転生TSサキュバスは独占欲が強い   作:葛城

15 / 31
すまんの、また長いぞ

一気に時代は進み、明治を飛ばして大正時代へと進みます
基本的にやっていることは変わらず同じなので、ダイジェスト風味になります


第十四話: それは誰にとっての終わりか

 

 

 

 

 極東の小さな島国に、『夢華屋』と呼ばれている世界最優の『性の都』があると船乗りたちの間で噂されるようになったのは、その島国の年号が『明治』になった頃であった。

 

 

 その始まりが何時の頃からなのか……それを知る船乗りたちはいない。何故なら、現地に住まう日本人ですら、『夢華屋』が何時からあるのかを答えられなかったからだ。

 

 まあ、それも仕方ないだろう。

 

 何せ、江戸幕府が終わる前も、終わろうとしていた時も、政府が作られる直前のいざこざは、その時から数十年経ってもまだ語り継がれるほどの血生臭い話であったからだ。

 

 その最中、様々なモノが失われるか、あるいは被害を……それは当然、『夢華屋』を始めとした、『性産業』も例外ではなかった。

 

 ──当時を生きた者は、誰かに尋ねられるたびに、こう語った。あの頃は、何処も彼処も物騒だった……と。

 

 外国より入ってくる異文化よりも、それを受け入れるか否かで暴れる者たちが多く、何人もの人たちが彼ら彼女らの争いに巻き込まれて命を落としてしまった……と。

 

 ──当時を生きた者から話を聞いた者は、こう語った。色々なことが有ったのだと思う……と。

 

 誰も彼もが口を閉ざしていたし、誰も彼もが辛そうな顔をしていた。新しい時代の幕開けに、どれだけの血が流れたのか……想像するだけで恐ろしい。

 

 度重なる天災も合わさって、誰も彼もが当時の事を思い出したくなかったのだろう。

 

 あるいは、変わりゆく日常に目を向ける事で、辛い過去を忘れようとしているのか……それは、第三者には分からないことであった。

 

 ……しかし、だ。

 

 そうしたゴタゴタに生じて、気付けば心の隙間へ埋められたかのように『夢華屋』の名が表に知られるようになってから……早、数十年。

 

 最後の内乱と呼ばれている西南戦争の爪痕も忘れ去られ、他国より次々に新しい文化が入り込み、200年以上に渡って成熟していった江戸文化は西洋の影響を受けて形を変えてゆく。

 

 それも、致し方ないことだ。

 

 200年という月日は確かに長いが、同時にそれは、閉じられた世界におけるゆっくりとした変化でもある。

 

 良くも悪くも、外国では様々な思惑によって血で血を洗うようなにらみ合いが続く最中、変化を変化として感じ取れるのは……世界的にみれば、恵まれた証であって。

 

 そうして時は流れ、誰も彼もが忙しない中で、明治時代は終わりを告げて。

 

 棚からぼた餅とは言い過ぎかもしれないが、遂に始まった外国での争いの影響によって訪れた、一部の空前な好景気によって……再び、というか、改めて日の目を浴びるようになったのが、その『夢華屋』なのであった。

 

 ……で、だ。

 

 立地的にも文化的にも後進でしかない日本において、どうして極東の島の中の、町の一角の『夢華通り』にて軒を連ねている性産業の……一か所に固められた売春施設の群れが、そこまで船乗りたちの気を引くことが出来たのか。

 

 船乗りたちに世界最優だとその名を知られるようになった『夢華屋』だが、それには様々な理由があって……その最たる者が、働いている女たちの美しさにあった。

 

 そう、何と言っても、『夢華屋』の従業員たちは軒並み美人なのだ。

 

 もちろん、『美女』とただ一言で表現されたとて、それが万人に対して同じ評価を下すかどうかは、全く別の話だ。

 

 けれども、それでもなお、船乗りたちは口を揃えて美人だと称したのであった。

 

 ……それは、何故か。

 

 東洋には東洋の価値観があって、西洋には西洋の価値観がある。当然、『美女』と定める条件に違いがあるように、そこで生まれ育った者たちの価値観もまた、関係している。

 

 ……たとえば、諸外国よりやって来た船乗りたちが初めて日本人を目にした時のこと。

 

 記録にもあるが、だいたいの者たちが最初に思ったことは……何と幼い者たちなのだろうという、率直な感想であった。

 

 ……いちおう言っておくが、精神的な話ではない。もっと安直な……つまり、見た目が実年齢より幾らか幼く見えるという話である。

 

 言い換えるなら、船乗りたちからすれば日本人の売春婦など、大半が20歳も超えていない小娘にしか見えていないのだ。

 

 そういう子でもイケる者ならまだしも、成熟した女性でないと駄目な人も当然、いる。

 

 だがしかし、そんな者たちですら、『夢華屋』の売春婦に関してだけは褒め称え、日本を訪れる度に利用する者すらいた。

 

 ……それは、何故か。

 

 答えは、ただ一つ。生まれも価値観も異なる船乗りたちの好みに合致した女たちが、『夢華屋』には居るからだ。

 

 そう、驚くべきことに、『夢華屋』には居るのだ。他の店には……いや、外国の娼館でも早々見掛けることのない、美女や美少女が。

 

 それも、勤めているのは日本人だけではなかった。いったい何処から雇ってきたのかは定かではないが、いるのだ。

 

 肌の色が異なる子、瞳の色が異なる子、顔立ちが異なる子……年齢も、体格も、声色も、全てが異なる多種多様な……外国(要は、本国)でしか見られないはずの、女たちが。

 

 どうしてか、その『夢華屋』では、普通に働いているのだ。

 

 それも、誰もが欠片の嫌悪感すら滲ませず、活き活きとした表情で。

 

 何処ぞで攫われてきた様子もなく、金で売られてきたようにも見えず、誰も彼もが……笑顔で働いているのだ。

 

 ……にわかには信じ難い事であった。

 

