転生TSサキュバスは独占欲が強い   作:葛城

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状況説明というか、サラッと時代が進みます


第六話: 時は流れど、悩みは尽きず

 

 

 

 それからの私は、金子集めと生命力補充(というよりは、『愛』の補充だが)を兼ねて、川を越え、谷を越え、山を越え……戦場を求め、ありとあらゆる地へと赴いた。

 

 

 

 大半の人々にとっては嫌で堪らないだろうが、世は荒れていた。故に、私は色々な者たちを見た。というか、見せつけられる形となった。

 

 

 

 戦に巻き込まれて田畑を焼かれ、路頭に迷ってしまった者。

 

 荒れた世の中で生まれた者たちに襲われ、命を落とした者。

 

 望まぬ借金を背負わされ、失意のまま殺されてしまった者。

 

 

 

 順風満帆な暮らしをしているやつなんて、数えるぐらいしかいない。

 

 荒れ狂う乱世の波は、誰も彼もが等しく不幸へと掻っ攫って行く。誰もが、抗えない。

 

 

 しかし……だ。

 

 

 何よりも世を荒れさせ、人々(というか、愛しき彼ら)の心に暗い影を落としたのは、実は乱世によって生み出された戦ではなく、天候。

 

 すなわち、最も確実かつ万遍なく数多に降り注いだ不幸は戦ではなく、不作によってもたらされてしまった食糧難であった。

 

 もちろん、毎年不作が続いたわけではない。だが、不作の後に豊作となるわけでもない。

 

 だいたいにして不作の後に続くのは、少しばかりマシになった……という程度だ。

 

 

 これが、太平の世であったならば、まだ良かった。

 

 

 安定した治世は、様々な害への対策を用意する事が出来る。河川の氾濫が起きれば治水をし、来る不作を前に食料を備蓄しておき……そして、人間の数も比例して増えてゆく。

 

 だが、乱世は逆だ。一度嵌れば中々抜け出せない、悪循環に陥ってしまう。

 

 はっきり言えば、対策を用意しておくだけの余裕が無くなるのだ。

 

 河川の氾濫が起きても小規模ならば捨て置かれ、備蓄するだけの食糧が無いから、不作がそのまま……となれば、だ。

 

 

 人々の心が荒むのも、当然の帰結だろう。

 

 

 そして、この時、特に問題になるのが、食料だ。

 

 矜持がどうとか生まれがどうとか、そう、難しい話ではない。

 

 単純に、食べ物が無くなれば人々の心はあっという間に荒れ果てる。衣食住の中でも生死に直結する問題だから、余計に。

 

 

 元人間であったからこそ、分かるのだ。

 

 

 飢える苦しみが如何に心身を追い詰めるか。ひもじい想いが、如何に心の鬼を育て上げるかが……身に染みて分かっている。

 

 愛しき彼らもそうだが、人間は今の私とは根本から違う。

 

 食べないと飢えるし、そもそもの耐久力が違う。栄養失調から来る風邪で死ぬなんて事も、人間たちの間ではそう珍しい話ではない。

 

 群雄割拠という言葉が似合う、この時代。

 

 飢えや病に行き倒れ……そんな者たちが、探せば幾らでも見付けられる、そう珍しくはない時代。人々の心には何時も、死への不安が見え隠れしていた。

 

 だからこそ……という言い方になるのは少し違うだろうが、それでも……そんな不安が蔓延している間は、私の旅は実に順調に進んで行った。

 

 

 

 ……そうして、時が流れること、幾しばらく。

 

 

 

 殺し殺され騙し騙されの乱世も過ぎ去り、はるか遠方にて行われたらしい、二つに分かれた日の元を一つにせんと雌雄を決する戦を最後に、乱世は終わり。

 

 

 天下統一を果たした御家を頂点として……太平の世が始まった。

 

 

 もちろん、天下統一が成されたからといって、すぐさま誰もが平和になったかといえば、そうでもない。

 

 やはり、現状を受け入れられずに最後の抵抗を企てる者は、それなりにいた。

 

 しかし、相手は海千山千の大名たちを下し、天下統一を果たした強者。

 

