハハ…。
……は?
待て、自分は何もしていないはずだ。
確かに原作の『夢野久作』は異能を持っていたはず。
異能力『ドグラ・マグラ』は精神に異常をきたす能力である……ということは分かっている。作中で判明した事実だ。
ん?確かあれは、自分を傷つけた対象に《呪いの受信者》である証の手形の痣を発現させて発狂させるみたいなやつだ。
あの子に痣なんてある訳………あ。首元に薄らとあるねぇ……。
そして私も違和感の正体を突き止めた。
ああ、先程から妙に痛みがする訳だ。
確認するように腕を捲ると、そこには大量の傷跡。
ーーああ、此れは……やっちまった感凄いな……
どうやら記憶が流れる前に自傷した後らしい。と、此の身体が教えてくれる。
事故で私にぶつかりソレに触れた少女を、異能が「コイツがやった」と誤認識してしまい、近くにある私の”気に入っている”筈の人形が奇妙な動きをし始めた……そして、
それを気味悪がったガキ大将気質の少年に人形を破壊された。
もう一度言おう。人 形 が 破 壊 さ れ た 。
うん、発動条件満たしちゃってるなこりゃ。
に、しても、この光景はどう処理すればいいんだ…?
目の前の少女は遠巻きに見つめる子供達に目もくれず、周りの人形たちを振り回し、引きちぎり、狂気的な笑みを浮かべていた。
ーー『ドグラ・マグラ』は確か自分自身では止められない能力。……異能無効化の異能を持つ原作主要人物の『太宰治』。彼が呪いの人形に触れない限り此の暴走は収まらないのか……?
思った以上の事態の深刻さに、額にじっとりと汗が浮かぶ。
ーーッ………どうする?異能の使用者は私だ。出来ないからといって責任を取らない訳にも行かない。
ふと、目の前で狂乱していた少女が行動を止めた。
ーー…ん?何だ、様子がおかしッッ?!?
ゾワッと、体に寒気が走った。
少女が此方を
すっかり少女の目は据わっており、その目は
ーー不味い、何がとは言わないが兎に角不味い。確実に私が滅茶苦茶にされてしまう。
私の元の人格ははしゃいでいたようだったが、私には此の状況は流石に笑えない。
ーー最悪の状況は……此の少女が私を殺してしまう事。嫌だなぁ…自分の異能のせいで此の子を犯罪者にしてしまうのは。でも、最大の懸念は……
少女が駆け出す。小さな手に握られているのは、その可愛らしい容姿に不相応な鋭い鋏。
ーー事故で『ドグラ・マグラ』が二重に掛かってしまうことッッ!
その鋏が自身に振り下ろされる寸前に少女の手を掴み、微量の力を加え鋏を落とした。続けざまに掴まれていない方の手で引っ掻かれそうになったが、掴んだ手を可動域の逆側にグリンと傾けてやれば激痛に悶えひっくり返り、暫くそのまま呻いていた。
ーー『ドグラ・マグラ』が二重に掛かってしまう状況なんざ考えたくも無いし有り得ないかもしれないが……不安でしかない。考え得る今の判断としては微妙なラインだが、果たしてどうなる事か…
パチパチパチ、とあちこちから聞こえ始めた時、思考の海から浮上した。
そういえば、傍から見たら私が
しかし、先程から体験したことも無い記憶が流れて来るんだが、此れは何なんだ?
主人格でも前の人格でも無い……にしても脳の情報処理速度が早いのか、今迄の状況の詳細がよく分かるな。
で、此の記憶は足下から……ん?
ふと足下を見る。少女が呻きながら足下に取り憑いている。
「あ”ぁ、め”んな…こ”め”ん”な”ひゃ……ぁ…」
……該当の痣なし。
ゑ?
まさか、今の記憶……あれを取り込むことで解除が可能ってことか?えっと………ん?どゆこと?うん。さっぱり原理が分からん。
少女はまだ、咽び泣いている。
孤児院の管理者である女性がバタバタと音を立て乍ら駆け寄り、二人とも怪我は無いかと必死に問い詰めてきた。
暫くはこの異能の明確なデータを取らないと……だな。
頭の片隅でそんなことを考え、恐らく異能が解除されたと思われる少女の頭をポンポンと撫でながら、慌ただしく鳴るサイレンをぼんやりと聞いていた。