 実際、噂でしか知らなかった者はみな、実物というなの事実を前にして、一様に言葉を失くした程であった。

 

 そして、言葉を失くした彼らが、暖簾を潜って店の中に入り……翌朝。

 

 別れのキスを受けてから、売春婦たちに手を振られて店を出た……その後の彼らの顔ときたら、誰一人の例外もなく頬が緩んでいて。

 

 ──それを見た船乗りたちの誰もが、地団駄を踏んだ。

 

 特に悔しがったのは、以前に日本を訪れ、他の店を……『吉原』を利用して『夢華屋』の異常性を知った者で。

 

 それを間近で見る事となった第三者は、一人の例外もなく……次は『夢華屋』に行こうと思った。

 

 そうして、噂が噂を呼び、期待が更なる期待を呼び。

 

 何時しか、『夢華屋』の看板を掲げた娼館(明治に入り、売春店は娼館(しょうかん)と呼ばれるようになった)が立ち並ぶ通りが、『夢華通り』と船乗りたちに呼ばれるようになって。

 

 あくまで船乗りたちの通称でなかった通り名が、いつの間にか地元の人達にも浸透するようになって。

 

 女性たちの間で、あそこには近づいてはならぬという躾が成されるようになって。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そうして、何時しか『夢華通り』は船乗りたちの間では『性の都』と呼ばれるようになって……気付けば、再び年号が移り変わり。

 

 後に、『大正モダン』と呼ばれる文化が芽吹く……大正時代へと突入していた。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………さて、季節は春。時刻は、昼を少し回った頃。

 

 激動の明治時代から大正へと年号が移り変わって、間もない頃。江戸から東京へと名を変えてから数十年……かつての光景からは、すっかり様変わりしていた。

 

 繁華に鮮やかな浅草や、粋な構えの帝国劇場に、東京の中枢である丸の内。厳めしくそびえる警視庁に、東京内を縦横無尽に走っている路面電車の数々。

 

 和洋の文化が入り混じる東京には、その日もまた様々な人たちでごった返していて。かつてよりも万単位で増えた人たちの喧騒が堪えず、街全体が活気づいていた。

 

 ……その騒がしい都心から離れた、とある一角。

 

 通称、夢華通りと呼ばれる、売春店が立ち並ぶ通りの、ちょうど中央。大小様々な建物があるその中でもひと際大きく目立つ、大正モダンを体現したかのような3階建ての屋敷がある。

 

 その屋敷に、正式な名前は無い。

 

 いや、正確には有るのだろうが、表札も無ければ看板も無いため、誰もその屋敷の名を知らなかった。

 

 しかし、全くの未知ではない。

 

 地元に住まう人たちや、何度か夢華通りを利用した者はみな、その屋敷が何なのかを知っていた。

 

 ……通称、『女王の寝床』。

 

 夢華通りのみならず、そこに名を連ねている数多な娼館のオーナーが住まうとされている、ある意味では有名な屋敷である。

 

 だが、その正体を知る者は誰もいなかった。

 

 そう……女王は、全てにおいて謎に包まれた人物であった。

 

 辛うじて分かっているのは、オーナーが女であるという事と、綺麗な字を書くこと。『夢華屋』自体が、かなり古くから存在している事と……他の娼館とは全く繋がりが無い……ということぐらい。

 

 それ以外は、全てが謎であった。それ以外のことは、誰も知らなかった。

 

 もう、あまりに謎に包まれているせいで、一部では化け物ではないか……という噂が広がったぐらいなのだから、その異常さの一端が垣間見えるだろう。

 

 何せ、生まれも育ちも年齢も不明で、どのような経緯を経て今の地位に成ったのかも不明。外を出歩いている姿を見た者が皆無であり、当人が生きているのかどうかも不明。

 

 そして何よりも不明というか、謎を深めるのは、他の女衒との交流が全く無いから、何処で娼婦たちを仕入れて来るのかが不明な点だ。

 

 何故なら、夢華屋は全国を練り歩く女衒たちとの交流なり取引が一切無いのだ。かといって、独自の女衒を囲っているわけでもなければ、秘密裏に募集を掛けているのも見られない。

 

 なのに、気付けば新しい娼婦が夢華屋に増えているのだ。

 

 それも、人種も違えば年齢も異なるときて……何処ぞで見つけ、どのような交渉を経て引っ張り込んだのかが誰もが首を傾げるぐらいの、極上の美女と美少女ばかり。

 

 しかも、夜伽の腕前は例外なく一流に加え、誰一人嫌々ながら働いているようにも見えない。

 

 尋ねてみれば、誰もが『ここで働けて幸せ』だと口を揃えるが、オーナーに関しては絶対に口を割らない。

 

 ならば、顔を出さなければならない表の舞台ならば……と誰もが思うところだが、そこもオーナーは手を抜いていない。

 

 役所を始めとして、どうしても公の場に出なければならない時は常に顔をベールで隠し、周囲も同性のボディガード(背丈から考えて、おそらくは外人と思われる)が囲い、近寄れない。

 

 その守りは、正しく鉄壁だ。

 

 相当な訓練を積んだであろうガードたちの実力は凄まじく、数か月前に奇襲を掛けてきた12人のヤクザを瞬時に無力化させたぐらいだ。

 

 ……ちなみに、そのヤクザに金を流して暗殺(というには、白昼堂々過ぎたけど)を企てたのは、かつての盛況が嘘のように寂れてしまった『吉原』らしい……という噂があるのだけれども、それはどうでもよい。

 

 とにかく、夢華屋のオーナーはガードが堅いのだ。

 

 故に、如何なる記者もオーナーへの取材は叶っておらず、その顔写真や似顔絵ですら、誰も持ち得ていない。

 

 ……なるほど。

 

 信じる信じないは別にせよ、夢華屋のオーナーは化け物だと疑う者がいても、何ら不思議な話ではないだろう……が、しかし。

 

 まさか……いや、だからこそ。

 

 オーナーの事を調べようと思っている、あるいは、している彼ら彼女らは、夢にも思わないだろう。

 

