転生TSサキュバスは独占欲が強い   作:葛城

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今回は話の区切りのため、短いです


第七話: それは悪魔の誘いか

 

 

 

 

 ──以前とは違い、今では江戸へと通じている行路も少しずつ手入れが成され、それと同時に幾つかの関所が設けられている。

 

 

 

 基本的にはお金さえ払えばでパパッと通ることが出来るようになっているが、この関所の狙いは旅人や商人などから得られる税金……ではない。

 

 狙いは、江戸からの逃亡を企てている犯罪人(容疑者も含めて)や、外から入ってくる『尋ね人』を事前に捕まえるというものだ。

 

 

 人が増えると、自然と犯罪が増える。

 

 

 これはもう時代や世相の問題ではない。人間が人間である以上は、そうなってしまうものなのだ。

 

 故に、何処の関所にも人相書き(要は、手配書の事)が置かれていて、関所を通る際には顔を出しておく必要がある。

 

 とはいえ、顔の確認は、あくまで手配されているかどうかの話だ。

 

 よほど珍妙な恰好や、不審な動きをしていない限りは呼び止められることもなく、待ち構えている関所の人が持つカゴに、通行料を入れればそれで終いである。

 

 

 ……ちなみに、いくら振る舞いに気を付けていたとしても、顔を隠していると、ほぼ間違いなく呼び止められる。ここだけは、賄賂も全く通じない。

 

 

 何せ、ここで不正を働くと当人だけでなく、その者の一族にも責が及ぶこともある重大な仕事だ。けっこう頻繁に監査という名目で上の者がやってくるから、みんな真剣だ。

 

 なので、下手な事を考えるよりも素直になるのが一番。場合によっては罰金も請求されるので、よほど後ろ暗い事が無ければ男も『敵』も笠を外して顔を見せるのが一般的となっていた。

 

 

(……以前の時よりも人の往来が増えている。この様子だと、これからもどんどん人は増え続けるだろうな)

 

 

 そんな……往来する人々を監視している関所から、直線距離にして、200メートル近く。

 

 位置は、人が入れない森の奥。『力』を使って、ほぼ垂直に近い斜面に立っている私は、目を凝らして関所の様子を伺っていた。

 

 

 ……まあ、当然といえば当然の話だが、私は関所を通らない。

 

 

 最初から最後まで森の中を抜けて、一度も見つからずに江戸の町に入るのが、私の何時ものやり方であった。

 

 

 ……どうしてそんなことをするのかといえば、私が女であるからだ。

 

 

 太平の世になった今、実は以前よりもはるかに女の出入りが難しくなっている。地方ならまだしも、江戸のように将軍がいる所では『女手形』と呼ばれる通行証が求められてしまうのだ。

 

 私が今居る辺りは、まだそこまで厳しく取り締まりは行われていない。あくまで簡易的な関所であり、江戸へと続く関所の前に幾つか村があり、そこへ行き来する女がそれなりにいるからだ。

 

 けれども、江戸へと通じる方の関所を通るとなると話は別だ。

 

 私も人伝(彼らが教えてくれた)で聞いただけだが、相当に厳しく検査をされるのだという。なので、あの手この手で裏抜けする者が後を絶たないのだとか。

 

 

(この様子だと、江戸は相当な活気か……それだけ人が集まっているなら、こっそり紛れ込むことが出来るか……?)

 

 

 斜面を蹴って、大地へとふわりと着地する。翼は、出していない。100年も生きたサキュバスぐらいになれば、翼を出さなくとも、出しているのと同じ動きが可能である。

 

 視界や動線を遮る虫や枝葉も、魔法で抜ける。払い除けるではなく、少しばかり動かして、その隙間を縫うようにして通る……という感じだ。

 

 枝葉にぶつかった程度でどうにかなる身体ではないが、着ている衣服が駄目になる。家には新しいモノが有るとはいえ、傷付けないに越した事はない。

 

 そうして、時には崖を飛び越え、時には川を渡り、時には遭遇した熊を吸い殺し(いわゆる、生命吸収である)……そんな感じで、二日ほど。

 

 

「……たった数年間の事とはいえ、変わるといえば変わるものだ」

 

 

 問題が起こる事もなく、首尾よく江戸の町に潜入を果たした私は……思っていた以上に発展している江戸の町並みを見て、呆気に取られていた。

 

 

 ──一言でいえば、江戸の町は開発途上といった感じである。

 

