見習い商人の見るヒスイ 作:Cicla
夕刻の海は淡く橙に染まり、波の音が穏やかに浜を行き来する音が響く。遠くにポケモンの鳴き声が届く中、少女が一人、岩に腰掛けて黄昏ている。
夕陽を受けた栗色の髪は海と混ざり、溶けて消えてしまいそうだと、その光景を遠目に見たショウは杞憂をしてしまう。彼女はそんな幻想から引き戻すかのように、あえて大きな声で少女の名前を呼んだ。
「シクラちゃん!」
名を呼ばれた少女は緩慢な動きでこちらを振り向くと、ギンガ団の友人の姿を認めてぱっと表情を明るくした。
「ショウちゃん? どうしたの、こんなところに」
少女の浮かべる人懐っこい笑みが、いつも露店の前を通りかかった時に向ける笑顔と同一のものであることに安堵を覚えながら、依頼を受けて調査に来た旨を伝える。
子供と遊ぶフワンテを見なかったかとショウが告げれば、まるで商品があるかと尋ねた時と同じような気軽さでそれなら、と指を差した。
「さっき来てそこの小屋の周りで遊んでいたよ。その裏にいるんじゃないかな」
ありがとう、と言って確認すれば、そこには確かに子供とフワンテがいた。ただし、子供が連れていかれそうになりながら。ショウがその手を強く引き、フワンテが離れていくのを確かに確認すれば、ほっと一息つく。
そこで初めて彼女は自分が焦っていたことに気づいた。否、事実そんな場面だったと冷静に考える。
フワンテに連れ去られそうになってもなおあのポケモンは友達だと言う少年と、その一幕を変わらず岩に腰掛けたままにこやかに見つめていた少女。二人ともポケモンに対しての緊迫感がなさすぎるのである。ムラの大人たちが過剰に持っているその恐れを、吸い取られ尽くしたかのように無垢で、ショウは幾許かの不安と恐怖を抱いた。
少年がムラに戻っていくのを見届けると、それまで黙っていた少女が「役に立った?」と口を開いた。
「うん、ありがとう。警備隊にも見回りを強化してもらえないか聞いてみるけど、もし、連れ去られそうになっているのを見かけたら……シクラちゃんも声をかけてあげてほしいな」
可愛いけれど、フワンテはちょっと怖いところもあるから、と付け加えれば、わかっているのかわかっていないのか曖昧な笑みで「うん」と答えた。
「ところでさ、ショウちゃん。あれ見てよ」
話を変えたシクラが沖の方を指差した。落陽の眩しい空に、黒い影がぽつぽつ見える。
風下に向かって不規則な群れを作っているのは、目を凝らせば1匹のフワライドと、それに付き従うように飛ぶ何匹かのフワンテだった。
思わずきれい、と呟いたのはどちらの少女だったか。一呼吸遅れてふふ、とシクラが笑う。腕を下ろすと、よいしょと立ち上がった。やはり顔立ちのわりに高い上背が、今日は地面の起伏で同じところに瞳を置いて視線を交わす。
「フワンテもフワライドも、人を連れていっちゃうんだってね」
「うん。可愛く見えて怖いところだよね」
ここ、ヒスイに来る前にもショウはそのポケモンに関する話を聞いたことがあった。神隠しのように人を連れ去ってしまうという話と、しかし実際は風に流されるだけで連れ去るような力はないとする話、そのどちらも。彼女が実際に調査隊として見てきた限りでは、風に飛ばされていることが多い気もするが、先程の件は本当に連れ去ってしまいそうな不気味さもあった。おそらくどちらも真実なのだろう、と彼女は考えている。
「彼らが特に子供を連れて行こうとするのはなんでか、わかる?」
「さあ……体重が軽くて連れ去りやすいから?」
理由を挙げてから、すぐさまショウは自分自身で「いや、違うか」と打ち消した。そんな単純な話をわざわざ眼前の少女が問わないだろうという期待もあったし、そもそも何故人を連れ去るのかという謎の答えにならない。
そういう考えに至ったことをシクラは嬉しがったのか、そうだねと笑ってから本当のことはわたしも知らないけれど、と前置きして続ける。
「子供は曖昧な存在なの。7つまでは神の子って言われがあるくらいには」
シクラは言葉を続けながら、地面に重ねて置いてあった5,6枚の大きな葉を拾う。
何を拾ったのか、何故拾ったのか一瞬ショウにはわからなかったが、明らかにこの周辺とは植生の異なる葉に、この間ムベに家で食べる用とイモモチを包んでもらった時のことを思い出して、お弁当箱の代わりかと理解した。
「だから、ああやって漂流するだけの彼らは、そんな存在を連れて行こうとする傾向にあるんじゃないかって、わたしは思う。大人よりも、ずっと魂があちら側に近い存在を」
物質的には風に任せて飛ばされているだけの存在。しかし、彼らが人を連れ去ろうとしているとき、捕まえているのはその手ではなく魂であり、それを捉える力は強いのだとしたら──相反する説が現代においても唱えられていることへの一つの答えを見つけたような気がして、ショウの言葉は詰まった。