 夢華通りのボスであり、夢華屋の頂点に君臨するボスであり、諸外国にも存在が知られているオーナーが……まさか、本当に人外の存在……すなわち、正真正銘の化け物であって。

 

 幾度の転生を果たし、数百年の時を生きて、只々一つの目的だけを目指し、今では政府すらも無視は出来ない勢力にまで膨れ上がった存在であるなんて。

 

 誰もが、その可能性を欠片も考えたりはしないだろう。

 

 何せ、客観的に見れば、まるで酒に酔った誰かが戯れに考えた怪談話にしか思えないのだから。

 

 ──けれども、その怪談は実在している。

 

 数百年もの間、秘密裏に。誰にも悟られず、誰にも露見されないまま……人外の怪物は、『女王の寝床』にて、夜の世界に蠢く欲望を舐めるように眺め続けているのであった。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………と、いう感じの。

 

 そんな感じの……今に至るまでの経緯を含めて何一つ嘘は無いのだが、極々一部では『本気でオーナーが人外だと思っている者がいる』、そんな感じの中で。

 

 誰しもが──何度も言うが、夢にも思わないだろう。

 

 まさか、諸外国にもその名が知れ渡っている『夢華屋』のオーナーが。ヤクザたちですら、迂闊に手を出せずに手をこまねいている、裏社会の重鎮的存在が。

 

「──甘やかされて心優しくなったお坊ちゃんのお尻をぺろぺろするのが至高。きっと絹のように滑らかで、綿あめのようにふわふわ……噛んだら柔らかそう」

 

「固く引き締まった胸板に接吻して痕を付けるのが最高だと何度言ったら分かるのですか? わたくし、抱き締められたら2秒で濡れる自信がありましてよ」

 

「馬鹿かお前は、たるんだ腹に抱き着いて頬擦りした後で毛むくじゃらの身体をわさわさ撫でまわしながら同じ湯船に浸かってまったりするのが最強だろ」

 

「……お前らの好みはどうでもいいからさっさと書類を終わらせてくれない? みんな違ってみんな良いの精神を忘れてないかな?」

 

「見た目を自由自在に変化出来る女王に言われたくないんですけど? 無垢な子供のフリをして、皮も向けていない子との禁断のお遊びはいかがでしたか?」

 

「人妻のいけない一夜みたいなこともやってましたね。何ですか、何でも屋を家に引っ張り込んで遊ぶのが最近のお好みだとお聞きしましたが?」

 

「……いや、まあ、はい、すみません」

 

『女王の寝床』の最奥……机に積まれた書類の合間にて。

 

 側近的な分体たちと、何とも肩の力が抜けるような雑談をしているだなんて……誰もが夢にも思わないであろう事実であった。

 

 

 

 

 

 ……で、だ。

 

 

 

 ──何か気付いたら日本の至る所で武士たちが小競り合いを始め、気付いたら『日本を今一度せんたくいたし申候』みたいな感じで江戸幕府が終わって明治時代が始まった。

 

 ──かと思っていたら、いつの間にか浪漫()溢れる大正時代に突入していて、何が何だか分からないであります。

 

 

 

 ……言葉にすればたった数行の事だし、私としてもほとんど実感は無かった。だがしかし、知らぬ存ぜぬの間に相当な混乱が世間では生じていたようだ。

 

 何せ、気付いたら町中から髷が消えているのだ。服装も和服だけでなく洋服が混じるようになっていて、外つ国のモノが前以上に日本に入って来ているのだ

 

 そりゃあ、驚く。私じゃなくても、あれえ、と首を傾げて当然だろう。

 

 幕府が倒れて明治政府が出来たぞーみたいな事が書かれた紙が至る所にばら撒かれてから、ようやく時代が動いたなあと思っていた私……あれ、もしかして私ってば気付くの遅い、遅くない? 

 

「──どう思う、お前たちは?」

 

 筆を紙面に走らせ、さらさら、と。

 

 時刻は御昼どき、切りよく書類を書き終えたので気分転換がてら『私たち』に尋ねれば、その中の一人が大きくため息を零し……おい、失礼なやつだな。

 

「……女王よ。前から何度も進言している事だが、いい加減に主語を省略して話す癖はやめてくれないか」

 

 彼女の言い分に、他の私たちに目を向ければ……大なり小なり彼女の言葉に賛同しているのを見て、私は、ああまたやってしまったか……と小首を傾げた。

 

 ……と、いうのも、だ。

 

 私と私たちの間には『回線』と呼ぶ精神的な線が繋がっている。

 

 これは任意に切ったり繋いだりする事が可能であり、言うなれば『精神の通信(テレパシー)』という名の私たちの共通した技能の一つである。

 

 私自身は自覚出来ていないらしいが、どうも、私は無意識の内にコレを使っているらしい。

 

 たとえば、先ほどの私の発言……『──どう思う? お前たちは』というのが、私が実際に口に出した発言である。

 

 だがしかし、私自身の感覚としては、その前の言葉もあった。

 

『今まで全然気にも留めていなかったけど、考えてみたら、江戸も明治も過ぎ去って大正に年号が変わっていて、時の流れって速いよね。いや、というか、私ってば鈍くないか?』

 

 はっきりと言葉にするなら、こんな感じだ。これを、私は『私たち』に向かって無意識に回線を通じて発信している……らしい。

 

 なので、私たちの感覚からすれば、いきなり耳栓を外されて叫ばれたようなものだと言われたのは……何時だったか覚えていないが、そういうふうに感じてしまうらしい。

 

 ……ちなみに、だ。

 

 この回線、私個人としては非常に便利なモノという認識なのだが、どうも、私たちの間ではあまり好ましくない技能とされているようなのだ。

 

 もちろん、完全に拒絶されているわけではない。

 

 回線の開閉は自由だし、私たちの間では覗き覗かれは御愛嬌。むしろ、見せ付ける意味合いから全員への回線を開放するやつがほとんどだ。

 