 名のある御家はそれまでの戦で軒並み下されたが故に、今更になって名乗りを上げるのは下流も下流。

 

 志こそ高いモノではあったが、どれもが木っ端が如く払われ、踏み潰されていった。

 

 そうして……統一のいざこざも過ぎ去り、徐々に乱世の熱気も静まり。

 

 乱れ切っていた世の空気が、少しずつ和らぎ穏やかに成り始めた、その頃。

 

 極楽とまではいかなくとも、人の命が驚くぐらいに安かった頃から、今に来て。

 

 私は……とある山奥の、ポツンと開かれた一角に構えた自宅にて、今後の行動に頭を悩ませていた。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………その家は、100年に1人寄りつけばマシなのではないかと誰もが思ってしまうぐらいの辺鄙な場所にありながらも、非常に豪華な造りをしていた。

 

 

 まず、何といっても家(というか、敷地)自体が大きい。

 

 

 有名旅館を思わせる豪華な外観に、金の掛かった3階建ての高さ、3,40人は寝泊まり出来る横の広さ。

 

 そこに来て、整列され整備された畑に、丁寧に雑草が抜かれて固められた大地を、ぐるりと囲う木々の群れ。

 

 平均的な武家屋敷よりも、よほど立派だ。だが、立派なのは外ばかりではない。内装も、相当に力が入っている。

 

 

 たとえば、玄関入ってすぐの上がりかまちは汚れ一つなく艶やかだ。

 

 

 家屋を支えている、等間隔に設置された柱には掛け軸が吊り下げられ、様々な絵師のモノと思われる絵が展示されている。

 

 長い廊下には砂埃一つ落ちてはおらず、漆を塗り終えたばかりのような光沢さすら見て取れる。そこから視線を上げれば、部屋と廊下を隔てる襖にも、それは見事な浮世絵が描かれている。

 

 

 襖を開けて中に入れば、さらに凄い。

 

 

 一目で真新しいモノだと分かるイ草の香りがするだけでなく、隅々まで掃除が行き届いている。そこから視線を上げれば『三猿』をモチーフにした、欄間(らんま)がある。

 

 畳は生活必需品故に(験担ぎの意味も兼ねて)、こういう格式高いというか、色々と金を掛けていそうな家は古くなれば取り換える事が多いのだが、欄間は違う。

 

 欄間など、よほど金を掛けていなければまず設置されない娯楽品……というか、美術品だ。風通しだけなら隙間を開けてやればいいわけだし……そもそも、この家には欄間だけではない。

 

 

 部屋の隅に置かれた行灯(あんどん:昔に使われた照明)とて、そうだ。

 

 

 和紙が張られた長方形の四面には見る者を楽しませる桜の絵が描かれているだけではない。内部からの光によって、大小様々な花の影が映るようになっている。

 

 

 もはや……そこは、家というよりは『屋敷』と称する方が正しいのだろう。

 

 

 おそらく、この家……いや、屋敷に足を踏み入れた者のほとんどは、己の正気を疑うだろう。

 

 それぐらいに大きく広く豪華で、まず人目につかない事も相まって、昼間なのに、まるで幽世を思わせる不思議な雰囲気を放っていた。

 

 

 

 ……

 

 ……。

 

 …………その、この世ならざる空気が伴う家の中で、女が一人。

 

 

 その女は、何処ぞの芸者を思わせる華やかな着物を身に纏っていた。

 

 

 

 ──まあ、つまるところは私だ。

 

 

 

 さて、話を戻そう。

 

 何故、こんなふうにダラダラと語り部のように振る舞っていたのか。

 

 それは単に……常日頃より頭を悩ませていた『とある問題』に対して改めて向き合っていたからで。

 

 有り体にいえば、一向に上手い答えが出せないことへの苛立ちから目を背けるという……現実逃避であった。

 

 

 ……で、『とある問題』についてだが……語る前に、前提となるこれまでの諸々と、現状について端的に語ろう。

 

 

 まず、乱世が終わりを告げてから、かれこれ40年近くが経っている。そう、気付けばそれだけの月日が流れていた。

 

