(1) 失意の日々
ジェラルト・アイスナーが死んだ。かの『壊刃』が倒れた事実はガルグ・マグ大修道院にも衝撃が走った。『壊刃』はただ強いだけでなく、セイロス騎士団の騎士団長だったのだ。動揺は計り知れない。それこそあのレアやセテスらですら絶句するほどの事で会った。
ほんの少しの油断であった。生徒に擬態していた謎の女が使った凶器は短剣、普通であれば一刺しで致命傷までには至らない。完全な私服ならともかく、戦闘直後ともあってジェラルトは鎧を着こんでいた。急所はすべて守っていたのだ。
しかしその短剣は鎧なんてまるでないかのように、深々とジェラルドの体を貫いた。未知の技術で作られたそれは、アーマーナイトの鎧ですら貫き、あり得ない強度を誇るそれはもはや魔術的としてアサメイの剣と名付けられた。
「くそ、完然に油断していた!」
「ひぃ!」
珍しく苛立ちが募った様子のクロードに思わずベルナデッタが悲鳴を上げた。別人に成り代わったケースはすでにトマシュで知っていた。事前に別の潜伏者を予期していたにもかかわらず悲劇が起きてしまった。
「落ち着けクロード、気持は分かるが級長の君がそれでは困る」
クロードをたしなめるローレンツであったが、その表情は暗い。それもそのはず、あの場にいた全ての者がモニカへ警戒心を持っていなかった。あのジェラルトさえも。潜伏はあると警戒していたが、皆が見ている前で堂々と行動を起こすなんて思いもよらなかったのだ。
「僕達は相手を知っていました。でも実力を知らなかった」
イグナーツが皆の気持ちを代弁する。
「あの剣、やべーど。オデは格闘戦だから相手の攻撃を篭手で受ける事もあるんだけどよ。もしもあの剣を篭手で受けた場合、俺の腕ごとなくなっていたってさ」
ラファエルの告げた事実に、近接を主力とする者達の顔が歪む。触れさえすれば何でも切り裂く剣は反則級の強さであった。
「もし、直前にあいつに気づけたとしても師匠はやられていたって事かい」
「あの間合いに入られていた時点でおそらくは」
怒りを抑えるレオニーにイグナーツは力なく頷く。
「つまり相手は100%成功する確信があって犯行に及んだって事だよ」
こちらが何をしていようが無駄だった、そう言われているようでクロードは尚更苛立ちを募らせる。村を救う事は出来たが、相手の真の目標はジェラルトの殺害、それを完遂させてしまった事は、事実上敗北と言っても良かった。
「と、ところで先生は? 先生は大丈夫なんでしょうか?」
今回の件で一番精神的にダメージを負ったのは無論肉親であるベレトである。何とか授業にこそ来ているが、平然を装うその姿は痛々しく、生徒達からすれば見ていられないほどだ。心配そうに尋ねるベルナデッタに対し、マリアンヌが伏し目がちに答えた。
「とても、辛いのでしょうね。先生とジェラルトさん、かわす言葉こそ少なかったですが、あれだけお互いを信頼し合っていましたから」
実のところ、マリアンヌはジェラルトと会話を交わした事があった。マリアンヌは動物の世話が好きのため、ヒマな時間によく馬小屋に通っていたのだ。そしてジェラルトの兵種は馬に騎乗するパラディンだ。預けてあった自分の馬の様子を見るために、ジェラルドがやってきた事で二人は鉢合わせした。
予期せぬ出会いに己が身の不幸を呪ったマリアンヌだったが、マリアンヌ以上にしどろもどろになっているジェラルトは何とも間抜けで、二人の会話は構えを解いたマリアンヌが話の主導を握るという珍妙な事となった。
マリアンヌが話をしているうちに察したのは、ジェラルトはベレトの評判について知りたがっているようだという事。良い先生だと思うと告げると「そうか!」「そうか!」と何度も頷くジェラルトを見て、マリアンヌは悟ったのだった。この人は不器用だけど相当な親馬鹿、そして良い人なのだと。
会話したのはその一度っきりだ。しかしあの時のジェラルトの嬉しそうな顔は、マリアンヌの記憶に鮮明に刻まれている。だからこそ彼が死んでしまった事は余計に悲しかった。
「先生はまたあそこにいるのか?」
クロードの問いに対し、ヒルダが頷いた。
「うん、今リシテアちゃんが迎えに行ったところ」
「そうか……」
「やっぱりまだ心の整理できていないみたい。当たり前だよね。先生にとって唯一の肉親だったんだから」
そう、ベレトにとっての一番の弱点を敵は突いた。クロードはここに強い不安を覚えていた。ジェラルトを狙った理由はベレトの弱体化を狙ったものでないか、そうした懸念が拭えなかった。クロードは己の不安をさらに奥まで追及する。
相手は一体何故ベレトを弱体化する必要があった? そもそもベレトが狙われるようになった理由は何時からか? クロードが思うにそれはおそらく天帝の剣を得た後だ。あれは奴らの天敵となりうるのか? 英雄の遺産と言ってもたった一本の剣だぞ?