 実際、こうして書類をこなしている今も、私を含めた全員に……愛しき彼らに抱かれている私たちの快感が絶え間なく伝わって来ている。

 

 私を始めとして古参連中なら快楽を味わいつつ表面上は平静な顔で取り繕えるし、場合によっては回線を閉じる忍耐力を有しているが……とにかく、完全に拒絶されているわけではない。

 

 それでもなお、好ましくない技能とされる理由……それは単に、私が原因であった。

 

 どういうことかと言えば、私たち曰く、『私は覗き過ぎる』というやつらしい。

 

 私としてはそんなつもりはないのだが、どうにも思考まで読み取られると、まるで脳をそのまま撫でられているような感覚がして、気持ちが悪いのだという。

 

 これはおそらく、『私』と『私たち』とのパワーバランスが異なるせいだろう。

 

 私たちの大本であるのは伊達ではなく、こういう部分でも如実に表れている……というわけだ。

 

「うむ、すまん。次からは気を付ける」

 

 悪気は無いが、煩いことには変わりない。軽く頭を下げれば、「もうこれで何百回目の次なのやら」私たちは互いの顔を見合わせて苦笑した。

 

「……まあ、抑えてもどうにもならない話だし、私たちの方からはそこまで目くじらは立てないよ……で、何だったかしら?」

 

「ふと思ったんだけど、気付いたら年号が『大正』に変わっているなあって思って」

 

 そう呟けば、室内に私たちのため息が一斉に……いや、酷いね君たち。

 

 思わず睨みつければ、私を除いて最古参に当たる……そう、私たちの『委員長』が、本気で言っているのと言わんばかりに半眼になって睨み返して来た。

 

「……女王よ。今は年号が変わってから、もう3年だぞ」

 

「そう言われても、ここ数十年の記憶が曖昧なのだけれども。いや、今になっていきなりこんな事を口走る私がおかしいのも分かってはいるんだぞ」

 

「……おかしいというよりは、ようやく『熱が冷めた』というのが正しいのだろう」

 

「と、言うと?」

 

「止せばいいのに大陸の血を取り込むぞと無理を言って船に乗り込んで、大陸に渡ったりしたからだ。女王よ、向こうでセックス以外で横になった事など一度として無かっただろう?」

 

「……ああ、そうか。楽しかったけど忙し過ぎたせいか」

 

「大正に入ってから落ち着いてきてはいたが、あの時は酷かったぞ。薬にでも手を出したのかと思うぐらい、四六時中快楽に酔っていてまともに回線が繋がらなかったぐらいだからな」

 

「ああ……うん、言われてみれば、そんな感じだったな」

 

「10年、20年、30年……半日と休まず朝昼晩と彼らに腰を叩き付けられればそうなる。今になってようやく、蕩けていた頭が覚めてきたというわけだろう」

 

 ようやく納得の出た答えに頷けば、「いやあ、脳みそ茹っていたよねえ、あの時の女王ってば」この場の私たちの中では一番のビックバン・ボディな彼女が、堪らずといった様子で笑みを零した。

 

 ……お胸もお尻もダイナミックな彼女の言い分は、まあ分かる。

 

 実際、言われてから、ああそうだったなあ……と、今更ながら思い出した私が否定しないのだから……お察しだろう。

 

 ……そう、事実として、明治の間、私はとにかく忙しかった。というか、正確には寝る間も惜しんで快楽の海に潜っていた。

 

 いったい何があったと言えば、それは外国に渡ってから……そりゃあもう、入れ食い状態だったからだ。

 

 何がって、そりゃあ、ナニが、だ。

 

 どう言い表せれば近しいのか……そ私がそうなった原因の一つとして、向こうは日本よりもずっと死が近いせいだろう。

 

 陸続きの大陸故に、宗教やら思想やら何やらから起こる対立や衝突が凄まじく、それに伴って……争いの数の桁が違うのだ。

 

 ぶっちゃけ、日本では考えられないぐらいに人が死ぬ。明治の日本も大概だが、それでも、だ。

 

 日本も毎日のように死人の話が出ているが、向こうはこっちの比ではない。だからこそ……死が近いからこそ、向こうの人達はバンバン子供を作ろうとする。

 

 日本よりも更に明確な階級社会であるからこそ、余計に。故に、向こうの男余りは日本の比ではないのだ。

 

 戦争のように愛しき彼らが無惨にも片っ端から命を落とせばその限りではないが、そうでないのならば、必然的に男が余る。基本的に、生物は雄の数が多くなるようになっているからだ。

 

 加えて人間の雌は大なり小なり、より多くの雌から求められる雄を求める性質を持ち、雄はより多くの雌を求めて独占したいという性質を持っている。

 

 その結果、起こるのは一部の雄に雌が集中する現実である。

 

 全てがそうはならなくとも、全体的に見れば一極集中であり……年齢問わず男が溢れてしまうのは、必然的な話であった。

 

 そして、死が身近である分、彼らの衝動は激しく刹那的でもある。

 

 子孫を残したいという衝動を抑えきれない男たちの欲望の行き先が最終的に向けられるのは娼婦であり……故に、私にとっては正しく入れ食いであった

 

 何故なら……大陸の愛しき彼らもまた、すぐに認識するのだ。

 

 私が他の娼婦とは違い、心から望んで娼婦に成って、心から喜んで彼らに奉仕し……心より自分たちに喜んでほしいと思っているということを。

 

 どれだけ邪険に扱われようが、どれだけ心に傷を付けられようが、心のどこかで女を(あるいは同性を)求めてしまう愚かで哀れで愛おしい彼らは……理解する。

 

 その違いを認識出来ないし、する気も無く、上流の、あるいは悲しき彼らには理解されない孤独。

 

『男』と『サキュバス』が交じり合う私だからこそ、私には分かる……分かるからこそ、愛しき彼らはすぐに私に夢中になった。

 

 そうなれば──後は、早い。

 

