「あ腹ァ切ってェ〜〜お詫び!!お詫びィ申し上げる〜〜〜!!!」
「またやってら」
「止めてやらなきゃ。大事な部下でしょう」
「もっ!!も!もったいなきィお言葉!!あしかしィ!死んで詫びる他!!」
「切腹!「鉄塊」し、死ねぬ!!」とお約束を繰り返すクマドリにスパンダムは一瞥をくれるだけでため息をついた。
「だいたい何がどうしてそんなことになるんだ」
「実は今日、私は星占いで運勢最悪らしいんだ」
「何の話だ」
「運が悪かったってこと」
「それはァ〜〜・ア!それはァ違う!!全てァおれのォ……過失に御座い!!」
事の顛末はこうである。スパンダムが書類の始末をしている間、暇を持て余すジョセフィーヌは普段のように塔内をぽてぽて歩き回っていた。時々CP9のメンバーと雑談をしたり、一方的に遊ばれたりするのだが、今日は誰にも捕まらなかったためかなりの距離を歩いて回っていた。
ふと言い争う声が聞こえてふらりとその方へ行けばいつもの事ながらルッチとジャブラが殴り合いの喧嘩をしていた。「釣り」という単語が聞こえたことから、きっとジャブラがルッチに対してジョセフとのマウントを取ったのだろう。二人はことお互いに関しては沸点が急激に下がる。彼らなりの身内対応なのである。
ジョセフィーヌは喧騒の聞こえる廊下の近くまで行ったはいいものの、当然二人を止められるはずもなく。どころかルッチがジャブラを吹き飛ばした衝撃に巻き込まれてジョセフは吹っ飛んだ。しかも間の悪いことに吹き飛んだ先の廊下の窓が開いていた。
「えっ」
思わず声を発したジョセフィーヌにそれでようやく気が付いたのかルッチもジャブラも虚をつかれたように振り向く。
「は、」
「ジョ、ジョン?!」
普段ならとっくに気が付いていたはずの気配を察知できなかったことか、もしくは既に手遅れな状態のジョセフにか、二人は揃って同じ顔をして焦ったように手を伸ばす。もちろんそれは届かなかったけれど。
ジャブラが月歩で、ルッチがネコ科特有のしなやかな俊敏さで窓から飛び出してくるも虚しく、運良く地上に落ちたジョセフィーヌ。しかしジョセフの今日の運勢は最悪。そこで追い打ちをかけるように空を見上げたクマドリの足が降ってくる。
「む?あいやァあれは……我らがァ〜〜同胞!」
「バッ!!……カ!クマドリ!!下見やがれ!!」
「下ァ〜〜だと?」
目線があうと同時にぐぎゅうと、ジョセフのちょうど腹に踵がくい込んだ。
「!!!ジョ!!!!」
ジョ、ジョ、ジョセ、ジョセフィーヌ!と壊れかけの目覚まし時計のように切れ切れにクマドリはジョセフの名を呼んだ。すぐさま後ろに飛んで足を退けてくれたのでジョセフィーヌは胴に大きな靴跡を付けるだけで済んだ。
「アイヤ、身が出なくてよかったよ」
「あァ〜〜〜〜〜!!!おれァなンてことをォ!!!」
「おい、怪我は」
スタッ!と軽やかにジョセフィーヌの隣へ着地したのはルッチだ。しゅるしゅるとヒトの姿へ戻っているところを見るに、半分か全部か獣の姿になっていたのだろう。
「靴跡だけさ」
「ジョン!」
「平気だよジャブラ。私の体はとくべつなんだもの」
「そうは言うが……」
「とりあえず主様の所へ行こう。クマドリもどうにかしなくちゃならないから」
「これァ切腹!!あ・切腹しかない!!」
「あァ……」
混乱を見兼ねたジャブラが私を抱えて――ルッチは一度なんの前触れもなくジョセフを引っ掻いたことがあるので、スパンダムより接触を固く禁じられているため――騒ぐクマドリをルッチが連行する形で長官の執務室にやってきたのだ。
「運が悪くなきゃここまでひどくなるまい。情状酌量の余地がだな」
「ジョセフィーヌ」
スパンダムはジョセフィーヌの言葉をさえぎって彼女を見ずに硬い声で言った。長官の声だ。
誰もが彼を見、その言葉の続きを待った。
「ジャブラ、ルッチ」
「……」
「……」
「喧嘩する暇があるなら訓練をしろ、任務をこなせ。訓練場は与えてやったはずだし各々の部屋もあるだろう。切磋琢磨が悪いとは言わねェが過ぎたるは、だ。限度を知れ」
冷たい機械のような声は年相応の落ち着きと、ポストにふさわしい威厳を伴った。稀にしか見られないこのスパンダムのことを、CP9のメンバーは別人と思って接する。相応しいものには相応しい対応をするものだ。
「申し訳ありません」
「わるかった」
普段のあしらうためのものではない謝罪をした二人を、スパンダムは一瞥もくれない。本当に興味がないのだ。それがわかっているからこその二人の対応、ではあるが。
「クマドリ」
「すまねェ!罰ならァ……あ・甘んじて受けェようぜ!」
「責任感が強いのは美徳だがな、人の話を聞かねェのがお前の欠点だ、クマドリ。話を聞く限りお前の場合は不慮の事故だろ。被害を受けたこいつもそれを認めてる。罰はやらんぞ」
「すまねェ!すまねェ、ジョセフィーヌ!」
「君は悪くなかったろ。ありがとうの方が嬉しいけど」
ジョセフィーヌが小首を傾げて笑みを浮かべれば、クマドリは涙を流さん勢いで頭を振った。
乱れる髪に思うのは荒ぶる獅子だ。スパンダムはこれまたちらりとも見ずに「下がれ」と命令した。三者は諾々と従った。
バタリと閉まった扉にスパンダムはジョセフィーヌへ振り向いた。
「お前、星占いなんぞ信じねェだろ」
「でも今日の運勢が最悪なのは事実さ」
カリカリと羽根ペンを持った手でインクがつかないように耳の裏をかいて、スパンダムはひとつあくびをした。
「こういう日は何もしないに限る。今日は主様にとことん付き合おう」
「この山を見てそう言ってくれるなら嬉しいね」
スパンダムの両脇には目の高さほどの積まれた書類。一昨日から休む手もなく悪戦苦闘し続けているのに未だに終わりが見えない。やってもやっても尚増やされる始末だ。昨日は片脇の山が半分ほど削られたのに、ジャブラの暴れたで元に戻ってしまったのだ。それで今日のスパンダムは機嫌が悪い。
「こんなナリで何も役に立ってはやれないが」
「……おれは使えねェモンは持たねェ主義だ」
「…………ありがとう」
ぶっきらぼうな言葉はそれでも隠しきれない不器用な愛が滲んだ。それはジョセフィーヌの目の奥に沁みてジワリと広がった。思いやりとか優しさとか、そんな甘ったるいものではなかった。けれどそれすら心地よかった。