とあるミサカの欠陥個体   作:蟻走感

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2話目です。


第2話 先生

 

 

「──と、ミサカは無知蒙昧な10019号に先生としてまず挨拶の模範を示します」

 

 部屋に入るなり、直立不動でそんな挨拶をかまして見せる少女。

 その容姿を一言で形容するなら、まさしく人形のようだった。吹けば飛びそうな華奢な体格に、暗く濁りきった深淵のような瞳。また、そこに抑揚のない無機質な声音も合わさってこれでもかと非人間的な空気を醸し出している。

 

 事前に聞いてはいたものの、こうして実際に見てみると本当に私とそっくり……というか外見上は少なくとも同一人物そのものだった。つま先から頭のてっぺんに至るまで寸分の狂いもなく同じ容姿、そして同じ声帯をしている。格好だって一律に支給された学生服を着ている訳だから、いよいよ見分けなどつかない。

 まあ同一の素体をもつクローンな訳だし、当然といえば当然。

 ……とは言ってみたものの、実のところ私はまだ自分自身の容姿をあまり見慣れていない。鏡を見ても、あっ私だ、という認識より、あっ人だ、という認識の方が先にくる。

 だから、自分を見ているような錯覚や双子を見ているような感覚なんかは味わえなかった。ぶっちゃけると、今のところ他人を前にしている感覚とさして違いはない。

 それに一点。容姿はともかく、服装は私と彼女とで明らかに違う点があった。

 それは、頭に着けたゴーグルだ。

 あのゴーグルは欠陥電気(レディオノイズ)と呼ばれる妹達(シスターズ)本来の能力、それを補佐する目的で与えられている。すなわち、このミサカには必要のない代物。

 私だけが支給されてないみたいだし、多分これがミサカのアイデンティティ。(遠い目)

 

 ……余計な事を考えていたら、目の前からチクチクとした視線を感じた。思いに(ふけ)って彼女を半ば放置していたらしい。9982号は目を細め、不満げな様子で私を見つめている。

 

「名乗られたら名乗り返すのが礼儀ですよ。と、ミサカは不躾な10019号に時代劇から学んだ知識を披露します」

 

 先程から若干棘のある言い回しなのが気になるが、一先ずそれは置いて挨拶を返すことにした。私のことは既に布束さんから聞いている様子だけど、多分名乗り合うことに意味があるのだろう。

 

「……初めまして。知っての通り、このミサカはミサカ10019号です。と、ミサカは挨拶に応えます」

 

 自分で発言しといてアレだけど、そろそろミサカという単語がゲシュタルト崩壊してきそう。……でもこの喋り方、文法としてインプットされてるみたいだから改善のしようがない。

 主語を省略できない縛りとか、英語か何か?

 ただまあ機能的な制約がある訳じゃないから我慢は可能だったりする。カタコトに話してるような違和感に苛まれるから極力しないけど。

 

 そう言えば、挨拶をする際なにか合わせてするようなことがあったはずだけど…………、思い出した。

 

 私は9982号に対し、ゆっくりと右手を差し出す。

 そう、確かこういう時は握手をするのが礼儀だったはず。ミサカの予備知識に不備はない。

 彼女は一瞬困惑したような表情を見せたが、すかさず右手を差し出してきた。それから握手を、───パチンッ

 

 ……は?

 

「ハイタッチですね、とミサカは」

「いや、ちげーだろ」

 

 え、何これ。新手のギャグ?

 一体誰がこの状況でハイタッチ求めるんだよ……。

 

「この手はどう見ても握手だろ。と、ミサカは9982号に落胆の色を隠せません……」

 

「む、握手というものは知っています。ただ、こちらの方が場に適切だと判断しただけです。と、ミサカは弁明を試みます」

 

 弁明できてない……なくない? でも、考えてみればそうか。妹達(シスターズ)は所詮社交性を必要としない実験動物(モルモット)。故にこういった場の空気を読む能力に疎いのも無理はない。無論、私も例外ではなく。

 下手をすれば、私達(シスターズ)は今まで誰かと握手を交わした経験すらなかったのかも知れない。

 

「……それで、9982号は私に一体何を教えてくれるのですか。と、ミサカはポンな9982号に授業の催促を試みます」

 

「ポン…? ミサカは10019号の活動に際して必要最低限の知識を叩き込むよう命じられています。だからまずは学園都市の地理をと考えていたのですが……」

 

 そこまで言って彼女はなぜか言葉を詰まらせた。

 それから一息。

 

「生憎、ミサカは地図を所有していません」

 

 あれ、やっぱり妹達(シスターズ)って単にポンコツなだけなのでは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 施設内の一室。プレゼンルームにデカデカと映し出された学園都市の市街地図。それを背にポインターでひとつひとつ場所の解説をする少女。言わずもがな、ミサカ9982号だった。

