宇宙戦艦ヤマト・シン   作:ジム・ビム

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『VF-1 ヴァルキリー』ロールアウト

 1975年から先進4カ国が維持と執念を賭けて建造した9隻の宇宙戦艦が地球を守るようになり、人類はようやく一息付けたと言ってもいいだろう。もちろん戦力の拡充に余念はなく、各国の保有する宇宙港で巡洋艦クラスや駆逐艦クラスの宇宙艦艇の増産は続けられている。地球上でも宇宙戦艦の建造はペースが落ちてはいるものの続行されており、また次世代の宇宙戦艦の建造計画もスタートした。

 

 1980年代に入る頃には各国のスペシャル9の同型艦が合計で30隻、地球周辺に配備されることとなる。その中の1隻、日本が建造した三笠級7番艦『伊吹』には実験兵装【波動砲】が搭載されていた。宇宙基地での実験では圧倒的な破壊力を見せつけたそれの宇宙戦艦への配備には多くの反対や時期尚早といった意見も出ていたが、試験も兼ねての『伊吹』への配備がされていた。様々な試験を行った結果【波動砲】の次世代型宇宙戦艦への配備は見送られたものの、宇宙港や宇宙要塞などといった拠点には積極的に配備されることとなる。

 

 

 

 時は少し戻り1975年。ロケットによる人類初の宇宙到達や波動エンジンの生産、『ニューワールド』の建造と宇宙航行、そして宇宙戦艦の建造で宇宙への関心が高まってる頃、アメリカを中心に新世代の戦闘機の開発がスタートした。

 

 1951年に超音速で飛行する第1世代ジェット戦闘機であるアメリカの『F-1 スーパーセイバー』やドイツの『メッサーシュミットP.1112』がロールアウトした後、1966年にはミサイル装備が基準となる第2世代戦闘機の『F-2 ファントム』をアメリカがどこより先にロールアウトした。アメリカの後を追うように1959年にドイツが第2世代戦闘機をロールアウトしたものの、アメリカは既に骨子ではあるが第3世代戦闘機の開発計画を練っていた最中であった。しかしここでアメリカは大きくつまづく事となる。第1世代は超音速飛行、第2世代はミサイルの装備と順当な進化を重ねたものの、アメリカ国民はとても冷ややかな目で戦闘機の開発を見ていたからだ。

 

 宇宙からやってくるのは異星人の侵略者という認識が流布されていた当時、各国は巨大な大砲や水上戦艦の配備で国民の不安を押さえる事ができていた。しかし戦闘機に関しては「それで本当に侵略に対抗することができるのか?」という不信感が漂っていた。特にアメリカではそれが顕著であり、それ故にアメリカ軍はミサイルという新兵器を搭載できる戦闘機をロールアウトしたのだった。だがアメリカ軍はそれを披露した大規模公開演習でミサイルの信頼性の無さを露呈することとなる。

 

 陸上で行われた演習で予定されていた目標である巨人を模した木の人形へ向けて放たれた2発のミサイルは、かすることなく人形の横を通り抜けてしまった。焦った軍部は再び2発放つも1発は少し広げられた腕と胴体の間をすり抜け、1発は股をすり抜けて地上へ激突。爆発と共に砂煙を上げるものの、煙が晴れたそこには爆風で人形が倒れてしまっていた。倒れた衝撃以外での損傷は見受けられなかった。

 

 これが実戦ならより笑えない話ではあるが、その時でも十分笑えない話である。ミサイルの信頼性の無さから『F-2ファントム』は機体の性能と信頼性は完璧であったものの、肝心の兵装がダメなもの扱いされて欠陥機の烙印を大衆から押されることとなる。

 

 本来の計画ではこのまま第2世代戦闘機を作りつつ、宇宙戦に対応した第3世代戦闘機を作る計画をじっくり練る予定だった。しかしミサイルの信頼性が皆無な今の状況で続けたら国民から激しいバッシングを受け、戦闘機という兵器が不必要なのではないかと思われてしまう可能性すら浮かび上がってきてしまった。それはアメリカの航空機産業に大打撃を与えてしまう。

