転生TSサキュバスは独占欲が強い   作:葛城

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第三話: 尊き決意

 

 

 ──さて、そんな感じで愛を貪り、愛しき者たちの愛に浸って暮らしていたのだが……三つ、腹立たしい事態が発生した。

 

 

 正確には、方向性が同じだから全部まとめて一つに出来る事件が先に起こって、その後に、その事件から発展する形で無視できない問題が二つも露わになってしまった。

 

 

 ……順を追って説明しよう。

 

 

 まず、事件の方だ。私にとっては心から不本意でありどう考えても到底納得は出来ないが、受け入れざるを得ない事件。

 

 それは、通算5年近く私に愛を注ぎ続けた太郎くん(私と、そう歳は変わらないらしい)が……とある雌ガキを孕ませたというのであった。

 

 そう、孕ませたのだ。私よりも痩せっぽちで、肌色も悪く、そばかすが有る……取るに足らないと思っていた、クソ雌ガキが、だ。

 

 忌々しいその事実が、村長を通じて私たちの下へと公表されたのは、特に何かが有ったわけでもない、昨日の延長のような、その日。

 

 男衆たちの共通の秘密として私自身が共有され、(あるいは、私が男衆たちを独占して)その結果、安定的に生命力を吸収することで腹を満たし、少しずつ力を付け始めていた……頃。

 

 例年変わらず降り続けていた雪の勢いも弱まり、今年の冬も無事に乗り越え(去年は2人、凍死してしまった)、後ひと月もすれば春の芽吹きを感じられる……そんな頃だった。

 

 

 ──花子に、子が出来た。

 

 ──旦那は、太郎だ。

 

 ──春になったら、軽く祝いをする。

 

 

 呼び出した村長の言葉は、そう多くはない。まあ、そうなるのも当然だ。

 

 毎年、だいたい何処かの家で誰それが孕んだという話が出るし、村長に限らず、この村の大人たちは何時もの事でしかないのだから。

 

 

 けれども……私にとって、それは紛れもなく屈辱でしかなかった。

 

 

 それは、少しばかり気恥ずかしそうにしながらも、私を見て何処か勝ち誇った顔をしているクソブス雌カスゴミ屑が……原因ではないとは完全には言えないが、原因ではない。

 

 ましてや、何処か居心地悪そうに私から目を逸らす太郎くんに対してでもない。私が何よりも腹立てていたのは……どう足掻いても子を孕めぬ、己に対してであった。

 

 

(……しかし、どうしたものか)

 

 

 特に何かが起こるわけもなく(当たり前だが)話は終わり、解散となって。私も他の者たちと同じく、村長宅を出て自宅へと向かう。

 

 成人しても、基本的に子供は両親の家に住まう。嫁ぐ時以外は家を出る事はないから、それ自体には何の問題もない。

 

 だが……こちらを見てほくそ笑む雌共の視線に内心舌打ちを零しながら、私は足早に自宅へと向かう。

 

 

(おそらく、私の存在自体がこの世界では異物なのが原因だろう……可能性として高いのは、そこら辺りか)

 

 

 道すがら考えるのは、私の身体の事。すなわち、サキュバスの変異体である、私自身についてであった。

 

 ……これが、無視出来ない問題の一つ。薄々危惧していたが、太郎くんが他の雌を孕ました事でようやく確信を得た。

 

 

 

 ──やはり、私は子を産めないのだ。理由は……大方、見当は付いている。

 

 

 

 私が、サキュバスだからだ。それも、変異した異常な個体。

 

 言うなれば、本来はこの世界には存在すらしていない異物。

 

 鍵と錠の形が根本から異なっている……だから、子を成す可能性は限りなく0に近い。いや、実質、0なのだろう。

 

 

 そして……残った問題の二つ目。

 

 

 これもまた、前々から薄々と察してはいたが……やはり、今回の事が、私の中である結論が叩き出された。

 

 

 ──それは、私自身が、自らの腹に宿った子を愛せないということだ。

 

 

 何せ、先ほど……太郎くんの子を孕んだ雌を目にした瞬間。私は何よりも自らに対して腹を立てていたが、実はそれだけでなく……安堵もしていたのだ。

 

 

 ──何故なら、私は無意識の内に分かっていた。

 

 

 仮に自らの胎に子が宿った時……私は、何の躊躇もなく、その命を吸い取ってしまうだろうということが。罪悪感の欠片も抱かず、むしろ、喜びすら抱いて殺してしまう事を。

 

 

 いったいどうしてって……そんなの、決まっている。

 

 

 

 私が、()()()()()()()()だ。

 

 

 

