・超長期試験航海【1968年代】
波動エンジン試験艦『ニューワールド』が数多く行った航海の中でも、最長となるのが1年にも及ぶ超長期試験航海だった。それ以前にも半年間を目標とした超長期試験航海が行われたが、その時は三カ月で試験は中止とされた。理由は乗組員の精神病とアルコール依存症が多発し、航海どころではなくなったからである。
人類は遥か昔に数年にも及ぶ海での航海を何度も成功させていたが、このような精神異常が多発することは稀であった。その事に多くの関係者や精神科医が頭を悩ませ、最終的に数カ月後に精神病を完治した乗組員から聞き取りを行う事でようやくその原因を特定することとなる。
その原因とは一切変わる事のない日常生活と風景、それと現実逃避のできる娯楽の不足だった。地球上の海上航海では昼と夜の移り変わりや波で不規則に揺れる船、天候の変化など常に多くの刺激が存在していた。しかし宇宙での航海にはそういったものは皆無で、与えられた部屋の外は常にライトで照らされ艦外からもたらされるのは常に瞬く星々だけ。今までテストしてきた一カ月程度の航海なら持ち前の精神力で耐えることができたものの、それより長期間の航海では耐える事が不可能だった。
また長期間の航海には長い休息時に飲酒することが認められていたが、変化のない日々から来る精神的ストレスを発散しようと飲酒量が増えた結果、依存症となる者が多くなった。データ収集の為に乗艦していた学者たちは日々変化していくデータを見続けていた事により一定のストレスの緩和がされていたものの、それでも健康的とは言えない環境であった。
原因が究明されたことにより、急きょ『ニューワールド』の艦内環境に大きく変更が加えられる事となる。廊下や休憩所、食堂といったパブリックスペースの照明はグリニッジ標準時を基準にした昼と夜で明るさが調節されるようになり、またグリニッジ天文台の存在するグリニッジ地区の天候に合わせた明るさと室温に変更されるようになった。
部屋のライトの色も個人の嗜好に合わせて変更できるようになり、娯楽の拡充のためにロビーには世界各国から集められた書本が置かれるようになる。書かれていた文字は英語ではあったが、日本の落語や俳句集やイギリスの名文学書、アメリカのコミックなど多種多様な本は最終的に一千冊にも及んだ。
(超長期航海が行われる前にも書本は置かれていたもののたったの50冊しかなく、それらも学術書などの娯楽とするには専門的すぎる内容であった。しかし刺激を求めた乗組員にとって貴重な娯楽であったため、全て常に誰かが借りていた状態であった。)
こういった環境の変化や工夫により、最終的に1年間の超長期航海は成功した。これらのデータは後の宇宙船に生かされており、特にスペシャル9以降の全ての艦艇にランダムに照明や温度といった艦内環境が変化するシステムが搭載されることとなる。
・なぜTRPGは世界最大のゲーム市場になったのか【1969年代】
TRPGという言葉を知っているだろうか。現在のPCやゲーム機で行えるRPGの先祖と言えるゲームで、テーブルトークロールプレイングゲームの略である。プレイヤーはサイコロやトランプといったアイテムでイベントの成功や失敗の判定を行い、口頭で自身のキャラを動かし物語を作って行く遊びである。こちらの世界では一般的とは言えず知ってる人は知っているといった物ではあるが、あちらの世界においては近い未来、子供も大人も楽しむゲームとして一般的なものとなる。
なぜTRPGは世界最大のゲームとなるのか、それは一つ上の内容である超長期航海の問題が絡んでくる。
その上で触れられているように超長期航海では娯楽の少なさが問題になった。環境の整備や書本の大量設置で大きく緩和はされたものの、より強い刺激を求める者も数多くいた。そう、求めたものはギャンブルである。
とはいえ流石に同盟に所属する実験艦とはいえ軍属である。任務中にギャンブルなど認められるわけがない。いくつか譲歩してトランプを使った遊びこそ許可されたものの、何かを賭ける事は決して認められなかった。とあるアメリカ人と日本人がクトゥルフの呼び声という文学作品からダイスを使って遊ぶシステムを構築するまでは。