到底信じられない話ではあるが、クロード自身、その異常さは目の当たりにしている。合わない人間が使うと魔獣化してしまう曰くつきの代物であるし、一方で適性が持つ者が使用した際の鬼神のごとき強さと言ったら。
天帝の剣を扱うベレトもとてつもないが、一度訳あって同伴した際のカトリーヌの雷霆だって凄まじかった。本人の剣技もさることながら、紋章の共鳴によってどんどん加速していく速さ、複数人相手でもとても追える速さでないため、劣勢になるどころかあっという間に死体の山が積み上げられていく。
そんなキチガイじみた力を踏まえても戦いの基本は数、戦況を変える一手にはなりえないとクロード自身考えているが、英雄の遺産の持つバックストーリーは見過ごせない。
伝承が嘘か本当かは関係ない。英雄の遺産はその伝説から信仰の象徴となりうる。信仰が生む熱は計り知れないのだ。つまり天帝の剣が持つ『大義』を恐れている? そして『大義』が必要になると言えば……
「なんだよ。これじゃあまるで戦争仕掛けるみたいじゃないか」
大きくなりすぎた話にクロードは苦笑する。ありえないと確信しているわりに冷たい汗が止まらなかった。とにかく今のクロード言えるのは、奴らの成し遂げたい夢に対して、ベレトが邪魔だったであろう事。彼ら、闇に蠢く者は確かに存在していて、何か明確な目的があって動いている事。
これは終着点じゃない。むしろ始まりだ。
きっとこれから良くない事が起こる。
クロードは強く願った。
『頼むから潰れてくれるなよ兄弟』
その拳は強く握られていた。
教室を出てから左手に向かい、大広間へ通じる廊下を抜けた後、階段を下った所に墓地がある。そこにはジェラルトとその妻、名は削れてしまって読めないが、ベレトの母であった女性の墓があった。レアが気を利かせて、ジェラルトの遺体を生涯の伴侶と同じ墓標に埋めてくれたのである。
ジェラルトの死後、この墓地に来るのがここ一週間のベレトの日課となっていた。ベレトは両親の墓に一度手を合わせて祈った後、何をするわけでもなくじっとその場に佇む。そんな心あらぬ様子のベレトを、リシテアは物陰から見つめていた。
何かしてあげたくても、かけられる言葉がリシテアには思い至らなった。失う悲しみはリシテアも知っている。世話を焼いてくれた人達も、仲の良かった子達も、姉妹のようだったあの子も皆死んでしまった。途方もない悲しみと、心に穴が開いてしまったような空虚感、慰めの言葉なんかではとても埋める事なんてできやしない。
だが何もできないからと言って、孤独にしてしまうのだけは絶対やってはいけない。それだけは断言できた。悩みに悩んだ挙句、リシテアが始めたのは、ベレトを迎えに行くという事であった。それからのリシテアは、いつも同じ日が暮れる時間帯に墓を訪れ、暗くなる前に帰ろうとベレトへ声をかけるようになっていた。
今日という日もリシテアはベレトが墓に佇んでいる最中に、ベレトからは見えない墓地の近くのベンチを訪れ、そこに座って一人読書を初めた。そして西日が差し、影が伸びた辺りで本を閉じ、ベレトの方へと向かう。
「先生、帰りましょう。夜は冷えます」
「……分かった」
幸いベレトは自暴自棄になってはおらず、リシテアの言う事にも素直に頷いた。授業は忘れずにするし、食事もきちんと食べる。生きる意志は明確だった。でも心が置いてけぼりになってしまっている。リシテアはそんなベレトを見かねて手を取った。
「リシテア?」
「これくらいはさせてください」
あなたは一人じゃない。それを伝えるにはぬくもりこそ一番だ。
「……ありがとう」
先行していたリシテアにはベレトの表情こそ見れなかったが、強く握り返された手に満足気に頷き、二人はその場を後にした。
(2) それぞれの決意
クロードは悩んでいた。「闇に蠢くもの」がジェラルトを手にかけた件で、セイロス教会は慌ただしく動いていた。レアとジェラルトは旧知の仲であるし、ジェラルトは騎士団長でもあった事から、一見それは当たり前の事のように思える。だが一方でクロードは強烈な違和感を感じざるを得なかった。
セイロス騎士団が本気すぎる。
なにせ騎士団は最小限の守りだけ残して、他すべてが捜索に当たっていた。私怨が入っていたとしても流石に過剰なのだ。例えレア個人がそう思っていても、普通はセテスなど回りが止めるはずである。だがセイロス教団は全力で捜索に当たる事を躊躇しなかった。
さらにきな臭いのは情報封鎖があった事だ。ガルグ=マグ士官学校では調査している事すら明らかにされていない。クロードがそれを知る事が出来たのは、何時からかアロイスなど騎士団の者を見かけなくなった事に疑問を持ち、情報収集に奔走した結果であった。
表向きは生徒達に余計な心配をかけないという事にはなっているが、どうにもベレトに伝えない事を最優先にしている節がある。クロードには何かレアがベレトを危険から遠ざけているように見えた。
すなわちセイロス教団は相手がベレトが狙いである事を知っている。過剰な戦力の投入は相手が油断ならない相手であるを知っている、さらに突き詰めれば正体についても察しがついているからではないだろうか。しかし今のクロードには真相を炙り出すだけのカードがなかった。
「何か知っているのは間違いないんだが……絶対答えてくれねぇよなぁ。そしてこれだ」
クロードが得た最新の情報、それはベレトの父を殺した者達の場所を発見したというものであった。だがその場所はなんと大修道院から近い場所という。隠れる気など到底なく、明らかに誘いであった。
普通こんなに近い場所であるならもっと早くに見つかっても良い。今になって見つかったというのはおかしいのだ。意図的に姿を現したとした思えない。
「封じられた森ねぇ。なんでそんな意味深な名前の場所が近くにあるんだか」
クロードは考える。
ベレトに伝えるべきか? 否か?
