見習い商人の見るヒスイ   作:Cicla

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コズミックホラーと少しのサバイバルホラーを混ぜたみたいなものもどき。
文中で怪獣や陸上生物などの言葉が出て来ますが、たまごグループから表現をいただいています。当然ですが学術的にそのような区別は当時存在しないので、大体こんな感じの姿形を取るポケモン、くらいのイメージによるラベリングだと思ってください。



8.獣と嵌合-1/3

男の呼吸は浅かった。息を吸い損ねて、悲鳴にならない悲鳴を吐き出してを繰り返す。眼前の怪物と同調して、心の臓は早鐘よりも早く響いている。

 

夜闇の中、貌の見えない獣は唸っていた。男を敵と認め、威嚇をしていた。

男はその怪物の名を知らない。元々、ポケモンという生き物についての知識は乏しい方だった。一つ理解していたのは、よくムラに侵入しては木材を齧っているポケモンが「ビッパ」という名前なのだと、学者をしているという物好きが話していたのを聞いただけ。

 

ムラの畑ではなんとかというポケモンが耕しているだとか、門番が何某というポケモンを連れているだとか、話を聞いても身近には感じられなくて、右から左に流れていっていた。だが、遠目にその姿はよく見るので、それらが精々赤子、どれだけ大きくても大人の男より大きくないのを知っている。

名も知らぬ彼らとは似ても似つかぬその体躯を認めて、死を覚悟しているばかりであった。

 

そうして相対を続けて、その均衡を崩すようにばう、と獣が小さく吠えたとき、男はようやく逃げるという行動を思い出す。ほうほうの体で走り出し、背中を見せるという本来悪手である行動をしつつも運良く襲われず、命を繋ぐことができたのだった。

 

 

「──だから、しばらくは商会の皆さんにもムラに留まるか、外に出るにしても昼に大人数で出るだとか、気を付けていただきたくて」

 

ギンガ団のお得意様が眉尻を下げてそう言ったので、リーダーはわかったと答えると、仕入れをしばらく中止することを仲間に伝える。

横に立っていたツイリはほっとしたのも束の間、あの二人は大丈夫かな、と心配の声を漏らす。一人は誰よりも仕事ができるのに歴史に傾倒してしまうサボり癖のある男で、もう一人は眼前の少女の友人にして彼らの大事な見習いだ。元より早々帰って来そうにない組み合わせだし、シンジュ団、コンゴウ団と順に回ってから帰る予定だから、当初の予定でもうそろそろだとしても、普段考えられる以上に誤差が生じるのも詮方なきことだが。

ムラには微かな恐怖が漂っていた。外に出る者、そしてその家族は強く、それ以外は弱く。二種類の温度感は、しかし一つの事件によって齎されている。

 

 

その男が、夜番をしていた門番のところに転がり込んだのは、四日ほど前の話。木工を生業としていた彼は、それまで採取隊に任せていた木材の調達を初めて自らで行うため、単身ムラの外に出たそうだ。

不慣れな自然に手間取り、すっかり更けてしまった夜道を急いでいたとき、"それ"に出会ったそうだ。

 

そのポケモンがなんなのか、は未だに判然としていない。男から話を聞いても、恐怖の最中だったためか要領を得ない説明しか得られなかった。唯一得られたのは「四つ足の巨大な獣」という言葉だけ。オヤブンのレントラーにでも出くわしたのではないかとラベンやショウが推測し、実際にスケッチを見せてみたものの、男が放ったのは「もっとおどろおどろしい姿だった」という言葉だった。

図鑑にした情報を片っ端から振り返り、四つ足のポケモンを全て当たる勢いで見せてみるも、全く異なる姿だったと言うのだからお手上げだった。

成人男性よりも頭ひとつ分以上背の高いポケモン。既知のポケモンが暗闇で全く違う姿に見えたか、そうでなければ未知のポケモンということで、この時点ではまだ調査隊の中にはワクワクした気持ちもあっただろう。

彼はそのポケモンから攻撃は受けてないものの、何度も転んでいて傷だらけだった。それが癒えた後、テルとショウという調査隊の二人のエースと共に、あの日辿ったという森を確認しにいった。そして昨日、少年少女は凄惨な光景を目にすることになる。

 

 

木々が薙ぎ倒され、少し開けていたその森は、痕跡から正に数日から一週間ほど前に被害を受けたばかりだとテルは判断した。

なぎ倒され、執拗なほどに多種多様な種類の傷をつけた樹木。少し焦げたような跡のある草木に、えぐるように踏み固められた地面。ちょっとした広場になっていたのは、男の話通りそれが巨大な体躯を持っていることの裏付けだろう。しかし、それにしては妙だとショウは首を傾げる。