「それは、そうかもね」
「……だからかなって」
「え?」
俯きがちに小さくつぶやかれた言葉と、後に言葉を続けたそうな少女の様子にショウは聞き返す。
少し強くなったように感じる風に髪の毛をはためかせながら、シクラの、見え隠れする口元は何かを紡ごうとしていたが、やがてきゅっと一文字に結んでもう一度目を合わせた。
「なんでもないよ。ところで──あの群れ、こっちに来てると思わない?」
先程指した沖の方にもう一度指先を向ける。
風下はこちらではなかったのに、風に逆らって浜に向かっているのが確認できる。先ほどよりも大きくなった影は、こちらを見ているような気すらして警戒する。
オヤブンは1匹もいないようだが、5は超える数の群れを一度に追い払えるほど簡単な相手でもない……そうショウは判断して、ひとまず応援を呼ぶと同時に友人を逃がそうと口を開く──が、声が形になる前に、少女のゆったりとした歩みが一歩、浜の──群れの方に向けられる。
「びっくりしちゃった? ふふ、ごめんね。ワッて言わせたかっただけなのだけど、それどころじゃない反応されちゃった」
フワライド、と一声少女が呼び掛ければ、答えるように鳴き声を上げて近寄る速度を上げる。それに置いて行かれたフワンテたちは追いつけないどころか風に抗うこともできずに、元の軌道へと戻されて離れていく。
ぷわー、と能天気に少女の側まで近寄ったのを見ると、シクラは申し訳なさそうに、けれど誇らしげに「わたしの悪友です」と紹介した。
呆気に取られたままのショウは腰のモンスターボールにかけていた手もそのままに、ほとんどオウム返しで「あなたの、ポケモン」と繰り返す。シクラが笑いながらそれを肯定すればやっと硬直が解けて、呆れたような安心したような特大のため息を吐いた。
「心臓に悪いよ……」
「いつもああやって浜で遊ばせているのだけれど、進化してるからかこの辺りのフワンテは子分にしちゃってるみたい」
風を操って、群れごと近寄ってくるものだから、最初はわたしも驚いたのよ、と告げると、確かにとショウも相槌を打つ。とっくにフワンテたちが視界から消えてしまったのを確認すると、青と黄色のコントラストが眩しい帽子の傾きを正して「じゃあ、そろそろ休憩終わりだから」とムラへの道を歩き出す。
「またねショウちゃん。かっこよかったよ、さっきの」
「怖いからもうやめてよね! バイバイ!」
フワライドを側に侍らせて遠くなって行く背中をどうにも追う気になれず、ショウはそのまま用もないのに日が沈むまで浜で立ち尽くすことになった。
流されていないフワンテは他にいなかったのか、この日はもう姿を見ることはなかった。
*
「どーも! 休憩から戻りましたよー」
妙に上機嫌に、今にもスキップを始めそうな勢いで帰ってきた見習いに、ギンナンは怪訝な目を向けながらも特に言うことはなく「ああ、おかえり」とだけ口を開いた。あるいは今横にいる青年もまた、彼にはよくわからない理由で陽気になることがあるから慣れ切っていたのかもしれない。
当の似た者であるウォロは磨いていたキズぐすりの瓶を置いて「おかえりなさいシクラさん、気分良さそうですね」と微笑んだ。
「友人のちょっとかっこいいところ見ちゃったので。流石、ポケモンの手合わせに積極的なウォロさんを二度も下すだけありますね」
少女が語れば、次の瓶を手に取った青年が「ああ、彼女ですか」と言い、曖昧に口を開けたまま次の音を探している。探し物の正体に一瞬で気が付いたのかシクラは「ショウちゃん」と話題の少女の名前を呼んだ。
「あなたから見てどうでしたか」
「ちょっとフワライドで驚かせてみただけで、バトルはしていないけれど……うん、状況を認識してからの判断が早くて的確。あなたと同じくらい、正解を導き出す才能に溢れている」
ウォロの質問にそう答え、加えて自分で状況を見る力はまだみたいだけど……じきに育つでしょと少女を印象良く評すと、「やはりそうですよね、ショウさんはお強い人だ」とまるで我が事のようにウォロは笑みを浮かべた。
「バサギリを鎮め、アヤシシ、ガチグマに認められたと聞きますしね」
「キング? でしたっけ。神様のお使いとかなんとか言われてるようなポケモンも下すなんて、度胸あるなあ」
青年が眉尻を釣り上げて笑うのに逆に少女が眉を下げて笑うと、そのままの流れで二人はポケモンや神話の話を始める。ギンナンも適度に相槌程度に話に混ざりながらヒートアップする会話は、食事から戻ってきたツイリに商品の手入れが全く進んでいないことを叱られるまで続いたのだった。
風に負けるほどなのになぜ彼らは人を攫う、なんて話が出るのか?に対する私の解釈です。
ところでフワライドさん、なんでひこう技捨てたんですか??????????