明らかに危険だ。相手は得体のしれない敵。何度か交戦した事はあるとは言え、本気だったとは思えず、その真の実力は未知数だ。ベレトはともかくとして、今の金鹿の生徒でどこまで戦えるか。金鹿は鷲獅子戦こそ勝利したもののあれはあくまで模擬戦である。安心する材料としては心もとなかった。
しかしながらここで逃げてしまっては何も分からないままである。どっちにも振りきれないジレンマがクロードを悩ませていた。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず……とは言うが」
「よくもまあこれだけ情報集めましたね」
「うお!?」
背後からかかる少女の声にクロードは飛びのく。ずっと熟考していたため、回りへの意識が皆無だった。声の正体はリシテア、彼女は悪びれた様子もなく、クロードの前に置かれていた調査資料を手に取る。
「クロードだったらそろそろ何か掴んでると思いましたが、案の定でしたね。居場所まで掴んでいるじゃないですか」
「リシテアちゃんの言ったとおりだったね」
「おいおい、ヒルダもいるのか」
「私だけだと感情論に走ってしまいそうでしたから、ついてきてもらいました」
闇に蠢くものはコーデリア家をめちゃくちゃにした者と繋がりがあるため、リシテアにとっては宿敵と言っても良い。しかも恩師で命の恩人でもあるベレトに不幸を招いた事で、さらなる恨みが募る。だからこそのヒルダであった。
「この場であたしが役に立つとは思えないんだけどさ」
どうして自分が選ばれたのか、心底疑問に思いつつヒルダが前に出る。
「いや、助かる」
「クロード君が素直だ!?」
「皆の命がかかってるかもしれないんだ。素直にもなるさ」
「クロード君がそこまで言うなんて。ま、分からなくもないよ。あたし達にとって初めての犠牲だったから」
リシテアから手渡された資料を見つつ、ヒルダはクロードに問いかける。
「悩んでいるのはあたし達で戦うか、やめるかってところ?」
「ああ、何せ相手は得体のしれない集団だからな。先生を仇討ちの手伝ってやりたいのは山々だが、人に成り代わる技術と言い、あの異様な切れ味の剣と言い、俺らが知らないものばっかりだ。知ってさえいれば対応しようもあるが、まだまだ底が知れねぇ。下手すれば返り討ちに合っちまう。だがここを逃すと次の機会はおそらく……」
頭を抱え、真剣に悩むクロードを見て、ヒルダはふと笑みを漏らした。
「ちょっと安心しちゃった」
その真意を計りかねて、クロードは視線で問う。
「うちの級長はまともだって事! あたしの兄さんが言っていたんだけどさ? 上に立つべき人って正しく恐れる事ができる人なんだって。戦いで予想外の事なんて何時でも起きるし、犠牲だってゼロというわけにはいかない。時には切り捨てる事すら選択肢に入れなくちゃならない。だからこそ戦う前は入念に隅から隅まで考える。多分さ、もうクロード君が答えを決めていたのなら、あたしは信じなかったかもしれない。でもクロード君は真剣に考えていた。そして悩んでいた」
驚きの表情を浮かべるクロードを見て、リシテアは己の予感が正しかった事を悟った。ヒルダは自分がこの場で役に立たないと言っていたが、リシテアの評価はその真逆だ。ヒルダは人の扱いが上手い。学校内でヒルダに手伝わされている生徒達を何度見た事か。そのくせ相手に不満を持たせずに円満に別れるのだから恐ろしい。
これもヒルダに人を見る目があるからこそだ。彼女の観察眼は正確で信用たるものであり、人の本質を見抜く力がある。だからこそクロードに届く。
「皆の安全を考えたらやめるべきなんだろうね。今の事態はもはや生徒であるあたし達がどうこうできる範疇にない。でもあたしはこうも思うんだ。あたし達がやらなければいけないって」
ヒルダはどこか恥ずかしそうに頬をかいた。
「ちょっと無視するには金鹿の学級は居心地が良すぎたかな? あたしは今のこの学級が凄く好き。これだけ世界が歪にもかかわらず皆楽しそうにしている。貴族も平民も紋章あるなしも関係ない。こんな学級他にはないよ」
ヒルダの想いはリシテアには良く理解できた。それはクロードも一緒だ。金鹿の学級が始まった時には、大して考えてもいなかった皆が大切になってしまったからこそ、クロードはここまで悩んだのだ。これ以上犠牲を出したくないと。
「先生やリシテアちゃんには悪いけどあたしは復讐は良いとは思わない。その危険に見合っていないから。復讐を遂げたからって失ったものは帰ってこない。でもね? 狙われているんだったら話は別。あたし達から居場所を奪うなんてもってのほか。どこかで決着つけなきゃならないんだったら、あたし達がやらなきゃ。他人任せになんて出来ない!」
ヒルダの力強い言葉に背を押されるようにリシテアが続く。
「罠ではあるんでしょう。あからさまに挑発しています。でも私達にとっての最悪はまた誰かに成り代わられて潜入される事です。中からの崩壊程厄介なものはありません。であれば……」
「ここで叩くしかない、か」
クロードはおもむろに椅子から立ち上がる。そして言い放った。
「皆に、先生に話そう!」
それからベレトを出したくはないレアとのいざこざなどあったものの、金鹿の生徒総出の熱意に押され、封じられた森への出陣が決まった。