 とはいえ、条件さえ揃えば非常に長生きできるサキュバスの感覚に引きずられているが為に、私自身は、時間に対して非常に気が長い。

 

 言い換えれば、今の私にとって50年60年は、そう長くは感じないのだ。

 

 まあこれは、私が私として目覚めた時を入れれば、既におおよそ150年以上の月日が経っているから、今更な話だろう。

 

 

 ……で、その間は色々な事があった。

 

 

 色々な事を私は知ることが出来て、色々な疑問に対してひとまずの答えが出せた百数十年でもあった。

 

 

 ……つまりは、だ。

 

 

 まず、私が立って歩いているこの地は……薄々分かってはいたが、やはり『日本』であった。

 

 それは、私の一番初めの記憶……最初の私が生きていた世界にて、私が暮らしていた国の名だ。

 

 全国を練り歩いて分かったことは、最初の私が生まれるよりも数百年ぐらい前の日本であるということだけ。

 

 当時の私は歴史への興味が薄かったから、人々の暮らしや人名から年代を割り出すのは不可能であった。

 

 

 更に付け加えるならば……だ。

 

 

 ここが、何もかもが同じ世界なのか……と問われれば、違うと私は思っている。似通っている部分が多々見られるというだけで、おそらくは……最初の私が居た世界ではない。

 

 

 だが、現時点では限りなく似た軌跡を経ている。

 

 

 少なくとも、『神君・徳川』という呼び名や、東の地に『江戸』という町があって、幕府というのが存在しているのを耳にしたから、そうだろうとは思う。

 

 

 

 続いて……分かったのは、やはり私のような存在(つまり、前世においてのモンスターだ)が、他にはいないということ。

 

 

 

 一時期は『鬼』とか『魑魅魍魎』とか、そういう名称のモンスターがいる可能性を危惧していたが……さすがに、百年以上も日本全国を練り歩いて一度の接触も無い辺り、そうだと判断した。

 

 似たような話で、どうやら前世の世界にはあった『魔法』がこの世界には存在していない。並びに、対モンスター用の武具も存在していないということも分かった。

 

 

 

 つまり……この世界で『魔法』が使えるのは私だけということだ。

 

 

 

 これが分かった時、子供のようにはしゃぎまわったのが、今から70年ぐらい前だが、今でも昨日の事のように思い出せる。

 

 おかげで、時折思い出しては蹲ってしまいそうになるが……まあいい。

 

 元がサキュバス(今は変異しているが)なだけに使える魔法は限定的だが、魔法は魔法。役に立たない事も多いが、コレのおかげで事が上手く運んだのは一度や二度ではない。

 

 

 なので、私が喜ぶのも致し方ない事である。異論は認めない。

 

 

 実際な話、私には後ろ盾が無い。短期間であれば誤魔化せられるが、やはり長くいるとバレてしまうのだ。だから、一つの所に留まることが出来ない。

 

 

 もちろん、そんな私がやれる仕事なんぞ、高が知れている。

 

 

 一度は戦火のどさくさに紛れ、とある町の一員になったが……あの時は酷い面倒事に発展してしまった。具体的には妖怪扱いされ、追い払われて大変だった。

 

 しかも、人の噂は何とやらで周辺ではもう碌に動けず、仕方なくその地を離れる結果となって……根無し草のデメリットをこれでもかと痛感させられた。

 

 おかげで、私は身を隠せる住処をこの地に定め、前世で会得した土木技術と魔法ブーストと、長い年月を掛けて集めた金子を元に資材や道具を集め、月日をかけて自宅を建築するハメになった。

 

 

 だが……まあ、そこもいい。

 

 

 おかげで、金子の保管場所や、より多くの愛しき彼らの気を引く道具を保管できる場所が出来た。いずれは絶対に必要になるだろうから、時期が早まったと思えば、何とも。

 

 それで、1日動いたら3日間は家に戻っていることと、一度活動した場所はだいたい30日ほど間を開ける……という二つを徹底し、現在は、家の中で大人しくしている……という所なのだが。

 

 