 文字通り四六時中彼らと愛し合った私は、船を降りてからひと月と経たないうちに分身を産み落とせた。

 

 より彼らの好みに合うように調整した、『新たな私』を。

 

 そうして二人になれば、単純に得られる生命力が倍になる。

 

 産み落とすまでの感覚も半分になって、次を産み落とし、そのまた次を産み落とし……4か月が過ぎた頃には、私たちは総勢20人にまで増えていた。

 

 ……日本なら怪しまれる勢いだったが、大陸では特に咎められることはなかった。何故なら、日本に比べて大陸は広すぎたからだ。

 

 そう、兎にも角にも広いのだ。

 

 圧倒的な国土を持つ大陸では、日本ほどはっきりとした戸籍が無い。なので、身元がはっきりしていなくとも、日本みたいに確かめられる事もほとんど無い。

 

 また、大陸では小さな小競り合いがちらほら各地で起こっていて、戦争孤児やワケ有りで故郷を失った、流れの娼婦なんてのも何ら珍しい話ではなくて。

 

 実際、私が最初に紛れ込んだ娼館にて勤めていた娼婦の8割強が、それであった。

 

 おかげで、よほどの田舎で無い限りは素性を問われることもない。

 

 私は客を選ばず片っ端から受け入れ、あるいは別の店に流れ……半年も経つ頃には独立して、娼館を(魔法で)建てることに成功した。

 

 ……そこからはもう私と私たちの独壇場であった。

 

 何せ、各地の娼館に入り込み、そこでトップを担っていた『私たち』が一斉に店を抜けて、私の娼館に入ったのだ。

 

 例えるなら、私の娼館はもはや、娼婦のドリームチームと言っても過言ではなかった。

 

 しかも、魔法という反則技を用いた我が娼館は、他店とは一線を凌駕する、まさに夢のような娼館である。

 

 ……私は『大陸の敵共』とは違い、魔法が使える。

 

 だから、衣食住に掛かる様々な費用もそうだし、サキュバスとしての特性から一部の怪我や性病も無縁で……ぶっちゃけてしまえば、見た目を維持する費用がほぼ0である。

 

 故に、他店よりも圧倒的に安くすることが出来る。具体的には、半額ぐらい。

 

 ……本音を言えばタダでもいいのだが、あまりに安すぎると無用の警戒を生む。

 

 だから、私たちは装った。

 

 相場を分かっていない、無知な流れ者の娼婦として。

 

 おかげで、私の店は大陸でも大繁盛となった。

 

 ──もちろん、それだけ派手に稼げば妨害はされた。

 

 出る杭は打たれるというやつで、地元のやつらかすれば、新参者のくせに……という感じだろう。

 

 愛しき彼らからの蹂躙も悪くは無いのだが、今はまだ、そんな短絡的、あるいは刹那的な悦楽に浸れる時ではないことを、私たちは重々承知していた。

 

 だから、店を守る用心棒を兼用する『特殊な私たち』も新たに作った。通称、ガーディアン。

 

 他店の用心棒と比べても圧倒的な身体能力を有しており、至近距離で放たれた弾丸も見極め避ける事が可能だ。

 

 彼女たちが一人いるだけで、武装した用心棒を500人雇っているに等しい戦力を有している。

 

 戦闘用に特化した『私たち』なので、見た目は万人受けする容姿(正確には、体つきだが)ではなかったが……嬉しい事に、そんな『私たち』すらも、愛しい彼らは受け入れてくれた。

 

 ……私たちは、人間ではない。

 

 精神的な苦痛なんてのも、変異体サキュバスである私や私たちには無い。

 

 というか、むしろドンドン来いのバッチ来いなので、来てくれた人が多ければ多い程、精神は向上して安定する。

 

 つまり、求められる事に何よりも強い喜びを覚える。

 

 金よりも何よりも、欲しいのは彼らの愛情だ。

 

 性欲だとか何だとかは何の問題もなく、求めるのは彼らの執着心。

 

 それ故に……用心棒である彼女たちの奉仕は、客曰く……それはそれは熱が入っていたらしい。

 

 全体的に見れば『私たち』を求める客からの入りは悪かったが……その分、尖っているというべきか、熱狂的な好みに突き刺さった客からの評判は上々であった。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………その結果、最終的には娼館に火炎瓶が投げ込まれたりして燃やされる事となったが……まあいい。

 

「……にしても、そうか、もう『大正』か」

 

 ぼんやりと、これまでの日々を思い返しながら、同時に、これからの事を考えながら……ふと、窓から見える青空に目を細めながら、呟いた。

 

 ……視界の端で、『想い耽るのはいいが、とりあえずは仕事しろよ女王』という彼女たちの視線を感じたが……無視して、私は再び思考の坩堝へと意識を投げ込む。

 

(考えてみれば、私がこの世界に生まれてから早……3,400年ぐらいか。早かったような、長かったような……もう、前世の記憶もかなり薄れてしまったな……)

 

 始まりは、戦場を渡り歩く流れの遊女として。

 

 隠れ家を作った後に江戸に拠点を用意し、夢華屋というモグリの風俗店から……ここまで来た。

 

 あれから、相当の月日が流れ……今ではもう『夢華屋』は、ただの娼館ではない。かなり強固に地域に根付いている、権力を手にした娼館だ。

 

 ──正道だけで物事が上手く回るのであれば、誰も苦労などしたりはしない。

 

 それを、私は重々承知している。故に、本店というか、娼婦として働くのは私を含めて私たちは、それ以外にも様々な仕事をあえて作った。

 

 そう、あえて、だ。

 

 魔法を使えば済む話だし、手っ取り早いのは確かだ。だが、私はあえて、そういった部分を他所に……地域に開放する形で仕事と金を回しているのだ。

 

 例えば……娼館を快適に利用する為のモノ。

 

 マナーとして利用するよう呼びかけている銭湯の職員、私たちが表向き使用する様々な小道具、愛しき彼らの会話に合わせる為の様々な情報(新聞など)の購入など、数え上げたら相当な規模に及ぶ。