これまでとは違って危険度が段違いであったが、恐怖に負けるような者は一人もおらず、金鹿の皆のモチベーションは異様とも思えるくらい高かった。皆分かっていたのだ。この金鹿の学級が持つ特別さを。そしてベレトはこの金鹿の学級の柱的な存在、彼の心を守るため金鹿の生徒達は一致団結した。
そして封じられた森への出陣前夜、相も変わらずベレトは墓の前にいた。
「やっぱりここでしたか、先生」
「リシテア」
翌日仇討ちに行くという背景にも拘らず、ベレトの表情は前よりもどこか和らいで見える。ベレトが完全に復讐にとらわれ、張り詰めている様子がない事にリシテアは安堵した。
「ちょっと心配だったのですが、思いのほか大丈夫そうですね」
失礼しますと告げると、リシテアはベレトの両親の墓に手を合わせた。
「気持ちは高ぶってはいるんだ。こうして寝れずにここに来てしまうくらいには。憎いっていう気持ちはもちろんあるし、女々しい事だが悲しみだって癒えたなんて言えない。でもそれ以上に不思議な気分でな。奴らと戦うのは危険でしかないのに皆俺を助けてくれる。俺を心配してくれる」
祈り終わった後、リシテアはベレトに向き直るとはにかんで見せた。
「そんなの当たり前じゃないですか」
「……そうなのか?」
「先生は一度自分の価値を見直した方が良いですよ」
「クロードにも言われたな。今でも正直実感が湧かないが……」
「このフォドラに蔓延る価値観は歪そのものです。秩序を守るため必要だったのは理解しますが、それが行き過ぎた結果、私達の世界は住みにくいものになっていました。貴族にとっても。平民にとっても」
「紋章至上主義……か」
「その住みにくい世界を先生が変えたんです。少し大げさかもしれませんがこの金鹿の学級は、フォドラで唯一その歪な価値観から逃れられる、言うならば理想郷なんですよ。守りたいと思うのは当たり前でしょう? それを作り上げた先生も」
「特別何かをした覚えはないんだがな……」
「フフ、だから良いんですよ」
「そういうものなのか?」
「ええ、そういうものなんです!」
リシテアは思う。言葉だけの理想なんて胡散臭くてかなわない。皆にとっての理想を当たり前のものとして行動していたからこそ、リシテアはベレトを信用したのだ。
「だから絶対に遠慮なんてしないでくださいね。これは先生だけの戦いじゃありません。私自身の因縁もありますが、私の、コーデリア家の戦いだけでもない。皆の、金鹿の皆が自分たちの居場所を守るための戦いなんです」
リシテアの言葉にベレトは思い知らされた。先生として己が積み上げてきたもの、その重さに。今やベレトの作り上げた世界は金鹿の生徒達の心の支えとなっている。そしてそれはベレトにとっても同じだ。生徒達がベレトを支えてくれている。
立ち止まるわけには決して行かない。未来へ進むためにもここで決着を。決意を胸にベレトはリシテアに告げた。
「リシテア、俺はきっと明日『灰色の悪魔』に戻るだろう。いや、それ以上になるかもしれない。敵だけでない。生徒の皆を恐怖させるほどの何かに。だが、全てを終えたら元通りだ」
「ええ、私達が日常に帰るために全力を尽くしましょう、先生」
(3) 封じられた森での戦い
封じられた森、そこには読み通り多くの敵が潜んでいた。恐るべきは人だけでなく、魔獣すらも現れた事だ。魔獣は理性がない存在と思われていたが、闇に蠢くもの達を攻撃する素振りは見せず、それ以外だけを攻撃していた。彼らは魔獣を使役する技術すら持っていたのである。
普通であれば驚嘆に値する事実であり、人だけでなく魔獣を相手しなければならない事は、状況として最悪極まりないが、戦いの場はそれ以上の脅威によって支配されていた。
「……凄い」
リシテアの視線の先にいるのは担任であるベレトだ。だが今の彼は教師としての面影は微塵もない。それこそ別人と言った方がしっくりくるくらいであった。
迫りくる敵は今までとはレベルが違う手練れ達だ。その技もさることながら、彼らから発せられる冷たい殺意に心が振るえる程だ。それでも成長した金鹿の生徒達は臆する事なく戦い、五分の勝負を繰り広げていた。
だがベレトだけは違う。ベレトは今までとは格が違う相手に対して、優勢どころか圧倒していた。目の前にいるものは息をする間もなく瞬殺、背後から攻めようとした者に対しては、さながら蛇のようにうねる刀身が死角から突き刺さる。だったらと魔獣をけしかけても、操るための楔か、あるいは命そのものなのか、額に埋め込まれている紋章石へのピンポイントの一撃、からの斬首で一分も持たない。
「闇に蠢くもの」とまで呼ばれる者達が、何をやってもベレトの侵攻を止められない。その異常な強さは想定外のようで、焦りの表情すら見える。
リシテア自身これまで本気のベレトを見た事がないわけではない。かの死神騎士との戦いの際は間違いなく本気だっただろう。だが死神騎士と今の戦いでは決定的に異なるものがある。
『殺意』の有無だ。
先の勝負はフレンを助けるため、守るための戦いであった。しかし今回は相手を屠るための戦いだ。感情によって強さが跳ね上がる、そんな非現実的な事などないとリシテアは思っていた。むしろ怒りの感情は冷静な判断を妨げる障害とすら思っていた。
でも今のベレトは見ているだけで身がすくむ。その恐怖は闇に蠢くもの達が放つ殺気以上だ。味方ですらこれだけの恐怖、その殺気を直に当てられている敵は尚更だろう。その証拠に相手はベレトに睨まれた瞬間に動きが鈍くなり、合理性を欠いた行動しかできなくなる。その結果は火を見るよりも明らかであった。