「……やはり、効率が悪い。もう少し、無駄を削ぎ落とせないだろうか」

 

 

 と、まあ、そんなわけで。有り体に言えば、『とある問題』とはずばり……この3日間の待機であった。

 

 

 

 ──はっきり言って、この3日間は本当に退屈なのだ。

 

 

 

 変異体サキュバスである今の私にとって、愛しき彼らのように食物を摂取する必要はない。

 

 また、耐久力も100年前と比べてかなり向上しているから、『愛』を受けずとも……何とか1年ぐらいは耐えられる。

 

 しかし、本当であればそんなことはしたくない。だが、嫌でも私がこうして3日も行方を眩ませるのは……相応の理由があった。

 

 それは体力的な……等という軟弱な話ではない。何といっても、以前よりも売春という行為に対する、御上の監視の目が厳しくなってきているからであった。

 

 

 ……乱世が終わり、太平の世が始まって、幾しばらく。職にあぶれた浪人たちが、仕事を求めて江戸に押し寄せた。

 

 

 浪人たちのほとんどが男であったことから、遊女屋(要は、買春売春の店)が軒を連ね、すったもんだの末に御上の許可を得て、売春が商売として確立した。

 

 

 ……そこまでは、良かった。

 

 

 何せ、御上の方も『面倒だからお前らで勝手にやれ、何かあったらお前ら連帯責任』という感じで捨て置かれていたから、私一人がこっそり紛れても幾らでも誤魔化せた。

 

 

 しかし、今から数年前……思い返せば、それ以前から兆候があったのだろう。

 

 

 ちょうど、隠れ家にもなる自宅を作らねばと一念発起した時ぐらいから……何というのか、時勢というか、御上の姿勢が変わった。

 

 具体的には、遊女屋からの少なくはない上納金と、浪人たちのガス抜きが成された事で、幾らか治安が向上し始めている事に気付いた御上たちが……ちゃんと、それらに目を向けるようになったのだ。

 

 

 ……それまで、売春という業界はある種の無法地帯であった。

 

 

 『売春』という行為そのものは、歴史を振り返れば最古と呼んでも過言ではない商売である。

 

 しかし、これまで遊女屋を始めとした、個々人で行われる小規模な商売としか見なされてこなかった。

 

 それもこれも、『乱世』という人の命が軽かった時代のせいだ。当然、女も例外なく命は軽かった。

 

 

 しかし、命は軽くとも、その価値は厳しく管理されていた。

 

 

 特に、子を産める女は何処の藩(今で言う、県の事)も目を光らせていて、従業員となる遊女を集めるのも一苦労であった。

 

 なのに、金を持っている者たちは戦だ家柄だ世継ぎだと忙しく、幾らか時間を作れる者は家業の事で忙しく、それ以外は……そもそも、遊女屋に行くまでが大変で。

 

 絶対に需要が無くなることはないが、必然的に小規模な経営に成らざるを得なかった……というのが、乱世での話だったのだ。

 

 

 しかし、乱世が終わって太平の世になると……状況が変わり始めた。

 

 

 安定は幾らかの余裕を生み出し、徐々に他の事へと目を向ける者が増えてくる。

 

 そうなれば必然的に需要を増すのが娯楽であり、その内の一つである買春の需要が高まるのもまた……必然であった。

 

 

 需要が高まれば、遊女屋が集まってくる。

 

 

 次に、遊女や客たちを目当てにした商売人が集まり、商売人が集まれば、旅館を始めとした宿泊業、家屋を作る大工などが集まって……といった具合に、どんどん人々が集まってくる。

 

 そして、そんな人々を取り締まる役人たちが来れば……最後に待っているのは、取り締まり。すなわち、違法な運営を行う遊女屋への厳しい監視であった。

 

 

 この監視が、とにかく厄介なのだ。

 

 

 朝駆け、抜き打ち、密偵は当たり前。隅から隅まで根こそぎひっくり返され、違法であると発覚すれば、即取り潰し&財産没収。良くて、膨大な罰金支払い&牢屋で反省となる。

 

