「おお、丁度いいところに」
「あァ……来てたのか」
「?」
いつもと異なる萎れた様子のスパンダムにカクは首を傾げ、ジョセフィーヌに耳打ちした。
「何かあったのか?」
ジョセフは小さく笑みを象ると、首を左右に振って答えた。
「何も」
明らかにはぐらかされたカクはしかし、それ以上に踏み込んで食事の同席を却下されたらたまったものではないと肩を竦めるだけに留め置いた。
「さあ、配膳ももう済んでることだし、食べた食べた」
「いただきます」
「……」
さすがにカクの食べる量は多く、スパンダムの倍を補って余りある。それらを軽快にかき込んでいくのを見ている分には飽きない。
「よく噛んで食べなさい」
「ジョセフ、あーん」
「食べ物を粗末にしない!」
「振られたわい、悲しいのう」
「口に入れたまま喋らない」
スパンダムは育ちが良く、食事のマナーにもうるさい環境で育ったので中々どうして食事の姿勢が堂に入っていた。そんなスパンダムと長年を共にしてきたジョセフィーヌはそれゆえ賑やかな食事に縁遠い。そもそも誰かと食事を共にする必要がなかったので。
「もう、子どもみたいだな」
「まさかわしのことか?」
「他に誰かいるのかい」
「ふむ」
それもそうかとひとつ頷いて、カチャカチャと食器の鳴る音だけになる。沈黙は静かなものだった。全くの無音ではないのに、とても静かで体が重たくなるようだった。
ジョセフィーヌはそろりとスパンダムを盗み見た。スパンダムはただ義務的にナイフとフォークを掴み、料理を口に運んでいた。
「主様」
「食事中だ。話ならあとにしろ」
ピシャリと放たれた言葉は天井を打ってジョセフィーヌへ届いた。カクはその温度の低さにひっそり瞬いて、ジョセフは無理に口角を上げた。
「ごめんね」
半端な音が行き場を失っていやに反響した。ウワンウワン波状に歪んで泣いてるみたいだった。
「あー……いや、ワリ」
動揺してバツが悪そうにスパンダムはナイフとフォークを置いた。左手で側頭部をかいて、右手でジョセフを引き寄せる。
「八つ当たりだ。や、ウン。話ならあとで聞いてやるから。ホラ、今はカクがいるだろ」
歯切れ悪くしどろもどろになって汗をかく。ぎうぎうとジョセフの頬の辺りを両手で掴んで押し流しながら目を合わせたり泳がせたりと、スパンダムはふためいた。
「わしのせいにするんかい!」
「ちょうどいいところにいたからなぁ」
「人をコンビニみたいに言いよって」
「まあ、いい。うん、そうだね、今はカクがいるからね」
「どいつもこいつも」
カクはため息の代わりにメインディッシュを飲み込んだ。不服そうな言動の割には決してジョセフィーヌから目を逸らさないし口端には喜色も滲んでいた。
それを見てジョセフはそっと目を逸らすのであった。でもたぶん、誰かがいなければこうはいかなかったろうから少しだけカクの存在がありがたかった。
……
夕食を終えてもスパンダムがシャワーを浴びても外は明るいままだった。光を完全に遮断する分厚いカーテンを閉めて部屋の電気を燭台に切り替える。壁に等間隔に並んでいるのと、ベッドのヘッドボードにひとつ、それからテーブルにひとつと思い切り暗くなるほどではない。
「ジョセフィーヌ」
ベッドの縁にゆったりと腰かけながら、ガサガサに掠れた老婆みたいな、けれど言い表せぬ色気のある声でスパンダムは名を呼んだ。
「緊張してるのかい?まったく、寝るときくらい外したらいいのに」
ジョセフィーヌは悪戯に笑って、スパンダムの革に覆われたほうをつつく。その通りにスパンダムはとても緊張していた。改まってお礼を言ったり、かしこまって謝罪をしたりするのと同じで、気力と勇気がいった。
「誰かが訪ねてきたら困るだろ。いつものことじゃねェかよ」
「それもそうだね、今更か」
右斜め下、向かってジョセフの左手のほうを何かを避けるようにして眺めるスパンダムを、ジョセフはひたりと見つめていた。
「主様が言ったんだ」
「ァ?」
「おれとくるかって」
薄く口を開いたまま、スパンダムは微動だにしない。ジョセフは眉尻を下げるようにして苦笑してからもう一度口を開いた。
「あなたの我儘で自由にしてもらったから、今度は私の我儘であなたのそばにいるんだよ」
「……そうかよ」
「うん、そうさ」
「ならちゃんとここに居ろよ。フラフラしてんな」
「うん」
いつだってジョセフィーヌのいちばんはスパンダムなのだ。スパンダムが嫌だと言えばカリファと添い寝もしないしジャブラと釣りにだって行かない。反対にやれと言われたらカクとだって仲良くする。スパンダムが本気なら、ジョセフィーヌはいつだってスパンダムに従う。
「私のいちばんは、あなたを置いて他にいない」
「そりゃ重畳」
「フフフ」
むぎゅうとジョセフィーヌの腹に頭をうずめる。その子どもみたいな仕草にくすぐったそうにジョセフィーヌは顔のパーツを中心に寄せた。すっぱいような、嬉しいような、そんな表情だったのだろう。少しだけ胸を大きくしてスパンダムの頭を抱え込むように抱きしめた。