 

 つい数か月前に出来たばかりの家と、20年近くは経っている家が混ざり合うようにして建てられている。表通りには幾つも出店が立ち並び、忙しなく人々が行き交いしている。

 

 その足元は、馬車等が通れるように整備したのだろう。パッと見渡しただけでも人の手が隅々にまで及んでいるのが分かり、風が吹く度にぱらぱらと砂埃が舞っていた。

 

 視線を上げれば、大工の人達がいて。煙草屋から漂ってくる臭いと、しょう油の焼ける香ばしい匂い。すん、と鼻を鳴らせば、まるで濁流のように様々な臭いが……私の鼻腔をくすぐった。

 

 

 ──ここは、もっと大きくなる。20年、10年……いや、もっと早くなるかもしれない。いや、既に、ここは日本一の町になっているのだろう。

 

 

 直感的に、私はそう思った。

 

 それは、すっかり薄れてぼやけてしまった『最初の記憶』だけが理由ではない。もっと確かな……実感を伴う、はっきりとしたものであった。

 

 

 ──今日頑張れば明日は良くなる、明日頑張れば、明後日はもっと良くなる。

 

 

 そんなふうなことを考えていそうな者ばかりで、誰もが希望を抱いている。

 

 そこかしこから感じ取れる活力が違う。通りを行き交う人々の顔色を見ても、違う。

 

 乱世のような激しさはないが、熱量は今の方がはるかに大きいように私には思えた。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………と、何時までも呑まれていてもしょうがない。

 

 

 今の私の装いは笠に地味な色の着物に古ぼけた草鞋と、遠目からは『遠方より来た人』というように見えるようにしている。

 

 なので、いきなり声を掛けられるといった事もないが……何時までも江戸の入口でうろちょろしているわけにもいかない。

 

 

 ──とりあえずは……江戸の中を回るとしよう。

 

 

 そう判断した私は、人の波に紛れるようにして歩き出し……行き交う人々と街並みに目を向けながら、江戸見物を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ……そうして、三日目の夜。私は、三日前と同じく森の中を進んでいた。

 

 

 今回ばかりは敵情視察の為に『愛』を我慢し、隅から隅まで練り歩き、思いつく限りの場所を見回った。

 

 そして、こっそり江戸を出て、自宅へと戻っている所なのだが。

 

 

(──甘く見ていた。まさか、あそこまで御上が力を入れているだけでなく、明確に組織として形作られているとは……)

 

 

 私の胸中には、何一つ達成感など無かった。あるのは、いずれ訪れる……重大な危機感だけであった。

 

 ……どういう事かと言えば、それはアレだ。江戸で行われた売春業……すなわち、遊女屋の事だ。

 

 

 私が、無意識に抱いていた優越感など、瞬時に吹っ飛んだ。

 

 

 うろ覚えな『最初の記憶』では到底知り得ない、本物の迫力の前では。

 

 

 すっかり……そうだ、すっかり忘れていた。

 

 

 そういえば、『最初の記憶』にソレが有った。江戸には、それがあるということをすっかり忘れていた。

 

 

 ──苛立ちを紛らわす為に放った拳が、傍の大木を陥没させる。

 

 

 こんな姿、愛しき彼らには絶対に見せたくはない……一つ息を吸って、堪える。止まっていた足を動かし、家へと急いだ。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………獣や虫たちのざわめきすら苛立ちを覚える最中、ふと、私は思う。

 

 

 思い返せば……というか、考えてみれば。

 

 

 私は、御上が本腰を入れて『遊女屋』に手を出しているところを見るのは初めてであった。

 

 というのも、私がこれまで見て来た遊女屋は、あくまで個人事業。つまりは、遊女もやるけど給仕もやるという、業務を兼任した小規模なモノであった。

 

 その規模は、大きくても5人程度が在籍している程度。

 

 だいたいは2,3人で、店も一般的なものよりは幾らか大きく、仕切りが一つ二つある程度のモノであった。

 

 

 だからこそ、付け入る隙があった。

 

 

 他に気配が有ると集中出来ない者等がいる以上、質は悪くとも夜鷹の方がまだ気が楽という層が一定数いたからだ。

 

 だが、江戸のは違う。アレは、これまで続けられていた『売春』という商売を根本から作り変えるシステムだ。

 

 