 どの村で(女を)買い取って来たのか、契約書は認めているか、所属していた藩に届け出をしたか、何処の関所を通って来たのかまで、細かく確認される。

 

 この際、病気の有無も確認される。滅多にないが、労咳(現在で言う、肺結核の事)を始めとした伝染病をり患していた場合、下手に移動されると病気を広めてしまう危険性があるからだ。

 

 

 なので、ここで違反が疑われれば、どの遊女屋の主人も顔を青ざめるだろう。

 

 

 何せ、どのような理由であろうと『無理やり』であることが発覚したら、その時点で遊女屋の負担で帰らされるのだ。

 

 罰金に加え、買い取った遊女の旅費まで支払うとなれば……だいたいの遊女屋は破産するだろう。

 

 それ故に、遊女の取り扱いはどの店もきっちりと厳選する。無理やり働かせるなんて、もっての外だ。

 

 しかし、客は次々にやってくる。言い方はアレだが、多少は器量が悪くとも、他が良ければ買い手が付く。故に、誘惑に駆られて危ない橋を渡ろうとする者は後を絶たない。

 

 言うなればイタチゴッコという状況なのだが……実の所、3日間の待機を強いられている原因が、そこにある。

 

 

 ──ぶっちゃけてしまえば、違法に売春を行う『敵』が爆発的に増えたのだ。遊女屋ではない、『敵』が増えたのだ。

 

 

 原因は、御上が行う厳しい取り締まり。

 

 皮肉(私としては滑稽な話だが)なことに、遊女たちを守る為に行っている取り締まりの結果、野に放たれる遊女が爆発的に増えたのだ。

 

 何故かといえば、辛うじて保たれていた需要と供給のバランスが、御上の介入によって崩れてしまったせいであり……言い換えれば、これまで『なあなあ』で済ませていた事が、出来なくなってしまったのだ。

 

 

 ……詳しく話すならば、だ。

 

 

 女を買い取り遊女屋へ売る仲介屋を女衒(ぜげん)というのだが、この女衒たちが貧しい農村等を訪ねては、片っ端から買い取っては遊女屋に売る。

 

 そして、買い取った遊女屋は元を取る(買い取られた遊女も、実家へ先払いした分の返済がある)為にとにかく働かせるのだが、ここに御上の中途半端な行動のしわ寄せが来てしまった。

 

 

 ──要は、ザルなのだ。

 

 

 女衒が女子を買うのは合法で、強引に買い付けたり人さらいから買ったりは違法である。

 

 だが、買い取った女子を最後まで面倒を見ろ……等という法はない。

 

 つまり、女衒より買い取った女子を、また別の女衒や同業に売り払っても何の問題も無い……と、御上が示してしまったのだ。

 

 

 これが──後々にまで響く悪しき慣例となってしまった。

 

 

 何処までが許されて何処からが駄目なのかが分からない。

 

 それは時に理不尽だと思われてしまう状態だが、見方を変えれば、分からないからこそ、一線を越えないように自重しているものが多かった。

 

 だが、明確な線引きが成されてしまった以上は、その線を越えさえしなければ合法なのだ。

 

 たとえ、それがどれだけ人道に反したモノであろうとも、禁止されていないのだからという言い訳が出来るようになってしまったのだ。

 

 

 ……そこから、徐々に遊女たちの環境が前よりも悪くなっていった。

 

 

 何故なら、いくら買い手が付くとはいえ、そんなのは最初だけである。

 

 何せ、次から次へと新人(若手)が入ってくるだけではない。数が増えれば、店が増えれば、自然と『売れっ子』と『売れ残り』が現れ始める。

 

 

 つまり、同じ遊女でも、天と地ほどの格差が生じ始めるわけだ。

 

 

 けれども、最初の内は、まだ気づき難い。気付かせないようにしているのもそうだが、若さと初々しさも相まって、2,3年は黙っていても(よほど見た目が悪ければ別だが)客が取れてしまうから。

 

 

 だが、その後が駄目だ。

 

 

 例外なく、時を経る事に、徐々に遊女としての価値が目減りしてゆく。つまり、客が減る。売り上げが、下がってゆく。

 

