ナチスドイツの総統、アドルフ・ヒトラー。
彼は1942年の夏前から体調を崩しやすくなっていた。風邪や軽い発熱が頻発し、軍部に顔を出す事は少なくなっていった。(それ故にソ連侵攻がスムーズに進んだというのは皮肉だろう)そしてモスクワにドイツ国旗が掲げられた時にはすでに病院に入院するほど体調は悪化し、風邪と併発した肺炎によってベットからでる事ができず、指令を下す事もできなくなっていた。
ロシア分割は指揮を代行したヘルマン・ゲーリングの判断によって行われ、そこにはヒトラーの指示は一つも入っていなかった。そして1943年に入ってすぐに、アドルフ・ヒトラーは53歳でその生涯を終えた。死因は風邪と併発した肺炎によるもので、彼の死によってのちに欧州大戦と言われる大戦は終結に向かう事となる。
1943年4月、ナチスドイツとイタリアはアメリカと日本の仲介によりイギリスを中心とした連合軍との停戦に合意、戦争は終わりを告げた。4年にもわたる戦争は終結したものの、日本とアメリカから知らされた星の外からの遭難者と星を焼きつくす超兵器を操る異星人の存在にイギリスとドイツ、イタリア政府は頭を抱えることとなる。大西洋に浮かぶバミューダ諸島で行われた停戦協定は、一刻も早く対異星人戦に備えたいという思惑を持つアメリカの強い圧力で講和条約にすり替わり、連合とドイツとイタリアはそれに同意することとなる。
とはいえイギリスもドイツもイタリアも星の外からの砲撃という今の兵器ではどうしようもない暴力にさらされる恐怖と、その攻撃的な異星人から逃げてきたアズリスの持つ科学技術の平等な解析と分配という魅力的なアメもあって表向きは渋々、裏はそれなりに笑顔で同意に至ったのは間違いようが無い。
最終的に大まかな戦後の国際社会の枠組みと、以前までの国際連盟に代わる組織の将来的な立ち上げを含んだ戦後国際協定が講和条約と同時に結ばる。講和条約と戦後国際協定を纏めてバミューダ議定書と呼ばれる事となるそれが締結された1943年の5月1日以降、地球での国家間戦争は無くなった為、日本を含めた多くの国では5月1日は平和の日という祝日にされている。
戦争の終結後、ドイツはすぐに肥大化しすぎた国土を切り分ける作業に移った。なにせイギリスを除いた欧州全土が国土となっているのだ。最低でも旧ドイツ帝国時代より少し大きい程度にまで国土を縮小させなければ政府機能が容易にパンクしてしまう。この国土の細分化によりフランス、ハンガリー、ルーマニア、ウクライナなどが独立を果たした。しかし独立を果たしたもののナチスの息がかかった政党が主権を長く握る事となり、実質的にはドイツの衛星国であるという見方が強かった。
辛くもドイツの侵攻を退けたイギリスだったが、アメリカへのレンドリースの支払いに保有していた植民地の売却などを行った結果、インドとオーストラリアとカナダを除いた植民地はアメリカに譲渡されることとなり、イギリスは大きくその力を落す事となる。しかしレンドリースの支払いを一括で済ませる事ができており、主要な植民地も無事であったためそれなりの国力を維持することに成功している。
戦後のアメリカは景気の後退が心配されたものの、イギリスから譲渡された植民地の再開発に多額の費用を注ぎ込むことで景気後退に対処できていた。これはアズリスからもたらされた技術の試験と人材の育成も兼ねており、特にアフリカでは経済発展が目覚ましく、多くの有能な人材が人類の発展に役立つこととなる。
基礎工業力をつけた日本はアメリカと共にアズリス技術の解析にいそしんでいた。同時に内需拡大の為にドイツのアウトバーンを参考にした高速道路や弾丸鉄道の建設も行っている。アメリカとアズリスとの関係も良好を保っており、まだ少ないものの結ばれて子を成す事も増えてきていた。
イタリアは崩壊しかかっていた。無理に拡大した国土にイタリア本国が支えきれず、ムッソリーニは独裁者の座を追われた。見かねたドイツが支援を行っているものの、戦後の主役の一つには到底成りえなかった。
このようにアメリカ、イギリス、ドイツ、日本の4カ国が戦後の国際社会をリードする形となり、またいずれの国も国内や影響のある国の未成年の育成に力を注ぐ事となる。
2年後には国際連盟に代わる新たな組織、国際同盟が結成され同時に全世界に向けて異星人の存在が公表された。
人種や宗教などの問題もあり、無理にまとまる事は避けた形で作られたのが国際同盟だったものの、主軸として地球の防衛と人類の繁栄、そして宇宙開発が掲げられる事となる。異星人の公表も大きな反響があったものの、国際社会をリードしている4カ国が動じていない事もあって徐々にその存在を受け入れ、敵対するであろうゼントラーディへの対策へと徐々に全世界が注力するようになっていった。
そして国際同盟の発足から30年がたち、人類は宇宙戦艦の建造に成功するのだった。