「遊女屋……『吉原』。今はまだ町一番の遊女屋だが、いずれは近隣にまでその名は知れ渡るだろうな……」

 

 

 ぽつりと呟いてしまったその言葉は、私自身が自覚出来るぐらいに……危機感と敗北感と……屈辱感に満ちていた。

 

 

 ──アレの何が一番危険なのかと言えば、御上のお墨付きがあるところだ。

 

 

 ここでの買春と売春は御上が許可したものだから、何ら恥じる必要は無い。むしろ、妻の負担を軽くする為にも時々は利用した方が良いという、絶対的な安心感。

 

 アレは……今の私には提供できない代物だ。御上だからこそ出来る、売春の新たなやり方だ。

 

 今はまだ、買春と売春を行っても良い場所を定め、手探りで全体の形を作っている状況だ。店も大きく遊女の数が多いだけで、そこまで脅威ではないだろう。

 

 

 だが、10年、20年と時が流れれば……どうなるか。

 

 

 大まかな計画は進んでいて、周囲との区切りを兼ねた掘割が始まっている。

 

 完成までまだまだ年月が掛かるだろうが、完成すれば……その時点で、私が持っていたアドバンテージが一つ消える。

 

 そのうえ、おそらく御上が狙っているのは治安や上納金だけでなく……『吉原』のブランド化。並びに、他の遊女屋との差別化だ。

 

 

(最上位が『吉原』として……値段を下げる形で、二等、三等、四等と質を落とす。やってくる客の懐に見合う店で遊べるようにするつもりか……)

 

 

 現時点では私の憶測でしかないが、近い形でそうなるだろうという確信が有った。

 

 

(ああ……おぞましい! このまま行けば、穢れを知らぬ彼らがどんどん奴らの餌食になってしまう……!)

 

 

 だからこそ……私は、許せなかった。

 

 彼らの『愛』を独占しようとする『敵』のやり方が。

 

 

 だからこそ……私は、悲しかった。

 

 そうせざるを得なかった彼らの無念と、『敵』に身を預けなければならない屈辱に。

 

 

 だからこそ……私は、己が許せなかった。

 

 私に、もっと『力』が有れば。

 

 『敵』の手に落ちることなく、彼らの全てを守り、この手の中で愛し愛されることが出来た……はずなのに。

 

 

 だからこそ……己の無力さに、震える程の怒りを覚えた。

 

 私は、何も出来ない。

 

 

 100年近く掛けて『力』を蓄えても、サキュバスの限界は超えられない。

 

 サキュバスとしては破格の『力』は有るだろうが、あくまで『サキュバスとしては』でしかないからだ。

 

 

 

 ……そう、私に出来る事は、何も無いのだ。

 

 

 

 この100年間近くの間で、ゆっくりと思い知らされた。

 

 これから先、100年、200年、どれだけ『力』を蓄えても、現状を変えられない。

 

 私は変わらず『異物』で、『敵』に勝てない。私の掌からは、どんどん彼らは零れ落ちて行く。それを、私は何一つ止められない。

 

 

 ──自然と、私は足を止めた。

 

 

 辺りには人の気配も獣の気配も無く……私は、その場に蹲る事しか出来ない。どうしようもない、己の弱さにぽろぽろと涙が零れた。

 

 

 

 ……何か、何でも良い。この状況を変える手立てを……誰か……。

 

 

 

 けれども、諦めきれない。

 

 

 気づけば、私は初めて……居もしない『神』に助けを乞う。そうするしか、今の私には何も出来ない。

 

 私にとって『神』とは、7度の人生において何度も憎悪を吐き続け、呪い続けた存在である。

 

 

 けれども、今だけは願う。

 

 

 勝手な話だとは分かってはいたが、今もなお苦しみ続ける愛しき彼らの事を想えば、己の矜持なんぞ何の意味も無かった。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そうして、そのままどれぐらい祈り続けただろうか。

 

 止め処なく溢れ続ける涙を拭う事すら止めてしまった私の顔は、酷い有様となっている。見なくても、ソレがよく分かっていた。

 

 

「──へえ、魔物が神に祈りますか。それも、夜の夢に巣食うサキュバスが……ずいぶんと、変わった魔物なのですね」

 

 

 だが、まさかそれを自分以外の者から指摘されるとは思わなかった。

 

 あまりに突然、前触れもなくいきなり耳に届いたその言葉に、私は──ギョッと目を見開いて、顔を上げた。

 

 