 

 私はその前方で席に座り、至極真面目にノートを取らされている。自身が制服姿であることも相まって、さながら本物の学生になった気分だ。

 ……それにしても布束さん、部屋だけじゃなくプロジェクターの使用許可まで取って下さるとかやっぱり聖人君子なのでは……、なんでこの実験やってんだろ。

 

「おい、そこのミサカ。手が止まっていますよ。と、ミサカは教師さながら注意をします」

 

 なぜか異様に張り切った様子の9982号。役に成りきっているところ悪いけど、制服姿で教師役は無理があると思う。でもミサカは心優しいミサカなので、そんな茶番にも仕方なく乗ってあげることにした。

 

「はい、ミサカ先生。質問があります」

 

「なんでしょうかミサカさん。と、ミサカは意外にもノリのいい10019号に驚きつつ質問を許可します」

 

「これ全部学習装置(テスタメント)で学べばよくないですか」

 

 事のついでに、さっきからずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。自分としては至極当然の疑問だったけど、9982号からは何言ってんだこいつ、みたいな目で見られてしまった。不服だ……。

 

学習装置(テスタメント)の運用法は飽くまで基礎概念の構築にあります。ミサカ達の経験則を踏まえた地理情報は、当然そこに組み込まれていません。と、ミサカは懇切丁寧に説明します」

 

「……名称の他に学ぶことがある、ということでしょうか。と、ミサカは重ねて質問します」

 

「その認識で間違いありせん。と、ミサカは肯定します。ミサカが今から共有するのは、各市街地における詳細な実践データ、いわば戦歴です」

 

 あれ、なんか突然きな臭い話になった……?

 

 

 …………

 

 ……

 

 

「──ここの通りは菓子屋が点在するスポットです。特にミサカのオススメはここですね。とても美味しい紅茶が飲めます。と、ミサカは好みの場所を布教します」

 

 きな臭い話かと思ったら割と呑気な内容だった……。実戦じゃなくて実践かよ、それも外部研修(街ブラ)の。

 

「……因みにここのダージリンは他店より濃い琥珀色なのですが、見た目に反して苦味は薄く、さっぱりとした味が特徴です。特筆すべきは来店してすぐ鼻孔を刺激してくるあの瑞々しい香りで、あれは恐らくセカンドフラッシュの……」

 

 しかも、やけに饒舌だった。絶対これ個人的な趣味マシマシのやつだ……。授業中趣味の話とか織り交ぜてくる先生確かにいるけども……。因みにソースは学習装置(テスタメント)

 ……学習装置(テスタメント)くん、時々変な知識いれてきてない? 大丈夫?

 

「──因みに昨日(さくじつ)、この店舗の裏路地で第9319次実験が行われました。と、ミサカは説明に補足を加え入れます」

 

 ひぇ、そんな取ってつけたように訃報流されても。ミサカさんついさっきまで温かい紅茶の話してなかったっけ……、温度差で風邪引きそう……。

 

 

 終始こんな様子で授業を続けること数時間。

 

 学区ごとにみっちりと土地勘を叩き込まれくたくたになった私と、それとは対照的に満足げな面持ちの9982号。これだけの学べばきっと実験にもより一層貢献することができるだろう、できるか……? できるといいな……。

 取り敢えず授業は一段落ついたので、彼女とは別れ真っ直ぐ自室へと戻る。部屋につくと、私はいつもの白いベッドに力いっぱい寝転んだ。それから今日とったノートを1ページ目からパラパラと見返していく。

 

 彼女の授業は少しばかり癖が強かったが、今思えば何だかんだ重要な話も多かった気がする。

 例えばこれ。武装無能力集団(スキルアウト)なんて呼ばれてる不良集団の分布図。もしかしたら外部研修なんかで役に立つ日が来るかも知れない。それに御坂美琴(オリジナル)の活動範囲や警備員(アンチスキル)の巡回ルートなんてのも併せて知ることができた。それだけでも十分な収穫。

 少なくとも、これらの知識があれば外で何かヘマをやらかす心配はぐんと下がる。

 

 それより、私は実戦の方がずっと気掛かりでならなかった。火器の扱いこそインプットされてはいるものの、たったそれだけ。そこに本来あるべき精神的な慣れや応用力など当然ありはしない。そもそも1万体分の経験則を残り僅か数ヶ月で補おうなんて狂気の沙汰と言っていいだろう。

 

 ……それでも私は、何としてもこの実験を遂行しなければならない。それが私に与えられた唯一の存在価値、言わば私の全てだ。

 

 私は実験体(シスターズ)としての役目を最期まで果たす────第一位に殺してもらえる、その時まで。

 そう決意して、ゆっくりとノートを閉じた。

 

 




ある程度構成考えてるけど話持っていくのが難しい

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