「これが灰色の悪魔……」
リシテアはそれまで理知的に戦っていた。内にくすぶっているどす黒い感情が溢れない様にコントロールし、隙を晒さない様尽力していた。その結果が五分の勝負だ。技量ではあのベレトと訓練していただけあって勝っていたが、ここぞという時でトドメの一撃を決めきれない。そんな中途半端さに苛立ちを募らせ、動きが洗練されるどころか、さらにぎこちなくなる始末。
その結果無駄に時間だけがかかり、やっとの事で一人倒せたのが今の状況だ。敵の戦力はどこにこれだけいたのかというくらい多く、このままではまずいと思っていた矢先、リシテアはベレトを見た。そして理解した。感情を正しく使えば力となると。無理矢理抑えつけたって駄目になるのだ。
「だったら!」
目の前に次なる敵が現れた瞬間、リシテアはとうとうその内に秘めたるものを解放した。
「そこぉっ!!」
「なにぃ!?」
明確な殺意を込めた渾身の魔法剣は、それまでの斬撃より数段早く、鎧を着こんだ相手を一撃で絶命させた。さらにリシテアはその死体をドーラで吹き飛ばし、後続の敵を巻き込んだタイミングで、ダークスパイクで死体もろともくし刺しにする。
一瞬で数人やられた事で、それを見ていた敵たちに動揺が走る。
「私、あんた達にはね。心底頭に来ているんです。それなのにのこのこと姿を表しちゃって……生きて帰れると思わないでくださいね」
殺意をあらわにしたリシテアであったが、彼女は感情に全てを任せたわけではなかった。
感情は本能であり、本能はすなわち直観だ。つまり感情を過度に押さえつけるという事は、理性のみで動くという事。しかし理性には本能が持つ速さがない。行動に答えを求める性質上、直観で動くよりも必ず行程が1ステップ多くなる。故にリシテアは勝負所で勝負に行けずに決めかねていたのである。
だからといって完全な感情任せが良いというわけでもない。それでは思考を放棄したただの獣と成り果ててしまう。いくら速さがあったとしても、それだけで勝てるほど勝負は甘くない。
重要なのはバランスだ。リシテアは己の怒りを自分でコントロールできる範囲で解放した。『理性』と『本能』、『思考』と『直観』の融合、それを今のリシテアは体現している。冷静に怒れる者、姿恰好はまるで違っていても、今の彼女が持つ空気はベレトに酷似していた。
「なかなかやるようだが、これならどうかな?」
だがそこで心が屈してくれる程、相手はやわな存在ではない。リシテアを強敵と認識した闇に蠢くものは、魔獣を投入してきた。余程の自信があるのかその顔には愉悦の表情を浮かべている。彼にはすでにリシテアが無残に肉片と化す姿が浮かんでいた。
しかしリシテアは恐怖に顔がこわばるどころか、嗜虐的な笑みを浮かべて見せた。予想と違う反応に使役者は戸惑いを隠せず、思わず一歩後ずさる。
「魔獣なら私を倒せると思いました? 実に安直ですね」
魔獣の巨体から繰り出される攻撃は強力そのものだ。だがそれこそが欠点でもあった。魔獣の攻撃は言うなれば範囲攻撃、肉弾戦でも手足を振り回すだけで周囲を破壊しつくすし、種類によってはブレス攻撃すらある。
下手に一緒に戦うとそれらに巻き込まれてしまうため、魔獣と人が同じ前線で並んで戦う事は出来ないのだ。どうあったって魔獣を使役する側は一時的に後退せざるを得ない。つまりはこの場において相手はたった一匹。恐れるべき連携はないものとして考えていい。
魔獣は暴力の権化足る存在、確かに初見であったのなら絶望的な状況であっただろう。だが幸いリシテアには魔獣と戦った経験があった。だからこそ次があるのは想定していた。そのための訓練もしていた。
「魔獣対策があるのは先生だけじゃないんですよ?」
自信ありげに言うとリシテアは詠唱を始める。今までとは違う時間をかけた丁寧な詠唱、それはただでさえ強力だったリシテアの魔法の威力をさらに引き上げる。無論そんなに悠長に詠唱している時間なぞ、魔獣は与えてくれない。魔獣がリシテアを薙ぎ払おうと手を振りかぶったその時だった。
「それはベルがさせませんよぉ!!」
空より飛来したベルナデッタの弓が、魔獣の目と額の紋章石に突き刺さる。そして痛みで暴れる魔獣に駄目押しの槍をその額へと突き入れた。巨体な魔獣であっても、空を飛び急所への攻撃が届くペガサスナイト、レオニーの一撃である。
「弱点を露出して守らないなんてさぁ! お前ら私達を舐めすぎなんだよ!!」
レオニーはそのまま紋章石をえぐり取ると瞬時に離脱する。
「リシテア、行け!」
「終わりです! ダークスパイク!!」
「グギャァァァァァ!!!」
魔獣は何一つする事が出来ず断末魔を上げ、リシテアの膨大な魔力の前に崩れ去った。
かつてリシテアが倒れた際、その原因となったのが魔獣対策訓練であった。魔法剣とダークスパイクの最大火力の2連携、それは魔力消費が多すぎてとても使えない代物であった。
それを改良したのが今回の『金鹿による』魔獣対策だ。仲間を信頼するようになったリシテアが編み出した必勝法である。単純な火力で押し切る戦法から、連携を用いて的確に弱点を突き、トドメを刺す。
一人じゃ無理でも味方に頼ればいい。実にシンプルな答えだ。ベルナデッタ、レオニー、そしてリシテア、3人の連携攻撃は完璧であった。
「ざっとこんなもんです!」
呆気にとられる闇に蠢くものに対して、リシテアは挑発的に笑った。