 それも、7回分の人生の果てに、雌に対しての想いを止めてしまった人間が、半分ぐらい交じり合っている変異サキュバスだから。

 

 そんな私が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それが例え、()()()()()()()()()()()

 

 

 ……無理だ。絶対に、我慢できない。

 

 

 胸中にて、私は首を横に振った。特に、驚くべきことはなかった。

 

 

 ……なんとなく、そんな気はしていたのだ。

 

 

 というのも、これまでにも私の掌から零れ落ちた男たちはいたが、その中でも太郎くんは……率直にいえば、お気に入りに該当する男であったから。

 

 体格が良いとか、相性が良いとか、そんな話ではない。

 

 とにかく、情熱的なのだ。そして、精力が強い。他の雌ガキなんて欠片も目に入らないと言わんばかりに、私にしがみ付いた……そんな男であった。

 

 しかし、そんな彼ですら、この村では一番私に執着していた彼ですら、私は孕めなかった。結果、横から掻っ攫われる形で、他の雌に奪われてしまった。

 

 

 ……腹立たしい気持ちはある。しかし、嫌な気持ちになりはするものの、太郎くんに対する怒りは無い。

 

 

 気持ちとしては、同じ男だったから分かる。これはもう、仕方ない事なのだ。太郎くんが抱いていた本能的な欲求が、私には分かっていたから。

 

 

 ──男は、より多くの女を求め、手にしたい。言い換えれば、より多くの雌を独り占めしたい。

 

 ──女は、より優れた男から求められたい。言い換えれば、数ある男の中でも一番優れた者の子孫を残したい。

 

 

 それが、生物として不変の欲求。人間とて、例外ではない。例外だと考えるのは、それこそ人間の傲慢なのだ。

 

 結局のところ、リスクを取るか、リターンを取るか、己を天秤に乗せて選び取っている……ただそれだけ。

 

 様々な理由を付けて誤魔化してはいるが、その本質は獣であり、他より知恵が働くだけであるのだから。

 

 だからこそ……子供を孕めないというのは致命的な欠点でしかない。少なくとも、今はまだ子を産まなくても許される時代ではない。

 

 故に、どれだけ魅力的な女であっても、どれだけ性欲を掻きたてる女であっても、子孫を残せないというだけで……いや、止めよう。

 

 

(何にせよ、まだまだ私の力は弱い……それに尽きるってだけか)

 

 

 元々、私は全ての愛を独占したいのであって、誰かの『妻』に収まりたいわけではない。強いて挙げるとするなら、私は全ての男たちの『妻』だ。

 

 

 誰が一番なのではない。私が一番であれば良いのだ。

 

 

 子を産む権利は与えるが、それ以外は全て……それで、私はひとまず己を慰め……今日の夜を想い、早く日が暮れるのを待つことにした。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そうして、何時ものように『愛』を受け止める夜を過ごす……つもりであったのだが。腹立たしい事に、そうはならなかった。

 

 何故か──一言でいえば、背後から襲われたのだ。

 

 

 いったい何者に……答えは、村の雌共に、だ。

 

 

 唇に触れる雪と土の交じり合った味、後頭部より広がる痛み。そして、身体中に降り積もって行く、淡い雪の冷たい感触。

 

 肌に触れる冷気から、着物の一部が破けているのが分かる。おそらく、使われたのは石を削って作った即席の武器だろう。

 

 その証拠に、身体に出来た傷の形状は刺し傷というよりは、鈍い切れ味の刃物だ。脳天と背中側なので目視は出来ないが、痛みの感覚から……そうであろうと私は当たりを付ける。

 

 

 ……半端な切れ味の武器の方が、よほど治し難いというのに。

 

 

 それらに顔をしかめながら、身体の状態を確認する。その最中、おそらくはトドメのつもりなのだろう。背中に石を落とされたことで、背骨がボキッと……まあ、そこは問題ではない。

 

 見た目は人間とほとんど変わらないが、『力』が十分ならば頸を落とされても復活出来る。

 

 幸いにも、ここ数年は『愛』を注がれたことで力もついた。なので、この程度ではまだ死なない。

 

 

(……出血は止まった。背骨も修復完了……だが、露見すると面倒だ……フリをしておこう)

 

 

 そう結論を出した私は、そのままの姿勢で思考を巡らせる……始まりは……分からない。

 

 しかし、正確な時刻は不明だが、日もすっかり暮れた頃。『女衆だけで話し合う事がある』という名目で呼び出された辺り、計画的なモノであったのは明白であった。

 

 

 ……この話し合いは、ひと月に1回か2回の頻度で行われる、『男は立ち入るべからず』という事になっている女(雌)たちだけの集まりだ。

 

 