 その時までに背負った借金等の返済目処が立っていれば良いのだが、それが出来ない者は当然出てくる。

 

 加えて、病気や体調不良で客が取れない期間があれば、その分だけ返済が遅れる。もちろん、生きる為にも生活費を得る必要がある。

 

 そうして、借金等を増えたり減ったりさせながらも、中々抜け出せないままにずるずると時が流れていき……5年、10年。

 

 

 その間に見受け(つまり、買い取って奥さんとして迎えてくれる客が現れること)が来れば良いのだが、まず、起こらない。

 

 よほどの器量良しならまだしも、遊女というのはほとんどの場合において、子が産めないからだ。

 

 

 人の身では耐えきれない回数の性行為を短期間で繰り返し、同時に、流産を何度も繰り返したからである。

 

 結果、遊女を抜け出せないまま……気付けば三十路間近となった行き遅れが一人。そうなればもう、後は転がり落ちるのみ。

 

 最後の瀬戸際、ここで幸運にも客から見初められて遊女から足抜け出来れば良いのだが、ほとんどはより質の悪い店に売られてしまう。

 

 そこで売れなくなれば、更に質の悪い店へ。そこでも客が取れなくなれば、更に質の悪い店へ……そうして、遂には何処の店にも引き取って貰えなくなると。

 

 最後は、遊女自身が客を引っ掛けて商売をする、『夜鷹(よたか)』と呼ばれる行為に手を染めるようになってしまい……そして、現在。

 

 この夜鷹が、油虫が如くじゃんじゃん湧いている……というわけである。それはもう、夜道や身体を洗える河川敷には、ゴロゴロいる。

 

 

 ……ちなみに、御上の目が厳しくなる理由の一つが、皮肉な事に、この夜鷹でもある。

 

 

 何せ、そんな状況に陥ってしまった者は一人の例外もなく年老いていて、何かしらの病を患っている。

 

 客を通じて(あるいは、客から)病を広めてしまう危険性があるわけで、それを御上は防ぎたいのだ。

 

 まあ、本音を言えば税収が取れないからなのだが……なので、今では何処も彼処も夜鷹は違法だ。

 

 

 ……話を纏めると、だ。

 

 

 年齢問わず、売春をするには届出が成されている店に所属していなければならない。つまり、身元がはっきりしていないとならない……というのが、売春の大前提となってしまったのだ。

 

 

 ──これが、非常に困るのだ。何せ、私には身元が無い。

 

 

 乱世では誤魔化せられたが、今は無理だ。

 

 つまり、私がやっていることは……御上から見れば、いくら私の見た目が宜しくとも、やっていることは間違いなく夜鷹でしかないわけであった。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そう、ここで3日間(同じ場所の使用は、最低でも30日は間を開ける)。この3日間とはつまり、御上の注意が逸れるまでほとぼりを冷ます最短期間というわけなのだ。

 

 

「せめて2日……いや、駄目だ。ここへの往復を考えれば、やはり3日がギリギリ……かといって、そう易々と別荘なんぞ作れはしないし……」

 

 

 気分転換がてらの飴を舌の上で転がしながら、私は幾度となく脳裏に浮かぶ誘惑を振り払い……ままならぬ話に溜息を零した。

 

 本当に、只々効率的に生命力を求めるのであれば、他の夜鷹たちと同じく年老いた見た目に変えれば良い。

 

 

 穴が有れば何でも良いという困った子は、一定数いるからだ。

 

 

 御上も、捕まえた夜鷹の身元をいちいち確認したりはしない。調べたところで、御上が得られる利点など何一つ無いからだ。

 

 なので、捕まっても数日我慢すれば、特に罰を受けることもなく放り出される……だが、それをするには私の矜持が邪魔をする。

 

 

 ──私は、愛しき彼らを少しでも喜ばせ、滾らせる為に、常に美しさと若々しさを維持している。自分の為ではなく、彼らの為に私は美しくありたいのだ。

 

 

 私が求めるのは『愛』だ。金子でも名誉でもなく、『愛』が欲しいのだ。

 