「ひゅー、先生もやばいが、うちのお嬢達もおっかないねぇ」
飄々と言うクロードであったが、ベレトを除くと彼が敵を葬った人数ではトップであった。実力そのものは割と拮抗している金鹿ではあるが、それでもクロードが一番敵を倒せているのは、精神面で安定している故だ。
他の金鹿の生徒達が相手と戦う際、リシテアのように心の整理に多かれ少なかれ時間がかかったのに対し、クロードは即全力で戦えていた。初動の差がそのまま残っているのだ。つい先ほども女性陣に負けじと、イグナーツとローレンツと協力して魔獣を仕留めて見せた。
クロードがここまで活躍できているのには、その複雑な出自もあるが、級長としての自覚もあるだろう。とりわけ今回はクロードが指揮を執っている。いつもだったら戦術はベレトの方が上のため、ベレトが指揮を取るのだが、今回は彼から直々に頼まれたのだ。
ベレトは己の状況を正しく理解していた。憎しみにウェイトを取られている今、万全な指揮はできないと。それ故クロードに託したのだ。
「本当に試練って急にやってくるのな」
クロードは常々思っていた。もしベレトが何かしらの理由で指揮できない場合、その次に指揮を取らなければならないのは自分だと。いずれ起こりうる未来であるからこそ、それまでベレトの指揮する姿を見て学んでいたわけだが、まさかこんなに早く、しかも危険な戦いで指揮を取る事になろうとは。
「人の命を預かるって重いもんだ」
実際に体感してみるとこれが如何に重責であるか。己の失敗が誰かの死に直結すると思うと動けなくなる。だがとクロードはかぶりを振る。
回りを良く見ろクロード。お前の扱う駒はなんだ? どういった奴だ? 皆一流じゃないか。あれだけの相手に対して一歩も引いていない。これだけ優秀なカードを与えてもらったんだ。犠牲なしで勝つなんて楽な仕事だろ? ここまでお膳立てされておいて怖気づくなんてとんでもない。
「遅かれ早かれぶち当たったところだ。やるだけやるさ!!」
己の中の不安を全てを飲み込み、クロードは未来を見据える。これこそが夢への第一歩だ。自身が試される第一の試練だ。最初の関門くらい鼻歌謡いながらでも突破して見せる。
魔獣の死体の奥に多数の敵の影が見える。しかしそれは魔獣が前線で暴れる前提で組んでいた布陣だ。予想より早い魔獣の退場にまだ体制は立て直せていない。クロードはすかさず指示を飛ばした。
「ヒルダ、ラファエル、畳みかけろ! 奴らに時間を与えるな!!」
金鹿の攻勢はとどまる事を知らず、ついに宿敵の見えるところまでたどり着いた。森が開けた先、四柱に囲まれた広場に彼女はいた。ベレトが低い声で彼女の名を呟いた。
「……クロニエ」
「あはっ!」
(4) ザラスの禁呪
「ノコノコ表れてあんたバッカねぇ。そんなんじゃお父さんの仇、取れないよ?」
挑発するようにクロニエは嘲笑する。これだけ劣勢な状況にもかかわらず、彼女は己の勝利を疑っていない様であった。
「確かにあんたの生徒達は凄いよ? 私らと戦って善戦するどころか、優勢と言ってもいいくらい。でもさ? あの子達は私に勝てない。だからあんたが前に出てきたんでしょ?」
ベレトは答えない。しかし天帝の剣を持つその手が、きつく握られたのをクロニエは見逃さなかった。
「やーん、かーわいいー! 無表情って言っても体は素直ね。それじゃあ図星だと思われてもしょうがないわ。つまりはさ、状況はまだ五分なのよ。私があんたを殺せば簡単にひっくり返る。下っ端が全滅してようが構わない。私一人で直々にあんたの自慢の生徒をずたずたにしてやるわ」
「夢の中ででもやっててくれ」
「はっ、あんたでも冗談言うんだ。でも残念なが今から現実に起こる事よ。だからさっさと死んじゃいな!!」
疾走するクロニエに握られていたのは、かのジェラルドの鎧を貫通した魔剣、アサメイの剣だ。しかしベレトは避ける事もなく、それを天帝の剣で受けた。鎧を貫いたその剣であっても相手が英雄の遺産である天帝の剣ともあれば別だ。
「なるほどね。英雄の遺産だったら受けきれると踏んだわけだ。案外冷静じゃん?」
そう言いつつクロニエは回し蹴りを放つ。ベレトは冷静にそれをスウェーでかわした。と同時に天帝の剣を蛇腹剣へと切り替え、クロニエの背後へと忍ばせる。
「攻防一体ってか? でも見えてるよ」
クロニエが姿勢を低くすると、彼女の頭のあった位置に天帝の剣が通りぬけた。彼女はそのぎりぎりのスリルを楽しむかのように口角をあげる。
「いきなり首を狙うなんてせっかちね。もっと楽しみましょう? もっと! もっと!! あはははははは!!!」
クロニエは徐々にスピードを上げ、圧倒的手数でベレトを翻弄する。ベレトの天帝の剣は大剣と分類してもいいくらい巨大だ。いくら自在に操れるとは言え、そのサイズから小回りは効かない。なおもギアが上がり続けるクロニエに、ベレトは攻撃するチャンスがまるで掴めなくなり、防戦一方になってきた。
そしてクロニエの速さはとうとうベレトの守りを追い抜く。ベレトには利き腕の逆が残っていたが、手甲なぞこの際関係ない。何せこの魔剣は装甲ごと切り裂く悪魔の剣なのだから。
「この勝負あんたの負けよ!! 血ぃぶちまけろぉぉぉ!!」
しかしクロニエの想像した血しぶきは上がらず、代わりに鳴り響いたのは高い金属音だった。
「あっ?」
その戸惑いが致命的だった。何かしらの答えを得る前にクロニエの腕が宙に飛んでいた。