 話し合いの内容はその時によって異なるが、だいたいは男たちに対する愚痴に終始する。それ以外では、誰それが体調を崩している(だいたい、月の物が理由だが)という報告ぐらいだ。

 

 回数に変動はあるものの、基本的には月に一度は開かれるこの集まりだが、今は時期が時期だ。普通は開かれないし、去年も一昨年も今のような時期には開かれなかった。

 

 加えて、今回は雌の一人が妊娠したのもあるし、下手に夜に出歩かせるのも危ない。だから、今年も開かれないと思っていたが……開かれる以上は、出席しないわけにはいかない。

 

 そうして、表には出さないが、内心では不満をたらたら零しながら指定された家へと向かっている途中……背後から一撃されたというわけだ。

 

 位置的に見えなかったが、襲われたのはすぐに理解出来た。

 

 姿形が異なろうが、元は男を捕食していた人外。サキュバスである私は、気配で相手がどのような存在かをある程度だが判別することが可能である。

 

 野生の動物でもなければ愛しき者たちでもない、感じ取れる見知った気配。加えて、何やら背後で私に呪詛めいた罵詈雑言を吐く声。

 

 

 ……推理するまでもなく、襲撃犯はすぐに検討が付いた。

 

 

 だが、分からないのは……何故、私を襲撃したかという点だ。

 

 何せ、襲撃犯は一人ではない。聞こえて来る足音や気配に感覚を向ければ、それがよく分かる。8、9、10……おそらく、村の雌たちの大半が集まっているだろう。

 

 言い換えれば、大半の雌共が共謀しているということ……そこが、分からない。何故なら、私はそれだけの雌たちに、殺される程の恨みを抱かれるような真似をした覚えがないからだ。

 

 自慢ではないが、私はこの村では1,2を争うぐらいに良く働く女で、かつ、器量の良い無欲な女だと思われている。

 

 食い扶持だって、幼子よりも少ない。擬態の意味もあって食事を摂ってはいるが、その度に弟だったり妹(まだ、雌ではない)だったりにおすそ分けしているから、実質赤ちゃん並みの量しか食べていない。

 

 飽食だったかつての世界(要は、最初の世界)ならともかく、ここでは食料は本当の本当に貴重だ。

 

 私のように、ほとんど食事を必要としないのに人並み以上に働けるなんてやつは何処にもいない。

 

 つまりは、人外の身体は伊達ではない、というわけだ。

 

 そのうえ、夜も求められるがまま積極的ともなれば……普通に考えれば、害する利点はほとんど無い。

 

 実際、愛しき彼らは常に私に目を掛けてくれていた……だとすれば……此度のコレは、嫉妬か? 

 

 

(……貴重な働き手である私を? 理解が出来ない、苦しむのはお前たち雌だけでなく、彼らや、いずれ生まれて来る子供たちなのだぞ)

 

 

 だが、仮に嫉妬だとしても。その結果、得られる蜜があまりに少なすぎる……故に、そこがどうにも腑に落ちない。

 

 しかし、現実は確かに『嫉妬』であった。何度耳を澄ませても、中身は同じ。

 

 聞こえて来る雌たちの声は、私という存在そのものを憎悪する想いに満ちている。二言目には、『色目を使って!』という辺り、それが確実だろう。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………さて、だ。

 

 

 つらつら、と、考え事をしている間に、倒れ伏した私の姿を見て、雌共もある程度は溜飲を下げたのだろう。一人、また一人、気配と足音が遠ざかってゆくのを……感じ取る。

 

 

 一人ひとりなのは、私が本当に死んでいるかの確信を得たかったから。

 

 

 あるいは、後ろめたさが故に足が重くなっているのか……まあ、そこらへんはどうでもいい。

 

 しばらく息を潜め、雌共が完全にその場を後にしたのを確認した私は……身体を起こした。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………何故だろうか、不思議と私は雌共に対する怒りを覚えなかった。

 

 

 と、同時に、おそらくはこの事態を静観している彼らに対する怒りも、覚えなかった。

 

 

 

 私の胸中に有ったのは……失望。

 

 

 

 そう、あまりに空虚で無機質な失望感と……そうせざるを得なかった愛しき彼らの心中への、深い悲しみだけであった。

 

 

 

 ──雌共の口ぶりからして、察せられた。彼らは、雌共に脅されたのだ……と。

 

 

 

 今後の、自分たちの生活を。

 

 此度の共謀に目を瞑らなければ、彼らの子孫を残さぬと。

 

 彼らの愛し子の命を盾に、私の命を差し出せと脅したのだ。

 

 

 

 ──なんと……恐ろしくも、おぞましい話だろうか。

 

 

 

 雌共は、自らの欲望を優先させたのだ。

 

