見習い商人の見るヒスイ 作:Cicla
少女にとって、この世界は見たことがないもので溢れている。
今まで出会ったことのない文化と価値観に生きる人々。
知っているのに全く違うすがたをみせるポケモンたち。
どこまでも続くかのような草原と、満点の星を瞬かせる夜空。
ヒスイ地方と呼ばれるその地は、生まれて初めて親元を離れた少女にもホームシックを感じさせないほど興味を惹かれるものばかりだった。
ショウが正式にギンガ団の調査隊となってしばらく。今日も昨日までと同じく、昼は外で調査、夜ムラに戻り彼女とその先輩、そして博士の3人で夕餉を共にしたところだった。
こちらに来て初めて食べたイモモチは、それまで食べたことのある食べ物とはまるで違っていた。すっかり気に入ってしまったイモモチが主食として毎夜ふるまわれるという現実に至福を感じている。
食後の上機嫌な気持ちで帰路を歩いていたショウは、通りすがりにふと目についた、イチョウ商会と呼ばれる人たちの露店を見やる。
最近初めてムラで見た彼らは、しかし前から定期的にムラに来ていたと聞く。ギンガ団の本部の前に陣取り、樽の上でランタンの明かりを煌々と灯して、まだ営業しているらしい雰囲気を醸し出しているが、そこには昼間見た一組の男女ではない、別の人影がいた。
「こんばんは、調査隊さん」
ランタンの隣にもう一つ置かれた樽の上に腰掛けた人影はショウに気づくと声をかける。
幼い顔立ちの少女だった。サイズが足りないのか彼らと同じ制服に着られて足をぶらぶらとさせつつ、意図せず目深に被った帽子の隙間から人好きそうな目を覗かせている。
「こんばんは。イチョウ商会にはあなたみたいに小さな子もいるんだね」
自分より5歳ほど年下だろうとあたりをつけたショウは、ムラの子供にそうするようにやさしく声をかける。しかし彼女の意に反して少女は苦笑を浮かべ、小さく年はそう変わらないよと呟くと、揺らしていた足を止め、ぴょんと立ち上がる。
相対してみればなるほど、彼女が思ったよりは背が高く、けれどショウよりは頭半個分ほど低いところで少女は淡い茶色の髪を揺らしてねえ、と口を開いた。
「お姉さんの名前ってさ、ショウでしょ? 空から落ちてきてギンガ団の人になったって」
村の人にも飽きるほど問われたことにやはり何度もそう答えたように首肯すれば、彼女はやっぱり! と目を輝かせた。何度もやり取りしたように質問攻めに合うのだろうと予想すると、食後で舞い上がっていた気持ちが沈み、覚悟を決めた、しかし直後に商会の少女から続けられたのは予想だにしない種類の質問攻めだった。
「空から落ちてよく生きてるよね! どうやって着地したの? どんなポケモンに助けてもらったのかしら?」
「え……? あ、私、気が付いたら浜で倒れてたの。博士は落ちてきたって言ってるけど、私には記憶がなくて……」
一瞬反応が遅れて回答した。どこから来たのか、どうやって来たのか。今までムラの人間から聞かれたのは、主にこの二つだった。
それはショウにとって、どうとも答えられない困った難題でもある。故郷が同じ人がもしいれば、面識がないことで怪しまれるかもしれない。
未来から来たと言ったところで、信じてもらうことも難しければ面倒ごとに巻き込まれる可能性だってある。
ここに来た方法など私が聞きたいレベルだ──聞かれるたびに心の内でそう吐き捨ててきたものをもう一度繰り返そうとしていたところから大きく離れ、少女が訪ねたのは空から落ちたことについて。
自身が何度も言葉を変えて言われたように少女もちょっとした変わり者なのかもしれない──驚きに目を見開いてから、質問に回答するために何度か思い返したことを、もう一度思い返してみる。
彼女の主観では、アルセウスと名乗ったポケモンらしき存在との邂逅の後、目が覚めれば浜に倒れており、そこをラベン博士に起こされた──それ以上でも、それ以下でもない。空中落下の感覚も無ければ、なにかに助けを求めるなんて不可能。
だからとショウが結論付けたのは、空から落ちたというのは博士の見間違いか、そうでなければアルセウスの悪戯かの二択であった。前者はほとんど冗談のようなものだが。
「へえ……てことはあなた、ポケモンに好かれているのね! 指示も出さずに助けてもらえるなんて、きっとそうだもの」
ショウの答えを聞いた少女は満面の笑みでそう一人合点すると、どんなポケモンなんだろうなあ、と思考を巡らせる。
しばらくそうして二人の世界が交わらない状態が続くと、少女の方がふと我に返ったようにはっとして会話に戻ってくる。