「あ、あ、ああああぁぁぁぁぁぁ!!?」
痛みで絶叫しながらも本能的に殺気を感じて、クロニエは直観に倣って後ろに飛びのく。しかし一歩遅く、天帝の剣がその足をかすった。クロニエはその速さを活かすために薄着である。故にかすっただけでもそのダメージは深刻だ。肉を抉られ、バランスを崩した彼女は転げ落ちた。
形勢は一瞬でひっくり返った。片腕を失い、抉られた足は骨が露出している。これでは立つ事すらままならない。もはやクロニエに勝つ道筋は存在しなかった。
それを知ってかベレトはゆっくりと近づいてくる。パニックに陥る寸前のぎりぎりな精神状況で、クロニエは必死に今何が起こったのかを考えた。
勝利を確信した一撃が防がれた。本来であれば腕を真っ二つにし、そのまま胴体へ届くはずだった一撃だ。アサメイの剣は何でも切り裂く。それが通用しない物なんて英雄の遺産か、あるいは『同じもの』しかありえない。そこまで思い至ってクロニエは目を見開く。
「っ!!?」
クロニエは己の予感を証明すべく、ベレトの左手を覆う手甲を見た。そこに彼女は魔術的な輝きを見た。異常な切れ味を持つアサメイの剣のからくりの正体がここにある。
ベレトは鎧をたやすく貫く異様さに目を付け、それをリシテアの魔法剣を実際に見た経験から、ただの優れた鉄ではなく、サンダーソードのような魔術的な武器であると断定した。
そこでセイロス教会が特別に用意したのが、魔封じの盾と同じ材質で作られた手甲であった。魔を防ぐ持つ防具が相手であれば、アサメイの剣はただの装飾が施されただけのダガーである。
「武器の強さを過信したな?」
クロニエは優勢だったのではない。誘われたのだ。その一撃を放つように。そしてベレトの予定通り最大の隙を晒した。最強の何でも貫く武器を持っているという慢心が、最大の不幸となって己に返ってきた。
「切り札を見せておいて、もう一度それに頼るなんて愚かにも程がある。中身を知られてしまった切り札は切り札足りえない。お前は確かに大勢の前で、俺の前で『壊刃』を殺して見せた。だが2度同じ手が通用すると思っていたのか? 他の手を用意せずに俺を殺れると思ったのか? 俺達が答えにたどり着けないと、本気で思っていたのか? お前は言ったな? 俺の生徒達を簡単に殺せると。その答えは逆だ。生徒達も皆俺と同じように魔封じの防具を着用している。お前は誰にも勝てない。お前は負けていたんだ。この戦いが始まる前、ジェラルトを刺したその時から。もしもお前が鎧の上からではなく、鎧で守られていない頭を狙っていたのなら、あるいは結果は変わっていたかもしれない。ただの武器と考えていたに違いないからな。だがそうしなかった。次を考えなかった。お前は2流どころか3流だよ」
淡々と語りながらベレトは一歩一歩クロニエの元へと歩を進める。灰色の悪魔が、死神がその鎌を振り上げてやってくる。
「これはお前が招いた死だ。後は潔く逝け」
「うあああああぁぁぁぁぁ!!」
絶対的な死を前にクロニエは弾かれたかのように飛び退く。しかし片足の跳躍では距離など出る訳もなく、受け身も取れないまま地を転げまわった。それでもがむしゃらに逃げようとするクロニエの、見るに堪えない姿にトドメの一撃を加えようと、ベレトは天帝の剣を振りかぶる。その時であった。
「フォッフォッフォッ、苦戦しておるようだのうクロニエ」
「ソロン! 乙女がこんなになるまで放っておきやがって!!」
「私一人でもやれるって言ったのはそなたじゃろうが、だが良い余興じゃった」
突如現れたソロンは不気味な笑みを浮かべて、もはや動けないクロニエに近づく。ベレトは何か嫌な予感を感じて天帝の剣を飛ばすが、横から割り込んできたソロンの部下達の捨て身の行動に阻まれ、彼へとその刃を届かせる事が叶わなかった。
「流石は凶星と言ったところか。理解せずとも勘で危機を判断するか。だが一歩遅かったな」
「ソロン、お前何を……ぐぼっ!!?」
「なっ!!?」
ベレトは絶句した。ソロンがその手でクロニエの体を貫いたのだ。クロニエの苦悶の表情にも、ソロンは何一つ表情を変えずに淡々と語る。
「案ずるな。お前は獣の蔓延る世を救済する、その礎となるのだ」
「あ、ああああぁぁぁ!!!!」
その真意を問う間もなく、周囲に異変が現れた。四方にある柱から黒い闇が噴き出す。そして闇は貫かれたクロニエの内側からも溢れだした。
「先生、引いてください!!」
「くっ!」
リシテアの声で我に返ったベレトは慌てて下がろうとしたが、どこからか伸びてきた闇でできた触手に四肢をからめとられてしまった。身動きが取れない中、周囲の闇はどんどんと膨れ上がる。
リシテア以外の生徒達も異変に気付き、ベレトを助けようと一気に駆けるが、闇が生む暴風によって思うように進まない。このままでは間に合わない、万事休すかと思われた時、クロードがリシテアに叫んだ。
「リシテア、俺をあの糞野郎の近くまで飛ばせ!!」
「っ!? 分かりました!! 先生を頼みます!!」
「任せろ!!」
クロードの咄嗟の機転で、リシテアは彼をソロンの背後10mのところにワープさせる。
「お前が何か企んでたのは予測済みなんだよ。終わりだソロン!!」
クロードが放った矢は正確にソロンの後頭部を撃ち抜いた。
「ぐぬぅ!!?」
膝から崩れ落ち、地に臥せたソロンを見てクロードはホッと胸をなでおろす。
しかし、
それでも闇は止まらなかった。