 私の安全の為に、彼らに妥協なんてさせたくはない。そう、一心不乱の、その全てを独り占めしたいという、独占欲に他ならない。

 

 

 その過程で得られる金子なんぞ、モノの次いででしかない。

 

 

 というか、そもそもが有ると便利だという程度の話でしかなく、生命力とて似たような理由でしかない。

 

 言うなれば、将来的には必要となるからと思って溜め込んでいるだけであって、私としてはそれさえ達成出来たら無くても何ら問題はないのだ。

 

 

 ……しかし、事はそう上手く運んではくれない。

 

 

 私が一夜の夜鷹に興じると、どうしても噂となって愛しき彼らを呼び寄せてしまうのだ。

 

 そのこと事態は、震える程嬉しい。しかし、こればかりは喜んでばかりではいられない。目立つと、御上の監視に引っかかるからだ。

 

 

 ……彼らの気持ちは、痛い程分かるのだ。

 

 

 自慢するわけではないが、私の身体は凄い。文字通り、シミ一つ無駄毛一つ傷痕一つ無い。よく磨いた陶磁器のように肌は滑らかで、乳房も尻たぶも指が食い込むぐらいに豊かだ。

 

 

 そんな女が、安かろう悪かろうの夜鷹たちの中にいる。それも、愛情を持って接してくる私が、いるのだ。

 

 

 愛しい彼らの視点で考えれば、あるいは客観的に考えれば、これ程幸運な話はないだろう。

 

 例えるなら、良くて5等までしか入っていない宝くじを引いたら、1等くじが紛れていたようなもので……噂であろうと欲に駆られて様子を見に来るのも仕方がないだろう。

 

 

(とはいえ……年々取り締まりへの厳しさは増しているし、場所も幾つか御上の監視が入るようになったのがな……)

 

 

 だからこそ、歯痒いと私は思った。

 

 御上に捕まること事態はそうでもないし、問題にはしていない。だが、私の存在が不必要に露見するのだけは避けたいし、過去には……妖怪扱いされたこともある。

 

 有るわけが無いとは思うが……何処かで、私が全く年老いていないというのが露見してしまう危険性もある。

 

 人間の強欲、それは身を持って知っているからこそ、私はまだ自分の秘密にしておきたいのだ。

 

 

 しかし……今のままでは駄目だ。

 

 

 こうして身を潜めて『愛』を得る生活ならば、確かに安全ではあるが……あまりに時間が掛かり過ぎる。それでは、いずれはジリ貧だ。

 

 

 

 ……100年に渡って『愛』を得続けた事で、以前よりも『力』は増した。

 

 

 

 伴って、記憶の中にある、かつてのサキュバスよりも強く、サキュバスが潜在的に習得している魔法も使えるようになった。

 

 だが、所詮はサキュバスだ。

 

 サキュバスとしての限界は超えられないし、変異しているとはいえ、私の本質は『異物』でしかない。

 

 

 何故なら、この世界でも未だに私は独りだからだ。

 

 

 私以外のサキュバスは存在せず、そもそもが一人一種の突然変異。子を成せない以上は、いずれ訪れる寿命がタイムリミット。

 

 『異物』はいずれ、この世界から排除される。そうでなくとも、命はいずれ潰える。だから、そうなる前に打開策を見付けなければならない。

 

 ソレを成す為には、より大勢の彼らを『敵』から奪い返し、より多くの『愛』を得て、より強大な『力』を得る必要がある……というわけなのだが。

 

 

「……そういえば、江戸に大きな遊女屋が出来たらしいが……ふむ、そうだな」

 

 

 ここしばらく似たような事を考え続けてはいるが、一向に答えが出る感じがしない。

 

 

 ……一度、離れて考えるべきか。

 

 

 そう思った私は、気分転換がてら敵情視察も兼ねて……重い腰を上げるのであった。

 

 

 

 




彼女がただのサキュバスだったら悩まず本能のままに進むんですけど、人間の知性を得ているのが大変ですね

常に、これが最良なのかと悩んでしまいますから。まあ、最良を選び続ければ待っているのは……ですけど
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