見習い商人の見るヒスイ 作:Cicla
一月ほどぶりにコトブキムラの門に姿を現した少女は、イチョウ商会の青と黄色のコントラストを揺らしながら、暗い空に似合わぬ明るい顔で警備隊の男と話していた。
「こんにちは、今日は天気がいいですねーなんちゃって。いつもは顔パスなのに警備が厳しくなったのはやっぱり、空の影響ですか?」
荷を検める男はそれが空元気なのか本音でそうなのか計りかねた様子で、しかし困惑に手も口も止めることはなく答える。
「まあ……一概にはそう、だな」
少女はその一言の奥に含意があることを認識しつつも、それが何かまでは伝わっていない様子で首を傾げた。お互いに理解し合えず戸惑っていたが、その空気も男が荷を確認し終えたところで霧散する。足を踏み入れることを許可されると、シクラはムラの中に目を向ける。そこには門口まで歩いてくる少年の姿があり、制服と、目を引く赤い帽子に伝え聞いていた人物であると思い至り、声をかけた。
「あら調査隊の……先輩さん、でしたっけ?」
「ああ、イチョウ商会の。えっと、見習いだったか?」
こんにちはとテルとシクラが挨拶をする。ショウとの縁でお互い顔は見知っていたが、会話をするのは初めてであり、よそよそしくもある程度お互いのことは話に聞いているが故の親しみを抱いていた。世間話のような気軽さで、少女が口を開いた。
「ここにいらっしゃるということはやはり、異変に際して調査はお休みで?ショウちゃんも今日はムラにいるのかな」
「……あいつならいない。追放された」
いつもの軽い調子でムラに寄る理由の八割である友人の所在を尋ねる。元より笑みを浮かべていたわけではなかったが一層に重苦しい、苦虫を噛み潰したような表情で少年より告げられた事実に、思わず少女は「は?」と冷たく聞き返した。
いつでも、それこそ今のような状況でも笑みを絶やさないでいたシクラの無表情に薄寒いものを感じつつも、繰り返して「追放されたよ」と告げれば、いよいよ少女の表情は険しくなる。
しばらく何を言おうか迷う様子を見せた後、ばっと少年の袖口を掴むと手頃な建物の裏に向かって引っ張っていく。少女相応の力にテルは抗うことも考えたが、チラリとこちらをみた瞳が僅かに揺れているのに気付いて、そのまま彼は写真屋と宿舎の間に吸い込まれていく。
「どういうことですか」
建物と建物の隙間、暗がりで袖を離したかと思えば、今度は胸倉を掴むようにしてシクラは詰問した。力の弱い手にテルは「やめてくれ、服が伸びる」と振り払うも、一つ深呼吸をすれば真面目な顔をして経緯を語って聞かせた。
曰く、ギンガ団の長であるデンボクがショウを疑っている。
曰く、ショウこそがキングを荒ぶらせ、それを自ら鎮めることでムラの信用を得てきたのだと。
曰く、その懐疑が晴れるまではムラを追放すると。
語るにつれ、他人の胸の代わりに自らの服の裾を握っていた手が強くなり、その表情が無表情を通り越して暗い笑みに変わっていくのを見て恐怖を募らせていたが、終ぞテルが負けずに次第を語り終えれば、怖いくらいにいつもの調子で口を開いた。
「探しにいきましょう」
「ギンナンさん、しばらくムラでの仕事を免じていただけますか」
仕入れ頑張りたい気持ちなんですよねー、とにこにこしながら開口一番にそう宣った少女に、ギンナンはサボる気だろ、とテルも同様に抱いた感想をぴしゃりと言い放った。
もう少し何とかならなかったのか、と見え見えの演技を見抜かれた後輩の友人に小さく突っ込むも、当の本人は聞いているのかいないのか、そんなことないですよーと語尾を伸ばした。
「見習いに暇を出せるほど商会は甘くないよ」
「甘くないだなんて。太客をみすみす失っておいて良く言いますね」
ツイリが横から投げた言葉にそう皮肉を返すと、やっぱりそうかという顔を二人とも浮かべる。外に出たいという要求の裏にある目的を察したのだろう。
少女たちの仲が良いのは周知の事実だ。しょっちゅう露店の前で話し込む姿を見るし、自分が後輩から友人のバトルが強いだとか、面白い話をしてくれるだとか聞かせてくれるように、彼らの見習いも友人のことを語り聞かせているに違いない。
まだ若者であるテルとは違いしかし彼らは大の大人。絆されることはなく、しかし僅かに悲痛そうな顔を浮かべて一言だけ告げた。
「……事情が事情だ。受け入れろ」
「無理です」
小さな少女の駄々は数回に渡り「受け入れろ」「できません」と応酬を繰り返していたが、埒があかないと素早く判断したのか早々に「じゃあ諦めますよ」と両の手のひらを上げた。
「代わりに、ではありませんが──わたしショックを受けまして。しばらく寝込みますね」
健康的な顔色で説得力のない休養宣言を少女が放つ。幼子でもそれが嘘と見抜けそうだが、しかしそれにくすりと笑って大人たちは騙される。
「……体調不良なら仕方がないな。ゆっくり休むといい。風邪ならうつってはいけないから見舞いにはいけないが、案じていよう」
「先んじて見舞い品を渡しておくよ。お大事に」