 

「これ、複数のポケモンが戦った後じゃないかな。こっちと、あっちと、そっち。足跡が何種類かある」

 

指摘を受けて見てみれば確かにそうだ、とテルも同意する。足跡だけでなく、木に付いた傷もそうだった。二人で周囲への警戒を緩ませない程度に、じっくりと痕跡を紐解いていく。虫のような爪の跡、怪獣のような太い足跡、不思議なことに、川が近いわけではないのに水中生物のヒレのようなものが当たった跡もある。

 

「少なくとも五匹かな。虫の爪、陸上生物の足跡、怪獣の足跡、水中生物のヒレ、それと飛行生物の翼のようなもの」

「不思議な組み合わせだな。水辺はうんと向こうだし、この辺りの森に怪獣なんていない。それが件の大きなポケモンで、近場のポケモンが立ち向かって乱戦だった……とか?」

 

虫の爪もこの辺りじゃ見ない、とショウが呟く。ここまで歩く途中で見かけたミツハニーやケムッソに鋭い爪はない。あるいは一番近いのはストライクだが、ショウが記憶する限り水辺よりもっと向こうの奥まったところにいたはずだから、魚が森のど真ん中で争うことと同等にありえないことだった。

 

「考えれば考えるほど奇妙で気味が悪いね……。ちなみに見かけたポケモンって、どんな姿だったかもう一度教えてもらってもいいですか?」

 

随伴していた男にショウが問いかける。男はああと恐怖を顔に滲ませながら、何度も話したであろう文句をもう一度繰り返した。

 

鋭く切り出した岩よりも鋭利な牙。歯のようで、石のようで、鋼のようでもあったそれ。

詳細を掴ませない顔は、目がどこにあるのか、そも一つ目なのか二つ目なのかすらも分からない。

その背中には、死神の鎌のような鋭い光がこちらをじっと見下ろしていた。

 

レントラーでも、ウィンディでもなく、ましてやヌメルゴンでもない、未知の怪物。うんと悩んだあと、怪獣の足跡がその可能性が高いと結論付けると、テルも足跡などのスケッチを描き終えたため、その場は帰ることになった。

 

 

男が出会ったポケモンが未知のものか否かは更に調査する必要があるが、少なくとも森でポケモン同士が酷く激しく争った跡があるのは事実だ。それを鑑み、ムラでは人々が外に出るのを抑制するような動きを取った。

採取隊は全面的に活動を停止し、商会には行商を控えるように警告した。警備隊も夜警を増やし、警戒態勢を取ることになる。そうなれば、解決は調査隊の仕事だ。

 

ショウとテルを筆頭に、隊総出で、数日かけてあの広場とその周辺の状況を探ることになる。近くの水場と、その向こうのストライクの住処にも立ち入り、集団の気が立っていないか、怪我をした個体がいないかを確認する。

あれだけ暴れた後だ、争いの気配に気付いてはいたのだろう。ポケモンたちは少し不安が漂っている様子は見られたが、当事者としてというよりはムラのように何が起こっているか分からず、と言った風な表現が正しいと思う、とは調査したショウの弁。激しい戦闘が繰り広げられたにしては重い怪我をしたポケモンもいないとのことなので、辛うじて推測が立っていた虫の爪と、水中動物のヒレの正体までもが霧の中に隠れてしまったのだった。

 

そしてそれは、他の痕跡についてもだ。いくら調査範囲を広げても大怪獣の姿もなければ、採取でよく立ち入られる森だったために散見される人の足跡しか見当たらない。

あの広場だけ時空の歪みで別世界と入れ替わったのではないか。根拠も何もない妄言だったが、それが妙な信憑性を隊員らに与えたのは、あまりの手がかりのなさからだろう。

 

 

「まるでゾロアークに化かされているのではないかとも言いたくなるほどだな」

 

普段なら冗談一つ吐かないシマボシも、ため息と共にそう愚痴る。隊長として今回の調査の指揮を取る彼女の執務室には、所狭しと資料が並べられていた。

各隊員が危険を賭して集めてくれた情報一つ一つを整理し、吟味し、考察する。シマボシとラベンが主体となって行なっている後方での仕事もまた、成果を得られないものだった。