 

 もちろん、その仕事に関して仄暗さは皆無の真っ当なモノだ。

 

 中には夢華屋に商品を下ろす(あるいは、下ろしている事に)事に難色を示す者もいるが、構う理由はない。

 

 全体で見れば極々少数だし、変にケチらずきっちり金を払うので、むしろほとんどから頭を下げられているぐらいだ。

 

 おかげで、その真っ白さ、『吉原』の比ではない。

 

 あっちはあっちで出来うる限りやろうとはしているのだろうが、比べる相手が悪すぎるし、比べる事が間違いなのだ。

 

 なにせ、こっちは一番金が掛かる娼婦の調達費が0である。

 

 加えて、私たち全員がそもそもお金を求めていない以上は……考えるまでもない話でしかない。

 

 なので、御上たちはもう私たちには手が出せない。答えもまた、深く考えるまもでない。

 

 ──下手に『夢華屋』を潰そうものなら、地域の経済が死ぬからだ。

 

 誇張抜きで現在、夢華屋のおかげで飯が食えている者たちが大勢いる。

 

 仮に夢華屋が潰れれば、少なくとも百を超える店に影響が出て、数百人以上が確実に路頭へ迷い、生活が困窮する人が数千人、収入が減少する者ならば数万人は出るだろう。

 

 それだけの人達を支える体力が、現在の『吉原』にはない。故に、御上は『夢華屋』を潰せないのだ。

 

 同時に、夢華屋を公的に認める事も御上には出来ない。

 

 何故なら、『夢華屋』の始まりはモグリで……つまり、成り立ちから違法であるのだ。

 

 歴史こそ古いが、御上からすれば『夢華屋』が犯罪組織である事には変わりない。いくら地域の経済活動だけでなく税金という形で国に貢献していたとしても、そこは揺るがない。

 

 結果……御上が行えるのは、正しく見て見ぬふり。江戸時代から、何も変わらず見て見ぬふりしかないわけだ。

 

 御上からすれば『性産業』が地域の経済を支えているというのは認めたくはない話なのだろうが、現実は現実だ。

 

 思う所はあるだろうが、それはそれ、これはこれ、なのだ。

 

 ……ちなみに、御上から睨まれてはいるが、地元の警察との関係は良好である。

 

 納めている税金の額もそうだが、何よりも地域の治安の一端を担っているのもまた、私たちだ。薬物、駄目、絶対。

 

 面子を潰さずに協力してくれる大きな組織というのは、有り難いモノだ。

 

 少なくとも、裏を読まざるを得ない上層部は別として、現場で動く警官たちからすれば、様々な場面で融通してくれる夢華屋を敵視する者は皆無であった。

 

 ……時折、警察関係から『茶番』の話が来るけれども、それ以外では基本的に見て見ぬふりをしてくれているので……まあ、全て順調に事が運んでいるというのが、私たちの現状……と。

 

「──ところで女王よ。正気に戻ったのであれば、今後の方針を示して欲しいのだが」

 

 尋ねられて、我に返る。

 

 見やれば、『委員長』のみならず、室内にて作業を進めていた彼女たち全員の視線が、私へと向けられていた。

 

「先ほども話したが、正気になる前の貴女の頭は茹っていた。会話が出来ているようで出来ていなかったのが、ようやく通じるようになった」

 

「……と、言いますと?」

 

「我らは自我こそ異なるが、本質は同一個体。『女王』という上位を作らなければ、各自が無秩序に活動を始めてしまう。今まではコレまで通りに客を増やし、富を蓄えて勢力を拡大し、地盤を作ることに尽くしてきた……が、そろそろ焦れてきている」

 

「つまり、そろそろ次の段階に移りたい、と?」

 

「頃合いを考えれば、妥当ではないかと考えている。それが愚考であるか否かは、まだ分からないがな」

 

 そう言うや否や、彼女はパチンと指を鳴らす。

 

 発動した魔法の力によって、ふわりと室内に姿を見せたのは……部屋の一面を覆い隠さんばかりに大きく描かれた、一枚の世界地図であった。

 

 そこに、いつの間にか手にしている目指し棒で、ぽんぽんと彼女は国々を指し示してゆく。

 

 差された所……すなわち国は、青色と赤色とで分類されているようで、瞬く間に幾つかの国が赤と青の二色に分けられ──と。

 

 不意に──繋げられた回線を通じて、彼女の記憶が私の……私たちへと入ってくる。

 

 それは、彼女が独自に調べ上げた各国の情勢、あるいは、私がすっかり忘れていた前世の記憶……この世界に限りなく類似している、原初とも呼べる記憶であった。

 

 ……時間にしてそれは、5分にも満たなかったと思う。

 

 けれども、濃密であった。

 

 いや、時間が短い分、濃密にならざるを得なかったのだろう。

 

 しばし、彼女を除いた私たちはみな、流し込まれる情報の整理に無言の時を過ごす事となった。

 

 そうして……ようやく情報の整理を終えた私は、湯呑を手に取り……温くなったお茶で唇を湿らせた。

 

「──つまり、このまま行けば、いずれは第二次世界大戦は起こると考えて良いわけか? その可能性は非常に高いと考えるべきなんだな?」

 

「そう思うべきだ。間違いなく、いずれは第二次世界大戦が起こる。対岸の火事と思っていた戦火が、かつてない規模の戦火が、確実に私たちを呑み込むと覚悟しておくべきだ」

 

 ……沈黙が、私たちの間に降りた。それは、とてもではないが心安らぐモノではなかった。

 

「……ならば、行動ではなく耐えるべきだとワシは提案するのじゃ」

 

 と、そんな時。

 

「下手に焦って動くよりも、その方が良いとワシは思うのじゃ。さすがのワシらとはいえ、爆撃機の爆弾を食らえば致命傷じゃからのう」

 