 

 アメリカが計画の大きな修正を行っている最中にドイツがイギリスとフランスと共同で作り上げた第2世代戦闘機『トーネード』と空対空ミサイル『パサー』が1969年にロールアウトした。この『パサー』は非常に命中精度が高く、本当に百発撃って8発外れるかどうかというアメリカの作り出したミサイルよりも遥かに優れた代物だった。アメリカはすぐにそれに飛びつき『F-2ファントム』と後続機の『F-3フリーダムファイター』をパサーの搭載が行えるように改修することとなる。後にアメリカ製のミサイルは徐々に大型化し要塞対艦や艦対艦ミサイルを中心とした製造に注力していき、ドイツ製のミサイルは戦闘機への搭載を前提とした中型から小型、そして超小型のミサイルを製造していくこととなる。

 

 1975年に宇宙戦艦が建造され駆逐艦や巡洋艦も揃い始めた時、補助艦艇の建造計画が立ちあがる事となる。具体的には宇宙空母の建造である。その宇宙空母に乗せる艦載機の開発計画も同時にスタートすることとなり、この計画にアメリカとドイツの2カ国が手を挙げる事となる。

 

 1982年にコンペが開かれる事となり、アメリカは順当に今までの戦闘機を宇宙仕様にした物を出す予定だった。しかしドイツから産業スパイを通じて流れてきた情報には人型への可変を可能にする戦闘機という、今までの常識からかけ離れた物が出てくる事がわかった。

 

 不可能だ、とはアメリカ側は言えなかった。アズリスの技術を用いれば十分実現可能という試算がはじき出され、また相手が人間より巨大な巨人に対抗するための兵器だと考えれば人型への変形は合理的であったのだ。アメリカはすぐさま計画を修正、密かに手にいれたドイツの可変機の図面を解析し元々出す予定だった可変翼機の『F-4トムキャット』をベースに図面を引いた。アメリカの宇宙空母艦載機計画はフェニックス計画と呼称されることとなり、『X/YF-0』とされたこの機体は関係者からは『フェニックス』のあだ名がつけられることとなった。

 

 計画は急ピッチに進められ、コンペの2年前に『YF-0』は実機が製造された。幾度もテストを重ね、完成度を高めた。テストの際に起きかけた事故により、戦闘機形態(ファイター)から人型形態(バトロイド)への移行を途中で止めることでVTOL離着陸に優れた姿になる事を発見。ガウォーク形態として実装されより柔軟な運用が可能となった。そして迎えたコンペではドイツ側が旧ソ連の技術者が中心となって開発された『SY-1』と『YF-0』がぶつかり合う事となった。

 

 『SY-1』は非常に完成度が高い機体であった。なにせ本機の製造計画が1968年から練られていたのだから、急ごしらえと言える『YF-0』に比べて性能が一回り以上も上であったのだ。とはいえ『YF-0』は全てが劣っているというわけではなく、未だ試作機で本来予定されていた大きさより大きくなってしまった『YF-0』よりもさらに『SY-1』は重く、また巨体であった。武装も『YF-0』は頭部にレーザー機銃を装備しており変形機構も簡易的なので整備がしやすく、生産性も高かった。

 

 最終的に宇宙空母の艦載機として選ばれたのは『YF-0』だった。しかし『SY-1』も量産型の『SV-1』が宇宙基地や宇宙港に配備されることとなり、いい具合にすみ分けができたと言える。『YF-0』はその後もテストを重ね、完成した正式型が主力艦載戦闘機として宇宙空母の建造と共にロールアウトされることとなる。

 

 それこそが『VF-1』であり、付けられた『ヴァルキリー』の愛称がVF全般を指す言葉として広く知られるようになる名機である。

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