何ヶ月と前の記録を持ってきて見比べても答えが見えない状況。只事ではないと採取隊の業務を全面的に停止してもらっている以上、短期間で決着をつけなければ。そんな焦りだけが募る状況だった。耕作だけでムラ中の食料を賄える──なんてこともなく。備蓄の面でも、限界は近かった。

 

「姿が見当たらないなりに、どこに向かったかだけでも判断できれば良いのですけどね」

 

ラベンも唸った。ヒスイの外のポケモンかとも思い、研究室中をひっくり返すのは2日前にもうやった。結局ラベンの持つ情報の中に該当するものはなく、博士を名乗る者として不甲斐ない思いを抱いていた。

あるいは商会の博識な男と少女なら、とも考えたが、運の悪いことに二人揃って帰ってきていないのだという。当初想定されていた付近からまる一週間が経過して、いくら何でも遅い! と少女を妹のように思っていた女が心配していたのを思い出す。

 

ショウ曰く、彼女はじむばっじとやらを持つ人──つまり、ポケモンを戦わせるのがとても強い人だそうだが、それでも不安は拭えない。もしかしたら、巻き込まれているのか。嫌な憶測に過ぎない悪夢もよく喚起されるようになっていた。

 

「昼間、いくら調査をしても姿が見当たらないのは、夜行性という認識で良いのか」

「わかりません。現状夜間調査は一切行っていませんから。昼間何処かに隠れているのか、そもそも遠くに行ってしまったのか──夜に見つかるか、あるいは連絡を出しているコンゴウ・シンジュ団の集落付近で確認されるかでもしないと、断定できません」

 

基本的に、昼より夜の方が世界は過酷だ。人間にとって月光しかない視界は見えないに等しいし、夜行性のポケモンは総じて人間に対する敵意が高い。昼の生き物である人間は、夜に馴染みにくかった。

木々が抉れるほどの戦いをして、恐らく生きているであろう──死体は見つかっていない──ポケモンは少なくとも五匹。そして、爪痕と足跡以外のヒントはない。毛の一本、鱗の一枚すら見つかっていない状態で、夜間調査は危険すぎた。

 

「……だが、行わなければ手詰まりだと推測する。どうだ」

「研究者として、はっきりそうだと思います。──しかし、実際のところ」

 

夜間調査は必要だ。だが、それを行うのは誰だ。ラベンは言い淀む。その危険性を明文化して、あるいは排除して送り出すのがラベンたちの責務だと彼は考えていた。調査隊の後方業務としても、大人としても。いくら自分たちが責務を果たせないからと、果たせないからこそ、重荷を誰かに背負わすようなことには否定的だった。そして、その誰かも容易に推測できるのだから。

 

「わかっている。だが、背に腹はかえられない。……昼間の脅威はないと判断し、早めに切り上げて帰ることを条件に採取隊の活動を再開してもらう。そして」

 

ショウに、夜間調査を命令する。乾いた声が、執務室に響いた。

 

 

「お疲れ様でーす! みなさん大丈夫でした? なにかおかしなことは?」

 

日が傾き始めるかどうかといった頃、一週間ぶりに採取の仕事を終えた隊員たちがコトブキムラの門をくぐる。数人でまとまってでこそあれ、ひとまず日常を取り戻したことに安堵する声がどこからか聞こえる。

ショウは彼らとすれ違いざまに夜間調査に出かけることになる。労いと、異常がないかの確認のために、門の近くで帰ってきた人々に声をかけていた。

 

「ああ、お疲れさん。怪我はないよ。ただ……ううん、何と言ったらいいか」

 

一番近くにいた男がそう言い淀み、仲間と顔を見合わせる。どうにも歯切れの悪い様子に首を傾げ、続きを促せば、もう数秒悩んだ後に口を開いた。

 

「強いて言うなら何もおかしいところがないのがおかしいんだよな。ほら、一週間も出てないだろ? きのみももっと実をつけてて良いし、草花も伸びきっているはずだ。なのに、いつも通りなんだ」

「それはつまり、何者かがきのみや草花を食べたってことですか?」

 

調査隊は足跡やポケモンたちの様子を主に調べたが、植生の様子など気にも留めなかったし、そも詳しくもなかった。行方不明の獣の足跡へのヒントになるかもしれない。少し食い気味にショウが尋ねれば、男は「何者かが食べた、か」と言葉を繰り返して噛み砕くと、首を横に振る。

 

「あれは食べた跡じゃなく、それこそ採取した跡だ。食い荒らした跡じゃあねえ」

 