 ──そこには、奇妙な……いや、異形の存在が、私を見下ろす形で立っていた。

 

 

 全体的な外観は、人間の少年……いや、少女だろうか。

 

 全裸のソイツの胸は背丈相応に膨らんでいるが、肩幅は少年のそれだ。股間には猛々しく隆起する逸物が有って、呼吸に合わせてぴくぴくと痙攣している。

 

 しかし、男ではない。そして、人間でもない。

 

 人間にはあり得ない、2本ずつある左右の腕と、隆起している逸物の下にある……粘液を滲ませて独特の臭いを放っている女の入口が、その証拠であった。

 

 

「だ……誰だ、何者だ、お前は!?」

 

 

 驚愕のあまりに、思わず涙も止まる。反射的に身構えた私は──直後、新たに認識した情報に、目を剥いた。

 

 

 ──『気配』が、異なっているのだ。

 

 

 言うなればそれは、この世ならざる者。

 

 私とも違う……いや、そうじゃない。

 

 私よりも、はるかに長く、はるかに多くの命を、その身に積み重ねてきた気配。

 

 

 ……そう、気配だ。

 

 

 そうとしか言い表しようがないナニカが、違うのだ。

 

 益荒男を想起させる力強さ、魔女を想起させる艶やかさ、大樹を想起させる老成さの香り、若葉を想起させる爽やかな、それでいて、風のようにしなやかで。

 

 

 まるで、男でもあり、女でもあり、少年でもあり、少女でもあり、老人でもあり、幼子でもあり、獣でもあれば人間でもあり、そのどちらでもないような……何とも混ざり合った気配をしている。

 

 

 伴って、強い魔力を眼前の存在から感じる。とても、膨大だ。だが、ただ大きいだけではない。

 

 それよりも、私の注意を引きつけたのは……その幅広さ、深みであった。

 

 

「……何者だ……いや、何者なのですか、貴方は?」

 

 

 ──これは、勝てない。反射的に、私は負けを認めていた。

 

 

 どう足掻いても、無理だ。私が前世の姿であっても、今のサキュバスであっても、どちらにしろ絶対に勝てない相手。

 

 圧倒的に、格が違う。

 

 戦うまでもなく、私は思い知らされる。

 

 まるで、悠久の時を経た古の魔法使いを前にしたかのようで……気付けば、私は眼前の存在に降伏していた。

 

 

「ははは、そう怖がらなくていいですよ。わたくし、ちょいと自然の息吹を感じながら股間をイジイジしていただけですから」

 

 

 けれども、怖れ慄く私の思いと、その口から飛び出した変態的な発言とは裏腹に、眼前の存在は……思わず目を瞬かせてしまうぐらいに、紳士的に話し掛けてきた。

 

 

 ……いや、まあ、アレだ。見た目と言動は私から見ても少し身を引くぐらいのアレだが、態度は本当に紳士的だった。

 

 

 

 ──何だか奇妙な状況になってきたぞ

 

 

 

 サキュバスになって初めて体感する『困惑』に慄く私を他所に、眼前の……彼女(私の基準では、女判定)は、一方的に話し続けた。

 

 

 ……あれ、何だかこの人(?)……妙に馴れ馴れしくないか? 

 

 

 意図は分からないが、何となく心の何処かで思っていた私だが、眼前の存在……否、彼女は、呆気に取られる私を他所に、そう笑うと。

 

 

「ところで……あなた、転生者ですよね? 魂の在り方が些か古臭いから、すぐに分かりましたよ」

「──な、何故そうだと?」

「何故って、そりゃあ私も似たようなものですからね。あ、でも、私は転生というよりは憑依の方が近いですけど」

 

 

 いきなり私の秘密を暴いたかと思ったら、それ以上の秘密で爆撃された。呆然とする他ない私を前に、彼女はあははと気楽そうに笑うと。

 

 

「せっかくですし、もうちょっと話しませんか? いやあ、わたくし、自分以外の転生者というか、そういう存在と会うのは久しぶりでして……」

「あ、はい」

 

 

 これまた一方的に、そう告げてきた。

 

 色々と気になる言葉が出て来たが、よく分からないうちに、そういうことになってしまった。

 

 

 

 




別作品のキャラ登場ですけど、別作品読んでなくても何ら問題ないキャラです

白雪姫とかシンデレラの魔女みたいな役割ですね

ただし、変態ですけど
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