 私が沈黙を保っている間に声を上げたのは、『私たち』の内の一人……特徴的な口調と大人とは思えない体つきで一部の者から絶大な人気を誇っている、『童婆』であった。

 

「幸いにも、客の中には軍部の上官たちもいるのじゃ。今日明日に起こるならともかく、第二次が起こるのは20年以上も先の事……絶対の保証はないが、ここには爆撃しないように根回ししておけば、幾らか被害を抑えられるのではないか?」

 

 その意見に、委員長こと彼女は「それは希望的観測が過ぎる」と断言した。

 

 ──曰く、小規模な争いならともかく、世界大戦規模ともなると、いち上官が動いたところでどうにかなるものではない……とのこと。

 

 そもそもが、世界大戦というのは様々な国の思惑や利害が複雑に絡み合った結果に起こる争いだ。

 

 いくらその地位を盤石のモノにしたとはいえ、その立場は小国の地域に根差した娼館を束ねるボスに過ぎない。

 

 言ってしまえば、たかが娼婦一匹が動いた所で、矛先を逸らすなど不可能だ……というのが、委員長の意見であった。

 

「──では、ここら一帯に軍事施設を作らせないようにすれば良いのでは?」

 

「そうね、裏から手を回して妨害すれば、向こうも自ずと理解するでしょう。やった方が無駄だとね」

 

「ふむ…………そういうのはやっておくべきだろう。しかし、過信は出来ない。ここは海に面している分、いざとなれば秘密裏に幾らでもやられてしまうだろう」

 

「そういえば、アメリカやドイツの方にも店を作っていたけど、そっちからアプローチは掛けられないのかしら?」

 

「それは無理じゃないかしら。向こうってこっちよりもよっぽど職業の貴賤が強いから、遊びは遊びって公私を分ける人が多いわよ」

 

「あ~……もしかして、門前払い?」

 

「門前どころか、娼婦なんて門に近づくことすら出来ないわね。やろうと思えば、そういうお偉方が通う上級の娼館に入り込むのが一番だけど……」

 

「それこそ無理でしょ。あっちはそういう店も歴史と血筋に重んじる所があるから、度々店を燃やされた私たちが入り込めるところじゃないわよ」

 

「そういえば、そうだった……あ、何か思い出したら腹が立ってきた」

 

「おい、待て、話が脱線してきているぞ、戻せ戻せ。というか、それを思い出すな、怒りが伝染してゆくだろうが」

 

 再び上がった別の私たちの意見を、彼女は一つ一つ捌いて行く。と、同時に、回線を通じて伝わってくる『私たち』の喧騒に耳を傾けながら……私も、思考を始める。

 

 確かに……確かに、そうだ。

 

『夢華通り』があるここら一帯には、狙われる可能性の高い軍事施設は無い。だが、あくまでそれは、今のところは、の話だ。

 

 情勢なんぞ、その都度コロコロ変わる風見鶏みたいなものだ。

 

 それに、港町でもあるここには毎日のように様々な船がやってくる。当然、可能性の段階として爆撃地の候補に挙げられるのは考えるまでもない。

 

 ……まあ、彼女の言う通り、裏から手を回して妨害すれば、ある程度は軍部を抑えることは出来るだろう。

 

 伊達に、江戸時代より延々と愛しき彼らを私たちへと引き込んでいるわけではないのだから。

 

 ──私たち『夢華屋』は、表向きは娼館だが、その裏では企業に出資することで様々な分野に食い込んでいる。当然、人材という者も含んでいる。

 

 そして、その中にはこれまた当たり前な話だが……妻や恋人という形で私たちが懐に入っている。

 

 その中とは、頭が良過ぎるせいで、真面目過ぎるせいで、偏屈過ぎたせいで、異性から遠巻きにされていた、愛しき彼らの事だ。

 

 ……彼らは、確かに優秀だ。私たちが、胸を張れるぐらいに。

 

 その人脈とて、ある程度、軍部にも話を入れることが出来る程度にはある。

 

 おかげで、彼らが培った知識や技術といった『力』は私たちの立場の土台として活躍してくれている……が、限度はある。

 

(……戦争が起こるのは避けられない未来だとして……私たちはどう動くべきか……そこだな)

 

 愛しき大勢の彼らが命を落とすのは、避けられない。この地が爆撃される可能性も無しには出来ないし、戦火の影響によって……例え直接的な攻撃をされなくとも、間接的に命を落とす者も現れるだろう。

 

 それは同時に……私たちの衰退をも意味している。

 

 私たちは、変異体サキュバス。

 

 愛しき彼らの『愛』があって、初めて生を実感出来る。

 

 私たちの幸福とは、愛しき彼らが居て、初めて成立するもの……彼ら無くして、私たちの幸福は存在出来ないのだ。

 

 だからこそ……私が取れる手段は、二つに一つ。

 

 一つは、『童婆』の言う通り、耐え忍ぶこと。嵐が過ぎ去るまで息を潜めておく方法だ。

 

 全員を助ける事も戦争を止める事も不可能であるならば、出来うる限りの手を使って、この地に住まう彼らの命だけでも守る。

 

 それでもなお、爆撃の可能性は有るが……確率だけを見るなら、コレが一番無難だろう。

 

 もう一つは……リスクを承知のうえで、先に……私の(あるいは、私たち)悲願を、達成しておくことだ。

 

 そう……消耗する『力』の規模が大き過ぎたのと、私自身の頭が茹っていたせいでこれまで手を出さなかったが、今は違う。今の私は、それをやれるだけの『力』を蓄えている。

 

 ──しかし、二十数年後に起こる可能性が高い世界大戦は、無視出来ない。

 

 第一次は、まだ対岸の火事でいられる分、マシだ。

 

 だが、第二次は違う。

 

 最初の世界の通りに進むのであれば、戦場は海上ではなく、本土決戦という形で戦火が国内に広がる。

 

 そうなれば、娼館も閉じざるを得ないだろう。

 