人間の仕事か、そうでなければ大層賢いポケモンだろう。それを聞いたショウは眉を顰める。全くの無関係と断じるには、時期が悪すぎる。それとこれが関係あるならば、五匹以上の混戦を生き延びるほど力強く、そして人間と同じように丁寧に草花を摘み取る知能を持ったポケモンがいると言う話になる。

 

「採取した……ですか。不思議な話ですね。ありがとうございます、博士や隊長にも話しておきますね」

「ああ頼む。あんたも気をつけて」

 

顎に手を当てて思案する。

激しい戦闘、その跡地に残された五種のポケモンの痕跡。ヒレや足と言った一部分だけで、何のポケモンかも分からない。

死体はない。どこかに向かった痕跡も見つからない。森の中には人の足跡だけ。

その周辺に住むポケモンに異常はない。騒動に気が立ってはいるが、当事者では無さそう。鋭い爪や巨大な足もない種類ばかり。

そして、ギンガ団が普段採取する木々や草花に手をつけられていた。それも人間のように丁寧に。

 

何かが繋がりそうで、後一手のところで繋がらない。喉元に突っかかった魚の小骨のように、気持ちが悪かった。

 

 

「──博士はどう思います?」

 

大志坂の上からの眺めは絶景だ。ショウはラベンにそう尋ねながらも、カメラを向けるように両の手でフレームを模って、シシの高台に横から指す斜陽を収めてみる。もうじき完全に夜になる。そうなれば、少女の仕事が始まるのだ。その前に、道すがらラベンに採取隊から聞いた話を伝えたので、それに対する所感を求めてみる。

 

「関係はあってもおかしくないでしょうね、あの広場からどこに行ったのか、痕跡は全く残っていませんし、姿も見せません。強さも賢さも持ち合わせているポケモンというのは珍しいですが──ここまで手強い相手なのです、関係ないと断じることはできません」

 

じゃあ関係があるかと言われたら、まだ何とも言えませんけどね、と補足もする。奔走し続け、ショウ自身もかなりの報告書を提出したものの、結局は情報が足りていなかった。骨が折れるなあと肩を落としつつ、写真を撮りますかとカメラを勧めてくるラベンに断りを入れ、腕を下ろす。

まだ辛うじて形を崩してなかったフレームの隙間に、一瞬原野に似合わぬ原色が夕日に染まっていたように見えて、二度見する。それは見知った二色のコントラストだった。

 

「シクラちゃん! ウォロさん!!」

 

坂の下、蹄鉄ヶ原の方向からベースの方向へ登ってきたイチョウ商会の二人にショウが声をかける。少女の方が友人の声に反応して大きく手を振ると、そのまま男を置いて走り出した。呆れたような仕草を見せた後ウォロもその後を追い、数十秒の後二人とも揃って丘の上まで登り切る。

 

「こんにちは、今日は原野の調査だったのね! よかったら今晩──」

「無事だった? 怪我してない? 何もなかった?!」

 

何も知らないのだろう、いつも通りの挨拶を始めたシクラの弁を遮って、ショウは彼女に詰め寄るほどの距離で無事を問う。戸惑いながらも「何もなかったよ?」と答えたのに安心したのか掴んでいた肩を解放すると、軽く息を整えていたウォロが首を傾げる。

 

「普段通りの旅路でしたが……どうかしましたか、ショウさん?」

 

しどろもどろにショウが説明しようとしたのを遮ってラベンが簡潔に経緯を話す。

 

「一週間と少し前、森で謎のポケモンたちが暴れたようです。巨大なポケモンの目撃情報と、五種類のポケモンの痕跡があって。今も調査中なのですよ」

「ツイリさんも心配してたよ。二人がムラに着くのが遅いって」

 

二人の顔は反応としては微妙、少し不思議そうな表情であった。簡潔にまとめすぎたためか、事態を掴みきれていない様子で「五種類?」とだけどちらともなく呟いた。

 

「そう。川が近くないのにヒレの跡がついてたり、その辺りにそんなポケモンいないのに鋭い虫の爪の跡があったり。どこ行ったか分からなくて……ウォロさんたちは何か変なものを見たりしていませんか?」

「なるほど、それは心配でしょうね。とはいえ、ジブンたちが通ったところはいたって普段通りでしたよ」

 

ウォロがそう答える間、シクラは何か思案するように黙りこくっていた。数秒考えて、ふっと顔を上げると微笑みを湛えて静かにショウの名を呼ぶ。白桃色の瞳には、普段通り世界の全てが面白そうな表情もありつつ、珍しく真面目な色も混ざっていた。

 

「わたしも調査についていっていい?」

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