今のどこに騙されたのか少年には全く理解ができなかった。ツイリから袋に包んだキズぐすりや包帯を受け取りながら、「ありがとうございます」と少し弱々しく微笑むと、では、と露店から離れて行く。しばらく置いていかれていたテルが我に返って走り出す直前、二人のどちらかが「よろしく頼むよ」と告げた気がしたが、立ち止まることは出来なかった。
さて、と今度はギンガ団の本部の裏、窓から視認されないところで少女が立ち止まり、テルの方を振り向く。いい加減察せるようになった愛想笑いではない、こちらを探るような不敵な笑みで「あなたも行くでしょう、当然」と言葉を投げかける。
「……行けるわけないだろ。おれはギンガ団所属だ」
なんと言付けを頼むか悩んでいたところだぞ、とため息をつく。一日でこう何度も連続して放たれる少女の破天荒さに驚かなくなってきた自分に呆れながら。
突飛なことなど何一つ言っていないとでも主張したげに首を傾げれば、シクラはテルとまた違った理由で呆れ顔を向ける。
「頭硬いですねえ……どっかの誰かさんみたい。ほら、さっさと遠方調査の許可でも取ってきてください」
そうすればムラから消え放題ですよ、と背中を押す。ぐいぐいと体重をかける全力の少女を体を逸らすことで避ければ、よろける彼女に向かって強い語気で断言する。
「だから探しには行けない!見習いのお前と違っておれは一隊員だ!!……諦めるしかないんだよ」
声量は抑えめながらも荒げた言葉に少女は驚いた。しかしそれは声だけの話で、内容は癇に障るところがあったのかすっと目を細めると、諭すように滔々と言葉を連ねる。
「調査隊は何のためにあると思っているのですか?!長に従うため?恐れに二の足を踏むため?──違うでしょう。
晴れ間がなくなったからと言ってヒスイの調査という使命がなくなったわけではないわ。どこへだっていつだって繰り出していく。それがヒスイの全てを詳らかにすることに繋がるのでしょう!
ならばいくらだって調査に繰り出したいと言うべきだし、それは許可されて然るべきよ」
敬語もやめ、それまでの少女を捨てて語る姿は、テルよりも年下に見えてずっと大きなもののように感じられた。圧倒されて返事のできない彼を見て、彼女が加えてそれにどうせあの調子だと調査隊自体もこの決定を快く思っていないのでしょう?なら上はいくらでも誤魔化せるよ、と悪戯好きそうな少女らしい笑みを浮かべれば、心の底にすとんと入る言葉にとうとう流されて首肯してしまう。
「……わかったよ」
「許可する」
「え?」
テルは上司の言葉を聞き返した。聞こえなかったわけではない。ただ、自らの予測に反して、あるいは背中を押した少女の予想通りに、シマボシがそう発言したことに理解が追いつかないだけであった。それを知ってか知らずか対面の執務机に座ったままのシマボシは言葉を続ける。
「許可すると言った。どこを調査するつもりだ?」
「えっと……」
答えを用意していない問いに言葉が詰まり、目を泳がせる。頭を回しながら、ふといつも窓際にいたケーシィがいないことに気付き思考が止まる。一向に答えが出ないテルに対し、シマボシがならば、と口を開く。
「決まっていないのなら、ここを調査せよ」
机上の地図で指された地点に、ここは?と問い返す。湿地というには北すぎて、山嶺と言うには麓よりなお離れているところは、ギンガ団の調査が足を踏み入れてない場所だった。2年もの間、一切手を付けていない地域に今今赴くのは何故か。テルの脳裏に浮かんだ疑問に答えられるものはいない。
「今まで調査の手が及んでいない地帯だ。強い野生のポケモンはいないと思われる」
行くといい、と淡々と告げる上司に、抱いたなぜを問う余裕はなかった。
「許可出ちゃったよ……」
本部の裏まで回り、変わらず外壁にもたれて待っていた少女に報告すれば知ってる。窓から見てたとあっさり返答され、この状況に違和感を抱いていたテルに自らの方がずれているのかと疑念を抱かせる。
「じゃあ、明朝原野ベースに集合ね」
「?一緒に出るわけじゃないのか」
どこまでもこの少女に袖を引っ張られることになるだろうから、帰ったら制服を新調しなければならなくなるだろうかと考えていたところにベースまでは別行動だといわれたテルは思わずそう聞き返す。
それに笑って「一緒に行く気だったの?」と少女が指摘すれば、間髪入れずに否定が飛んで帰る。少女の誤解が形ばかり解けたところで、少女も少年の勘違いを解くために口を開く。
「わたしはしばらくムラで寝込んでて人前に出れないことになってるの。白昼堂々門を通れるわけないでしょう?」
夜に出るからあなたを待たせはしないよ、と安心させるように告げれば、少年の顔も見ずにじゃあねと去っていった。
仮眠しなきゃと独り言を言いながらどこまでもマイペースなシクラに、テルは将来の己の胃を案じつつも、調査のために出立の準備を始めるのだった。
外へ踏み出す理由はいつもと違うが、それでも気持ちはなるべくいつも通りを装いながら、暗い空の下少年少女は前を向いた。
ガイドブック。商会。現場からは以上です。