そのアメリカ人と日本人は当時マイナーだったクトゥルフ神話をベースとしたオリジナルの物語を、ダイスを使用しランダム性を持たせて書くことで暇を潰しており、失敗した超長期航海にも参加して特にこれといった精神病を患うことなく航海を乗り切っていた。
この事が研究者の目に止まったことでTRPGというゲームが誕生することとなる。
サイコロを使ったランダム性とギャンブル性。賭けるものは物語の登場人物の生死なので風紀を乱すということはなく、同じシナリオでもプレイヤーによって選ぶ選択肢が違うのでゲームの進行役も飽きがこないと長期間の暇をつぶすにうってつけだった。また乗組員のコミュニケーション手段としても優れていた。
TRPGの第1弾としてクトゥルフ神話モチーフの【クトゥルフの呼び声】と剣と魔法のファンタジーな【ダンジョンズ&ドラゴンズ】の2種類が作られ、1年間の超長期航海に持ちこまれた。その反響は凄まじく、どちらのルールブックも艦内で増産された。中にはオリジナルのシナリオやルールブックを書いてプレイする者も出てくるようになり【ニューワールド】の艦長、副館長すら他の乗組員と混じってプレイしていた。
そして航海が終わり、地球へ戻ってくるとTRPGに慣れ親しんだ乗組員が家族や友人たちとプレイするようになり、それに触発された者が新しいシナリオや全く別のシステムを組んで遊んだりするようになっていった。最初は小さなさざ波ではあったが、娯楽の少なさとTRPGの目新しさとルールブックと紙とペンとサイコロさえあればどこででもプレイできる気軽さもあって次第に多くの者がTRPGを遊ぶようになって行った。
その流れが一気に加速したのはとある元『ニューワールド』乗組員が艦内で実際にTRPGをプレイしていた内容を本としていくつか書き起こし出版した事だ。同じシナリオでも何一つ同じ流れの無い物語が楽しめる事が大衆に受け、それを見た他の乗組員もリプレイ本やオリジナルのシステムをルールブックにして出版するようになっていった。
この時に出版されたルールブックがTRPG第2弾であり、後に一大ブームを巻き起こしたサイバーパンクというジャンルの名称にもなった【サイバーパンク2.0.2.0.】とディストピア社会をユーモラスかつブラックに表現した【パラノイア】、広大な星間国家が支配する宇宙を飛び回れる【トラベラー】など、幅広いジャンルのTRPGが世界に広まることとなった。こういった流れでTRPGは大衆に受け入れられた。後に建造された宇宙戦闘艦艇にも個人の持ち物として持ちこまれ、長期間の任務の暇つぶしに遊ばれるようになる。
・この世界でもアラブの王様は石油王【1960年代~1975年代】
波動エンジンの生産に成功しのちに量産体制が整い、原子力発電が一般的なものになっても石油の需要は尽きなかった。その理由としては波動エンジンは全て宇宙艦艇用に用いられ、海上船舶は既存のタービンエンジンが乗せられていたからである。車の燃料はエンジンの高性能化で有害ガスの放出が抑えられ低燃費になっていたとしてもガソリンであり続けたし、寒冷地で用いられているストーブの燃料も大体が灯油だ。
また移住してきたアズリス人が始めてみるガソリンエンジンを使ったモータースポーツ【
こういった事例はF1レース以外にも存在しており、というかモータースポーツなら何でも技術者が参戦していったというのだからアズリス人はスピードにとりつかれてしまったと日本の新聞で取りざたされてしまっても仕方ないだろう。とはいえそれにより多種多様、様々な技術が進歩していくこととなり、1960年代には日本で完成した高速道路の存在もあって自動車ブーム、F1ブームが到来。世界水準を大きく超える技術力を武器に日本の自動車メーカー各社はF1に殴り込みをかけた。
初年度の結果は初参戦ながらもヨーロッパの伝統あるチームに引けを取らない戦いを魅せ、2年後に鈴鹿に建設された鈴鹿サーキットで行われた日本グランプリでホンダが悲願の勝利を得ることとなる。またレースの安全性もアズリスの技術によって飛躍的に高められ、数多くのレーサーの命を救う事となる。
ちなみにアラブの王族は石油の取引で得た多額の資金の多くを波動エンジンの生産工場や、原子力研究に投資している。今後技術の発展により波動エンジンや原子力推進機関を用いた船舶が一般的となってもその莫大な富を維持し続けると予想されている。