一瞬弱まったように見えたものの、闇は既に事切れているクロニエからなおも溢れ出し、次第にソロンの遺体からも闇が吹き出し始める。その勢いは徐々に増し、溢れ続ける闇は二人をすっぽり覆うまでとなった。なおも肥大化し続ける闇は、四柱の闇と呼応するかのように渦を巻き始めた。
「何故だ? 何故止まらない? 術者は仕留めたのに!!」
『おぬしらのおかげじゃよ』
「ソロン!? 貴様!!」
クロードはソロンのいた場所めがけて再度矢を放つ。だがそのどれもが空を切り、闇に飲まれて行った。
『そんな事しても無駄よ。わしの肉体は既に滅んだ。おぬしが一番それを知っておろうに。今のわしはただの残りかすよ』
「それを信じるほど俺はお人好しじゃない!」
クロードは必死に声の出所を探す。だがそれは一か所からというよりかは、闇そのものが声を発しているように感じた。焦るクロードにソロンは愉快そうに話を続ける。
『おぬしは術者を殺せは発動しない、そう考えた。それは賢い選択じゃろう。じゃがこれは魔法じゃない。わしが行ったのは儀式ぞ』
「儀式、だと?」
『ここは封じられた森。その名が何を意味するか考えなかったわけではあるまい? この四柱の間に封じられているものは禁呪と呼ばれるもの、その封印を解くためには多くの贄が必要となる』
「贄……ソロン、お前まさか!?」
『おぬしらは多くの我が同朋を殺したな? そして多くの命を捧げてくれた。贄は多ければ多い程良い。闇の勢いは増し、儀式は完全なものとなる。一度発動してしまった儀式はもはや止められない。たとえ術者が死のうがな!!』
「はじめからそのつもりで!?」
『そうじゃとも、ここにいる同朋達は最初から負けるために存在していた。死ぬために存在していた。無論クロニエも。わし自身すらもそうじゃ。儀式の生贄として闇に取り込ませた。わしが今こうして話せているのはその副産物じゃな。まもなくわしの意志すらも消え去るだろうがそれでもいい。凶星を、天帝の剣を消す事が出来るのであれば!!』
味方を犠牲にし、さらには己の命すらもその一つとする狂気にクロードは絶句する。常識を逸脱する執念、もはや妄執と言っても良い。底知れぬ闇の深さにクロードは負けた、そう、思ってしまった。
『知恵比べはわしの勝ちじゃな。ザラスの禁呪は、その咢を開けたぞ!!』
ソロンが消えた。意志を持つ闇が、何も持たない漆黒へと帰化した。その瞬間四方の柱に溜まっていた闇が、一斉にその中心にいるベレトに襲い掛かった。
「先生、早く逃げるんだ!! せんせぇぇぇぇぇぇ!!!」
クロードが必死に叫んでもベレトには届かない。決死の覚悟で飛び込もうとしても、闇はクロードを受け付けず弾き飛ばされた。
「先生をあんた達なんかにやらせません!!!」
荒れ狂う風の中、やっとの事で近くまで辿り着いたリシテアは、闇を蓄えた四柱こそが儀式の鍵と思い至り、破壊するためにダークスパイクを放つ。
「嘘っ!?」
しかし魔獣すら屠ったリシテアの闇の針は、柱を傷一つつける事すら出来なかった。
「だったら別属性ならどうだ!!」
今度はローレンツが己の今の最大火力、ライナロックを放つ。だが結果は先ほどとまるで同じであった。
「黒魔法が駄目なら白魔法で!!」
「ぶん殴って壊すど!!」
「壊せないなら救出です! 矢に紐をくくり付けて撃ちこみます!! これで先生が矢を手に取ってくれたら後は皆で引っ張れば、あ……闇に弾かれて、どうしてですか!!? こ、このままじゃあ!!」
マリアンヌ、ラファエル、ベルナデッタと続くが、どれもが無駄に終わる。生徒達がいくら頑張ろうがその闇の鉄壁は破れず、柱を壊す事も出来なかった。
「壊れて! 早く壊れて!! 先生が!! 先生が!!!」
リシテアは必死に柱を魔法剣で斬りつける。その間も闇は一層濃くなり、希望が絶望に塗り替えられていく。それでもリシテアは懸命に柱をあの手この手で攻撃し続けた。
しかしその必死さが実る事はなかった。
突然闇が収縮し霧散する。まるで何事もなかったかのように穏やかな表情を取り戻す広場、しかしその中にベレトの姿はなかった。
「嘘……先生……先生! うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
リシテアの悲痛な叫びが辺りにこだました。
「あれっ?」と思ったかもしれませんが、はい、アサメイの剣は皆さんご存じのとおり、単なる物理武器です! 物語上では散々やばい武器だとか未知の物質とか言われていますが、ゲーム的にはぶっちゃけあんまり強くありません!!
ただ中に鎧を着こんでいるはずのジェラルトをたやすく貫いた事、そしてアサメイの剣は現実だと魔術の儀式に使う武器との事なので、FEの世界に当てはめて魔法武器へとアレンジしました。
クロニエは原作プレイでの「あれ? あんまり強くない?」を再現した結果、なんかこんな感じになっていましたね。ソロンはうん、なんでこんなにかっこよくなってるんだろう? 同朋だけでなく己の命を犠牲にしてまでも、憎い天帝の剣を消す事に執着する、漆黒の意思の人になっていました。
二人とも良い感じに暴れまわってくれて、書いていて楽しかったです。
後ちょっと個人的に面白かったのが『ザラス』という言葉を変換するたびに『ザラ酢』になるんですよね。これが妙にツボって『ザラ酢』が出るたびに笑っていましたw
ではでは今回もお読みいただきありがとうございましたー!!