「ごめんなさい、熱中しちゃった。自己紹介もまだだよね」
「あはは……知ってると思うけど一応。私ショウです。よろしくね」
先ほどの推測をさらに強め、少女は間違いなく変わり者だと結論付け苦笑を浮かべる。しかしそれは不快ではなく、どこまでも周りを引っ張っていくような明るさをはらんでいて、好印象を彼女に与えていた。ショウが差し伸べた手ににこやかに答えて少女は口を開く。
「よろしく。わたしシクラって言います。あなたと──」
「お前さんもサボりか?」
シクラ、と名乗った少女の言葉を遮るように私の背後から声がかかる。振り返れば昼間見た商会の二人が立っていた。
ショウと比べて高い身長と表情の読めない男に怒っているのだろうかと自分が矛先ではないものの威圧感を感じていたところに一歩少女が前に出て、相対する。
「あら、おかえりなさいギンナンさん、ツイリさん。 いいえ、お客さんにご挨拶してただけです」
ね? とシクラが振り返ってショウにウインクを向けたのに肯定を返す。実情は最後の最後こそ挨拶をしようとしていたところではあったがそれまでは一方的に少女が聞きたいことを聞いていただけだったところをそうかと納得してもらえた事実が少しおかしくて、少女たちは顔を合わせて二人小さく笑った。
「じゃあ、私明日も調査なのでこの辺で。ありがとシクラちゃん」
「またのお越しをお待ちしてます。またね、ショウちゃん」
手を振りその場を後にする。
あなたとはいい友達になれそうだね、と心の中で告げて、ショウは与えられた宿舎に軽やかな足取りで戻っていった。
*
「あーあ。ちょうどいいところでこわーい大人の人が帰ってきちゃうから、びっくりして逃げちゃったじゃないですか」
去りゆく調査隊員の背中を見つめながら、少女はその上司である男を詰った。最も、皆それがほんの冗談であることを理解していたため、女はふふ、と小さく笑い、男も「戻らなければ商品でも買ってもらえたのか」と受け流した。
「ウォロさんがポケモンを戦わせるのが上手いんですよー、って言うから気になっていたのだけれど……普通に面白い子ですね。これは勘ですけど、将来大物になりますよ」
ショウに話しかける前にしていたように、樽の上に飛び乗りながら満足そうな笑みを浮かべる。商品の調達を終えてムラに向かう直前、別行動と言う名のサボりをしていた青年から聞いていた話を思い返して、でもバトルの腕はわかんなかったなと続けた。
「ふふ、見習いなのに商人の勘が鋭いのね」
揶揄うような目線を向けたツイリに、シクラは胸を張って「経験はありますから」と答えれば、商会の中で一番若い少女から似合わぬ言葉が出たものだから二人して笑いを堪えることができなかった。そしてそれに少し気を悪くした当人は弁明の声を上げる。
「知っている人とどうにも面影が重なるんです。どうしようもなく世界に愛されてる人。きっと芯も強そうだった。だから勘が働いたんです」
分かりましたか?と念を押せば、二人は各々相槌を打つ。しかしそれが少女の目にはどうにも投げやりなものに思えて、更にはギンナンの口元は未だに小さく緩んでいるのを見つければますます不機嫌になる。
「も──!良いですもう、わたしは夕餉を食べます!頼んでた握り飯をください!!」
「ミルタンクみたいな鳴き声を上げないの。はいこれ。折角ムラにいるんだから野営の時みたいな携行食じゃなくて、食堂でちゃんとした夕餉を取れば良いのに」
シクラが差し出した両の手のひらの上に、ツイリが食堂の人に頼んで作ってもらった握り飯をポーチから取り出して載せていく。
「あまり食にこだわりはないですし……それに店で出してもらう量は多くて一度じゃ食べきれないんですよ」
「その理屈がよくわかんないけどねえ……このサイズの握り飯10個は大人でもよく食べないよ」
一つ二つまでは良かったが、少女の小さな手のひらには乗り切らず、彼女のリュックを開いてそこに順次詰めて行って、ようやく10個の大振りな塊はシクラの手に渡った。
「胃が小さいのに燃費はすこぶる良いんですよ〜わたし。じゃあ、休憩行ってきますね」
夜の海が風流なので浜で食べてきます!と走り去りながら手を振って、少女は露店から離れていった。後に残された二人は小さくそれに返していたが、しばらくして姿が見えなくなるとツイリが言葉を発する。
「リーダー。たまにあの子がわかんなくなるよ」
「ウォロとよく似ている」
サボり癖がつかないと良いがな、と冗談めかして呟けば、家路を急ぐギンガ団の制服が見えたので揃って「良い物入ってますよ」と声をかけたのだった。
商会はヘキ