 これから生まれる子供よりも、村全体の秩序よりも、彼らの心中よりも、自分たちの気を晴らすことを優先させたのだ。

 

 

(あの雌共は……女たちは、何時もそうだ)

 

 

 沸々と沸き起こってくるのは……分からない。私の中で、胸を焦がして痛みを覚える程の何かが、噴き上がろうとしている。

 

 

 ……私には『愛』の欠片すら寄越さないくせに、私に与えられた『愛』を奪ってゆく。

 

 

 ある時は涙を使い、ある時は人を使って、ある時は身体を武器にして。

 

 何もしていない私を蔑み、何もしていない私を蹴落とし、当然の権利であるかのような顔をして、焦がれ続けた『愛』を甘受する。

 

 最初は、どうして己に冷たくするのかと思っていた。だが、違う。今になって、私は理解する。

 

 私は──たちを妬ましいと思っていたのだ。

 

 『愛』を与えられているというのに、その『愛』を選り好みする。それが、心より羨ましく、何よりも妬ましかった。

 

 

 

 ああ、ああ……そう、そうだった。

 

 

 

 母と呼ばれるあの雌ですら、そうだった。

 

 この世界に私を産み落とした母と呼ばれる雌ですら、私から愛しき父を奪おうとしていた。

 

 

 何と、強欲な生き物なのだろうか。

 

 

 私はただ、『愛』が欲しいだけなのに。『愛』を与えてくれる彼らが幸せになってくれたら、それで良いのに。

 

 そこまでして……そこまでして、お前たちは私から『愛』を奪うのか。私が『愛』を得る事を許せないのか。

 

 

 

 ……頬を伝う滑りを、指先で拭う。それを見て、私は……ぽろぽろと涙を零している事を自覚する。

 

 

 

 何と……何と、悲しい話だろうか。

 

 彼らの心中を想うだけで、涙が出てくる。

 

 私が、私さえ子を産めれば、無事に子を増やす手段さえ得ていれば、彼らは雌共の暴挙に屈する必要などなかった。

 

 雌どものワガママに顔をしかめる必要などない。

 

 子孫を盾に取られて横暴に歯を食いしばる必要もない。

 

 私が……私に『力』さえあれば、彼らは……愛しき彼らはみな、私と共に幸せになれているはずだったのに。

 

 

 

(……『女』は、私の敵だ。愛しき彼らを私から奪い取ってゆく、私の敵だ!)

 

 

 

 めきめき、と。

 

 背中に軽い痛みが走ると同時に、皮膚を突き破って何かが飛び出す感覚。見なくても、分かる。着物を突き破って飛び出したのは……サキュバスの翼だ。

 

 無駄にしないように抑えていた力が、感情に引きずられて形になる。とにかく心を落ち着かせ、翼を元に戻さねば。

 

 

 そう、己に言い聞かせ……ようとはした──だが、無理だ。

 

 

 これは無駄な消耗でしかないと分かっている。分かってはいるのに……抑えられない。

 

 憎悪が、憐憫が、私の中に残っていたせめてもの慈悲が、涙によって押し流され……私の中から消えてゆく。

 

 そうして……気付けば、私の中には愛しき彼らを求める心と、『敵』を滅ぼさねばならないという使命感。

 

 この二つが、ビリビリと私の中で弾けてぶつかっていた。

 

 

(……まだ、だ。まだ、早い。今の私には『力』も、手段も、まるで足りていない)

 

 

 だが……私はそれを、すぐに発散させようとは思わなかった。

 

 

(私自身もそうだが、まだ早い。世界が、文明がある程度育つまでは……この憎悪を溜め込むのだ。機会が巡ってくる、その時まで)

 

 

 それまで、大勢の愛しき彼らが涙を呑むだろう。『敵』に脅され、望まぬ子孫を残すことを強制され……ああ、だが、耐えるしかないのだ。

 

 耐えて、耐えて、耐えて……何時か、必ず。必ず、『敵』を駆逐し……愛しき彼らと私たちの楽園を築く、その時まで。

 

 

 ──一歩、村の外へと踏み出す。それは、村で耐え忍んでいる愛しき彼らへの決別の意味もある。

 

 

 本音を言えば、慰めてやりたい。だが、私は彼らを見捨てる。

 

 それがどれだけ恥ずべき行為だとしても、彼らの……愛しき者たちの未来を守る為に、私はその罪を受け入れよう。

 

 ますます冷えてゆく夜風を頬に感じながら……私は、この世界で生まれ育った村を離れ、『力』を付ける為に……故郷を後にするのであった。

 

 

 

 




主人公の思考、自覚ないけど完全に人外ですね

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