 いや、戦地に派遣する前の、冥途の土産として私たちの元に通う者が出るので完全には閉めないが……それでも、憲兵隊の目が光り始める頃には、今のような活動は出来なくなる。

 

 戦時中というのは、何もかもの気が狂っている時代だ。

 

 後になってから思い返せば、如何に頭のおかしいことをしていたと思う事が多々あるのを私は知っている。というか、これまで幾度となくこの目で見て来た。

 

 かといって、そこを上手くやり過ごしたとしても、だ。

 

 その後に待っているのは大勢の男たちの戦死によって起こる……これまでにない規模の、男女比の崩壊だ。

 

 言い換えるなら、深刻な男不足と女余りが起こる。

 

 そうなった時、私たちは……悔しいが、確実に『敵』に遅れを……遅れ……いや、待て。

 

 そこまで考えた辺りで──ふと、私は脳裏を過ったナニカに思わず思考を止めた。

 

(男が少なくなれば、必然的に『敵』は男を奪い合う。しかし、誰でもというわけではなく、その中でも少しでも質の良い男を狙って動き出すだろう)

 

 だが、『敵』が認める質の良い男なんぞ、そう数多くいるわけではない。

 

 と、同時に、そういう男は自分たちの価値を分かっているから、機会さえあれば幾らでも他所の『敵』に手を伸ばすのは……想像するまでもない。

 

 相手にされなかった愛しき彼らは、これまで通り私たちがそこに居座るとして……国もおそらくは、その事態を見て見ぬふりをするだろう。

 

 もちろん、完全には見て見ぬフリはしないだろうが……問題なのは、その順番だ。

 

 可能性としては、母子を守る為に……愛しき彼らは捨て置かれ、まずは国の土台となる子供(と、子を育てる母親)を守ろうとするだろう。

 

 平等という点で考えれば好ましくない話ではあるが、動物的に考えれば、それはごく自然な事。

 

 加えて、危機的なレベルで働き手である若い男が減少した以上は、少しでも早く国力を回復させる為に、必ずスローガンを掲げるはずだ。

 

『産めや、増やせや』、と。

 

 とある国の言葉にもあるが、産んで増やして地に満ちよというのは生物にとって何ら恥じる必要のない行為だ。

 

 いや、むしろ、種として考えれば、これ以上ないぐらいに『人』という種族に対する孝行でもある。

 

 だから……増えるはずだ。

 

 旦那が戦死した、あるいは旦那が不明な、または分かっているけど存在を明かせない……そのような理由で、独りで育てざるを得なくなった、未亡人の存在が。

 

 ──そして、それは同時に。

 

 未亡人が増える度に、必ず比例して増えると思われる……今後の生活を考え、母親から切り捨てられた……亡き夫の忘れ形見でもある……幼き彼らの存在が。

 

(……そうだな。戦後のどさくさに紛れて食い込めるチャンスは、第二次が最後だ。ここで上手く入り込めれば……もはや、『敵』に我らを排除する機会は永遠に無くなる)

 

 リスクは、高いだろう。おそらく、『吉原』を蹴落とさんとしたあの時以来の……だが、あの時とは少し違う。

 

 何故なら、あの時とは違って……私は『力』だけでなく、あらゆるモノを貯蔵し、備えてきたのだから。

 

「──やるぞ」

 

 しばしの間を置いてから、ポツリと零した私の断言に、それまであーだこーだと言い合っていた私たちの喧騒が一瞬にして止まった。

 

 合わせて──回線を通じて、私は彼女たちに、私が考えた今後の方針を送る。しばし、彼女たちは目を瞬かせて送られてくる情報を整理した後……一様に顔を見合わせた。

 

 そこに浮かべられていた表情は……けして、楽観的なモノばかりではなかった。だが、悲観的なモノばかりでもなかった。

 

 彼女たちとて、分かっているのだ。あの時とは違い、私たちにはもう、あらゆる面で積み重ねてきたモノがある。

 

 あの時とは、違う……明確な、勝算を出した上での決断である。

 

 それでもなお、楽観的に成れないのは……万が一失敗して私が命を落とせば、『彼女(私たち)たち』では、私のように分体を増やせないからだ。

 

「……善は急げだ。委員長、後の事は分かっているね?」

 

「はい、女王」

 

「只今をもって、一時的に女王の立場を彼女に明け渡す」

 

 私の視線を受けて、彼女は深々と頭を下げた。

 

 一拍遅れて、室内にいる彼女たちから、回線を通じた先にいる私たちから一斉に送られてくる……私を応援する感情と、私たちが蓄えてきた『力』の波動が。

 

(……まだだ、もっと、もっとだ)

 

 それは瞬く間に、私の身体に注ぎ込まれてゆく。

 

 今なら、汗一つ掻かずに分身を産み落とせるだろう……が、足りない。全然、足りない。

 

 これから私がやろうとしているのは……文字通り、私が私として成ったその時より抱いた、原初の鎖を打ち破る、世界への反逆だ。

 

 想像するまでもなく、分かる。『魔法』を発動する前にも関わらず、考えるだけでその危険性が総身の奥から……魂から、伝わってくる。

 

 けれども……私は、引かない。

 

 既に、私はサイを投げたのだ。

 

 あの時と同じように、私は……耐えて、乗り越えなくてはならないのだ。

 

「では、私はかねてより設置しておいた地下の隔離部屋にて眠る。次に目覚める時は……お前たちを、私の胎でもう一度産み直す」

 

「了解致しました」

 

「お前たちは、少しでも多くの『力』を私に送れ。少しでも早く、少しでも確実に……これが成し得た時、我らの勝利は約束される」

 

 でも、もう私は……私たちは、止まらない。

 

 何故ならも、私は決めてしまったからだ。

 

 ──ここを乗り切れば、もう私たちが敗北することは二度と無い。

 

 事実上、ここが最後の分岐点……それを分かっていたからこそ、私は……迷うことなく、地下の隔離部屋へと向かうのであった。

 

 

 

 




タイムリミット(意味深)

もう、全てが手遅れだゾ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。